第36話 野蛮な関所にたどり着きました


 巨人の利用する階段のような、角ばった岩がいくつも積み重なった山すそに沿って、街道がはっております。

 岩塊の一部が街道まではみ出しておりますが、地震でもあったのでしょうか。 

 頭よりも大きな落石が、街道の所々にめり込んでおりますので、注意する必要がありますわ。


 なだらかな坂道を登ってゆきます。崖のように切り立った岩の一部に、人間が通れる大きさの割れ目が開いておりました。

 斧で切り込みを入れたような縦に長い亀裂が10メートル近い高さまであり、岩の奥に深く続いております。人ひとりが通れる幅があり、奥を照らしてみましたが、下に続くなだらかな斜面が闇の中に続いておりました。

 かなりの深さがありそうですわ。


「ダンジョンでしょうか?」

「わからないですぅ」

「中に入って、敵を一匹倒してみれば、わかりますが……」


 妖精が首を横に振っています。

 止めているのか、嫌がっているのか、どちらにしても拒否ですわ。 


 ヴヴヴヴヴヴ

 

 闇の向こうから羽音が聞こえます。聞き覚えがあります。

 もしかして、ここはハチの巣なのかしら? 奥に巨大蜂のコロニーがあると考えますと、うかつには進めません。


「メルクルディさま、ここはおそらくですが、以前お話したミツバチの巣だと存じます」

「毒を飛ばしてくるハチですねぇ」

「ええ。漏れ聞こえてくる羽音がそっくりです。あまり危険なお相手ではありませんでしたが、入るのは危険でして?」

「ハチの巣のなかは他の魔物も絶対いますぅ。道が崩れているかもしれないので、準備がいりますねぇ」

「他の魔物……詳しくは存じませんが、牧羊犬と羊のような関係ですの?」

「すぐわかりますぅ」


 メルクルディさまは赤い花が咲いた雑草をむしり取ると、亀裂の中に投げ込みました。

 入り口で眺めておりますと、お言葉通り、熟したバナナのような黄色をした、不定形のスライムが奥からはい出してきました。植物を取り込み、四方八方に触手を伸ばして、猛烈な勢いで消化液をまき散らしております。

 刺激臭が鼻を突きますわ。


「あれが一緒に住んでいる魔物でして?」

「巣によっていろいろな種類がいますけどぉ、スライムや巨大蛆ヒュージマゴットがよくいますぅ。ほかにもハチに寄生する縞長虫がいたり、岩の中に隠れてハチを食べ続ける岩潜魚なんてのもいますぅ」

「それはこちらのスライムは、よく見る類の共生生物ですのね」

「はいですぅ」


 わたくしたちは酸のつぶてを避けながら、お話をつづけました。

 スライムは明るい場所が苦手なのか、洞窟の暗がりからは決して出てきません。

 そのかわり、鎌首をもたげた触手の先から消化液の汁を丸めて、こちらに向かって投げつけます。


 何らかの方法で私たちを感知しております。触手の動きが不確かで、飛んでくる場所が予測できません。


「外まではやって来ないようですが、あれには目がありませんし、どのようにしてわたくしたちを見つけているのでしょうか?」

「スライムは暖かさを追ってくるって言われてますぅ。暖かさで獲物を探して取り込んで溶かしますぅ。外は全部が暖かいから、見えにくいのかもですぅ」

「お詳しいですわ。さすがはメルクルディさまです」

「えへへ、どういたしましてぇ。いつでも聞いてください」

 

 わたくしたちは街道まで引き返しました。

 スライムは容易に倒せますが、あのような魔物が巣の内部にはびこっていると考えますと、探検するには少々面倒ですわ。


 それに重く響く羽音。

 鈴蘭のある村にやってきたミツバチは、おそらくこの亀裂の奥から出てきた一匹です。

 この場所を閉じておけば、今後はハチに対応しなくて済みますが、わたくしたちだけで塞げるでしょうか。

 メルクルディさまに相談です。


「うーん、出入り口がここだけとは限らないですぅ」

「それもそうですわ──ここの岩肌にはひびが多いですし、魔法を使えば壊せそうに思えましたが、残念ですわ」

「確かに亀裂が多いですねぇ。壊しちゃいますぅ?」

「ええ。やりましょう!」


 わたくしたちは天井に向かって何発か魔法を撃ち込みました。

 土の膿ソイルパスで岩を腐らせ穴をあけ、そこにメルクルディさまが闇の牙を撃ち込みます。

 魔法の効果が切れて穴が元に戻るとき、傷つけられた岩にねじれが生じて歪み、亀裂になり、支えがずれて崩落します。


 稲妻のような音ですわ。

 天井が落ちて亀裂が埋まります。いくつかスキマが残っており、そこからスライムが日向にはい出して、敵を探して触手を伸ばしました。


火弾ホットショット


 スライムの死体は残りましたので、この場所はダンジョンではないと確認できました。死体はにかわのような粘りをもっておりましたので、崩落させた天井の、隙間を塞ぐ素材に使わせていただきました。

 30分程度の作業で、奥行き2メートルほどは埋め建てられたと存じます。


「意外と早く終わりましたわ」

「もろい岩でよかったですぅ」


 耳を澄ませますが、羽音は聞こえません。

 ミツバチは岩を掘れるようなするどい顎や四肢はもっておりませんでした。少なくとも、この入り口からは出入りできなくなりましたわ。


「これで全滅していただけると、楽でいいですの」

「はいですぅ」



   ###



 出発してから14日目。

 ついに蛮族の国にたどり着きました。

 明確に領域を区切る建造物──木造の門と壁でつくられた関所が森の中にあります。

 立ち見やぐらには獣皮をまとった兵隊さまがおり、わたくしたちを目に留めますと、頭の上からお声をかけていらっしゃいました。


「おーい、どうやって向こう側から来たんだ?」


 ずいぶんとゆっくりとしたお声です。戦闘に備える緊張感は見受けられません。


「わたくしたちはただの冒険者ですわ。道に沿って探検していましたら、こちらにたどり着きましたの」

「そうか、そうか! 開けてやる」


 まあ。扉の向こうも太い木々が立ち並ぶ森です。

 よく見ますと樹木の根元にテントが張られており、周囲には狩猟小屋のように獣皮をはった木枠や、皮を漬け込むための横長の木桶、肉をつるした棒などがあります。

 枝と枝のあいだには木造の橋が渡されて、物見やぐらにも通じておりました。


 門を進みますと5人の兵隊さまがわたくしたちの前にいらっしゃいました。

 みなさまお若く、全員が緑色の髪をしていらっしゃいます。

 首に金のトルクをかけたかたは、おそらく隊長さまとお見受けしますが、ひとまわり歳が離れております。


「ヒトがくるなんて珍しいな。この道はずっと人が通らないから驚いてしまった。あんたたちはどこから来たんだ?」

「森の向こうにある村からですの」


 わたくしは通ってきた道を手で指し示しました。蛮族のみなさまは感心したお声をあげました。


「あっちにも人が住んでるんだな。知らなかった。そうだ、何しに来たんだ?」

「キワイ氏族の土地を見物しに参りました」


 村で難民のかたから教えていただいた蛮族のお名前を出します。


「見物……観光か!」

「ええ。妖精に都市があると聞きましたの」

「おお、妖精を仲間にしてるのか! すごいじゃないか! 妖精なんて意味の分からない言葉を言うだけだと思っていたけど、友好的になるんだな」

「そりゃ隊長が生の内臓なんて食わせるからでしょ。泣いてたじゃないすか」

「そう、そうだったか? まあいい。見物はどこまで行くんだ? 首都までいくのか?」

「ええ。あなたさまの氏族の本拠地までゆくつもりです。そこにダンジョンがあれば、ひと稼ぎさせていただきたいですわ」

「ダンジョンか。あるにはあるけどな。「子天樹の空宮」はかなり危険だぞ。それに審査に通らなければ、門前払いされてしまうぞ」

「そうですのね……ではもし入れなければ、入り口だけでも見物して帰りますわ」

「それでいいのか? 気楽な旅だ。二人連れで安全とも思えないが、おまえたちは強いのか?」

「ひとは見かけによらないものですわ。ひとつお尋ねしたいのですが、この街道に往来は絶えたとあなたさまはおっしゃいました」

「ああ、いった」

「ですがこの道を取ってきた死霊術士ネクロマンサーさまが、わたくしたちの村を襲いました。この道を通っていらしたのならご存じだと思いましが、あのかたはどういった手合いでして?」

死霊術士ネクロマンサーだと? あいつを知っているのか? 今どこにいるんだ。! 見つたらぶっ殺してやる!」


 隊長さまが早口でまくしたてられました。あのかたをご存知のようです。

 蛮族のかたがたがざっと一歩足を踏み出し、悔し気に敵意の浮かんだお顔が並びます。あのかた、かなり恨みを買っていらっしゃいますわ。


「すでに討伐されておりますわ」

「倒されたのか? 本当か?」

「ええ。街でさらし首を拝見しました。立て札に罪状が書かれておりましたので、間違いありませんわ」

「そうか、そうだったのか。きっとすげぇやつが倒したんだろうな」

「詳しくは存じませんが、死霊術士ネクロマンサーさまを倒した騎士さまが、村をひとつ任されましたわ。この街道をまっすぐ進めば、騎士さまが治める村に出ます」


 どうしたのかしら。蛮族のかたがたは顔を見合わせて笑いあっております。

 おかしな発言をしたつもりはありませんが、黙って事態の推移を見ておりますと、わたくしの沈黙に隊長さまが気づかれました。


「そうか、そうだな。おれたちはその道を通れないんだ。掟で決まっているからな」

「まあ、そうでしたの。これ以上進むと罰がありまして?」

「そう、そうだ。昔、東に向かった連中が、すげえ毒にやられてみんな死んじまったらしい。だから通るのはよそ者や追放されたやつだけだ」


 毒でやられたお話は、あの鈴蘭の毒でやられた過去があるのでしょう。

 今は村に生えているだけですが、過去にはもっと広く分布して、もっと毒をまき散らしていた可能性もあります。


死霊術士ネクロマンサーさまのようなかたが通りますのね」

「死んでくれてよかったが、おれたちが倒せなかったのは残念だ」

「その分は西のダワト革命同盟の連中で晴らせばいいんですよ」

「そうだな」


 革命同盟? 聞きなれない単語が出てきましたが、農民が一揆をおこしたのでしょうか?

 

「革命が起こっておりますの?」

「気にするな。それはいいとして、ここを通りたいんだったよな。悪いが通行税を払ってもらわないといけない」

「いくらでして?」

「ちょっとまて。誰も来ないからな。忘れてしまった」

「金貨1枚でいいんじゃないすか隊長」

「そんな適当に決めていいわけないだろ。だが、それでいくか。ひとり金貨1枚で動物は銀貨5枚だ」

「妖精はどちらですの」

「そうだな……銀貨でいい」

「わかりましたわ」


 灰黒狐のうえにいる妖精が手を振って猛抗議しております。

 わたくしはお財布からお金をだして、金貨3枚と銀貨5枚を部下のかたにお渡ししました。

 部下のかたはお金を受け取られると、硬貨の乗った皮手袋をぎゅっと握りしめられました。


「すげえ、何もしてないのにカネがもらえた。しかも金貨だ。こんな簡単に儲かるのか!」

「俺の日当より高いじゃねーか。もっと人が通らねーかな!」

「隊長すごいっすね」


 お若い部下のかたがたが、初めて法の偉大さに触れた動物ような会話をしていらっしゃいます。

 蛮族なので仕方ありませんわ。


「あ、ああ、なあ、あんたたち、恨まないでくれ。通行税をとらないと通してはいけないって法律で決まっているんだ。恨むんだったら決めたやつを恨んでくれ」


 税金を取る側が恐縮していらっしゃる光景ははじめてです。

 無垢なのか無知なのか……これで蛮族と呼ばれているのですから、お金のために命まで奪うこちらの汚職役人さまは、悪魔と呼んでも差支えがありませんわ。


 悪辣なかたでしたら、通行税の他に余分なわいろを要求しても不思議ではありません。

 それをなさらないだけ好感が持てますの。


「恨むなんて、あなたさまは職務を果たされただけですわ」

「ありがとう。そういってもらえると助かる」


 わたくしの領内の兵隊さまにも見習ってほしい謙虚さですわ。

 住民からあがってくる不満でよくありますのが、通行税が予告なく2倍になったり、検査で難癖をつけて荷物を没収されたり、ひどいときにはでっちあげの犯罪行為で拘束されて、そのままヒトが消えてしまったりしますの。


 うま味のある仕事ならば、露見して処罰されるまで、汚職し続けるのが基本ですわ。

 権力を持った人間が、それ以下の人間を搾取する構造は、往々にしてみられる思い上がりです。そして抵抗する力のない民衆は、我慢の限界まで奪われるのです。

  

 ここにいらっしゃる蛮族のかたには、そのような汚濁に染まっていただきたくありませんわ。

 わたくしたちはお水と食料を少々を分けていただきました。


「それではそろそろ出発いたします」

「ああ、気を付けな。そう、そうだ、森の街道には迷彩緑狼カモフラージュウルフや巨大蜂もいるから気を付けるんだぞ。特に巨大蜂は近くに巣があるらしくて、関所の外でよく見かけるから、昼間でも注意するんだ。ひどく気が立っているからな。新しい巣の場所を探しているんじゃないかって話もある」

「間違いないすよ。新しい女王が巣作りするからすよ。すげえ襲ってくるし、たくさん花蜜を集めているから間違いないすよ」

「今は繁殖の季節ですの?」

「いや、そんなことはない。女王が死なない限りは繁殖しないはずだ。憶測だが古い巣が滅んで新しい女王ができたかもしれない」

「なるほど、気を付けます」

「危なくなったら、ここに逃げ込んでくればいい。おれたちが守ってやるよ」


 一人前の冒険者に対して失礼な物言いですが、悪気なくおっしゃっているので気にしません。

 このかたたちはどこか純朴と言うか、簡単に騙せそうな雰囲気が漂っておりますの。

 

 わたくしたちは関所の兵隊さまたちに別れを告げました。

 関所から先は、木板を敷いた道に変わりました。レンガよりも軽い踏み心地ですわ。砂利や木の葉が乗っておりませんし、整備されております。

 それにしても先ほどのお話……。


「メルクルディさま。巨大蜜蜂たちが活発に動いているのは、やはりわたくしたちが巣を埋めてしまったからですの?」

「たぶんそうですぅ。巣の中に帰れなくなったので、そとにいたハチが新しい女王になったのですぅ。それが巣作りするために、徒党を組んで動き回っているのですぅ」

「戻って警告を──いえ、何でもありませんの」

「どうしましたぁ?」

「熟慮する前に発言したわたくしをお許しください。関所のかたがたに理由をご説明しようかと存じましたが、お互いに無益だと考え直しましたの。お話したところで、何も解決しませんもの」

「……」


 妖精が、うんうんと頷く姿が見えました。あなた、絶対にわかっていないでしょう。

 それにしても、関所の隊長さまがおっしゃいましたが、蛮族が東進しない理由があ分かりましたの。

 ベイジーシン市の領主さまにとっては吉報ですわ。掟がなければとうの昔に攻め込まれて、戦端が開かれていたでしょうから。

 代官のリアンさまにお知らせいたしましょうか?

 

 いえ、そのような義理はありませんわね。

 むしろ利害関係を考えるとマイナスですわ。

 リアンさまは南のミンワンシン市の城代とご兄弟とお聞きしましたし、悪評が届いている可能性があります。

 

 それに届いていなかったと仮定しましても、もし古い街道を使って攻撃する事態になりましたら、ベルナールさまの村が橋頭堡になってしまいます。

 早期に決着がついて、そのまま蛮地を占領するにいたれば問題ありませんが、そのような戦力があれば、とうの昔に戦争は終わっております。


 蛮族に反撃されて、村が灰になるほうが先ですわ。

 戦争になった場合、掟とやらがどれだけ守られるのか不明ですし、ただでさえ少ない物資を徴用されては破産してしまいますわ。

 黙っているのが一番ですわ。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る