第49話 平和のための戦いですわ
2か月後。
わたくしたちは馬車で南に進みました。
御者台のお隣に座った魔物使いの子は、節目がちにわたくしをときどき見上げ、そちらをむくと目をそらしてうつむきます。
「なんですの?」
「なんでもねーです」
おでこをだした緑がかった長い黒髪が、表情を隠しました。
この子のお名前はメスキータ。
住民の中から選別されて、
スラム出身の低所得階層で、読み書きや計算はもちろんできませんが、劣悪な環境下でも文句を言わずに生存につくします。
メスキータの目元には深いクマができております。
理由は分かりませんが
この子たちだけでも、ダンジョンで無停止訓練をできてよかったですの。
2か月にわたるダンジョンでの鍛錬で、選ばれた半数の
そして使命を果たすために、わたくしとともにミンワンシン市を目指しております。
馬車の護衛はゼロ。
名目上の輸出用のお酒だけを乗せた、最小単位の旅路です。
他の
メルクルディさまも一足先に、別の
チウ市はこの地方を統括する領主、伯爵さまの住まわれる都市です。
育成した
妖精と灰黒狐もその部隊に随伴して、最も弱小な
妖精は文句を言っておりましたが、せっかく育てた子たちをあまり減らしたくありませんの。
戦力を活用するために分散した結果、わたくしだけが仲間と離れて単独行動ですわ。
ミンワンシン市に向かう街道は、野盗や盗賊騎士や魔物の跋扈する低治安地域になり果てておりました。
朝に襲われ、夕に襲われ、野営すれば夜襲していらっしゃいます。
しかも馬ではなく地元感あふれる徒歩での襲撃です。
村にほど近い場所からの日帰りの遠足に近い気軽さで、街道を見張って、わたくしたちのような馬車を見つけると、襲撃しにいらっしゃいます。
2か月も先送りにした結果がこれです。
南部の治安をピンカーさまとルトワックさまにお任せしましたが、彼らは古式ゆかしい方法で解決を図られました。
つまりミンワンシン市の領域に侵攻し、略奪したのです。
予防的な先制攻撃で農地を破壊して生産性を落とし、復興と防衛に力を使わせる方法ですわ。
その結果、農村地帯が破壊されて、襲撃された村同士が物資のために戦って動産を奪い合っている状態です。
さらに先発したメルクルディさまがお通りになられたとき、都市を攻撃する訓練の習熟を兼ねて、村をいくつか破壊する予定でした。
このあたりを馬車で通る行為は、まさに『死食鬼を信じて同じベッドに寝てはいけない』という教訓と同じ危険行為ですわ。
せっかくですので襲撃犯のリーダーのかたを捕まえ、説得いたしました。
ベイジーシン市の新領主ピンカーさまに臣従するなら、復興支援をして解放するとお伝えしました。
つまり助かりたいなら税を払う相手を変えろというお願いです。みなさま回答を口ごもられました。お気持ちは理解しなくもありませんわ。
税を納める相手をミンワンシン市の名代ラーさまから、ベイジーシン市のベルナールさまに変えろとご提案しているのです。
当然ラーさまからは裏切り者に見られますし、戦の結果次第では、二重に税を取られる可能性もございます。
ただ、このかたたちは選択肢がありません。現状がすでに生活できておりません。最後には納得してくださいました。
「あめーやつらだ……です」
「まあ、そのような口をきいてはいけません」
「村を捨ててひとりで生きていけばいいのに。あたしはそうしてきた……きました」
「村を破壊したのもわたくしたちの勢力ですもの。ご支援を差し上げる義務がありますわ」
「……」
「それにあなた、最初のうちはベッドとお食事に感動してしばらく粗相をしておりましたが、あれもひとりで生きる技能でして?」
「くっ、うううう……」
うつむいて黙ってしまいました。あれは愉快な思い出ですわ。
メスキータを見出して、支配魔法をかけるために半死半生の状態まで訓練して降伏させ、そののち回復魔法で傷を癒し、お風呂にいれてたっぷりのお食事とふわふわしたベッドを与えました。
14歳のメスキータは5歳の子供のように夜泣きして、おねしょをして、それが20日ほど続きました。
メルクルディさまと支配魔法の影響をお話合いしましたが、心のよりどころが自分自身から別の場所に移ったために、庇護される未熟な幼子の精神に、一時的に戻ってしまったのだと結論付けました。
家庭環境が劣悪な子供ほど、同様の傾向が見られます。それゆえ魔物使いに適性があったのかもしれませんが……。
そのお話をするとメスキータは黙ります。
羞恥と屈辱で顔を赤らめて、うつ向いて口を閉じます。
そのような些細なことなどお気になさらなくてもいいですのに、彼女の矜持がそれをお許しにならないので、わたくしも面白がってときどき言ってしまいますわ。
「メルクルディさまはともかく、わたくしにも従わなければいけないなんて、大変ですこと」
「ウぐっ……」
メルクルディさまは
好む好まざるに関わらず、わたくしに従うとメルクルディさまに忠実であると見なされ、被支配欲が満たされます。
大変便利ですが人格に影響を及ぼす魔法は怖いですわ。
「わたくしは替わりにしかなりませんが、メルクルディさまと共にいる安心を感じられますでしょう。よかったではありませんか」
「へえ……まちがいねーです」
メスキータは不満なのでしょうが、そのふくれた表情の内側に喜びを隠せておりません。
心と身体は違うといわれておりますが、身体の反応に心が引っ張られる場合があります。
この場合はどちらなのかしら。心が拒絶を望んでも、むりやり肯定するとうれしく感じてしまいますし、そのうち拒絶もなくなるのかもしれません。
「メルクルディさまのためにがんばりなさい」
「あたりまえだ……です」
「がんばりなさい」
「へえ」
「がんばりなさい」
「……」
「がんばりなさい」
「わざとやるのやめろ……です」
うつむいた頬が赤らんできましたの。おもしろいですわ。
メスキータの身体に歓喜が溜まってゆきます。命令されてお喜びになるなんて、はしたない子ですこと。
反応が面白すぎて同じ問答を50問ほど行ってしまいましたが、最後は真っ赤になってわたくしにしがみついてふくれていたのがおもしろかったですの。
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久しぶりに到着した黄土色の都市は、正門前が賑やかに人の声であふれ、荷物とともに順番をお待ちになっているみなさまのお顔は、どこか緊張感を持っておりました。
街から出る人はすぐに許可されておりますが、逆に入る人は厳しくあらためられております。
「フードを目深にかぶったくらいでは、見つかってしまいそうですわ。できれば計画通り街の中心部にゆきたかったですが、手間を考えますとこの場所でもいいと存じます。メスキータはどうお考えでして?」
「なにもわからねーです」
「せめて考えるそぶりでもしなさい」
「ぐっ……う、う、う……」
さすがに文字も書けない子に質問するのはダメだったかもしれません。頭を抱えて涙目になっております。
「わからねーです。あたまがぐちゃぐちゃになって、うっうっやめてくだせー……」
「何もしておりませんわ。では予定とは違いますがこの場所からはじめましょう」
「へえ。火を吹かせますか?」
「ほどほどならかまいませんわ。ゆきなさい」
わたくしは鞄の中から鶏卵を一回り大きくした宝石を取り出し、メスキータに渡しました。
半透明のしっとりとした緑色の内部では、いくつもに枝分かれした紐のような物体がうごめいております。
「やる……です」
メスキータはソウルクリスタルを胸の前で抱きかかえ、魔力を込めました。
ソウルクリスタルの内部にある
市壁の高さに匹敵する巨躯が、市門のそばで鎌首をもたげました。
「わああ、竜だ!」
「やめてくれー!」
「助けてー!」
順番待ちをしていたみなさまは、一瞬の静寂の後、荷物を放り出して四方八方に逃げ出し始めました。
門のそばにいた兵隊さまも、慌てて門の内側に駆け込みます。
「できるだけ市民や農民はつぶさずに、兵隊だけを倒しなさい」
「へえ。いけぇ!」
「轟ッ!」
咆哮が鼓膜を叩きました。
うるさいですわ! うるさいですわ!
積み木が崩れるように石壁がバラバラと内側に崩れてゆきました。
「げあ!」
「わぐぁぁ!」
兵隊さまが灰黒狐のような高いお声をあげて、槍を掲げて逃げ出します。
感情でいっぱいになった良いご表情です。
わたくし不謹慎ですが、ベイジーシン市にあったお店を思い出しましたの。そこは珍しい食べ放題形式のお店でしたわ。
たくさんの首が猛烈な勢いでお食事してゆきます。
門のそばにいらした兵隊さまの数が、目に見えて減ってゆきます。断末魔が飛び交う恐ろしい戦場ですわ。
うろこでおおわれた喉が膨らんで、兵隊さまが嚥下されてゆきます。
わたくしのそばにいるメスキータが、お腹を押さえて顔を赤らめております。
「う……うぅ……お腹が熱い……」
おそらく
メスキータは明らかに興奮して、わが身を抱きしめて殺戮の感覚を受け取っております。仕方ありませんわね。
わたくしはメスキータを背中から抱きしめると、手を重ねて、胃のあたりの腹部をさすってあげました。
「アテンノルン……さま」
「感情を制御なさい。ダンジョンで学んだ死の恐怖を思い出せば、あらゆる感情は制御できますわ」
「……もっと強く抱いてくだせー」
「わがままな子ですわ」
華奢なお身体を強く抱きしめますと、かなりの圧迫感があるはずですが、メスキータは喜びのお声をあげております。
「へ、へひひ……」
「しっかり攻撃しなさい」
「あグぅぅ」
南の市壁の歩廊から矢が飛び始めました。はじかれておりますが、一つの首が煩わし気にそちらをむきます。
大きく口が開きました。
空気が熱を帯びました。
溶岩の近くにいるような、カゲロウが立ち上りました。
「あっ……お待ちなさい!」
「えへぇ?」
わたくしの静止は、すでに放たれた火炎を止める力はありませんでした。
──ゴワッ!
火炎のブレスは石材を溶かし射線上にあった建物と、壁と、弓兵さまたちを飲みこんで、街のそばの水路に貫通しました。
すさまじい水柱があがり、熱せられた水蒸気が待ち切らされ、一瞬で汗が浮かびます。
「へへへ、いい気分……」
「……幸いにも中心部に向けて撃ってはおりませんし、火災も広がっておりません。このまま捨て置きます。あなた、この大通りをまっすぐに進ませて、空堀の向こうにある館を攻撃しなさい」
「ここからじゃ見えねー……です」
この子は初めて訪れた都市ですから、構造なんて存じませんでしたの。
わたくしは抱えたまま何度か跳び、城壁の上まであがりました。
「あんたバケモンか……ですか?」
「はやく魔物に命令なさい」
わたくしの腕のなかで、メスキータが両手を合わせて
巨体が咆哮をあげて2ブロック先にある城塞に向かって這いずってゆきました。
このミンワンシン市の規模から考えますと、強力な火力を持った魔導士さまや魔法騎士さま、その他のお強い特殊能力をもったかたがたが、駐屯していると考えられます。
予想通り、通りに繰り出した魔導士さまたちが、人間の腕ほどもあるつららを空中に作り出し、投槍兵のごとく次々と投げつけていらっしゃいました。
「弾いてるぞ!?」
「無効障壁じゃ」
魔法を無効化する障壁に阻まれ、氷の槍が霧散します。
味方になると頼もしいですわ。
つぎつぎに放たれる魔法を無効化して、
わたくしたちは離れて後ろからついてゆきました。
使役者とバレない程度に離れて、建物の陰から見守ります。
「魔法は無理だ! 魔導士は下がれ! 弓隊、構え!」
遠く命令するお声が聞こえます。次は物理攻撃の出番ですわね。
衛兵さまたちは混乱から立ち直り、道路に馬車を引き出してバリケードとなさいました。
その向こう側からスリングから石礫が飛び、号令にあわせて矢が浴びせかけられます。
わたくしたちのそばにも、
はじかれるのではなく貫通するなんて、特殊な矢じりですわ。
矢を浴びた
「いてえ、こええ……」
「かすり傷もついておりません。そのまま突撃させなさい」
「あいい……」
メスキータが使役するこの魔物はそうそう遅れは取らないと存じますが、たとえ倒されるとしても、この街を破壊し尽くす程度ならば可能でしょう。
「無理するんじゃねー……うん、がんばれ。たたかえ」
たかが魔物の一匹を、失ってはいけないかけがえのないパートナーだと感じております。
わたくしは子供をもうけた経験がありませんが、もしいたらこのような心配と期待の混ざった感覚なのかもしれませんわ。
メスキータはダンジョンで鍛えたとはいえ、彼女の能力が追い付いておりませんので、十全な指揮を発揮できません。
「ゆけ」「もどれ」「たたかえ」この程度です。
素体の能力の高さで攻撃できていますの。
バリケードを踏みつぶして、槍兵さまの槍衾を薙ぎ払い、空堀に囲まれたミンワンシン市の名代さまの館への道が開けました。
中心部にある石造城砦を、城壁兼守備兵さまの住居と思わしき横長の建物が囲んでおります。
歩廊部分には簡易祭壇があり、守備魔導士さまの魔法を増強させる施設や、大型のバリスタを据え付けた城塔もあります。
風切音とともに矢弾が飛び、ときどき火炎放射や爆発などが障壁にはじかれます。バリスタの太い矢が鱗を砕いてはじかれました。
割れたすきまから血が細い川のように滴っております。
ただの矢じりではありませんわ。これも切っ先が道路の石にふかぶかと刺さっております。
かなりの貫通能力が
「中心の建物以外は不要です。それ以外はブレスで破壊して構いません」
「人が死んじまいますけど、いいのか……ですか?」
「殺すために来たのですわ」
「へいぃ」
6つのあたまが鎌首をもたげ──周囲の温度が火口のごとく上昇しました。
建物の陰に居ても感じる眩しい光が、ほとばしりました。
わが身で体験した火炎放射が炎の帯となって周囲の建物に流れ込んでゆきます。
柔らかなケーキを切断するように、白く光る奔流が壁をぬるりと貫通しました。
瞬時に赤熱化した壁が、とけたバターのように融解して保持力をうしない、無傷だった上部構造がずり落ちます。
石造建築でこのありさまですので、木造の跳ね橋は即座に炎上しました。
その奥にあった門のかんぬきが外れ、内側に炎上しながら開きます。中庭に融解した石と火の粉が降り注ぐさまが見えました。
ひとびとが逃げ惑い、溶岩にあたったひとが炎にまかれて走るも、燃えたまま崩れ落ちます。
残酷な光景ですわ。
ですが出現した炎熱地獄は防衛施設を焼き、内部のひとびとを燃やし尽くしました。
城塞の周囲は煮えたぎり、ほとんど壊滅しております。
「よくやりました。もう十分ですわ」
「へえ……」
「これでお話がはやくなりますわ。えらいですの」
「……やめろ」
メスキータの頭を撫でつつ、
「ごきげんよう。わたくしベイジーシン市の新しい支配者ピンカーさまより遣わされたアテンノルン・メリテビエ・セスオレギーゼと申します。みなさまに降伏をお勧めしにまいりました」
一呼吸を置いて、一気に伝えます。
「一両日中に名代ラーさまとその一族を、ことごとく縄目をかけてお引き渡しくださいませ。そうすればほかの皆さまの命は保証いたします。ピンカーさまに従うのでしたら、これまで通りの生活を続けられます。
お断りになるのでしたら、ベイジーシン市の支配者ピンカーさまにお仕えする
また、欺きや引き延ばしの予兆あれば、直ちに
うまくお話しできた満足感に、一息つきます。お隣ではメスキータが腕を引っ張ってまとわりつきました。
「ななななーんであたしの名前を出した! のですか!?」
「自然発生した魔物と勘違いなされては、交渉ができませんもの」
「ヒウええ」
「さあ、最後通牒もしましたし、どこかのお店に入って休憩いたしましょう」
「えっ、えっ?」
「まさかこの場所でお返事を待つつもりですの? どうせすぐにお返事はきませんわ。この場所に
「……」
「納得したのなら呑みにゆきますわ」
「あんたここがおかしーのか? ですか?」
メスキータが顎を引きながら、頭をとんとんと叩く仕草をしました。
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