第13話 人助け

 斡旋所を出て、しばらく歩を進めると、夜の帳が下りた。この世界も太陽(?)が沈み、月(?)が出てくるのか。そして、恐らく、光属性魔法を使用しているのだろう、宙に浮く丸い灯りでウェグザムの街並みは美しくライトアップされ、幻想的な雰囲気を醸し出している。


 「そろそろ、本気で晩御飯と宿泊場所を見つけないとな。」


 俺は日雇いの報酬を持ったまま、美味しそうな匂いがする方へと進んだ。道中、大衆向けの居酒屋がいくつかあったが、変なトラブルを避けたい俺は、無難な飲食店や旅館を探した。酔っ払いほど、面倒くさい奴はいないからな。


 ウェグザムの大通りを歩いていると、突然、前方数十mぐらいから若い女性の叫び声が聞こえた。


 「ひ、ひったくりー!!」


 ・・・魔法が発展したこの世界でも、ひったくりとかあるんだな。



 俺が心の中で、顔も知らない被害女性に同情していると、前から金髪の男が、女性用の鞄を左脇に抱えて全速力で走ってくるのが見えた。この男がまさに、ひったくり犯だろう。さすがに、周りの人たちが捕まえるだろうと思い、俺は傍観していた。 


 しかし、俺の予想に反して、通りを歩く人々はひったくり犯だと分かっていながら、見て見ぬふりをした。さらには、ひったくり犯を応援する声まで聞こえた。


 「おいおい、異様すぎるだろ・・・。」


 ひったくり犯を見過ごす人々の多さは、まさに異常と言う他なかった。その光景を見た俺は、沸々と怒りがわき、ひったくり犯を絶対に逃すまいと誓った。それと同時に、周りがどうにかしてくれるだろうと、傍観した俺自身に対しても怒りを覚えた。


 「俺が何とかするべきだったな。」


 俺は自分の頬を両手で1回叩き、前からヘラヘラと笑いながら走ってくる金髪男の正面に立ち塞がった。


 「おい!!そこをどけ、クソガキが!!刺されたいのか!!」


 立ち止まった金髪男は声を荒げながら、サバイバルナイフに似た小さな刃物を取り出し、俺の胸につきつけた。


 「刺されたくはないですが、どきたくもないです。というか、鞄を女性に返してください。」

 「はぁ!?なめてんのか!!そんなに刺されたいなら、本当にぶっ刺してやるよ!!」


 俺の挑発に乗った金髪男は、ナイフを俺の胸めがけて突き刺そうとした。


 ・・・身体強化のおかげで、めちゃくちゃ遅く見えるな。

 

 俺は『インペリアル・エイプ』よりも、断然ノロマに感じる金髪男の攻撃を簡単に躱した。そして、ナイフを持った右手首を掴み、思いっきり外側にひねった。


 「痛たたたたた!!!」


 金髪男はあまりの痛さに声をあげ、ナイフと女性用の鞄を地面に落とした。


 ・・・高校生時代に、護身術を動画サイトで見ていて良かった。こんなところで役に立つとは・・・。


 「クソがーーー!!!!!」


 容易く無力化されたのがよっぽど悔しかったのか、金髪男は自分の右手首を掴んでいる俺の左手を無理やりほどき、勢いよく殴りかかってきた。


 ・・・久しぶりに見たな、こんな学習しない人間。なんか、憐憫の眼差しを向けてしまう。


 先程と同様、俺は金髪男のグーパンを華麗に躱し、カウンターでみぞおちに一発、膝蹴りをくらわせた。もちろん、身体強化があるから、かなり手加減したが。


 「アッ・・・グゥア・・・。」 


 俺の膝が綺麗に入ったのか、金髪男は弱々しい声を出しながら、その場に倒れ込むように、うずくまった。俺は、へたり込んだ金髪男を横目で見ながら、女性用の鞄を拾い上げた。すると、前方から茶髪でショートヘアーの若い女性が息を切らしながら、走ってきた。見た目からして、14~15歳だろう。敬語の必要はないか。


 「あ、あの・・・!はぁはぁ・・・。あ、ありがとう・・・ご、ございます!はぁはぁ・・・。」 


 全力で走ってきたのだろう、ショートヘアーの女性の息切れが半端ない。


 「いえいえ。この鞄、どうぞ。」


 「ほ、本当に・・・。はぁ・・・。あ、ありがとう・・・ご、ございます!」


 女性は息を切らしながら、何度も頭を下げ、感謝を述べた。最初は遠くてよく分からなかったが、女性の顔は全体的に皮膚がただれており、何とも痛々しい感じだった。見た目からして、恐らく火傷のあとだろう。


 「ひったくり犯は、ここでうずくまって・・・あれ!?」


 俺は振り返り、金髪男がうずくまっていたところを指差したが、そこには誰もいなかった。


 ・・・マジか、油断した。でも、あの状態から、よく立ち上がれたな。次会った時は、絶対に捕まえてやろう。


 「本当にごめん!!ひったくり犯、取り逃がした・・・。」 

 「い、いえ!鞄を取り返してくださっただけで十分です!ありがとうございました!」


 呼吸が整ったのか、女性は息切れすることなく、明るい笑顔で答えた。うわ~、眩しいなぁ。


 「そう言ってくれると助かる。じゃあ、俺はこれで。次からは気をつけた方がいいよ。」 


 人の往来が多い大通りでひったくり犯を倒したことで、道行く人の話し声がざわざわと聞こえる。


 ・・・やばい、善行とは言え、こんなところで変に目立つのは良くない。


 俺は足早にこの場から立ち去ろうとした。しかし、そうは問屋が卸さなかった。


 「あの!!」 


 歩き出そうとしたとき、女性が俺の袖を掴みながら呼び止めた。


 ・・・あぶっ!もう少しで、こけるところだったぞ。


 「すみません、急いでいらっしゃると思うのですが、何かお礼をさせてください。」 


 ・・・そう来たか。個人的には、お礼よりも早くこの場から立ち去りたいのだが。


 「いや、全然気にしなくていいよ。たまたま通りかかって、運よく取り返せただけだから。」

 「いえ、そういうわけにはいけません!何かお礼をさせてください!」

 「いや、大丈夫!」

 「いえ、ダメです!」


 ・・・なかなか粘り強いな。んー、どうするべきか・・・・・・。あっ、そうだ!


 「・・・分かったよ。じゃあ、この辺でオススメの飲食店と宿を教えて?なかなか良いところが見つからなくて・・・。」


 俺は自ら探す手間を省くため、お礼を兼ねて、この女性にイチオシの飲食場所と宿泊施設を尋ねた。恐らく、この街の住人だろう。きっと良いところをいくつか知っているはずだ。


 「そうだったんですね!実は、私は父と一緒に、観光客向けの宿をこの近くで経営してまして!別料金はかかりますが、食事も毎食提供しています!良かったら、1泊どうでしょうか?」


 ・・・マジか、これはラッキーすぎる!食事付きなら、長期的に宿泊するのもありだな。お金にも余裕はあるし。 


 「本当か!それは助かる!じゃあ、そこに泊まろうかな!」

 「それは良かったです!では、早速案内しますね。もちろん、お礼も兼ねているので、お安くしておきますよ!」

 「おぉ、ありがとう!」

 「あっ、すみません!自己紹介がまだでしたね。私はトゥーリと申します。今後ともよろしくお願いします。」

 「俺はユリウス。こちらこそ、よろしく。」


 俺たちは、簡単に自己紹介を済ませ、トゥーリとその父が経営する宿へと向かった。


 俺はトゥーリのあとをついていった。大通りを真っすぐ数分歩いたあと、左にある少し薄暗い脇道に入った。足元に気をつけながら、一列になって脇道を通り抜けると、目の前には小さな一軒の古い宿があった。宿自体は2階建てで、赤煉瓦と木でつくられていた。しかし、頑丈そうな見た目の割に、かなり古びている。寂れた看板には、かすれた文字で「幸福亭」と書かれてあった。


 「ここが私と父が経営する宿、『幸福亭』です!」


 ・・・おいおい、予想以上に年季が入っているけど、色々と大丈夫か?


 俺は宿の外観からすでに不安になった。しかし、満面の笑みを浮かべて案内をするトゥーリを見ると、何も言い出せない。


 「へ、へぇ~・・・。な、なるほど~・・・。」


 俺は当たり障りのない反応で、何とかやり過ごそうと考えた。 


 「では、宿の中にご案内しますね!」


 トゥーリに連れられ、俺はいよいよ「幸福亭」の中へと入った。


 ・・・中がめちゃくちゃ不安だ。

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