第47話 児童労働ですわ
ひさしぶりに鈴蘭の村に返ってきました。
出発前は廃村でしたが、今では人の手が入り建物が修復され、花の近くには煉瓦製の塔に似たオブジェが建っております。
2か月程度あけただけで、風景が変わるのは面白いですわ。わたくしたちが戦闘をしている間も、人々は何かを作り出して進んでゆきますの。
わたくしたちが到着しますと、片目の少女がこちらにぱたぱたと駆けよってきました。
ボロ布だった衣服はましになり、こころなしか身体にお肉がついて、こけていた頬もふっくらとしております。
「お姉ちゃんおかえり。きつねさんもおかえりなさい」
「ただいまですの。ここで何をしていますの?」
「くぁぁ」
少女はしゃがんで灰黒狐を迎えて抱きしめております。
ほかの子供たちも作業の手を止めてわたくしたちのところにいらっしゃいました。荷馬車で見た火傷の子もいます。
「花粉と蜜を集めてるの。上手にできるようになったよ!」
「まあ、えらいですわ」
「あたしも!」
「わたしもできる!」
手を上げる子供に囲まれてしまいました。不思議な熱心さを感じます。
落ち着かせて続きを促しました。
「毒の花粉を集める作業は危険ではなくって?」
「ううん、口をとじればいけるの。こうやって隠して──朝に集めていっぱいにしたあと、次は夕方に取りに行くの」
「お昼は草ひきやって、石を拾って集めるの」
「みなさまがんばっておりますわね」
ハーブの香りがする防毒布をお顔に巻いて、普段は作業をしていますのね。
ベルナールさまにお送りしたお手紙には、毒蜜と毒花粉の有効性をつらつらと書きましたが、その意見を受け入れてくださったご様子です。
街づくりで余裕がないでしょうに、廃村だったこの村は建物は復活して、20人程度なら暮らせる環境が構築されておりました。
「そこまで重視してくださるとは存じませんでした」
「動きが早いですねぇ」
「ここまで人手を投入して利益が上がりますのね」
「錬金術はよくわからないですぅ。でもお金になるならいいですねぇ」
その通りですわ。
錬金術素材としてよい販売先を見つけられたのでしょう。
「お金じゃない。フィリーエリさまの戦争に使ってるんだよ」
「は?」
思わず良くない言葉遣いをしてしまいました。聞き間違いでなければこの子は戦争といいましたわ。
「何かと戦ってますの?」
「うん。ずっと前に、あたしたちのおかげで勝ったってベルナールさまがほめてくれました」
夢見るような顔つきで、言葉遣いまでかわった片目の少女が、ここにいらっしゃらないベルナールさまを思い出しております。
「あなたたちのおかげで何に勝ちまして?」
「神さまの敵をね、あたしたちの毒でやっつけたの」
「……メルクルディさま。村に戻ったほうがよさそうですわ」
「ベルナールが何かやらかしたみたいですぅ」
考え事をしながら女王の子供の頭を撫でておりますと、子猫のように腰に抱き着いてきました。
柔らかい弾力を感じます。
「村に戻るのが先決ですが、あなたたちは子供だけでここにいまして?」
拠点としての防衛力はゼロです。何かに襲われたらひとたまりもありませんわ。
「ううん、神さまといっしょ」
「それは目に見える──いえ」
ここまで言ってしまってから、信仰にかかわる問題だと気づきました。
ここの子供たちは全員暗黒神の信者なのですから、門外漢のわたくしが、触れてよい話題ではありません。
「メルクルディさま、教団ではこのように子供だけで責任者が不在の集落もありますの?」
「うーんベルナールの考えはわかりますけどぉ、今言うべきじゃないですぅ」
「では後でお教えください」
「ねえ、お姉ちゃんに教えてあげる。神さまのシグヌムに祈ると心が幸せでいっぱいになるの。あたしここにきて、本当の幸せになれたの。だからお姉ちゃんも神さまを信仰して、いっしょにお祈りしよ?」
「そーだよ。お祈りしよう」
「しよ。はやくあっちにあるから」
「こっちです」
子供たちがわいわいと周りに集まって手を引っ張ります。
そのなかで一番年上の、外見年齢で言えばわたくしと同じ程度のかたが、左手をにぎり先導してくださいました。
月が刺繍された黒いローブは生地が薄く、立体裁断のごとく体形が出ております。まだまだ食事事情の改善が必要ですわ。
「さあ、どうぞ」
フックが吊るされていた
黒いインクを塗りたくったような木壁の部屋のなかには、謎の文字が白字で書かれて、呪術的な趣を感じます。
祭壇の中央には、金属でできた大小ふたつの三日月が、中空で向かい合って回転しておりました。
「たくさん祈るとフィリーエリさまに近づけるの。たくさん祈っていると目が痛くなくなるの」
「腕もだよ」
「足も」
この場にいる子供たちは目が潰れていたり、身体の一部が欠損していたりします。その喪失の痛みが、祈りによって消えるというのでしょうか?
戦で怪我を負ったかたが魔法で治療を受けたあとも、身体の痛みをごまかすために、鎮痛効果のある草をパイプで吹かす光景を存じております。
あれと同じ効果が祈るだけで得られるなんて、驚嘆を通り越して怪しく感じます。
「わたしの指は、蛮族に取られてしまいましたが、神さまに祈ると痛くなくなります……」
この場で一番年長のかたが、ほほに親指しか残っていない左手を添えてはにかみました。
憐憫が呼び起こされます。
お悲しい光景です。
「……それはよかったですわ。せっかくですから、祈りのお手本をわたくしに見せてくださいな」
「いいよ」
「フシムギ・ワーコーフ・ンハロノ……闇をすべる偉大なる神にすべてを捧げ、かしずきます」
年長のかたのお声にあわせて、子供たちは地面にしゃがみ、両の手のひらを額に当てました。
メルクルディさまがなさる祈りのポーズとは違いますわ。
祈りをささげたまま動かなくなりました。
どの子もうつろで眠ったように吐息だけが聞こえます。
「みなさま
「……これは全身でフィリーエリさまにお祈りするやりかたですけどぉ、神さまのおそばに近すぎて無防備になるから、あまりやらないですぅ。そのかわり何も感じない幸福を得られれますぅ」
「このようなときに盗賊に襲われたら全滅ですわ」
「だから全員でやったりはしないですけどぉ、さっき言いかけたベルナールの話は、死んでも痛手の少ない村人をここに集めて働かせているですぅ」
「……」
「この子供たちも役割を与えられて、自分の力で生活できるから、わるいばかりじゃないですぅ」
「難しいお話ですわ」
誇りの問題ならば、わたくしも大いに納得いたします。
危険なお仕事でも自分で寄って立っているほうが、蔑まれたり憐れまれたり役立たずだと思われるより、よほどましです。
家に居場所のない生活を送ったわたくしは、この子たちの精神が理解できますの。
祈りを見ると命の価値を考えてしまいます。
五体満足なら価値が高いのでしたら、わたくしにはこのかたたちを癒す力があります。
霊薬を差し上げれば、不具なお身体は治療されます。
では逆に、霊薬を売ったお金でこのかたたちと、他の村人さまたちを、利便性が良く飢えにくい環境に置いてはどうでしょうか。
そちらのほうが幸福になる数は増えて、価値の総量が上ですわ。
さらに言うならば、この霊薬を外交に使えば、長期的な安全が保たれるかもしれません。そうなれば価値という点では最も高いでしょう。
わたくしが無私の存在なら一番有効な方法に使えますわ。
そうでないのが一番の問題ですが。
目の前にある光景くらい、わたくしは救って見せます。
「……とはいえ無防備ではいつか破綻しますわ。あなた、ここに残ってこの子たちをお守りなさい」
「あー!」
「あとは能力の赴くままに過ごしなさい」
「あー、うー」
「なんですの? 言いたいことがあるのでしたらいいなさい」
女王蜂の子供は自分自身を指さして、不慣れな口で何か言おうとしております。
不明瞭な言葉を聞き続けますと、わたくしを指さしてたどたどしい口ぶりでお名前を呼び、つぎにメルクルディさまを呼び、最後に自分を指さしました。
「あーえー」
「お名前がほしくて?」
こくりと頷きました。
お母さんとも聞こえましたが、聞こえないふりをします。
「名前……」
魔物ですし蜂や女王蜂ではダメなのでしょうか?
そういえばわたくしのパーティにいる人外も、個体名は存じません。
灰黒狐は灰黒狐ですし、妖精は妖精です。
ほかに同一の存在がいませんので、お名前がなくても不自由しませんでした。
「女王蜂で良いではありませんか」
「やー!」
首を振って嫌がっております。
「では
「んいいー!」
また嫌がっております。わがままですわ。
「……ゆっくりと考えておきますから、楽しみにしておきなさい」
先送りにしました。
魔物ですしそのうち忘れるでしょう。
村の子供たちが適宜、呼びやすいお名前を付けるかもしれません。
一晩ここにとまって、翌日に出発しました。
出発前のメルクルディさまが瞑想なされている時間に、花粉と蜜の採取を拝見しました。
火傷の跡がほとんどなくなった子や、目が再生して見えるようになった子、脚が治った子──霊薬が1瓶で個人の怪我や病気を治すのでしたら、多少希釈して使っても、効果があると考えました。
失敗しても品物が失われるだけですので、気軽に試みたのですが、泣いて喜ばれると逆にその気楽さに罪悪感を覚えてしまいました。
こういう場合はメルクルディさまにお任せいたしますと、信仰の厚さに解決策を導いてくださいましたので、子供たちはますます熱心な暗黒神の信徒になりました。
「デサンブル、がんばる」
名前を与えた女王蜂の子供は、混ざって採取をしております。名前はメルクルディさまが考えてくださいました。
死が蔓延する闇の中で生まれたので、最後の季節からとられたのだとか。
デサンブルが鈴蘭に近づくと、花粉は盛んに零れ落ち、蜜は増産されて花のふちからとろりと流れました。
ほかの子供たちが唖然と眺める中、たっぷりと壺にとりわけた蜜をもって、わたくしのそばにきます。
「とれた」
「ええ。見ればわかりますわ」
しばらくそのまま眺めておりますと、うつむいて離れました。
「メルクルディさま、魔物だってほめてあげないと動かないですぅ」
「なるほど。勉強になりますわ」
肩にとまった妖精と、足元にまとわりつく灰黒狐をみて、納得しました。
手招きして頭を撫でてあげますと、女王蜂の子供は喜んでおります。ほかの子供たちがうらやましそうに見ていましたので、ほどほどにしておきました。
「この場所を敵から守りなさい」
「うん」
出発する際に妙に女王蜂がまとわりついてきましたが、つよく残れと命じますと、おとなしく指を離しました。
子供は別れも手間取りますわ。
いい子にしていなさいと最後に言いますと、目を輝かせて頷いておりました。
言葉の通じる魔物でよかったですわ。
ベルナールさまの村に戻る途中の街道から、樹木を伐採する人や、石を拾って農地を開墾する人をお見掛けしました。
わたくしたちの姿を認めると、手を振って挨拶してくださいます。
平和な光景ですが、戦争状態には見えません。いったい何が起こっているのでしょう。
村に戻ると建物が増えておりました。
もとからあった建物は修復され、大きな倉庫や穀物庫、家畜小屋まで増設されております。
大人のかたも増えて移住してきた子供たちと一緒に働いております。
わたくしたちが村に入りますと、なぜか盛大に歓迎されました。「闇の使途さま」「精霊の御使いさま」など、聞きなれない単語を投げかけられます。
先頭で迎えてくださったライゼさまは、精神的な枷がおはずれになり、静かなお声で、
「おかえりなさい」
とおっしゃってくださいました。
なぜか感慨深くなり、強く握手してしまいました。
ベルナールさまのお姿が見えません。
所在をおたずねしますと、今はベイジーシン市にいらっしゃるのだとか。村の管理はライゼさまと選ばれた代官に任せて、都市で布教活動をなさっているとお聞きました。
ライゼさまのお近くにいた代官であり上級信徒のかたが、ベルナールさまの
「偉大なる闇の力を信奉せし同胞よ。私めの言葉をどうかお納めください」
メルクルディさまに深く頭を下げた上級信者のかたは、軽やかな弁舌でお話しくださいました。
まずベルナールさまは村に通ってくださる商人さまに、祈りのすばらしさを伝え、暗黒神の信者にしました。
信仰の対象であるシグヌムを渡して、都市で貧民に布教しました。
祈りの放心は労働の救いとして広まり、貧民を単純労働力として雇っていた雇い主からも、文句を言わずにまじめに働くようになったと好評で、信仰を許されました。
ただ、信徒の数が増えると、集団的な意識が寛容の閾値を超えました。
信者たちは自分たちが団結する力を持っていると気づき、それまで平穏だった説教も、あきらかな都市の反動分子としての扇動に変わりました。
自分たちの今を変える力を持っていると、混沌と自由と情熱を旨とする教義に触発され、雇い主に対して現状の改善を求め始めました。
商人たちから陳情を受けたベイジーシンの名代リアンさまが報復措置として、村の近くの森を召し上げ専属領としました。
これが決定的だったそうです。
予告なしの通告で抗議も聞き入れられません。
このままでは森に入ったわたくしたちが、知らぬ間に犯罪者扱いされてしまうとベルナールさまは危惧され、攻勢に出たのです。
「攻勢……?」
「はい。導き主さまは不浄な都市で戦っておいでです。名代リアンが招集した騎士軍は、毒によって半数以上を壊滅させ、すでに都市の三分の一は我が手にあります。まだ城は落とせておりませんが、信仰の前では城壁も闇へと還るでしょう」
「まあ」
「それにアテンノルンさま! ああ、あなたさまを襲った不埒な罪人を捕まえて処分いたしました。村の役に立てる価値もありませんので、今は身体をバラバラにして街道にさらしております」
鈴蘭の村から帰る途中、わたくしは毒による攻撃を受けましたが、あまりに爪の甘く、中途半端な攻撃でしたので、そのまま捨て置きました。
「ヤーリーさまを操っていた黒幕が分かりましたの?」
「はい。汚い陰謀を企てたのは元村長の一味です。あなたさまと導き主さまを殺せば、ふたたび村長になれると考えた矮小な愚か者は、天なる声により悪事が露見して裁かれたのです。きゃつらは死ぬ間際に、あなたさまを暗殺しようとした罪を後悔し、地面に頭をこすりつけて謝罪しておりました」
「おお、私にも見えました! さるぐつわを噛まされた裏切り者の首が落ちたとき、たしかに謝っておりました! 目隠しされた眼から涙を流しながら、暗黒神のフィリーエリさまに救いを求めておりました!」と一般信徒のかた。
「そうです! あのときこそ神のありようを身近に感じたのです!」
「フィリーエリさまばんざーい! ばんざーい! ばんざぁぁい!」
「か、解決して何よりですわ」
信者さまが集まり、感極まってなみだを流していらっしゃいます。
みなお若く、感受性のお強い表情で、正しく導かれば善良に、その反対なら赤ん坊でも容赦なく殺しそうな雰囲気を感じます。
わたくしの印象では後者に近いですわ。
盛り上がり始めた信徒の皆さまが、次々に声を上げます。
「ベルナールさまはベイジーシン市であなたさまをお待ちです。力を貸してください。ともに悪の都市を開放しましょう!」
「わたしたちも武器をつくって届けます」
「がんばりましょう」
「はい、勝利のために!」
「悪の根を断ちます!」
これが難民たちを教育した結果だとしましたら、ベルナールさまのお人柄を見誤っていたかもしれませんわ。
暗黒神を祀った宗教が、ここまで心の奥にキマるとは想像しておりませんでした。
メルクルディさまが世間に順応していらしただけに、勘違いしたのかもしれません。
ベルナールさまは想像よりも頭が過激でいらっしゃいましたの。
メルクルディさまは引きつっておりますし、妖精はけらけら笑っております。
「……準備を整えたら、出発いたします。今から出発すれば、明日のお昼には到着しますわ」
「はいですぅ……」
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