第50話 支配階層を入れ替えますの


 竜の出現で混乱しているミンワンシン市の北東部は、家財を運び足すひとでごった返しておりました。

 その中で見つけたひとつの宿屋兼酒場が営業中でしたので入りました。

 店内は意外と混んでおります。

 

 わたくしたちが入ると貧しい身なりのかたがたが、お酒で満たされたコップを片手にこちらをみられました。


「へへへ、べっぴんさんが来たじゃねえか。こっちで一緒に飲もうぜ」

「こりゃあいいや。人生最後の酒のあてが増えたぜ」


 会釈してカウンターにゆき、店主さまにお酒を注文いたします。

 メスキータには一番弱いお酒です。


「お店を開けていただいて助かりますわ」

「逃げる場所なんてねえからよ。ここにいる連中なんてみんなそうだ」


 お声がふるえていらっしゃいます。

 やはり生死にかかわる魔物が攻め込んでいるプレッシャーは相当強いですわ。

 店主さまもお酒を一杯あおられました。


「わたくしは近くで見物しましたが、敵がこの街の名代さまを引き渡せと言っておりましたわ。そうしなければ竜が街を破壊するとか……」

「本当か? こりゃお先真っ暗だ。名代がでてくるわけがねえ。ここも終わりだ」

「そう悲観なさる必要はありませんわ。お時間までに名代さまがお逃げなされば、別のかたが交渉を始めるだけですわ」

「恐ろしい魔物使いがいるんだぞ。そんなにうまくいくわけねえ。きっと街を破壊するために来たんだ」

「落ち着いてくださいませ。そのつもりならとっくにこの場所はなくなっておりますわ。この先に起こる出来事は、たんに支配者が変わるだけです。賭けてもいいですわ」

「へへへ、肝がすわったねーちゃんだ。おもしれえじゃねーか」

 

 わたくしが事を引き起こしているから、などとはお伝え出来ません。

 一日後にはピンカーさまの占領軍も到着なさいますし、略奪の禁止を守っていただかねばなりませんわ。


「どんな性格してるんだ……です」

「何か問題がありまして?」

「かわいそうにおもわねーのか……ですか?」

「それは今すべきお話ではありませんわ」

「何の話だ?」と店主さま

「お気になさらず。あなたも黙りなさい」

「へ、へえ、でも……」

「あとで答えて差し上げますわ。だからそれまではお黙りなさい」

「ぐウウ……」

「素直に頷けていい子ですわ」

「ウぅぅ」


 ああ、清々しい気分になりましたわ。

 無理やり黙らせてしまっては申し訳なく存じますが、命令するたびメスキータには忠誠を満たした満足感がやってくるのですから、ついやりすぎてしまします。


 メスキータは野生的で利己的ですのに、思いやりも少なからずお持ちになっているのが、また愉快です。


「よくわからねえが、あんたら妙な話をしてるな」

「一般常識を教えているだけですわ。おかわりをくださいまし」

「あいよ。ああ、どっちが勝ってもいいから、はやく終わってほしいもんだぜ」

「明日には片付きますわ」

「だといいがよ」


 そのまま夜通しお酒をいただき、日が昇った後、再び城砦の近くに戻りました。

 予想通りと申しますか、いただいたお返事には、名代一家は夜のあいだにミンワンシン市から脱出して、あとは騎士ドフリースと名乗るおかたが使者を遣わし、武装解除と市民の安全を申し入れていらっしゃいました。


「では約束通り街を更地にいたしましょう」

「え、えっ? いやだ……」

「冗談ですわ。降伏をうけいれに城砦にゆきます。わたくしから離れてはいけませんわ」

「襲われるんじゃねーですか?」

「お相手さま次第ですわ」


 跳ね橋は壊れておりますが、かわりに空堀ががれきで埋められて、馬車が通れる程度の通路ができておりました。ここから名代さまは脱出なされたのですわ。

 メスキータを後ろに伴って進みます。


光明の楯ルミナスシールド風鳥啄矢ディセイブルシューティング


 小声で精霊魔法をつぶやいて障壁で包みます。


「わたくしたちに続けて、堀の手間まで多頭竜ハイドラを進ませなさい」


 鼻を衝く焼死体の臭いにお口をふさぎ、入り口付近だけ片付いた城砦の焦げた門の手前では、5人の騎士さまがお待ちになっていました。

 どなたも焦燥の色が濃いですわ。

 マントも薄汚れて砦内部まで破壊が及んだと推察されます。


 わたくしたちをみて戦闘にいる老騎士さまは驚きのご表情です。

 ご不安を取り除いて差し上げるため、ピンカーさまから預かった羊皮紙の包みを取り出し、ゆっくりと広げます。


「ごきげんよう。わたくしはアテンノルン・メリテビエ・セスオレギーゼ。ベイジーシン市の領主ピンカーより遣わされた全権大使ですわ」

「女の使者だと!?」

「おのれ侮辱するにもほどがあるわ。叩き斬ってくれる!」

「黙れ! 静かにせい! 失礼した──わしは騎士ドフリース。ラーさまより留守を預かる騎士である」


 ドフリースと名乗られた老騎士さまは頭を下げられました。

 背後にいる若い騎士さまたちは、獰猛な猟犬のようにわたくしをにらんでおります。

 ドフリースさまが首紐を外せばすぐさま襲ってきそうな勢いがありますわ。


「降伏に関する書状をお持ちいたしました。どうぞ」

「なにっ! よこせ!」


 老騎士さまの背後より進み出られた騎士さまが、差し出した巻物を奪うように受け取られました。

 そのまま老騎士さまに渡されます。


「うむ、うむ……なんと……!」

「やはり不当な条件を出しましたか! 許さんぞ!」

「静かにしろ。これは本当なのか」

「ええ」

「ううむ」

 

 ドフリースさまはその場で考えこまれております。

 降伏文章の中身を要約するとこうですわ。


 『占領に不満ならば馬車一台分の財産をもって退去を認める』

 『騎士ピンカーと暗黒神に忠誠を誓えば今の地位のまま留め置く』


 たったこれだけです。

 仕えるあるじを変えて、あとはこちらの言う通りに動いてくださるなら、むやみに殺傷したり土地を召し上げたりしない、寛容さのあふれた内容ですわ。


「いかがでして? お持ち帰りになってご検討なされるに足り得ると存じます」

「よかろう。確かに受け取った。……ひとつ聞きたいのだが、ベイジーシン市のリアンさまはどうなった?」

「亡くなられました。ご家族ともども暗黒神の怒りにふれ、闇の魔法で吸い込まれてしまったと聞き及んでおります」


「ご逝去なされた噂は本当だったか……おぬしたちはどこまで進むつもりなのだ。リアンさまで飽き足らず、その兄であらせられるラーさまも追い落とし、この街まで占領して何を望むのだ。いずれ破綻して無法の報いを受けるぞ」


「不実を正すために始まった戦いですわ。敵対なされる不穏分子を排除するまで、正義の闘いは続くと存じます」

「何を女が! 無法者はおまえたちではないか! そのうえ正義を語るなど、光の神の聖名にかけても捨て置けん!」


 たびたび激高なさった騎士さまが口をはさんできます。

 主戦派というよりも、わたくしを侮って交渉相手と認めない、いつかの村の権利書をくださった使者のかたを思い出す態度ですわ。


「では降伏は受け入れられないと、この場でお決めになりますの?」

「そうではない。お前は静かにせい! すぐには結論がでぬため、しばらく話し合う時間をいただきたい」

「ええ、ですが占領軍がこちらに向かっておりますので、あまりお時間はかけられませんの」

「わしの判断だけでは、ここにおらぬ騎士たちの意向をくみ切れん。だがこの街の処遇については3時間、いや2時間あればわしがまとめて見せる。だが、すまぬがそこの巨獣は引いてくれぬか。威圧されては話し合いがよい方向に進まん」

「いいでしょう。では2時間後にお会いいたしましょう」


 ひとまずは受け取ってくださいましたの。あとは利害をお考えになって、降伏に傾けばよいのですが。

 会釈して後ろを向いたとき、鞘走る音が聞こえました。

 踏み込んだ靴底が、敷石にこすれて立てる音も。短剣を抜き放って振り返ります。


「弐十六式・無息寸斬撃ッッ!」


 若い騎士さまが裂ぱくの気合とともに、飛び掛かってきました。

 わたくしの首筋に向かって剣圧が近づきます。振り返ったときにはすでに剣の刀身が、わたくしの首に潜り込もうとしておりました。


 琥珀の短剣で刃を受け取ったときには、わずかに入った首のなかで、刀身の不気味な冷たさまで感じられました。

 深く潜り込もうとする刃を力で押し返します。もう一呼吸遅れていれば、首の半ばまで切断されておりましたわ。

 剣を弾き飛ばします。


 もう片方の手で騎士さまの首を捕まえ、そのまま地面に投げます。

 重いですわ! 重いですわ!

 手のなかで喉の潰れる感触がいたしました。

 まだ反撃なさる可能性がありますので、あごを持ち上げて喉に短剣を突き刺し、抜きました。


 仮にも騎士さまでしょうに簡単に剣を止められ、あまつさえ投げられるなんて、もっと鍛錬なさいませ!


「えぼっ」


 喉の切り口から空気の抜ける濁音が漏れました。刺創からは元気に血が溢れておりますわ。


「やめよ! やめよ! 動くな!」

「このかたの治療をお願いいたしますわ」


 ご本人は痙攣して目があらぬ方向を向かれております。

 これでは助かりませんわ。

 顎下から後頭部に向けて短剣を突き刺したとき、硬く引っかかる骨の感触を貫いて、やわらかい綿のような脳の緩さを感じましたわ。


「こいつっ」

「おやめください。まだお話し合いの途中ですわ。この出来事は事故で、交渉するおつもりはあると理解してもよろしくて?」


 焦り始めたメスキータを諫め、老騎士ドフリースさまにお尋ねします。

 ドフリースさまもかなり動揺していらっしゃいますが、剣の柄から手をお放しになる理性は残っておいででした。


「そうだ。この者の独断だ。この者が勝手に先走っただけだ。われらとしては話し合ったのちに結論を出す。この場所で戦うつもりはない」

「念のため申し上げますが、わたくしに何かあった場合は、この街に潜んだ魔物使役兵ビーストコマンドメスキータが街を破壊いたします。この焦げた廃墟の惨状を、これ以上お広げになりたくありませんでしたら、賢明なご判断をなさるようお祈り申し上げます。わたくしたちは北東にある『手を包むこの世の天女亭』におりますわ」

「承知した。城砦内で待ってくれてもかわまんが、いかがか?」

「ご遠慮いたしますわ」


 また襲われては不要な犠牲が出ますし、このような焦げ臭い場所に長居したくありませんの。

 かなり距離が離れてから、メスキータに新緑多頭竜ディープグリーンハイドラをソウルクリスタル中にしまわせました。


「あんたが殺されるかと思った……思いました」

「あの程度では無理ですの。このわたくしを倒したいのでしたら、もっと鍛錬しなければいけません」

「安心した……しました」


 子供の前で強がりを言うのは楽しいですわ。 

 首の皮一枚で済んだだけで、死んでもおかしくはない不意打ちでしたの。

 もし刀身に毒が塗られていたり、魔法的な付与で見た目以上の斬撃効果がありましたら、わたくしは胴体の動かないデュラハンになっておりましたわ。


「ここの軍はかなり混乱しております。あのような襲撃は何度でもあると覚悟しなさい」

「わかった……わかりました」


 さっそくといいますか、わたくしたちが市街地へ向かって歩いているとき、二本の矢が飛来しました。

 わたくしたちのちょうど頭に刺さる位置でしたので、かなり腕の良い弓箭兵のかたですわ。

 魔法で逸れた矢じりは道路に刺さりました。


「ヒィい!」

「危険ですこと。ドフリースさまもご苦労なさいますわね」

「こ、こんな、めちゃくちゃな話し合いなんてあるのか……! 命を狙われてばかりだ! ……です!」

「残念ながら当たり前の扱いですの。そうですわね、あなたは強盗に襲われて、いきなり喉元に刃物を突き付けられたとき、どう思いますの?」

「こわい、です」

「もしあなたに抵抗するお力があったら?」

「殺してー、です」

「つまり、そういう状況ですわ」

「あたしたち、強盗なのか……。でもメルクルディさまは正義の闘いだって言ってた……言ってました」

「ええ。わたくしたちが占領したほうが正義が行き渡りますわ。貧民のかたが餓死しない程度には富を再配分いたします。ですが攻められているほうは、こちらの事情など理解してくださいませんわ。むしろ無法な侵略者に映っているでしょう」

「なんで……いいことしてるのに、なんで! なんでだ。ですか!?」

「権力争いだからですわ。支配層をわたくしたちに入れ替えるために攻めているのですから、軋轢も生まれます。もっとも、攻めるに足る本当の理由もありますが……あなた、知りたくって?」

「ほんとうの……知りたい、です」

「ふふふ、これは秘密なのですが、わたくしは以前、ここの野外ダンジョンで鍛錬しているときに、軍のかたに装備を奪われましたの。それはもう理不尽で、武力にものを言わせた略奪行為でしたわ。わたくしも、メルクルディさまも、ライゼさまも、ベルナールさまも、敗北の悔しさに唇をかんだのです。その恨みをお返しするために、あなたをつれて街を攻撃しました。これが攻撃した理由ですわ」

「……それだけ?」

「ええ。ですから軍事力を破壊しますの。おかわいそうなのは市民のかたがたですわ。ほとんど無関係ですのに、わたくしたちに攻められた理由もお分かりにならないまま、ブレスに焼かれて亡くなられましたわ。あなたの命令で、ですわ」

「違う! あたしは、そんなつもりじゃ……」

「ええ、この街のひとは多頭竜ハイドラに焼かれ、食べられてしまいましたが、占領するためには仕方ありません。あなたはわたくしと一緒に来たのですから、よくお判りでしょう」

「そんな……」

「さあ、戻ってお酒をいただきましょう」

「……」

「もっと平和裏に解決できれば、みなさま幸せでしたわね」

「そんなぁ……」

「ふふふ、冗談ですわ。今のお話は忘れなさい」

「……」

「忘れなさい」

「あい……」


 お話し合いで解決する手段も今となっては手遅れですし、たとえ話し合っても穏便に済まないのでしたら、始めから戦ったほうが時間が省けて効率的ですわ。

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