第37話 蛮族の都市は意外に文明的でしたの


 関所を出てから2日、小高い山を越えた向こう側に、蛮族の都市が見えてきました。

 はじめた大地から2本の角が突き立っているのかと錯覚しました。

 よく見れば、横倒しになった巨大な木の幹が、朽ちて内側に破れているのでした。


 その幹のリングの内側に、木造建築の街が立てられております。

 平らな地面の部分から、湾曲した幹の内側にまで建物がへばりついているため、無礼を承知で申しますと、白アリの巣に似ております。

 

 奥にそびえる山の大きさとくらべて、スケール感がおかしくなってしまいますが、幹の頂点は、高さ800メートルはありました。

 元の成木はどのような大きさだったのか、なぜ幹の一部だけ横倒しになって残っているのか、想像がつきませんわ。


 街の中にはみどり髪のかたが多いです。

 蛮族特有の人種的な固有髪色です。

 深緑だったり、透明な緑だったり、濃淡は違いますが、ベースの色は同じですわ。

 

 そんななか、異邦人まるだしのわたくしたちは、奇異の視線にさらされながらも、街中を歩いておりました。

 関所のかたにいただいたアドバイスに従って、わたくしたちは森の中を西に大回りしました。


 東側の道を通って訪問しますと、彼らが禁忌としている領域からの異邦人になりますので、いろいろ面倒ごとが起こる可能性を危惧されたのです。

 ですので樹木のリングが見えてから半日の距離から、森の中を迂回して、教えていただいた西の街道を目指しました。


 途中で牛牙扉蜘蛛オックスファングスパイダーに襲われて、巣の中に引きずり込まれかけたり、幹飛赤蜥蜴クローリングレッドリザードの舌にまきとられて両手でつかまれ頭からかじられかけたり、命の危険には不自由いたしませんでした。


 どちらも待ち伏せ型で単独行動でしたので、わたくしたちでもなんとかなりましたが、メルクルディさまが蜘蛛のわさわさと毛の生えた脚につかまれて、一瞬で穴に引き込まれてゆかれるお姿は、恐怖で身体が硬直いたしました。


 野生の偽装の完ぺきさは、並大抵では見破れませんわ。


 メルクルディさまが頭を破壊した蜘蛛の巣のなかには、獲物となった動物の骨がたくさん散らばっておりましたが、そのなかに水色にかがやく透き通った石がありました。

 防具に水の耐性をあたえる宝石だったので拾っておきました。

 

 都市を迂回してたどり着いた西の街道には、往来こそ少ないですが、蛮族以外のかたたちのおすがたも見かけます。

 この中に紛れて、疑われずに都市に入りました。


 関所のかたに教えていただいた「子天樹の空宮」とやらは、幹のそば、鉄格子で区切られた昇り階段の向こう側に、暗い空洞をひらいておりました。

 周りには衛兵のかたがいらっしゃいます。


「入ってもよくって?」

「許可がないとダメだよ」


 守衛のかたがちいさな子供を追い払うように、中空で手を払いました。


「許可はどなたから得られるのでしょうか。お教えください」

「あなたは、何も知らずに来たんだな。向こう側の朽幹街左ウイング湾曲部にダンジョンを管理する参事会館があるから、そこにいって登録して、許可をもらっておいで」

「朽……ウイング……ですの? わかりましたわ」


 何をおっしゃっているのかわかりかねますが、ゆけば登録できるのでしょう。

 指さされた方向はこの場所から反対側ですから、かなり距離がありますわ。


 せっかくですので道すがら、途中の市場で物産を見物して、近くのお料理屋で食事とお酒を頼みました。

 屋外にあるテーブルはちょうど幹の真下になっており、赤銅色に反りかえった巨大な樹木の幹を、いやおうなしに頭上に感じさせました。

 見慣れるまでは圧迫感がありますわ。


「お待たせしました」

「まあ」

「わぁ」


 メルクルディさまが嬉しそうに目を細めました。

 店員さま曰く、この地域でよく食べられているお料理だそうです。

 薄く白っぽい穀物生地を焼き上げたものが数枚、生の葉野菜と、お肉とお豆を香辛料で赤く煮込んだものが別のお皿に取り分けて出されました。

 チーズや香辛料もあります。

 これらをはさんでいただくそうですわ。

 メルクルディさまはさっそく生地を手に取り、料理を作り始めました。

 

 一緒に頼んだお酒は、森のようなライトグリーン色をしており、透き通っております。

 わたくしはまずはお酒をいただきました。

 ひとくち口に含みますと、森の中にいるような賑やかなお味が広がります。

 ハーブが何種類もフレーバーで使われており、ほのかな苦さとすがすがしさと甘さで頭が冴えます。

 次の一杯で浮遊感がありました。お腹のなかと喉に熱が残り続けます。

 なかなか効きますわ。


 3杯目を飲もうとしましたら、メルクルディさまに止められてしまいました。

 薬酒を短時間で大量に飲んではいけないそうです。これが薬酒だなんて知りませんでした。

 もう少々いただけば、もっと気分がよくなったでしょうに、残念ですわ。


「くぁぁ」

「……ぁはははは!」


 馬鹿な動物と妖精も、たっぷりと飲んで酩酊しております。妖精の羽がきらめいて、笑い声が復活しております。

 治ってよかったですわ。


「まだダンジョンにも入っていないのに、アテンノルンさまは飲み過ぎですぅ。お酒だけじゃなくて料理も食べてください」

「この程度でしたら、飲んだうちに入りませんわ」

「入りますぅ」

「しっとニンゲンは細かいの! もっと飲んで!」

「くぁぅぅ」


 合議制ならば3対1でわたくしの勝利ですわ。呆れ顔がわたくしを見ました。

 おっしゃいたい内容はわかります。動物と妖精に賛同されるなんて、むしろマイナス要素であるとお考えになっているのですわ。


「わかりました。気を付けますわ」

「はいですぅ。寝る前にたくさん飲めばいいですぅ」


 わたくしたちはこの都市のダンジョンで身体を鍛え、お金を稼ぐ方針を立てましたが、油断している場合ではありませんわ。

 路銀もつきそうですし、まずはすべきことを、なしましょう。



 左ウイングと呼ばれる傾斜にそって立っている、神殿のような形をした参事会の建物にたどり着きました。

 100人は横に並んで通れそうな階段を登って、中に入ります。

 外と比べて小さな部屋の一室が受付でした。


「何の用だ」

「迷宮に入る許可を頂戴したいですの」

「ふーむ、一応伝えておくが、まれにお前たちのような冒険者がくる。だが、金儲けには向かないぞ。命が惜しければ帰れ」

「理由をおたずねしてもよろしくて?」

「おまえたちも霊薬を求めに来たたぐいだろう。あきらめろ」

「霊薬? 聞き覚えがありませんわ」

「ああ、知らずに来たのか? 何でも治す薬だよ。ここ30年でドロップしたのは1つだけの貴重な薬だ。かなり上の階層で取れるらしいが、正確な情報はわかっていない」

「素敵な品物が拾えますのね。挑戦したくなりましたわ」

「その心意気はいいと思うが、万が一ドロップした場合は、国の外に持ちだせない契約を結んでもらう。替わりに金貨1万枚をもらえるが、ここだけの話、割に合わないだろう。やめておけ──どうしても引かないって顔をしてるな。入りたいなら金貨200枚だ。魔法の契約書にサインしてもらう。ほら」


 ピンクがかった皮膚をはぎ取ったような色合いの紙には、共通語でちいさな文字がこまごまと書かれておりました。

 要約すると、わたくしたちが霊薬を手に入れた場合、金銭と引き換えに族長に譲渡する内容が書かれておりました。

 そして契約に反すると、死もしくは死に近い呪いがかかる、と。


「あの、わたくしたちはただ挑戦したいだけですの。霊薬などに興味はありませんし、譲渡のサインはいたしますので、お金は後払いにしていただけませんか?」

「カネが足りないのか? 借金をするのかよ」

「ダンジョンのドロップ品でお金を稼いで、お支払いいたします。ギルド的な買取商のかたはいらっしゃいまして?」

「まったく、とんでもない異邦人だ……専門の買取商がいるから、紹介してやる。とめやしないが、カネを払えない場合は相応の罰がある」

「ええ。読みましたわ」


 50日以内に料金を納められない場合は、5年間の賦役労働に処すと書かれておりました。

 金貨200枚で5年の労働は、釣り合わないくらい重いです。

 そして経験上、これらの労働期間は嘘ですの。5年以内に死んでしまうか、一生使役されるかのどちらかですわ。


 ひどい条件ですが、身体を担保にお金を借りる冒険者の扱いなど、このようなものです。

 たくさん稼いで、お金を返済いたしましょう。


「わかったならいいが……サインしろ」


 刺激臭を放つインク壺がわたくしの前に置かれました。

 骨組みだけになった羽ペンが漬かっております。いかにも呪具です。

 契約書にサインいたしますと、文字を書き付けたはしから、ジリジリと焦げ付く音がして文字が固着されました。


 最後に血判をそばに押して完成です。

 

書記官さまは書類をじっと見つめられたあと、それ丸めて使い魔らしきフクロウに渡されました。

 フクロウは両足でそれを捕まえ、奥の通路に消えてゆきます。


「それじゃ、これが許可書だ。守衛に見せれば通してくれる」

「お手数をおかけしました」

「がんばりな」


 参事会の書記官さまとお別れして、ふたたびダンジョンの入り口に戻ります。

 凶暴平原の苦い経験がありますので、できるだけ人と関わらずに力を鍛えたかったのですが、また契約を結んでしまいました。


「メルクルディさま、たくさんお金を稼ぎましょうね」

「はいですぅ。ちょっとだけ心配ですぅ」

「ご心配には及びません。いざとなれば踏み倒して逃げるだけですわ」

「アテンノルンさまの後先を考えない行動力、素敵ですぅ」

「……ええ」

「わ、わー……わたしのニンゲンだもん! とーぜんだよ!」


 わたくしの肩にいた妖精が、鈴の音のような高い声をあげました。数日ぶりに耳ものとお声を聞くとうるさいですわね……。


「完全に治りましたのね。おめでとう」

「あー苦しかったぁ! あなたが毎日魔力をくれたから、すぐに治ったんだよ」

「そう。よかったですわ。せっかくお声が治ったのですから、これからはメルクルディさまと仲良くなさい。もう侮辱してはいけませんわ」

「うー、わるくないのに!」

「メルクルディさまも反省なさっておいでです。ですのであなたも受け入れなさい」

「ううう、うー……そんなに言うなら、いやだけど聞いてあげる。シットニンゲンなんてどうでもいいもん!」

「あなた、わたくしのお話を聞きなさい。お互いを尊重しなさいと言っているのです」

「いいの!」


 治ったらこれです。頬ずりする妖精を指で払いのけて、メルクルディさまを見ましたが、落ち着いたご様子。

 以前ほど不快感をあらわにせず、妖精を気にしていらっしゃいません。


「メルクルディさまもどうぞ穏便に、お願いいたします」

「もちろんですぅ。こんなやつに心を乱されないですぅ。アテンノルンさまの奇麗な血にかけて、なにもしないですぅ」

「血? 血をあげたの? なんで? どうして?」

「なぜって……ただの戒めのおまじないですわ」

「ふーん、そう。そうなんだ。……シットニンゲンも必死なんだ。朝も夜もよわいのに、おもしろーい」

「一応謝っておきますぅ。弱い・・身体を殴ってしまってごめんなさい」

「それであやまってるつもりなの? むううううう!」

「謝ってますぅ」

「謝罪を受け取りなさい。仲良くしないなら、ここでお別れですわ」

「……わかった。そばにいたいから、なかよくする。シットニンゲンの魔力をもらって、なかよくしてあげる」


 ジト目をした妖精が、ふくれっつらでメルクルディさまの正面に浮かびます。

 メルクルディさまも平然としていらっしゃいますが、どこか表情がお硬いのは、嫌悪感を内側に閉じ込めていらっしゃるからでしょうか。


「ゆびをだして」

「いやですぅ」

「なかよくするから、さっさとして」

「知らない町で武装を外せないですぅ。あとにするですぅ」

「だったら勝手にするもん」

「なにを、ふあ……」


 メルクルディさまの耳たぶにつかまった妖精が、耳たぶをかるく噛んで魔力をすっております。皮膚が露出している部分でしたら、どこでもいいのですね。

 メルクルディさまが立ち止まりました。真っ赤になってむず痒そうに唇を動かし、せわしなく瞬きされております。


「な……な……」


 往来のなか、焦って立ち止まってしまうメルクルディさま。

 その唖然としたご表情は、普段の柔和な微笑みと違い、新鮮ですわ。

 メルクルディさまが握りつぶさないのは、戒めが生きているからでしょう。


「ぷは、シットニンゲンは夜の力でいっぱい。あなたって、わたしのニンゲンを夜の魔力でいっぱいにしたいんだ」

「い、い、意味が分からないですぅ」

「かくさなくてもいいのに! でも、わたしのニンゲンはわたしのだからね。おぼえてて!」

「私は私の思うようにしますぅ」

「ふん!」

「ふふ、よかったですの。お話合いで解決できるなら、これからもっと仲良くなれますわ」

「アテンノルンさまがそう言うなら……」


 かなり対立なさっておりましたが、殺し合いにならないのでしたら問題はありませんわ。

 あとはわたくしが調停して、仲よくできるようにとりなしましょう。


 せっかく一緒に旅をしているのです。

 個人の嗜好は尊重しますが、そのなかで最大限を目指して、関係を取り持ちましょう。

  

 それがリーダーたる私の役目ですわ。


「いっぱい魔力をまぜあお!」


 何か誤解をお招きしそうな言葉ですわ。



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