第15話 第二の人生

 何か色々と夢を見ていた気がするが、俺はパッと目が覚めた。窓の外はまだ薄暗く、太陽(?)も全く昇っていない。


 「ト、トイレ・・・。」


 尿意で起きた俺は、かすむ目をこすりながら立ち上がり、「幸福亭」の2階廊下の奥にある古臭いトイレに行った。水属性魔法が付与されているのか、水洗トイレだったが、赤褐色の便器と黒ずんだ壁には若干引いた。


 早々にトイレを済ませて、自室に戻ろうとすると、階段の奥から光が差し込んでいた。1階の天井に備え付けてあった、光属性魔法付与のライトが灯っているのだろう。


 「モルガンさんが、明日の仕込みでもやってるのかな。」


 深夜から仕込みを頑張るモルガンさんに敬意を表しつつ、どのような仕込みをしているのかが少し気になった。特に、あの絶品ハンバーグの肉の正体や作り方は、是非とも知りたい。


 眠気が少しだけ覚めていた俺は、階段の手すりをつかみながら、1段1段降りていった。すると、モルガンさんとトゥーリの話し合う声が薄っすらと聞こえてきた。俺はもう数段、階段を降りて二人の会話に、こっそりと耳を傾けた。


 「で、そのときに、ユリウスさんがひったくり犯を倒してくれたの!」

 「へぇ~、それは、すごい。ユリウス、さんに、感謝、しないと、ね。」

 「うん、この鞄には大事な生活費だけじゃなくて、ママの形見も入ってたし。」

 「トゥーリが、小さい、頃から、ずっと、大切に、している、髪留め、だね。」

 「そう。ママが毎日つけていた髪留め。最期のとき、そっと私にくれたんだ。」

 「トゥーリは、レベッカに、よく似て、美人だ。だから、その髪留めも、とても、似合う、はずだよ。」

 「ありがとう、パパ。だけど、この顔じゃ無理だよ。」

 「ごめんね。パパのせいで、トゥーリには、とても、辛い思いを、させて、しまって、いるね。」

 「ううん。パパのせいじゃないよ。この街、この州、この国、そしてこの世界が、おかしいんだよ。私たち『モノ』に対する偏見とか差別が、どこにいってもあるんだから。それに、パパもママも『モノ』だったから、遺伝的に私が『モノ』になるのは当然だし。全然恨んでなんかいないよ。」

 

 ・・・トゥーリとモルガンさんは、フィオナと『モノ』だったのか。



 「そう言って、くれると、少しは、救われる、かな。でも、『モノ』の、せいで、トゥーリの、美しい顔に、取り返しの、つかない、傷が、ついて、しまった。それは、本当に、すまない。」

 「何で、パパが謝るの!悪いのは、私が『モノ』だからって、『ファイアーボール』を急に後ろから撃ってきたあいつらじゃない!!むしろ、パパが一生懸命、回復魔法を使ってくれたから、この火傷の跡で済んだんだから!」

 「まぁ、そうかも、しれないね。でも、トゥーリが、『モノ』として、生まれた、のは、『モノ』である、パパに、責任が、あるから。」

 「そうかもしれないけど・・・。でも、『モノ』ってだけで、碌な薬も売ってくれずに、ママはそのまま流行り病で亡くなったじゃない!生まれたときのスキルの数で、その先の人生が決まるなんて、やっぱり、この世界はおかしいよ!」

 「・・・そう、だね。パパも、ずっと、おかしいと、思って、いるよ。だけどね、その、一方で、どうしようも、ない、とも、思って、いるんだよ。『モノ』は、この世界じゃ最弱だからね。」

 「確かに、『モノ』はスキルが1つしかなくて、弱いけど・・・。けど、それだけで差別されるなんて、納得できない!」

 「フフッ。トゥーリは、本当に、良い子に、育って、くれたね。パパは、とても、嬉しいよ。」

 「パパのおかげだよ。ここまで育ててくれて、ありがとう。あっ、そういえば、ユリウスさん、私の顔を見ても、全然変な顔しなかった。私の火傷顔を見ると、皆が嫌な顔をするのに。」

 「そうか。ユリウス、さんは、本当に、根が、良い人、なんだね。」


 俺は、「幸福亭」を営む父娘の本音の会話を聞き、胸がキュッと苦しくなった。フィオナやエルマさんだけでなく、トゥーリやモルガンさんも「モノ」というだけで、筆舌に尽くしがたい辛い経験をしているのだ。トゥーリの顔全体が火傷でただれているのも、「幸福亭」がすごく寂れているのも、トゥーリがひったくりに遭った際に誰も助けようとしなかったのも、「モノ」=「弱者」という社会通念が、この世界を支配している結果なんだろう。


 ・・・転生しておいて何だが、胸糞悪い世界だな。


 1階に降りることなく、俺は階段をゆっくり上り、静かに自室へと戻った。そして、これからどう行動するべきか、ベッドの上で横たわりながら、夜が明けるまで思案した。







 部屋の窓から朝日(?)が差し込んできた。俺は、夜中に起きてからずっと、今後の行動や生き方などについて考えていた。そして、いくつかの方針が決まった。


 俺は、サッとベッドから立ち上がり、トイレ横に設置された洗面所へと向かった。トイレと同様に、水属性魔法が付与されている蛇口をひねり、冷水でバシャバシャと顔を洗う。洗面所には、硬いちり紙が重ねて置いてあり、俺はそれを1枚取って顔を一通り拭いた。


 「よし!」


 濡れたちり紙を勢いよくゴミ箱に捨て、頬を軽く両手で叩いたあと、ゆっくり階段を降りた。1階の厨房では、モルガンさんが朝食の準備をしており、テーブル席をトゥーリが丁寧に水拭きしていた。カウンターを通り越し、テーブル席まで行くと、トゥーリが俺に気づいた。


 「あっ、ユリウスさん、おはようございます!朝食まで、もう少し待ってくださいね。」

 「おはよう、トゥーリ。」


 俺はトゥーリに挨拶し、そのまま昨日と同じテーブル席に腰掛けた。しばらくすると、朝食が完成し、モルガンさんが皿に盛りつけると、トゥーリは慣れた感じで俺のテーブルに運んできた。


 「お待たせいたしました。朝食のサンドウィッチセットです。」


 転生後初の朝食は、サンドウィッチ2個、野菜スープ、水の3点セットのようだ。サンドウィッチについては、1個が玉子で、もう1個がハム&レタス・・・だと思う。野菜スープには、玉葱や人参に似たものが入っており、コンソメに近い香りがする。


 「いただきます。」


 合掌後、俺はメインのサンドウィッチから食べ始めた。玉子サンドは、濃厚な玉子とほんのり甘いパンが絶妙にマッチし、頬が落ちるぐらい美味しかった。一方、ハム&レタスサンドは、ジューシーなハムとシャキシャキレタスのハーモニーが口の中いっぱいに広がり、それをやさしくパンが包み込むような味わいだった。


 贅沢で美味なサンドウィッチを2個一気にたいらげると、続いて野菜スープを飲み干した。コンソメ風味のやさしい味わいで、具の野菜は素朴な味がした。朝の胃袋にやさしい一杯だと思う。


 「ごちそうさまでした。・・・トゥーリ!」

 「あ、はーい!今、行きまーす!」


 もう一度手を合わせると、俺はカウンター席で作業していたトゥーリを呼んだ。


 「どうされました?あっ、朝食が食べ終わったんですね。すぐに片付けます。」


 小走りでやってきたトゥーリさんは、完食している状況を見て、空の皿やコップをテキパキと片付け始めた。


 「いや、そういう意味で呼んだわけじゃないぞ。」

 「えっ?」


 皿をお盆の上に乗せたまま、トゥーリは「片付けではないなら、どういう要件ですか?」と言いたげな顔で、俺を不思議そうに見ている。


 「実は・・・この『幸福亭』に、1週間ほど泊まらせてほしいんだ。」


 (ガッシャーン!!!!!)


 「ちょっ、トゥーリ!?」


 俺の言葉を聞くや否や、トゥーリは空皿やコップを乗せたお盆を床に落とした。いや、手からこぼれたと言うべきだろうか。完全に目が点になって、硬直している。


 ・・・皿、全部割れてるけど大丈夫か。


 「あ、あぁ、すみません!私の聞き間違いですね!もう一度、言ってもらえますか?」

 「え、あぁ。この『幸福亭』に、もう1週間ほど泊まらせてほしい。」


 ・・・あっ、また固まった。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



 「本当ですか!?冗談とかではないんですよね?からかってもないんですよね?」

 「もちろん、本気だ。」


 割れた皿を急いで片付けたトゥーリは、父のモルガンさんと一緒に、俺の向かいの席に座った。まだ信じられないという顔をしている。


 「ユリウス、さん、急に、どうしたん、ですか?とりあえず、1泊、ということ、でしたが、なぜ、突然、1週間、に?」

 「理由は大きく3つあります。1つ目は、『幸福亭』の料理が最高に美味しいからです。昨晩も今朝も、本当に極上の味で、毎日食べたいと本気で思いました。2つ目は、モルガンさんとトゥーリの人間性に惹かれたからです。お二人の言動には、思いやりや誠実さが感じられて、『幸福亭』に居心地の良さを感じたからです。3つ目は、しばらく、このレミントンに滞在する予定だからです。長期的に泊まれるのであれば、『幸福亭』が1番かと思いました。」


 モルガンさんの質問に、俺は躊躇うことなく、本心を伝えた。まぁ、一番の理由は「モノ」であるがゆえに、過酷な状況を強いられている父娘を、何とか助けたいからだ。ただし、この理由は「昨晩の会話を盗み聞きした。」と、自白することになるので、モルガンさんたちに言うことはできない。


 「なるほど。分かり、ました。こちらと、しては、何も、問題は、ありません。むしろ、ありがたい、限り、です。」

 「本当にありがとうございます、ユリウスさん!是非、1週間と言わず、1ヶ月ぐらい泊まっていってください!」

 「あはは・・・。まぁ、さらに延長するかどうかは、1週間経ってから考えます。」


 トゥーリは相当嬉しかったのだろう、満面の笑みを浮かべながらも、少し涙目になっている。


 俺は何とか、モルガンさんとトゥーリの役に立ちたい。出会って間もないが、この二人には何としてでも、幸せになってもらいたいと思う。とりあえず、今の自分にできることは、「幸福亭」にできるだけ多く泊まって、お金を落とすことだろう。


 そして、俺の「第二の人生」の目標は、「モノ」への偏見・差別を解消することだ。長期的な目標にはなるが、「モノ=無能、弱者、雑魚、クズ」などというこの世界の腐った社会通念を、まさに「モノ」である俺が打破してやりたい。それに、転生者である俺が、凝り固まったステレオタイプを打ち壊すのには、うってつけの人物だろう。

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