第29話 お礼の品②

 「ごめん、もう一度言って。」

 「だから、そのブレスレットには、3時間かけて、俺の魔力量の一部を付与したんだって。」

 「ごめん、よく聞こえなかった。もう一度言って。」

「いや、だから、そのブレスレットには、3時間かけて、俺の魔力量の一部を付与したんだって。」

 

 先程から、ずっとこの会話の繰り返しである。かれこれ5分は続いていると思う。


 「何でそんなに嫌がるんだよ!」

 「嫌がってはない!!ただ、いまだに信じられないだけ!!」

 「信じられないって、現に付与してあるだろ?」


 俺はフィオナへのお礼に、魔力を込めた装飾品を渡そうと閃いたのだ。「黒南風」や魔獣・魔物との戦闘中、魔力をすぐに補充し、間髪入れずに魔法をぶっ放すことができることを考慮すると、指や手首に着用するリングやブレスレットがベストだろう。そこで、ブレスレットを選択し、俺の膨大な魔力を長時間かけて付与したのだ。俺の魔力量が人外なため、付与するのに時間がかかったが、無事に成功してホッとしている。


 「世の中には、ほんの少しの魔力が込められたアイテムは一定数あるし、私も少しだけなら持ってる。でも、ここまでの高品質な魔力を大量に付与された装飾品は、見たことも聞いたこともないんだけど!!」


 「なるほど。」

 「『なるほど』で、済まされることじゃないでしょ!!」


  なぜか、フィオナにめちゃくちゃ怒られている。何という、理不尽な時間だ。


 「・・・怖くて本当は聞きたくないんだけど、この際ハッキリさせたいから、教えて。一部ってどれくらいの魔力量なの?」


 やはり、気になるか。まぁ、隠しておくこともないだろう。俺の魔力総量の1万分の1を付与したから・・・。


 「ざっと、2万ぐらいかな。」


 「あははは・・・・・。」


 俺の言葉を聞いた瞬間、フィオナの目から光が消えたような気がした。


 「ってことは・・・私は、このブレスレットをつけていれば、『ウィザード』になるの・・・?」

 「おめでとう!ようこそ、『ウィザード』の世界へ!」

 「・・・・・・。」


 俺の全力の笑顔にツッコミを入れないぐらい、フィオナは完全に放心状態に陥っている。


 ・・・1万分の1の付与でも、かなり抑えた方なんだけどな。


 「どうしても受け入れられないなら、【神奪】で魔力を吸収するけど・・・。」

 「・・・あぁ、ごめん。あまりにも衝撃的な出来事だったから・・・。どうして、ユリウスの魔力を付与したか、聞いてもいい?」

 「もちろん。それは・・・」


 その後、俺はフィオナに、魔力を付与した理由を丁寧に説明した。フィオナが「志と能力が全然一致してない」と悩んでいたこと、ブレスレットを選んだことなどを、俺の言葉でゆっくりと、真剣に話した。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 「そういう意図があったんだ。」


 俺の話を最後まで真面目に聞いたフィオナは、納得した表情を浮かべた。莫大な魔力を急に手にしたことに、戸惑っていただけで、フィオナ自身は別に嫌ではないらしい。


 「最初は信じられなかったし、混乱してたけど、ユリウスの考えを知れてスッキリした。」

 「それは良かった。改めてだけど、お礼の品として、そのブレスレットを受け取ってくれるか?」

 「もちろん!最高のプレゼントをありがとう、ユリウス!」


 あどけなさを残したフィオナの満面の笑みに、不覚にもドキッとしてしまった。多少、ムカつくこともあるが、フィオナは本当に優しく、誠実で、前向きな女性だと思う。そして、転生直後の何も知らない俺に色々と世話を焼いてくれた恩人だ。


 ・・・よし、勇気を出して伝えるか。


 「あのさ、フィオナ。」


 「どうしたの、改まって?」


 ブレスレットを可憐な笑顔で眺めているフィオナに、俺は緊張した声で伝えた。


 「前にも言ったけど、俺の最終的な目標は、『モノ』に対する差別をなくすことなんだ。そして、その最大の障害は、裏組織の『黒南風』だと考えている。」

 「うん。」

 「だから、俺とフィオナの利害は一致しているはずだ。そこで、一つお願いがある。」

 「何?」

 「俺もフィオナの旅に同行させてほしい。『黒南風』を壊滅させるのを、手伝わせてほしいんだ。」


 俺は深々とフィオナに頭を下げた。俺一人では、間違いなく、ここまで来ることはできなかった。「黒南風」の情報やその他の常識も、フィオナが丁寧に教えてくれた。俺とフィオナの目標が一致していることもあるが、やはり、俺はフィオナに恩返しがしたい。

 

 「えっ、ユリウスって、私と一緒に旅をするんじゃなかったの?」

 「当然、俺みたいな奴と旅をするのは嫌だと思う。だけど、今回みたいに役に立てるよう、一生懸命がんば・・・、ん、いま何て?」


 今、フィオナがおかしなことを言ったような気がしたが、俺の聞き間違いかもしれない。もう一度、確認しておこう。


 「だから、私はユリウスと一緒に旅をするつもりだったんだけど、違ったの?」

 「えっ、どゆこと?」


 ・・・ちょっと待て、思考が追いつかない。なぜ、フィオナと一緒に旅をする前提になっているんだ?いや、一緒に旅をすることになって良いんだけど、俺が言う前に確定事項になっているのは、おかしくないか?えっ、マジでどゆこと?


 「今回のイルシオン作戦に参加してくれたときから、ユリウスは私と一緒に来てくれるのかなって、勝手に思ってたんだけど・・・。」

 「あぁ、なるほど・・・。」


 フィオナは「今更何言ってるの、コイツ?バカなの?」みたいな顔で俺を見ている。

 

 ・・・うーん、何だろう、この肩透かし感は。


 「・・・はぁ、何だよそれ。俺の勇気を返せよ。」

 「えぇー!それを言うために緊張していたの!?」


 俺の溜息は、フィオナの笑い声で掻き消された。何かムカつく。


 こうして俺とフィオナは、共通の敵である「黒南風」を潰すため、ともに旅をすることになった。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 イルシオン作戦の終了から3日後、「幸福亭」の前に、数十名の騎士に護衛された、40代後半の文官が1人やってきた。もちろん、用件は察しがつく。


 「私は、プロメシア連邦国の財務卿オズヴァルド・ブラウンだ。先日のウェグザムに潜伏していた『黒南風』の確保、見事であった。プロメシア連邦国の国王ドロテオ陛下から、その褒賞金として、白金貨が10枚ずつ授与されることになった。受領する意思はあるか?」


 「「はい、謹んで頂戴いたします。」」


 フィオナに教えてもらった一通りの作法を済ませ、俺たちは白金貨の受け取りを承諾した。


 「では、プロメシア連邦国首都キングヴァネスにある宮殿まで案内する。」


 オズヴァルドはそう言うと、騎士数名に馬車を持ってくるよう命令を下した。そして、すぐに俺とフィオナを護送する豪華な馬車が「幸福亭」の玄関にやってきた。


 「ユリウス殿とフィオナ殿は、この馬車に乗車してもらう。」

 「「かしこまりました。ご配慮、感謝いたします。」」


 いよいよ、ウェグザムを離れるときがきた。俺とフィオナは、長期間お世話になったモルガンさんとトゥーリにお別れを告げた。最後の最後まで、トゥーリとフィオナは号泣しながら、抱き合ってた。「姉妹のような親友、親友のような姉妹」というべきだろうか。


 「本当にお世話になりました。また、いつかここに帰ってきます。」

 「えぇ、ずっとお待ち、しています。また、特製ハンバーグセットで、頬を落として、ください。」


 俺はモルガンさんと熱い握手をかわし、再会を誓った。そして、俺たちは「幸福亭」に深く一礼し、馬車に乗った。もちろん、すでにエルマさんには挨拶を済ませてある。また、斡旋所に出向いて稼がないとな。


 ちなみに、モルガンさんとトゥーリ、そして「幸福亭」に全力で「デウスプロテクシオン」をかけておいた。これで安心して、ウェグザムを離れられる。

 さて、首都キングヴァネスは、どんなところなのだろうか。かなり楽しみだ。




☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


 インフェルヴルム州に属するプロメシア連邦国の首都キングヴァネスにて――


 キングヴァネスにある世界有数の巨大カジノ施設「ピュルガトワール」の最上階は、99階と周知されている。その99階は、各国の主要人物や王族などの超VIPクラスしか立ち入ることができない、特別な場所となっている。


 しかし、「ピュルガトワール」の本当の最上階は100階である。その事実を知っているのは、限られた一部の人間のみ。そして、その100階に住まう人物こそ、「黒南風」の最高幹部の一人だ。


 「ピュルガトワール」の99階から見えるキングヴァネスの夜景は、世界最高の景色の一つと評されている。そして、それよりも高い100階から、キングヴァネスの夜景を優雅に眺めている人物がいる。


 「失礼いたします。」


 そこに、黒の執事服に身を包んだ、長身で白髪頭の男性が恭しくやってきた。


 「おう、エゼル。珍しいな、諜報部統括のお前がこんなところに来るなんて。」

 「ご無沙汰しております、ニコラス様。」

 「で、どうしたんだ?」

 「・・・その前に一つよろしいでしょうか?」

 「ん?何だ?」

 「その・・・ニコラス様の・・・恰好が・・・。」

 「え?・・・あぁ、これか。」

 「はい。どうして、そのような恰好を?」

 「解放感があるから・・・かな!」

 「すぐに服を着てください!!」


 執事服を着たエゼルは、100階から全裸で夜景を眺めているニコラスに、思わず大声をあげた。ニコラスは、エゼルに叱られ、「えぇー。」と残念そうに言いながら、おもむろにクローゼットを開け、服を着始めた。


 エゼルは、ニコラスの恰好や態度に頭を抱えた。年齢は自分の方が圧倒的に上だが、実力には天と地の差がある。自分が本気を出しても、目の前でパンツを前後ろ反対に着ようとしているこの人物には、指一本触れられない。なぜなら、「黒南風」が誇る最高幹部カルティアの一人、「ヴァレス」の名を冠する男が、他でもない、眼前にいるニコラスだからだ。


 「はぁ・・・。ニコラス様、パンツが前後ろ反対ですよ。」

 「ふへぇ?」


 ニコラスはエゼルの指摘に、間の抜けたような声を出した。


 10分後、ニコラスはようやく、いつも通りの服装に着替え終わった。部屋にある高級ソファーに座り、二人は再び話し始めた。


 「それで、どうしたんだ?」

 「はい、ではご報告いたします。3日前の夜、リヴァディーア州の州都レミントンに潜入していた、ザハール部隊が逮捕されました。」

 「へぇ~、面白いことになったね。当然、レミントンの警察隊が動いたわけじゃないんだろ?」

 「もちろんです。プロメシア連邦国の警察隊の半数以上は、『黒南風』と繋がっていますから。」

 「じゃあ、間違いなく、ザハール部隊を倒した連中がいるってことだ。」

 「左様でございます。」

 「その連中の目星はついているのか?」

 「はい、プロメシア連邦国王ドロテオがキングヴァネスに呼びつけて、褒賞金を渡すことになった人物、ユリウスとフィオナの2名だと思われます。」

 「フィオナって、確か、僕たちのことを嗅ぎまわっている『白南風』の犬だろ?」

 「いえ、以前に調査したところ、『白南風』には属していないようです。」

 「ふ~ん、そうなんだ。まぁ、どっちにしろ、ザハールを倒すだけの実力は、なかったはずだよね?」

 「おっしゃる通りです。初級魔法しか連続で使えない『モノ』と、判明していますから。」


 ニコラスの言う通り、フィオナは取るに足らない敵である。エゼルよりも圧倒的に弱いザハールであっても、彼女が相手であれば、難なく瞬殺できるはずだ。ということは・・・。


 「つまり、そのユリウスって奴が、ザハール部隊を捕まえた張本人ってことか。」

 「はい、我々諜報部もそのように解釈しております。」

 「でも、ユリウスって名前は、全然聞いたことがないな。」


 「黒南風」の諜報部は、世界各地で諜報活動・勧誘・暗殺などを行う部隊だ。もし、「黒南風」の脅威になる相手であれば、あらゆる手段を尽くして、速やかに殺害する。しかし、ここに来てノーマークの「ユリウス」という人物がザハールを打ち破った。ニコラスもエゼルも知らない謎の男性「ユリウス」。諜報部に大きな衝撃が走ったことは、言うまでもない。


 「私も耳にしたことがない名前でしたので、非常に驚いております。」

 「ゴッドスキルを持っていないクソザコとは言え、レジェンドスキル【閻魔障壁】と【浄暗龍化】を持つザハールを倒すなんて、余程の実力者だね。かなり強力なスキルを複数持っているウィザードなんじゃない?」

 「はい、警察隊の内通者によると、ユリウスという人物は相当の魔力量を持つウィザードで間違いないようです。恐らく、推定10万以上かと・・・。」

 「いいねぇ~、究極魔法を容易く扱えるウィザードか~!しかも、魔力量が10万超えとは!」


 ニコラスは嬉しそうに立ち上がり、再び大きな窓ガラスから夜景を眺め始めた。エゼルも思考をやめ、その後についていき、ニコラスの隣で同じように夜景を見た。


 「エゼル、僕はすごく興奮しているよ。まさか、ロイ・アダムズに近しい存在と戦える可能性が出てくるとは、夢にも思わなかったからね。ここの夜景は何度見ても飽きないけど、やっぱり戦いで見る相手の絶望した表情が一番だな。特に、めちゃくちゃ強いウィザードが絶望した顔なんて、最高の瞬間じゃん。」

 「そうだと思います。ニコラス様の顔が、とても恍惚としていますから。」

 「ユリウスか。俺が本気を出せる相手だと良いけどね。」

 「ニコラス様が本気を出して勝てなかった相手など、会長しかいませんよね?」

 「まぁね・・・。会長はそもそも人間の枠を超越している存在だから。会長に勝てる人なんて、そもそも現世には存在しないと思うけど。」

 「であれば、そのユリウスという人物は、余裕で処分できるでしょう。ニコラス様なら、きっと瞬殺ですよ。」

 「えぇー、俺としては本気で殺り合いから、せめて3分は耐えてほしいな。」


 エゼルは、ユリウスという人物の強さがどれほどなのか、あまり分からない。しかし、眼前のニコラスと互角に戦えるなど、同じ最高幹部カルティアの方々ぐらいしか思いつかない。ニコラスが負けるなど、全く想像できないのだ。


 「では、ニコラス様。そろそろ宮殿に戻らなければなりませんので、私は失礼いたします。」

 「あぁ、そうか。あそこに見えるプロメシア連邦国の宮殿に仕えてるんだったな。」

 「はい、執事長として潜入しております。」

 「いや~、もう執事長まで上りつめるとは。さすが、諜報部統括だね。すばらしいよ。」

 「お褒めいただき、至極光栄です。それでは。」


 エゼルは深々と頭を下げ、「ピュルガトワール」をあとにした。


 エゼルが退出するのを見送ったニコラスは、ゆっくりとソファーに腰掛け、レジェンドスキル【精神感応】を発動した。


 『おい、聞こえるか。ザハール。お前、捕まったんだって?』

 『・・・ハッ、こ、これはニコラス様。一生の不覚でございます。大変申し訳ございません。』

 『あぁ、そんなことはどうでもいい。お前を倒したユリウスって奴の情報が知りたいだけだ。詳しく教えろ。』

 『ハッ、かしこまりました。』


 ザハールは、対峙したユリウスに関する情報を余すことなくニコラスに伝えた。




 『自分が知っている情報は、これで全部です。』

 『そうか、ありがとう。助かったよ。』

 『いえ、もったいなきお言葉です。ニコラス様、自分はこれからどうすれ・・・』

 『じゃあ、もうザハール部隊に用はないから。とっとと、消えてもらうわ。』

 『・・・えっ?』

 『いやいや、たった1人のウィザードにやられる部隊なんて、超恥ずかしいじゃん。絶対、他のカルティアたちにバカにされるし。それに捕まったんだから、もう終わりでしょ?』

 『い、いや、自分たちはまだやれま・・・。』

 『あの御方が統べるこの素晴らしい組織に、お前たちのようなクソザコは不要なんだよ。』

 『お、お待ちください、ニコラスさ・・・。』

 『スキル【夜凪】』


 ニコラスは、躊躇なくゴッドスキル【夜凪】をザハール部隊全員に使用した。


 『もしも~し、聞こえる?聞こえたら返事して~?・・・ってまぁ、聞こえてるわけないけど。』


 ニコラスは、ザハール部隊の抹殺が完了したことを【精神感応】で把握し、そのままスキルの発動をやめた。


 「さてと、これで粗大ゴミの処理は終わったことだし。」


 ニコラスはソファーの横に置いてあるお気に入りのグラスに、最高級ワインを注いだ。そして、ザハールから得たユリウスの情報に、これ以上ない喜びを感じていた。


 「いいねぇ~、魔力を全て奪うスキルなんてマジで最高じゃん!また、近いうちに殺処分しに行くか!」


 ニコラスの狂気に満ちた笑いは、夜景の中へと溶けていった。

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