プロローグ④

 説明書をおもむろにめくりながら、俺は気になっていた疑問をさらっとぶつけた。


 「そういえば、俺のスキルってどうなるんだ?自分で選べたりするのか?」


 女神の説明によると、転生体である俺は1つしかスキルを持つことができない。じゃあ、そのたった1つのスキルはどのようにして与えられるのか。もっと言えば、自分で選ぶことはできるのだろうか。


 俺の質問に、女神はニヤッと笑い答えた。


 「転生者には、女神のこの私からスキルを付与します。もし希望があれば、どうぞ言ってください。最大限、努力しますから。」


 女神の不敵な笑みに、俺は何か嫌な予感を覚えた。だが、希望通りのスキルが手に入ると分かり、嫌な予感よりも高揚感でいっぱいだった。


 「じゃあ、のんびり平和に暮らしたいから、その異世界のありふれたスキルでお願いしようかな!」


 俺は正直、あまり目立つことなく、穏やかに暮らしたい。転生するのは魔法が発展した異世界。変に目をつけられると、あとあと厄介に違いない。誰からも注目されず、悠々自適なスローライフを送ること。それが俺の願いだ。


 ・・・だが、俺のこの素敵な望みは、他でもないアホ女神によって打ち砕かれた。



 俺が望むスキルを聞くや否や、女神は大魔王かと思うぐらいの悪い顔を浮かべた。そして、その瞬間、俺は自らの過ちを悟った。あぁ、終わったわ・・・。


 「なるほど、なるほど!!では、私の最大限の努力をもって、全くありふれていない、狂ったスキルを授けてあげましょう!!」


 「あぁーー!!!!!チクショーーー!!!!!言うんじゃなかった~~!!!!!」  


 そう、俺はかつてないほどの高揚感に包まれていたことで、眼前のアホ女神のクソみたいな性格を失念していたのだ。


 「おい、アホ女神正気か?腐っても、お前女神だろ?そんなことしていいのか!?なぁ?」


 俺の悲痛の叫びを聞いた女神は、クスクスと愉快に笑いながら、


 「あれ~?私には、アグレッシブで血気盛んな暮らしがしたいと聞こえましたが?それを叶えてさしあげるだけなのに、何か問題でも?」


 こいつーー!!さっきの拳骨とチョップの報復に出やがった!!こんなに早く仕返しされるとは・・・。油断した・・・。


 いい気味と言わんばかりの満面の笑みを浮かべ、嬉々として喋る女神を横目に俺は、スローライフの夢を半ば諦めたのだった。腹を抱えてひとしきり笑った女神は、改めて俺の顔を見てゆっくりと言った。


 「では、おバカさん、改め佐藤優紀さん。あなたには、転生を司る女神イリスの名において、アルカナスキル【神奪】を授けましょう。」


 女神がスキルの名前を言うと、俺の眼前に「神奪」という神々しい光の文字が浮き出た。


 「え、何この名前、絶対ヤバいスキルじゃん。おかしいだろ。」


 名前から推測するに何かを奪えるんだろうけど、「神」の文字がついている時点ですでにおかしい。ありふれたスキルじゃないことは確かだな。


 俺の言葉を「はいはい。」と聞き流し、女神は不敵な笑みで続ける。


 「素晴らしく、感動的な異世界生活をお送りください。私はその生活を心から・・・・・・・フフッ。」

 「おい、今笑ったろ、このアホ女神!」


 女神の言葉に反応したのか、俺を取り囲むように魔法陣のようなものが突如として出現した。古代文明で使用されていそうな不思議な文字が宙を舞い、俺の周囲が虹色に輝き始めた。


 ・・・あっ、これ、完全に転生する直前だわ。


 「逡荳也阜縺ォ霆s逕溘繧後k閠譛ェ譚縺ォ逾晉ヲg上繧」


 笑いを何とか堪えながら、呪文のような長文を唱える女神を思いっきり睨む。はぁ、俺の希望は叶わず、異常なスキルを保持して転生するんだろうな。もう嫌だ、このまま天国に行くか、土に還りたい。


 「おい!せめて、高身長のイケメンな男に転生させてくれよ!なぁ、頼むから!!」


 全身を包み込む虹色の輝光に眩しさを感じながら、俺は女神に言い放った。転生の呪文を唱え終わったのか、女神はふぅっと息を吐き、そして、絶世の美女には似つかわしくない、悪魔のような笑みを浮かべた。


 「お・こ・と・わ・り♥」

 「クソがぁーーーー!!!!!!」


 俺の恨みがこもった叫びを聞き、うずくまりながら腹を抱えて大笑いする女神を睨みつけながら、俺はついに転生を果たした・・・。



☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆



 その男は、眩い虹色の輝きごと消失した。いや、転生したというのが正しいか。数百億年以上、転生を司る女神として君臨してきたが、あんな人間は初めてだった。

 本来、勇者召喚などの特例を除いて、神は人間に特別な力を与えることはない。ただ、半分は嫌がらせとはいえ、あの不思議な人間の面白い可能性に賭けてみたかったのだ。女神相手でも平気で拳骨やチョップをくらわせられる人間。女神相手でも遠慮なく、言いたいことを主張する人間。


 「佐藤優紀。」


 私は、もう一度そのおかしな人間の名をボソッと呼んだ。

 

 「願わくば、あなたがあの歪んだ世界の救世主にならんことを。」


 私の発した言葉は誰にも届かず、静かに消えていった・・・。


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