第14話 幸福亭

 俺はトゥーリに案内されるがまま、「幸福亭」の中に入った。外観からある程度想像していたが、案の定、宿の中もボロボロだった。1階の大部分はテーブル席、入口のすぐ右側がカウンター席、その奥が階段となっていたが、いたるところに色んな亀裂が入っている。床もギィギィと変な音がし、底が抜けそうな感じだ。そして、不思議なことに、この時間帯ながら、客が誰一人おらず、閑散としている。


 ・・・よし、宿を変えるか。


 「改めまして、ようこそ!こうふくて・・・。」

 「あっ、大事な用事を思い出したから、俺はこの辺で・・・。」


 俺はトゥーリの言葉を最後まで聞かず、すぐに出ようとした。しかし、俺の左袖が物凄い力で掴まれ、入口に行くのを妨げられた。


 「おや、トゥーリさん、何を?」

 「ユリウスさん、幸福亭はここですよ?」

 「トゥーリさん、離してください。」

 「ユリウスさん、食事付きの最高のお宿『幸福亭』はここですよ?」

 「おい、離せ!!俺はこんなところに泊まるつもりはないぞ!!」

 「そんなこと言わずに泊ってくださいよ!見ての通り、閑古鳥が鳴いてるんです!お願いですから!!せめて、食事だけでも!!」 


 俺はトゥーリを引き剥がそうとしたが、トゥーリも負けじと俺にしがみついて、離そうとしない。何という馬鹿力・・・!おい、こんな力が出せるなら、普通ひったくられないだろ!!油断しすぎだ!!


 その後、俺とトゥーリの一進一退の攻防がしばらく続いた。お互い疲弊し、はぁはぁと息切れしている。すると、テーブル席の奥 ―厨房のようなところ― から熊のような大柄な男がやってきた。


 「トゥーリ、大きな声を、出して、どうしたんだ?」


 えっ、何この超ガタイの良い強面のおっさん。ここ、ぼったくりの宿だったの?「一旦、店の中に入ったんだから、入場料払えよ。」とか、難癖つけられて、お金を根こそぎ奪おうってか。・・・よし、戦おう。もしものときは、俺の魔法で・・・。


 「パパ!」


 ・・・パ、パ、パ、パ、パパ!?この熊男がトゥーリの父親!?え~、嘘だろ・・・。全然、似てね~。


 トゥーリの父親は、某戦場カメラマン並みにゆっくりと娘に話しかけた。そして、娘と対峙している俺の存在に気づき、ペコリと頭を下げた。


 「これは、お客様、娘のトゥーリが、ご迷惑をおかけし、申し訳、ございません。」

 「あっ、いえ・・・。」


 トゥーリの父親は大きな体を30度曲げ、丁寧に謝罪した。良かった、ぼったくりの店によくいる「怖いおっさん」じゃないみたいだ。


 「トゥーリ、お客様を、困らせたら、ダメじゃないか。」

 「だって、ユリウスさんが宿泊も食事もせずに帰るっていうから。」

 「だって、ではないよ。お客様を、無理やり、引き留めるのは、良くないって、分かっている、だろう?」


 トゥーリの父親は、表情を変えることなく、ゆっくりとした口調でトゥーリを優しく宥めた。トゥーリも自分の行動を反省したのか、無言で俯いている。傍から見ても、親子関係は悪くないだろう。


 「お客様、すみません。うちの宿は、この通り、ボロボロで、客もほとんど、来ません。帰りたくなる、気持ちは、痛いほど、分かります。」

 「まぁ・・・、あはは・・・。」


 自虐的に微笑むトゥーリの父親に、俺は苦笑するしかなかった。こういう場合、何と返すのが正解なのか・・・。


 「ただ、手前味噌ですが、料理には、とても自信が、あります。良かったら、一口だけでも、食べて、いきませんか?」


 トゥーリの父親の提案に俺は悩んだ。今から、新しい飲食店や宿泊施設を見つけるのは正直、骨が折れそうだ。しかし、外観と内装から「幸福亭」が、いわゆる「当たり」の店とは到底思えない。ただ、トゥーリの父親の目には、「美味しい料理を振る舞える。」という自負や矜持が宿っているように感じる。娘も、目をカッと見開いて俺を見つめている。


 ・・・いや、トゥーリの圧がすごいな。目力だけで人を殺められそうだけど。


 「・・・分かりました。では、お父さん自慢の料理を食べさせてください。泊まるかどうかは、それから考えます。」

 「ありがとう、ございます。」

 「あ、ありがとうございます!!」


 俺の言葉にトゥーリの父親は再び、深々と頭を下げた。それに遅れて、トゥーリも急いでお礼を言い、お辞儀した。


 「あっ、申し遅れ、ました。私は、このトゥーリの、父親で、『幸福亭』店長の、モルガンと、申します。どうぞ、よろしく、お願いします。」

 「自分は、ユリウスと言います。こちらこそ、よろしくお願いします。」


 俺とモルガンさんは、お互い簡単に自己紹介した。その後、モルガンさんは料理を作りに、厨房へと向かった。どんな料理が来るのか分からないし、美味しいのかどうかも、正直なところ怪しい。だが、俺はモルガンさんの真っすぐな眼と自信に満ち溢れた言葉に、とても期待したくなったのだ。


 俺は、客が誰もいなかったので、広々と使える四人掛けのテーブル席に座った。内装を見たり、厨房の方を覗いたりしながら、料理が来るのをドキドキしながら待った。そして、15分ぐらい経った頃だろうか、トゥーリが丁寧に料理を運んできた。


 「お待たせしました!『幸福亭』のイチオシ、ハンバーグセットです!」


 トゥーリは俺の目の前に、ハンバーグ、サラダ、パン、ポタージュ、水を一つずつ丁寧に置いた。


 ・・・へぇ~、この世界でもハンバーグってあるんだな。何の肉を使っているか、全然分からないけど。


 「ごゆっくりどうぞ。」


 トゥーリは俺に一礼し、厨房へと消えていった。


 「さて。ではいよいよ、異世界転生後、初の食事といきますか。・・・いただきます。」


 手を合わせたあと、俺はテーブルの隅に置かれたナイフとフォークを取り、ハンバーグをど真ん中で切り分けた。すると、スッと切れた断面から、滝のように肉汁が溢れ出し、食欲をそそる肉の良い匂いが俺の鼻を包んだ。


 ・・・えっ、なにこれ、やば。めっちゃ美味そう。というか、絶対に美味いやつやん。


 ハンバーグを食べやすい大きさに切り分け、俺はおもむろに一口食べた。


 「いや、うまっ!!!!!!」


 口の中でもハンバーグの肉汁がドバドバと溢れ出した。また、肉のジューシーさも異常で、一本一本の歯がハンバーグを噛むたびに感動している。さらに、ハンバーグの上にかかった黒いソースも、うま味やコクなどが感じられ、ハンバーグをより病みつきになる味に、生まれ変わらせている。何じゃこりゃ!!


 腹ペコだったこともあり、俺はものの数分で完食した。フレッシフィオナサラダも、コクのあるポタージュも、ふわふわなパンも、本格的な食感や風味で、申し分なかった。


 「どうですか、美味しい・・・って、もう食べ終わったんですか!?」


 厨房の手伝いを終え、料理の感想を聞きに来たトゥーリは、すでに空になった皿を見て驚愕の表情を浮かべた。


 ・・・いや、だって、めっちゃ美味しかったんだもん。


 「ごちそうさま。そこの君、この料理を作ったシェフを呼んでくれ。」

 「は?」


 ・・・うん、やっぱりこのノリは通じないか。


 「いや、えーと、モルガンさんを呼んできてほしいです。」

 「あぁ、そう言いたかったんですね。」


 トゥーリは納得した感じで、モルガンさんを呼びに行った。・・・恥ずかしっ!!


 しばらくすると、トゥーリと一緒にモルガンさんがゆっくりと歩いてきた。


 「ユリウスさん、どうで、しょうか。私自慢の、ハンバーグ、セットは・・・。」


 「いや、本当に最高でした。今まで食べた料理の中で、一番美味しかったです。ダントツです。間違いです。」

 「そ、それは、何よりです。料理人、冥利に、つきます。」


 モルガンさんはニコニコと笑いながら、白い歯を見せた。そして、よく見ると、目尻にはキラッと光るものがあった。 


 宿の見た目は、お世辞にも綺麗とは言えない。しかし、料理は絶品で、非の打ち所がないと思う。「幸福亭」を見た目だけで判断していた自分が、今更恥ずかしい。


 「あの相談なんですが・・・今日ここで1泊することは可能でしょうか?」

 「「えっ!?」」


 モルガンとトゥーリの父子の声が重なった。そこまで驚くことなのか。


 「ぜ、全然、構わないの、ですが、お部屋に、関しては、そこまで、自信は、ありませんよ?」

 「大丈夫です。ある程度、予想はついてますから。」


 まぁ、見た目からして泊まる部屋も小綺麗な感じではないだろう。でも、それでいい。雨風がしのげて、寝るところがあれば何ら問題ない。それよりも俺は、この『幸福亭』が気に入った。モルガンさんとトゥーリの人間性は魅力的で、話していても居心地が良い。料理も極上で、転生後の初食事がここで良かったと思う。とりあえず、明日からどうするかを考えるためにも1泊しよう。


 「それで、食事代と宿泊代は、いくらですか?」

 「あ、はい。食事代が、銀貨1枚、宿泊代は、1泊、銀貨3枚と、なって、います。合計で、銀貨4枚、ですね。」

 「パパ、ユリウスさんは、私の恩人だから少し安くしてほしいんだけど・・・。」

 「え、そう、なのか。だったら、1泊の、宿泊代は、銀貨1枚に、しようか。ユリウスさん、合計で、銀貨2枚、です。」

 「えっ、良いんですか!?すみません、ありがとうございます!」


 トゥーリの口利きもあり、値段が半額になった。安くすると言っていたが、ここまで安くしてもらえるとは・・・。逆に気が引けるな。


 俺は今日もらった麻袋から銀貨を2枚取り出し、モルガンさんに渡した。


 「これでお願いします。」

 「はい、ちょうど、いただき、ます。本当に、ありがとう、ございます。」



 代金を払い、俺は早速、泊まる部屋に行くことにした。トゥーリに案内され、「幸福亭」の2階に上がると、小部屋が5つぐらい、所狭しと並んでいた。その中でも一番グレードの良い部屋を紹介され、俺は遠慮なく入室した。


 部屋に入ると、年季の入ったマットレスが敷かれた木製ベッドが目に入った。その近くには、小さなテーブルと椅子があり、激安のビジネスホテルのような印象を受けた。木製ベッドの対角には、縦長の窓が備え付けてあり、外の様子が分かるようになっている。


 俺は麻袋や説明書などの荷物をテーブルの上に置き、体の汗や汚れを落とそうと1階へと降りた。この世界にも、風呂やシャワーがあるといいんだが・・・。


 「あ、トゥーリ。ここって、お風呂かシャワーってある?」

 「ユリウスさん、すみません。残念ながら『幸福亭』に水浴びの設備はないんですよ。」


 まさかの風呂なし宿とは・・・。


 「了解・・・。」


 トゥーリの言葉に、俺はシャワーを諦め、そっと自室へと戻った。


 ・・・ただ、「水浴び」って言ってたからな。シャワーのようなものはきっとあるはずだ。明日、公衆浴場とか探してみよう。


 そして、ベッドに横たわり、俺は今日1日の出来事を回想しながら、明日することをじっくり考えようとした。しかし、疲れが相当溜まっていたのだろう、頭の整理が終わると、すぐに眠りについた・・・。

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