第51話 故郷に向かって出発いたしましょう


 夜通し飲んでいた酒場にはいると、静かになっておりました。

 椅子や床で酔いつぶれていたみなさまを、避けてカウンターにゆきます。

 店主さまは奥の椅子で眠っておりましたので、お店番をなさっている店員さま──よくお顔が似ていらっしゃる店主さまのご子息さまにお酒を頼みました。


 メスキータは少々神経がまいっておりましたので、強めのお酒を頼みました。


「徹夜で飲んで出かけたと思ったら、もどってまた酒か。あんた大丈夫かよ?」

「体力には自信がありますの。お気遣いなく」

「そこのチビも元気だな」

「ね、ねられない……」

「わたくしのメスキータは優秀ですわ。ほとんど寝ずに働いてくれます」

「すげえな……ところであんたたちはどこに行ってたんだ? 兵隊が入り口に張り付いているぜ」

「騎士ドフリースさまと和平についてお話し合いをしてきましたの。2時間後に使者のかたがいらっしゃいますので、その時まで置いてくださいませ」

「はあ? 何をやらかしたんだよ」

「何って……都市の権利をお譲りくださるようお頼みしただけですわ」


「普通は冒険者なんぞ会ってくれないが……あんたの話しかたから考えると、名代さまのお孫さんかい? ってことはあんたは街が魔物に襲撃されているときに、酔っぱらって話をしに行ったのか。孫でもよくぶん殴られなかったもんだぜ。一晩中飲んでたって知られたら大目玉を食らうぞ」


「平気ですわ。それに名代のラーさまはお逃げになったので、この街の最高責任者はドフリースさまです。わたくしに譲るとお言いになれば、それが公式見解ですわ」

「何を言ってやがる」


 市井のかたとお話するのは楽しいですわね。わたくしを名代ラーさまのお孫さまと勘違いなさるなんて。

 完全武装していますが武器が短剣だけですので、ただの装備のよいだけの世間知らずの道楽冒険者に見えたのでしょう。


「ウぅ……頭がずきずきする……」

「もっとお飲みなさい」

「世も末だぜ。酔っぱらう気持ちがわからぁ」


 2時間後、酒場に使者のかたがおいでなさいました。

 酔っ払いたちがテーブルに突っ伏した退廃的な空間で、降伏を認める連判状の完成をお聞きしました。

 城砦で書状を受け取る段取りですが、わたくしがゆかなくてもよさそうですわ。

 なぜかと使者さまがお尋ねになったので、ベイジーシン市からの占領軍がもうすぐ到着するとお伝えしますと、納得して頷かれました。


「勇気ある決断を下されたドフリースさまにお礼をお伝えくださいませ──混乱は避けられましたわ」

「まちがいねーです」

「市の門まで言って軍をお出迎えいたしましょう。それではお邪魔いたしましたわ」

「ああ……あんたが、いや、お嬢さんが名代さまに成られたんですか?」

「概ねそうですわ。平和裏に終わってよかったですの」

「ですが魔物がまだ──」

「あの魔物はこの子が使役していましたの。お騒がせしましたわ」

「なんだと? ──親父、起きろよ! とんでもねえ客を入れちまってたぞ」

「あー?」

「それではごきげんよう」


 酒場を出て、遠巻きに囲む兵隊さまのなかを南西に向かいます。

 都市の南の城壁付近は、生々しい焼け跡が残っております。ブレスで薙ぎ払われた門は、一日たった今では赤茶色の瓦礫が水浸しになっております。川のそばでしたので、首尾よく消火されました。


 人のすがたは見えません。破壊跡はもの悲しくなります。築き上げた労力を無に帰してしまいました。再建にはお金と時間がかかりますわ。ラーさまのお館でも、数百人は死傷しました。残念ですわ。残念ですわ。


 北門から占領軍が、南門からはメルクルディさまからのお手紙をたずさえた妖精がやってきました。


「わあ、ここでもニンゲンを焼いたんだ。あなたのまわりは楽しいことがいっぱい!」

「やむを得ずですわ。みなさまはお元気かしら?」

「うん。海のそばのニンゲンのすみかを攻撃したんだけど、シットニンゲンがいちばんえらいひとを大きな家のまどから吊るしちゃったの。家族のニンゲンも一緒に! あれはカカシっていうんでしょ!」

「似たようなものですわ」

「シットニンゲンは街にいた夜のシンジャのかたきうちだってゆってた。街についたとき、かべから夜のシンジャたちが吊るされていたから、その仕返しだって」

「過激ですこと」


 ああ、領主さまは暗黒神の信奉者を、潜在的な裏切り者だと判断して摘発しましたのね。

 お気持ちはわかりますが、してはいけない行為です。特定の宗教を信奉しているだけで敵と判断なさったのですから、領主さまに従順な信徒も、それ以外のかたもすべて敵に回りますし、敗北した際に同様の復讐がなされてしまいます。


 メルクルディさまたちが向かったのはこの領地の首府チウ市──チアン伯領を支配なさっている領主ウージーさまがいらっしゃる都市です。ここを占領できたのですから、チアン伯領はすべてフィリーエリ教徒の支配地になりましたわ。


「ねえ、一緒にいていい? 闇のケモノもさみしがってた」

「構いませんわ」

「でもシットニンゲンはいけないってゆってた」

「まあ、お手紙に理由が書かれているのかしら」


 妖精とお話しつつお手紙を開きます。


「まぁ」


 細かな丸みを帯びた文字でびっしりと、復興作業や傷ついた港湾施設の復旧など、市内を統括する責任者になってしまったとメルクルディさまがお嘆きになっております。

 さらに戦力を一掃しすぎて都市の警備まで魔物使役兵ビーストコマンドが担わなければならないそうです。巨人が警護している街なんて襲おうとお考えになるかたはいるのかしら? 面白そうな光景ですわ。


 ですが治安維持は最優先ですし仕方ありませんわ。

 そのあとも対処すべき問題が羅列され、数か月はまちに釘付けになると書かれておりました。


 会いに来てほしい、他の人にかどわかされてはいけないと、表現をかえた同じ内容の警告が、手紙の半分以上を占めておりました。

 いささか過剰ですが、ご心配してくださっております。


 それにしてもこの戦法はいいですわね。欠点が露見するまであと4,5都市は攻め取れそうです。

 そうなればゆるぎない大領地となって、この国で安定した勢力になれますわ。


 わたくしが逃げ込める安住の地は、確保されたと考えて間違いないと存じます。

 わたくし自身の力も暗殺に足る程度には鍛えられますし、そろそろ一度故郷に戻って戦いましょう。

 まだ追い出されて一年も経っておりませんが、借りをお返しするには早すぎるとは存じません。


「やはりしばらくは一緒に居られませんわ」 

「えーなんで?」

「実家に用事ができましたの。失敗しましたらまだ戻ってきますわ」

「一緒にいくから!」

「危険ですわ。死ぬかもしれません」

「夜が危険なのは当たり前でしょ。何を言ってるの? ねえねえ、成功したらどうなるの。何か変わるの?」

「わたくしの気が晴れますわ」

「ふーん。ねえ、魔力をちょうだい」

「相変わらずお話を聞きませんわね。どうぞ」


 妖精が肩に乗って、頬をすり寄せてきます。メスキータが腕を引っ張りました。


「あんたがどこかに行ったら、あたしはどうなるんだ? ……どうなるんですか?」

「何も心配しなくて大丈夫ですわ。ここの占領はピンカーさまの軍にお任せして、あなたは一度ベルナールさまのところにお戻りなさい。タイムスケジュールは組んでおりますので、他の所領の侵攻にゆくだけです」

「だけど……」

「わたくしかメルクルディさまがそばにいないの不安ですのね。たくさん手柄を立てればメルクルディさまがほめてくださいますわ。もちろんわたくしも魔物使役兵ビーストコマンドのみなさまのご無事を祈っております。だから安心して戦いなさい」

「わかった……わかりました。はやくもどって……きてください」

「ええ。もちろんですわ」


 お別れが近いのでメスキータを捕まえて抱き寄せました。 

 まだまだお肉がついておりませんが、これからさきまともな食生活を続ければ、きっと健康なお身体になります。

 犬をあやすように頭を撫でますと、ぎゅっと抱き着いてきました。

 スラム出身なので愛情に飢えています。


 支配魔法の影響とは言え、メルクルディさまはともかくわたくしに親愛の情をいだいてしまうなんて、お気の毒ですわ。

 後頭部を撫でまわし、お背中をさすり、たっぷりハグいたしますとメスキータは目をはらして涙目でした。

 以前はあらゆるものに敵意を向ける野良犬のような性格でしたのに、今では認められたくて仕方ない子供そのものですわ。

 

 しばらく待ちますと、ベイジーシン市から占領軍がおいでなさいました。受け取った降伏文書をお渡ししして、メルクルディさまの手紙の内容をお伝えします。

 彼らから象掴鳥ロックと絆を結んだ魔物使役兵ビーストコマンドの居場所をおたずねしますと、チウ市の遠征軍中にいるとお聞きしました。

 占領軍のかたが伝令を放ってくださいましたので、メルクルディさまに貸与をお願いする内容を書き連ねました。


 果たして、馬車で10日はかかる距離を、怪鳥にのった魔物使役兵ビーストコマンドが2日で飛んできました。

 庶民の家ほどの大きさのある鷲に似た魔物が降り立ちました。

 象掴鳥ロックの背中に取り付けられた鞍から、灰色の塊が飛び出してきました。


「くぁあ!」


 灰黒狐もついてきましたのね。

 ニンゲンではない連れ合いと故郷に闘いに戻るとは想像していませんでした。


「メルクルディさまから命を賭けて守れと命令されてます」


 真っ白な髪をした魔物使役兵ビーストコマンドの女性が張り詰めた表情でわたくしを見ました。

 このかたはダンジョンにお連れした記憶があります。

 たしかお名前はウェインライトさま。一般的な家庭からスカウトされた一回り上の年齢のかたです。


「よろしくお願いいたしますわ」

「命を捨ててお守りします」

「頼もしいお言葉ですこと。あなたさまに運んでいただきたい場所なのですが──」


 地図を広げます。

 大雑把に大陸が載っている尺度です。東の端に指を置いて、西の端の飛び出た半島まで指を動かしました。


「ここからここまで連れて行っていただきたく存じます」

「むりです! そんな遠くにいったことがありません!」

「まあ、それはよい経験になりますわ。お空の道の選びかたはお任せしますの」

「ほほほほ本当に行ったことがないんです。この街から出たのも初めてだし……世界の反対側なんて無理ですよ」

「あなたさまはそうおっしゃっても、やってくださるかただと知っておりますわ。お心のなかはやる気に満ちあふれております。あなたさまならできますわ」

「で、でも……」

「お願いいたしますわ」

「わ、わかりました」


 支配魔法とは恐ろしいですわ。もう同意してくださいました。お運びいただければいいだけですので、極力危険な目には合わせないように気を付けましょう。

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