第38話 迷宮は明るいですが魔物もおります


 数時間ぶりにダンジョンの前に戻ってまいりました。

 詰所から出ていらした兵士さまに、許可証を見せます


「おやおや、本当に戻ってきたのか。なかには危険な魔物がいるから、気を付けなさい」

「ありがとう存じます」


 鉄格子の向こうから、あたたかな風がながれてきました。幹をくりぬいて作った階段を登ります。硬い足場です。

 しばらく進むと階段が終わりました。


 視界が開け、明るい新緑のドーム空間が目の前に広がりました。

 化石化した茶色い樹木の上に、さらに別の樹木が生えて、樹上に森を作り上げております。

 天井は厚い緑に覆われているのですが、不思議と日光が遮られずに、空間全体を照らして、外の世界と明度が変わりません。


「木のうえに森がありますわ」

「道がたくさんありますぅ」


 正面は硬い幹の上を通り、森の切れ目を抜けてゆく道。

 右側は横倒しになった樹幹から木の枝が階段のように飛び出し、開いた天井に向かって斜めに続いてゆく道。

 左側は崖のような垂直の幹に、かろうじて手でつかめそうな裂け目やでっぱりが上に向かって続いております。

 

 平坦、斜め、垂直です。

 この「子天樹の空宮」は上に向かって進んでゆく構造ですので、単純に考えるならば垂直の道が一番の近道です。

 ですが幹を上るルートは途中で屋根のように幹がせり出しており、登攀の技術がなければとても登れません。

 そんな中で戦闘を行えば、致命的です。


「横に行く道が一番すり減っておりますし、地図にも正規ルートだと書かれております。安全な道から進みますわ」

「はいですぅ」

「わたしだけなら飛んでいけるのに、やっぱりニンゲンってふべんね」

「あなたは飛べるのですから、偵察をしなさい」

「ていさつってなに?」

「先に進んで、危険がないか調べる役目ですわ。この子でもできますが、あなたはできまして?」


 わたくしはしゃがんで灰黒狐のごわごわした頭を撫でました。

 

「闇のケモノなんかといっしょにしないでくれる? まかせて!」 


 妖精は興奮して流星のように飛んで行きました。

 森の向こうに姿が見えなくなりましたが、1分程度で引き返してきました。


「ニンゲンがいた マモノと戦ってた」

「何人くらいいまして?」

「10、20……たくさんいた」

「そんなに……メルクルディさま、気を引き締めて参りましょう。ふたたび強引に装備を奪われてはたまりませんわ」

「はいですぅ。兵士はならず者が多いですぅ」

「間違いありませんわ」


 妖精に先導されて、森の中を貫く通路を進みます。

 化石化した幹の道には、樹木の根が絡みついて足を取られます。

 

「あっ」


 妖精の声とともに、頭がふたつある緑色の蛇が、横合いの森から矢のようにとびかかってきました。

 短剣の上を通り抜けた頭が切り離されて滑り落ちました。

 もう片方の頭はメイスで殴られ破片が爆散しました。


 頭部を失った胴体がだらしなくたわんだロープのように根に沿って倒れました。


「しんだ!」

「抉顔窟の迷宮の2階程度の強さですわ」

「装備がないと苦労しそうですねぇ」


 駆け出しの初心者にはつらそうですわ。

 双頭跳蛇ダブルバイトスネークの死体は溶けて消えて、二股に分かれた舌がドロップしました。手のひらくらいの大きさです。


「生ですわ」

「いちおう拾っておきますぅ」


 通路を抜けるまでに、両手に武器を持った緑色のコボルドや、大きなお口だけの緑色の植物が襲ってきました。

 どれも弱卒でわたくしたちの敵ではありません。

 奥へ奥へと進みます。


 森の出口を区切るように、天井から垂れたツタのカーテンを通り抜けますと、視界が開けました。

 細かな緑の葉で作られたトンネルが、大きく口を開けた蛇のように、うねりながら坂になって続いておりました。

 高さは10メートル近くありますわ。


 一口近くの平坦な部分には、蛮族のかたたちがグループに分かれて魔物と戦っていらっしゃいます。

 葉が密集した足場は底が抜けるといった事態は見られません。


 わたくしたちが入ると、休憩中のパーティのかたが、いぶかしげにこちらを見ました。


「異人の女子供が何をしている。危険だから帰れ」


 みなさま、二言目には帰れとおっしゃいますわ。


「ご心配なく。わたくしどもは冒険者ですので、この程度の魔物なら平気ですわ」

「何言ってんだ。強いってのか?」


 わたくしは無言で頷きました。

 周囲の皆さまが戦っていらっしゃる相手は、どれも苦戦はしない相手ですわ。


 メルクルディさまがお隣で解説してくださいました。


 けばけばしい赤黒い色をした人肉食毒芋虫マンイーターキャタピラーは、稀に吹く炎に注意が必要らしいです。

 ガラスのような漆黒の丸い目をした脳食キツツキブレインジューサーは麻痺毒を持っております。

 金属を思わせる鉄色くろがねいろ骨齧オサムシボーンバイターは脚に捕まると脱出が難しいです。

 

「お詳しいですわ」

「詳しいんだな」


 蛮族のかたと同じ意見を言ってしまいましたわ。


「えへへ、私たちなら簡単に倒せる魔物ばかりですぅ」

「へー見かけによらないもんだ。ここで狩るなら場所を開けてやろうか?」

「いえ、もっと奥まで進みますわ」

「それじゃしばらく休憩か。ほかのやつらにも言っといてやる」

「お休みの時間が決まっておりまして?」

「奥に進むんだろ」

「ええ」

「だから休憩だ。がんばりな」


 いまいち要領を得ないお話でしたが、会釈して進みました。

 ひかりあふれる新緑のトンネルの、なだらかな傾斜の地面を昇ってゆきます。

 ほどなくして牛ほどの大きさの骨齧オサムシボーンバイターが天井をはしってきました。


三闇首噛トリプルダークバイト


 平らな身体の巨大昆虫に向けて、炭化した蛇に似た三つの首が、泥炭のごとく流れ出て絡みつきます。

 骨齧オサムシボーンバイターは6本の脚をブルブルと震わせ、豆類のさやににた牙をぎちぎちとかみ合わせておりましたが、そのうち地面に落ちました。


 完全に気絶しております。


「えいっ」


 メイスが頭を砕きました。


「おーい、やるじゃねーか。一発で倒すやつなんて、なかなかいねーぜ」


 後ろから蛮族のかたが声援を送ってくださいました。


「ありがとう存じますー。手ごたえのある場所まで行って、日銭を稼いでまいりますわー」

「がんばりなー」


 俗な理由だと思われなかったかしら? 

 もう少々、崇高な理由をお伝えすれば、強い冒険者にふさわしい動機に見えたかもしれません。

 

「霊薬を手に入れてくると、申し上げたほうがよかったでしょうか?」

「アテンノルンさまは今のままでもいっぱい素敵ですよぉ」


 メルクルディさまは理想のすがたを演じる必要はないとおっしゃっております。

 確かに今までの経験上、目立ってもろくなことにはなりませんし、印象に残らない程度の言動をするように気を配りましょう。



 トンネルは奥に行くほど狭くなり、明度も減ってゆきます。

 魔物が何度も襲ってきましたが、あまりに規則的ですので再襲撃の時間を計ってみましたら、砂時計で5分経つごとに襲撃してきます。


 高さが5メートルほどにまで下がったトンネルの奥から、規則的な音が聞こえてきました。

 水車小屋にある製粉機の、ガタガタとした騒音に似ておりますが、もっと大きく、もっとめりはりがあります。


 馬車の車輪が、段差を乗り越えたときの音に近いですわ。あれはうるさい上に振動でおしりが痛いですの。


 振動と静寂の間隔は5分に1回です。そのたびに奥から魔物がやってきます。

 この静寂とともに魔物が生み出されます。


 トンネルを覆うみどりの葉が枯れて、枯死した黒い壁に変わりました。春から冬の景色です。

 いまや高さ2メートル程度に減少したトンネルはさらに狭まり、断崖で行き止まりになりました。

 下は真っ暗な暗闇です。向こうの幹には穴があいております。


 目の前にある施設を使えば渡れるでしょうが……。


「別の道を探したくなりますわ」

「おぞましいですぅ」

「うわぁ」

「フゥゥ……!」


 幹と幹のあいだを隔てる深淵に、船が渡されております。

 正確には魔力で空に浮かんだゴンドラです。

 12個のゴンドラが時計の針のごとく、中心にある肉体のオブジェの周囲を回転しております。


 中央には一匹の悪魔が天井から吊るされておりました。

 巨人のごとき大きさで、身体が根に包まれて、牙の隙間から低いうなり声をあげております。


 胎盤の中にいる赤子のような姿勢ですが、やさしさは感じられません。

 守られているのではなく、無理やりからだを締め付けられて苦しんでおります。 

 お口からは血と共にうめき声が漏れ、充血した目玉は飛び出し、唇からたれた舌には、枝が貫通して喋れなくされております。


 ゴンドラが動くとき、悪魔の身体を覆った木の根から、奇妙な赤い光が吸い上げられます。 

 おそらくこの巨大な悪魔が原動力ですわ。

 円錐形のゴンドラの壁部には、蛍光グリーンで呪文が浮かんでおり、動きにあわせて文字の光が流れてゆきました。


「先に進むためには、これに乗る必要がありますわ」

「うーん」


 メルクルディさまも乗り気ではないご様子。

 しばらく観察していたのですが、悪魔を縛る木の根の檻は、回転に連動してねじりが強まります。

 回転中は拘束が強まり、苦痛のお声が強まります。

 逆に停止中は緩んで、苦痛のお声も静かになるのです。


 これだけならば残酷な見世物をかねた移動装置、いうなれば悪魔観覧ゴンドラですが、問題はその身体にとまっている魔物たちです。

 さきほど倒した骨齧オサムシボーンバイターや、肉をついばむ得体のしれない紅色の鳥、おなかに潜り込んで顔をだしている眼がたくさんあるカエル、全身にこびりついた何らかの幼虫や卵──悪魔をエサとした生態系がそこにできておりました。

 そこで成長しきった魔物が、ゴンドラに落ちて外の世界に運ばれるのです。

 

「入り口のかたがたが休憩といった理由がわかりましたの。私たちが通るまで、魔物が供給されないからですわ」

「嫌な仕掛けですぅ」

「わたくしたちが悪魔の真下を通るとき、落ちてこないといいですわね」

「たぶん襲ってきますぅ。餌には不自由してないでしょうけどぉ、動く獲物を殺したい魔物が飛び移ってくると思いますぅ」

「おもしろーい! はやくいこ」

「おもしろくはありません。ああ、別の道はないのかしら」


 幹を隔てる深淵の距離は、目算で500メートル。翼が無ければ越えられませんし、登攀して迂回しようにも、天井は霞がかったはるか上です。


「仕方ありません。次のゴンドラに乗ります」

「空いているといいですねぇ」


 言霊と呼ばれる現象は信じておりませんが、希望を裏切る何らかの力が、ダンジョンには働いております。


 次にわたくしたちの前に運ばれてくるゴンドラの上に、巨大なカマキリが飛び移りました。

 紫色の縞模様で、お腹側はピンク色、ふたつの長い触角をしきりに動かし、三角形のお顔についた大きな目が、わたくしたちを明らかにとらえておりました。

 縁をふらふらと動いてこちらをながめ、三又に分かれた鎌をしきりに舐めております。

 大きさは軍馬並みです。戦闘は避けられません。


「残念ですこと」

「あれは分割蟷螂ディバイダーマンティスですぅ。3対の鎌は鉄も切り裂きますぅ」

「向こうにつくまでに、他の魔物もたくさん参戦してきそうですわ」

「ねっ、ねっ、わたしが退かしてあげよっか?」

「あなたに何ができますの。無茶はおやめなさい」

「できるの! みてて」


 止める間もなく妖精が飛んで行きました。ゴンドラの近くで何か高い声で叫んでおります。

 6筋のカマイタチがその場所を通り過ぎ、妖精はふわりと舞って避けました。


 ゴンドラの縁で分割蟷螂ディバイダーマンティスが妖精を追いかけて駆けております。

 時折降りぬく鎌の速度は、命中すれば人間でも真っ二つになりそうな鋭さです。

 妖精が何かを飛ばしました。


 分割蟷螂ディバイダーマンティスは立ち止まり、身体を前後に揺らして羽を広げ、鎌を高く持ち上げました。威嚇のポーズで固まった後、四方八方に鎌を振り回し、かまいたちがあたりに飛びました。

 妖精が戻ってきました。


「おもしろかった!」

「何をしましたの」

「森でちょうどいい巣がみつからないときは、こうやって遊んでいたの。おかしくなる魔法をかけたから、全部がお昼になっちゃった。うふっ、あはははは」

「妙な笑いかたはおやめなさい。あの魔物を混乱させましたのね」

「うん。あたまがおかしくなってる。あ、みてみて!」


 正気を失った分割蟷螂ディバイダーマンティスが、ゴンドラから飛び立ちました。

 そのまま落下してくれるのかと期待しましたが、不気味な羽音をたてて悪魔の身体に戻りました。


 ギン、ガギギン──

 硬い殻が砕ける音がして、昆虫の魔物の身体の一部がバラバラと落ちてゆきます。

 混乱してバーサーカーと化した分割蟷螂ディバイダーマンティスが、目についた魔物を斬りまくっております。

 見るに堪えないスプラッターな光景です。カエルが液体を吹き付けて、脚が一本溶けました。


「ねえねえ、カマキリがどれにやられるか当てる遊びをしましょ!」

「あなたねぇ……そうですわね。カマキリは同族を食べる種族と聞いておりますから、あちらの右腕から狙っているカマキリに賭けますわ」

「わたしはヘビ! 夜の悪魔の口のなかに、大きなヘビがいたの。ヘビはたくさん食べるもん。カマキリなんて一口ね!」

「まあ、危険ですこと」

「ほら、でてきた。ながーい」

「アテンノルンさま、いい加減にするですぅ。乗り物が来ましたぁ」

「はい」


 注意されてしまいました。

 わたくしたちは大きな音を立てて到着したゴンドラに乗り込みました。広場ほどもある平らなスペースには生き物のすがたはなく、チリひとつさえないのが不思議ですわ。


「あっ、ばか。なんでそいつにやられるの!」

「あらまあ」


 肉に潜んでいた蟻地獄のような幼虫が、カマキリの背中に喰いついきました。

 そのまま肉の巣穴に引きずり込もうとしましたが、カマキリはふたつに分かれて奈落に落ちてゆきました。


「お互いはずれですわ」

「もう! さいてー」

「……アテンノルンさま、それと愚かな妖精、注意してください」

「どうかなさいましたか?」

「シットニンゲンが何言ってるの?」

「私たちが乗っているこれは、殺し合いで殺気立った魔物の上を通りますぅ。きっと普通よりも多い魔物が襲ってきますぅ。ここが逃げ場がない場所だと、よく考えてください!」

「さすがはメルクルディさまですわ。ご意見ごもっともと存じます。もっと注意いたしますわ」


 やってきた魔物をただ倒せばいいと考えをしておりましたが、自分だけではなく仲間に危険が及ぶと考えますと、甘い考えを反省します。

 油断すると傷つけられる可能性はありますし、無駄な消耗は避けるべきです。


 ゴンドラが悪魔の真下に差し掛かりました。

 20メートルはある巨体の陰を通るとき、一時的な夜が訪れたのかと勘違いするほど、光が遮られます。

 予想に反して、魔物たちの群れは肉から離れませんでした。

 ただ一匹だけ、悪魔の皮膚とおなじ体色をした巨大な蚊が、独特の羽音をたてておりてきました。


デビルモスキート悪魔蚊ですぅ。刺されると身体が石に──」


 メルクルディさま説明が終わる前に、灰黒狐がとびかかりました。鋭い爪の一撃で頭を砕き、そのまま身体を蹴って回転、もといた場所に戻ってきました。

 ですが、くたりと倒れてしまいました。


「くゃぁ……」

「こんなふうに刺されると石になっちゃいますぅ。何度も刺されると石の身体が崩れて、そうなったら治療できないので気を付けてくださいですぅ」


 灰黒狐の肩にはちぎれた口吻が刺さっておりました。

 その場所から体毛があかるい色に染まり、硬い石に変化してゆきます。

 メルクルディさまが魔法を唱えると、もとのゴワゴワした毛にもどりました。 


 悪魔の翼の内側からこぼれおちる果実のように、悪魔蚊デビルモスキート群がってきました。

 さすがに魔法を使わざるを得ません。危険な相手と接近戦はしたくないですわ。


「えいっ、炎の槍ファイアランス


 投擲された槍が一匹のおなかに命中しました。 

 

 プイジジジジジジジ!


 ひい! 全身が燃え上がった悪魔蚊デビルモスキートが、火だるまになりながら攻撃してきます。

 羽だけが生のままで、あとは燃え焦げてくすぶりながら、針を振り回して狂乱しております。危ないですわ! 危ないですわ!


暗黒弾ダークショット!」


 とっさに生み出した暗黒球が、ドロドロと悪魔蚊デビルモスキートの延焼した身体にまとわりついて、炎の蚊は燃えながら落ちてゆきました。


 他の蚊が突き出す針を避けながら考えます。炎の精霊さまのお力を借りて肉体を燃やすよりも、闇の精霊さまのお力で精神を破壊したほうが、この場での安全マージンが取れますわ。

 であるならば闇で弱らせましょう。

 手甲と短剣で針をいなしつつ、隙を見て暗黒弾ダークショットを撃ちこみます。 

 果たして蚊の容量のすくない精神は、暗黒の力に捕らわれ、脚をそろえてゴンドラの上に転がりました。

 2匹、3匹と脚を上にしてひっくり返った悪魔蚊デビルモスキートの身体がゴンドラに溜まってゆきます。


「あなた、止めをなさい」

「くぁああ!」


 灰黒狐が動かなくなった魔物を処分してゆきます。

 わたくしは戦闘中に、ふと考えました。


「メルクルディさまが石化した場合は、状態異常を回復するポーションで治りますの?」


 わたくしの鞄の中には、状態異常を治す黒いポーションがありますが、石化にも通用するのでしょうか。

 メルクルディさまはメイスを器用に振り回して、空中をふらふらと飛ぶ蚊を粉砕なさっております。


「異常の強度によりますけどぉ、たいていは治りますぅ。私が石になったときはかけてください」

「わかりましたわ」


 しかし、いちいちポーションを使っていては、すぐに在庫がなくなってしまいます。

 やはり回復魔法をおぼえていらっしゃるかたはパーティの生命線です。

 わたくしを盾にしてでもメルクルディさまをお守りいたしましょう。


「当たらなければいいの! 当たらない魔法を使えるし」

「まあ、どんな魔法でして?」

「ふふん、弓矢封じアローシールっていうの! 飛んでくるものに当たらなくなるの。わたしは魔法をつかわなくても、当たらないけど!」

「便利ですこと。どのような飛び道具でも防いでくださいますの?」

「だいたいね」

「ですが悪魔蚊デビルモスキートの刺突は防げませんわ」

「当たり前でしょ」

「……」

 

 悪魔蚊デビルモスキートの襲撃は、ゴンドラが2度移動するまで続きました。

 2度目に動き出したとき、死体が溶けてドロップ品に変化しました。

 羽や目玉、薄灰色のトゲが落ちております。

 鑑定してみると石化効果のある口吻と出ました。針のように鋭く内部が空洞です。

 

 ストローのかわりになるかもしれませんが、飲みこむ途中で石になりそうですわ。ちょうどいいです。これで効果を試してみましょう。


「あなた、わたしに弓矢封じアローシールをかけなさい。メルクルディさま、これをわたくしにお投げになってください」

「うん」

「いいですよぉ。どこを狙いますぅ?」

「お胸に向かってお願いいたします」

「わかったですぅ。いきますよぉ」

「ご存分に」


 念のため、短剣を構えます。

 メルクルディさまが上段打ちで放たれた棘は、緩やかな放物線を描いて飛んできました。

 命中する直前、強風にあおられたかのように、軌道がねじまがってそれてゆきました。

 そのままゴンドラの縁をとびこえ、深淵に引き寄せられて見えなくなりました。


「まあ、当たりませんでした」

「すごいでしょ」

「たぶんですけどプロテクション系の一種だと思いますぅ」

「そうですのね」

「もー! そう言ってるでしょ! だいたい防いでくれるの!」

「もしわたくしの身体よりも大きな石が飛んできた場合はどうなりまして?」

「夜は当たるに決まってるでしょ。何言ってるの?」

「……? お昼には避けられまして?」


 妖精は疑問の意味が分からないという表情をして、いぶかしげにわたくしをみました。


「うん」


 わたくしの問答がはたして正確な意味をとらえているのか疑問ですが、昼夜で効果が変わるなんて不思議な魔法ですわ。

 明るさが関係あるのかもしれません。


「魔法ってたくさん種類がありますわ」

「系統だてて研究している魔導学者さんはいますぅ。でも魔法を研究しているひとは秘密主義が多いから、全部知るのは無理ですぅ」

「周知すると対抗策を考えられて、弱点にもつながりますもの。わかりますわ」

「フィリーエリさまの教えが広がれば、みんな平和に暮らせて、余計な争いをしなくて済むのに……そうしたら魔法の研究も進んで、もっと便利になりますぅ」

「大きな夢をもっていらっしゃいますのね」

「フィリーエリさまは情熱を肯定してくれますぅ」

「いかなる方向の情熱も、ですの?」

「はいですぅ」


 ゴンドラが対岸の幹につきました。重音が響いて悪魔がうめき、空洞のまえで停止しました。

 次のフロアにつきましたわ。

 

 扉を開けると、11本の分かれ道が、わたくしたちの目の前に広がっておりました。

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