第33話 ほんとうにマッサージでして?
数時間後、わたくしたちは村に帰りついておりました。
苦痛は消え去ったまま戻って来ず、再びの襲撃もありませんでした。
「おかえりなさいっ」
笑顔でお出迎えくださったメルクルディさまに、何と説明すべきか困りましたが、ありのままに起こった出来事をお伝えしました。
ひとまずヤーリーさまを施療テントに送りつつ、村人さまに監視をお頼みしてから、皆さまのいらっしゃる一番大きな家に向かいます。
「あの人はだれですかぁ?」
「帰り道で襲ってきた暗殺者ですの」
「はー? 何もなくてよかったですぅ!」
メルクルディさまが施療テントの方向を怒りの視線でにらみました。今にも始末しにゆかれそうでしたので、まぁまぁと押しとどめます。
「あの男にはあとでゆっくりお話をしますぅ。この妖精は何ですかぁ?」
「わたくしがご迷惑をおかけしましたので、魔力を差し上げておりますの」
「ふーん、魔力ですかぁ、もう帰ってもらったらどうですぅ?」
「なーに、あなた?」
肩にとまっていた妖精がメルクルディさまの正面に飛びました。何度か周囲を旋回して、クスクスと笑った後、わたくしの肩に戻りました。
「おもしろーい。あはははは」
止まるときに透明な羽が頬をかすってくすぐったかったので、手で払い落しました。
テーブルを囲んで見聞きした事柄をお伝えします。
「──以上が今日一日のご報告ですわ。メルクルディさまはお休みになっているあいだに、村で襲撃などの事件は起きまして?」
「特に何もなかったですぅ。住人たちに暗黒の祈りを教えてましたぁ」
「となればわたくし個人を狙った相手なのでしょうが……わたくしには相手の判断がつきかねますわ」
「難しいですねぇ。恨みに思っている人のほうが多いですぅ」
そこですの。
面子にかけて始末したいと考えていらっしゃるかたは、おそらく片手では足りません。
不幸にもお命を奪ってしまった先輩冒険者さまの親類縁者、あるいはそのお友達、お顔をつぶした名代さまの代理人のかた、凶暴の平原にいらしたミンワンシン市の軍のかたがた、無理やりお金と品物を交換した家々、治安を維持する官憲のみなさま、わたくしが大陸の果ての残してきた怨恨も含めれば、敵の数に苦労はいたしませんわ。
「お相手がわかりませんとお話し合いもできません」
「はいですぅ」
放置しては不安が残りますが、現状は情報不足で対処できません。
そうなると襲撃を待ち構えて罠をはるか、ボディガードを付けて襲撃そのものを抑制するか、無視してその時になったら対処するしかありません。
わたくしとしては3番目を採用したいですわ。対処するほどのお相手とは考えられません。
「気にせずに捨て置きましょう」
「えっ!? 本気で言ってるですぅ? 襲われたんですよぉ」
「このような中途半端な暗殺をしかける相手に、労力を使う必要を感じませんの。確実に殺すおつもりでしたら、一般のかたを暗殺の
「それはそうですけどぉ……あまり心配させないでくださいですぅ。アテンノルンさまが傷ついたら、私はとても悲しいですぅ……力づくで止めたくなるので、危ないことはしないでください」
「ご迷惑をお掛けいたしました」
メルクルディさまが怒り出しそうな気配を感じましたので、同意しておきます。
「ねえねえ、あなたって命をねらわれるくらい、いっぱい嫌われているの? 嫌われニンゲンなの?」
テーブルのうえでナッツをかじっていた妖精が、身体を反らしてわたくしを見ました。
「ええ。平和に過ごしたいと常々考えておりますが、トラブルが向こうからやってきますの」
「やっぱり! 精霊さまとお友達だもん。朝も夜も消したくなっちゃうよね」
「時間が何か関係ありまして?」
「たくさんあなたで遊びたくなるもん。光はあなたの闇が怖いし、闇はあなたがまぶしくてイヤになるの! トラブルニンゲンね、あはははは!」
「わたくしが嫌われていると言いたいのでして?」
「うん!」
無礼な言葉を言って笑う妖精を掴もうとしましたが、俊敏に飛び経ちました。
逆にわたくしの髪を捕まえます。
「だからわたしが一緒にいてあげる!」
「おまえ、さっさと森に帰ってもいいんですよぉ。妖精らしくひとりで遊んでいるですぅ」
「そのうち帰るわ! 今はこのニンゲンがおもしろいから、そばにいてあげるの。魔力もおいしいし!」
「どんなふうに魔力をあげるのですかぁ?」
まあ、低いお声ですわ。
メルクルディさまの雰囲気が、
「人差し指を出して、妖精が指先に口をつけると、何かが吸い取られてゆく感覚がします。もしかして気軽にしてはいけない行為ですの?」
魔力の
「受け渡すだけなら何もないですぅ。でも魔力の交換が親愛の証になる国もありますからぁ、相手を勘違いさせてしまうかもしれないので注意が必要ですぅ」
「まあ、気を付けますわ」
「わたしは魔力をもらったからすーっとお友達だもんね!」
「なるほど、確かに注意が必要ですわ」
「はいですぅ」
まあいいでしょう。
動物に好かれるのと同じですわ。
恩義もありますし、飽きるまでそばにいさせましょう。
「心配なので、今日はもう休んでくださいですぅ。毒についても残っていないか調べたいですぅ」
「それもよろしいと存じますが、ヤーリーさまの処遇についてのお話をお聞かせください。フィリーエリ教徒のみなさまが、犯罪をどのように裁くのか気になりますの」
「うーん、普通はその地方の法律にあわせますけどぉ、戒律に従うとしたら……」
メルクルディさまが考えこまれたあと、何かひらめいたご表情でわたくしを見ました。
「外のひとには教えられないですぅ。アテンノルンさまが入信してくれるなら、秘密の戒律も教えられますぅ」
勧誘がお上手になりましたわ。
謎をほのめかされますと、どんなにくだらない内容でも、知りたくなってしまいます。ですが今は時期が悪いと存じます。
「またの機会にお話をうかがいますわ。何度もお断りして、お詫び申し上げます」
「いいですよぉ。聞きたくなる機会をずっと待ってますぅ。でも、毒の話は詳しく聞きたいですし、念のために治療しますねぇ」
「あら、もう元気いっぱいですわ」
「まだ残っているかもしれないから確認は大切ですぅ。脚の筋肉をほぐすついでに確かめますぅ」
「この程度なら平気かと存じますが……いえ、お願いいたしますわ」
「ではこっちに来てくださいですぅ」
専門家の判断に従いましょう。
メルクルディさまに連れられて、広場で作業なさっている村人さまたちのあいだを通り抜け、臨時の施療施設になっている民家の一番奥にゆきました。
一番奥の狭いお部屋に通されました。
ふたりも入るとお部屋がいっぱいになります。おそらく元はちいさな物置ですわ。
わらの上に毛布が敷かれただけの簡単な寝所で、下着一枚になります。
うつぶせになりますと、メルクルディさまが闇の聖水で手を清める音が聞こえました。
簡単な問診のあと、足の裏が指でぐりぐりと押され始めました。痛いですわ! 痛いですわ!
「うぐぐうぐ……!」
「もう一度、最初から話してくださいですぅ」
「うぅぅ……もっ、森のなかで、毒を受けた時はっ、はじめは痛くなってっ、次に、っ、笑いが止まらなくなりましっ、たのっ」
どきどき、足の裏から骨に響くような鈍痛がはしります。
痛いといえば痛いのですが、じわりとした弱い痛さで、次第に痛みが解けて心地よくなります。
「どこが、どんなふうに痛かったのですかぁ? くわしく教えてくださいですぅ」
「いっ、息を吸い込むたびに、熱湯を飲み込んだように、お口の中と、喉と、お胸のなかが痛みましたの」
「涙は出ましたかぁ?」
んぐぐぐぐぐ……マッサージ中の質問は答えにくいですわ。
今は腰を肘で押されているのですが、お腹の後ろに痛みが発生して、内部に氷が突き刺さったような冷たさが、深く押されるたびにキラリ、キラリと輝きます。
歯を食いしばっているのですが、痛すぎてお口が勝手に開きます。
答えを待ってくださるときは、手の動きは止まっているのですが、まず深呼吸して落ち着かないとお答えできません。
「フーッ……フーッ……ハァー…………。涙は、目に赤くもやのかかった状態になりました。痛みはありませんでしたが、意図せず涙が流れました」
「ごくり。アテンノルンさまは泣きながら歩いてきたのですねぇ」
文字通り、息をのむ音が聞こえました。
「そうなりますわ。ですが、痛いだけで身体の機能に障害はでませんでしたので、耐えればいいだけでしたの」
「何時間も泣きながら痛みに耐えて──くっ、許せないですぅ! 絶対に犯人をみつけて、償いをさせてやります!」
ぽきぽきぽき──
メルクルディさまが拳を握りしめて、骨が妙な軋みをあげております。わたくしのために怒ってくださって、少々うれしくなってしまいました。
ですが、そのままのお力でマッサージするのはやめていただきたかったです。
両膝をまげて筋を伸ばしてくださるのですが、その状態でお尻のうえから骨を抑えて、限界まで筋肉のはりを強制的に高められます。
「いっ、痛いですの……! いいいっ……んんッ~~~~~!」
「絶対に許せないですぅ! こんなに、こんなにアテンノルンさまを痛めつけるなんて! こんなにっ! 見つけ出して殺してやるですぅ!」
「くッ……おッ……ゆッ……!」
お許しを懇願したかったのですが、痛すぎてそれどころではありません。
肉体的な痛みと、魔法的な癒しの治療が繰り返され、30分もたったころには消耗しておりました。
「はぁ……はぁ……」
「次はもっと身体をほぐしますぅ」
痛みの次は心地よいマッサージです。こちらは優しい手つきで痛みがありませんので、終わったときには体中がほぐされて、疲れが抜けておりました。
ただ、精神的に消耗して、身体は軽いのに疲れている不思議な状態でしたの。
「わー、うわぁー、すごーい……」
妖精はメルクルディさまの技術に感嘆したのか、ぺたりと座り込んで眺めているだけでした。
館に戻って残ったお酒をいただいて休んでおりますと、施療テントを巡回したメルクルディさまがもどっていらっしゃいました。
回復魔法で傷を癒し、病気のかたにはお薬を処方したそうです。
「お薬の減りがかなりはやいですねぇ」
お薬は在庫分しかありませんので、こちらもなんとかしなければいけませんわ。
「お薬で思い出したのですが、お知り合いに錬金術師さまはいらっしゃいませんか?」
「……うーん、いないですぅ。冒険者ギルドで紹介してもらえますけどぉ、今はあまり村から出ないほうがいいと思いますぅ」
「暗殺でしたら気にしませんわ。まともに襲撃もできませんでしたもの」
「誰かが巻き込まれた時、アテンノルンさまは平気ですかぁ?」
おっしゃるとおり、わたくしのせいで誰かが亡くなられては寝覚めが悪いですわ。
「わかりましたの……ですが困りましたわ。お金を稼ぐ場所がなくなってしまいました。この村の近くにダンジョンがあればいいのですが……」
「こっそりダンジョンに忍び込む方法もあると思いますぅ。でも、アテンノルンさまが言った、ほとぼりが冷めるまで待つあいだ、素材をお金に換えられないですぅ」
「片道1日は行き帰りが大変ですわ」
「はいですぅ。命を懸けて戦ったあと、消耗した身体で1日かけて村まで戻るなんて、襲撃するにはとてもいい機会だと思いますぅ」
「やはり村でお仕事をするしかありませんのね……そうですわ! この機会に蛮族と呼ばれるかたたちと、お知り合いになるのはいかがでしょうか?」
「えっ、野蛮な連中に会うのですぅ?」
「野蛮かどうかは、お話しするまで分からないと存じます。ここの地方のかたがたが蛮族と呼んでいるだけで、もしかしたら、よい交易相手になるのかもしれませんわ」
「うう……そうでしょうかぁ? 悪い予感しかしないですぅ」
「どうしてですの?」
「アテンノルンさまの言葉を否定したくないですけどぉ……ここのひとたちの敵と仲良くしたら、うまくいっても敵の味方に思われちゃうかもしれないですぅ」
わたくしは皮袋に残ったお酒をあおりました。
メルクルディさまがおっしゃる内容も一理あります。
この地方の通念に乗るのでしたら、蛮族は殲滅すべき対象で、お話をする相手ではありません。
ですがわたくしとしましては、可能ならば秘密裏に交渉して、彼らと交易するのが良策だと存じます。
あくまで交渉が可能ならばの仮定ですが、道が通じていても攻めていらっしゃらないお相手ですから、十分に可能性があると存じます。
国家の一部としての主体を押し出さずに、独立した宗教団体として交渉に臨めば、蛮族も交渉のテーブルにつくかもしれません。布教の可能性もあります。
それらの想定を踏まえて、メルクルディさまにお話いたしますと、メルクルディさまはどこか夢遊病的なぼんやりとした表情でわたくしを見て、テーブルの上にあるわたくしの手を握られました。
「挑戦と情熱の精神は確かに大事ですぅ! 暗黒神フィリーエリさまの教義にもありますぅ! アテンノルンさまはいつも私に道を示してくれるですぅ!」
「わたくしなんて、市勢の状況さえあいまいな未熟者です。買いかぶりすぎないよう、お願いいたしますわ」
「そんなことありません! アテンノルンさまが失敗しても、私が最後まで守り通しますぅ」
「……メルクルディさまは献身的なおかたですこと」
メルクルディさまはわたくしの手を離して、うつむかれました。
何かお気に障る発言をしたかしら?
特にないと存じますが……蛮族との交渉の大変さをお考えになったのかもしれませんわ。
「ご安心ください。わたくしひとりで
「アテンノルンさまに何かあったら、心配で眠れないですよぉ」
「そのときはそのときですわ。不確定な死の可能性は、考えるだけ無駄だと存じます」
「私もついていきますぅ」
「ありがたいお話ですが、村は平気でしょうか?」
「大丈夫ですぅ。ベルナールもライゼさんも、ほかのひとたちも頑張ってくれますぅ」
人口だけは多いのですから、運営に足る人材もいらっしゃるでしょう。
かつての支配層をそのままスライドさせてもよいかもしれません。
となれば統制を強めるため、罪を犯したヤーリーさまは厳罰に処される必要がありますわ。
うう、ベルナールさまがどのような処分をなさるのか知りたいですわ。処刑なされるのでしたら、特に拝見したいです。
下世話な嗜好だとは存じますが、どのようなつまらない命でも、死体になりますとそれまでの属性が引きはがされて、命を失った残骸として、生きる尊厳をはぎ取られたお姿になります。
わたくしはその平等なお姿に安心を覚えます。
ときどき死霊やアンデッドとして死の先にゆかれるかたもいらっしゃいますが……。
「どのような処刑になるのかしら……」
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