第1章

第1話 異世界転生

 しばらく意識が途絶えていたが、徐々に覚醒するのが分かった。

 あまりの眩しさに目を開けると、燦燦と照りつける太陽のようなものと青空が見えた。青く澄んだ空には、鱗雲がゆっくりと流れ、どこからか小鳥のさえずりが聞こえてくる。


 「・・・ついに、異世界に転生したのか。」


 それと同時につい先程まで睨みつけていた、あのアホ女神のドヤ顔が脳裏をよぎった。


 「さてと、まずは状況確認だな・・・。」


 うん、まぁ何となくどういう状況か、体感的に分かるんだけどね。


 「最初に・・・両手には何もないと。」


 案の定、俺は「アイテム」も「武器」も、その他何も持っていなかった。


 「次に・・・ポケットにも何もないと。」


 死ぬ直前に着ていたカジュアルな服装だが、案の定、俺のポケットには「アイテム」も「武器」も、その他何も入っていなかった。


 「最後に・・・下着の中にも何もないと。」


 案の定、俺の下着の中には、立派な「息子」以外、何もなかった。


 俺は大きく息を吸い、記念すべき転生後初めての言葉を発した。 


 「おかしいだろーーーーー!!!!!!!!!!!!!!!!」


 何もない草原で、俺の大絶叫だけが風に運ばれていった。


 ・・・あっ、さっきの小鳥が飛んでいったな。







 さて、今の状況を整理しよう。


 俺、佐藤優紀は無事に異世界に転生した。そして、所持品は何もなし。


 「うん、もう詰んでるやん。両王手されてるやん。藤井聡太もビックリの対局やで。」


 やばい、危機的状況すぎて、変な関西弁が出てしまった。


 「でも、普通ここまでやるか?あのアホ女神。俺の拳骨とチョップ、そんなに痛かったか?嫌がらせにも程があるだろ。」


 転生者に何も持たせない、転生を司る女神って何?バグ?


 そんな感じで、あのアホ女神の仕打ちを恨めしく思っていると、俺は一つ大事なことを思い出した。


 「あれ、そういえば、異世界転生に関する説明書は?」


 俺が転生する前、眠気さに説明責任を放棄したアホ女神は、俺に1冊の説明書を渡した。あの本さえあれば、これからの異世界生活を何とか充実したものにできるはずだ。


 「・・・あれ?どこにもないぞ?」


 ポケットや俺が転生した場所の近くなど、思いつく限りのところを探したが、全く見つからない


 「え、まさか、説明書なしでこれから異世界生活を送れと?」


 転生からわずか5分。早速、俺はかつてないほどの絶望を感じた。しかし、涙目で項垂れている俺の頭上から何かが落ちてきた。


 「痛っ!!!!!」


 ボトッという何かが地面に落ちる音が聞こえた。後頭部をさすりながら、その方向を見ると、そこには1冊の文庫本が落ちてあった。その本を見た瞬間、俺は絶望の淵から舞い戻り、ベートーヴェンもビックリの、歓喜の声をあげた。


 「説明書来たーーー!!!!!」


 俺は急いで説明書を拾い上げ、思いっきり抱きしめた。それはもう、童貞とは思えない程の、熱い熱い抱擁だった・・・。


 説明書に何度も接吻したところで、ハッと気がついた。このタイミングで、説明書が落ちてきたということは・・・。

 「おい、アホ女神!大事な説明書を忘れてるんじゃねーよ!!ちゃんと仕事しろ~!!」


 俺は説明書を天高く突き出し、あのアホ女神に文句を言った。脳裏には、「テヘペロ♥」としている憎たらしい顔が浮かんだ・・・。


 説明書を何とかゲットした俺は、自分が今どこにいるのかを確認した。周囲を見渡すと、山々や草原が広がり、生前の地元の風景に近い感じがした。「ザ・田舎」というべきところか。


 「とりあえず、説明書を読むか。どれどれ・・・。」


 俺は、説明書の目次から「異世界転生直後について」と書かれたページを開いた。


 「えーと、異世界転生には『街の中に転生する場合』と『草原や森林の中に転生する場合』の二つがあります。」


 なるほど、転生場所は2パターンあるのか。


 「ただ、『街の中に転生する場合』がほとんどです。『草原や森林の中に転生する場合』は、滅多にありません。」


 おぉ!マジか!もしかして俺、最高の場所に降り立ったんじゃない?あのアホ女神も、やるときはやるんだな。


 「街の中に転生すると、神の自動調整機能が働き、周囲の人々が色々と世話を焼いてくれます。ですので、街の中に転生した場合は、しばらくは成り行きに任せるのが吉だと思われます。」


 へぇ~、街の中に転生したらそうなるのか。まぁ、転生後いきなり通報・逮捕とかになっても困るだろうし、当たり前といえば当たり前か。


 「一方、草原や森林の中に転生すると、」


 おっ、いよいよ俺のパターンだな。果たして、どんな幸運要素が・・・。


 「神の自動調整機能が一切働きません。自力で何とか生き延びてください。また、草原や森林の中には魔物や魔獣といった人間の敵となるモンスターが棲息していますので、ご注意ください。まぁ、そもそも、草原や森林の中に転生することは、神の手違いでない限り、あり得ませんので。えっ、あなた、草原や森林の中に転生してしまったの!?・・・フフッ、ドンマイ(笑)」


 「なめんなーーーーー!!!!!!!!!!」


 俺は思いっきり、説明書を地面に叩きつけた。もうやだ、元の世界に帰りたい・・・。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る