第34話 どう見ても邪教の儀式ですの……


 情報収集に1日、荷物の準備に1日、刑の執行の見物に1日。

 ベルナールさまとお話して交流と布教の許可をいただき、ライゼさまに村の警備をお願いし──わたくしとメルクルディさまで蛮地に向かうとお伝えすると、不安げに辺りを見回し、床を見つめ、やがてベルナールさまのおそばに寄り添いました。要人警護ボディーガードの観点からも良い距離だと存じます──少年少女たちの遊び相手になっていた灰黒狐を回収いたしました。


 その際、村の一員となった子供たちにどこにゆくのか尋ねられましたので、賭博でお金を稼いでくると伝えますと、どの子もキョトンとした表情をしました。

 情報を偽装する必要があるとはいえ、冗談が通じないと悲しいですわ。


 ただ、しばらく村を開けると言いますと、文字通り後ろ髪を引かれました。片目の子は腕をつかんで離しませんし、火傷の子は脚に巻き付きます。

 年長者の子供がなだめてお祈りに誘いますと、手を放して静かになりましたの。

 お祈りに情動を落ち着ける効果があるなんて素敵ですわ。


 

 わたくしたちは2人と2匹で、森の街道を連れだって歩いております。メルクルディさまは刑罰を見物した後、言葉数が少なくなられました。


「それにしても……あんなことになるなんて、予想外の刑罰でしたわ」

「すっごいよね。あのニンゲンってどうなっちゃうの? 夜の人になっても生きていられるのかな?」

「さあ、詳しくは存じませんが……きっと世にも恐ろしい体験をこれからなさるのでしょう。いかがでして、メルクルディさま?」

「……」

「さっきからずーっとだまってるし、だんまりニンゲンになっちゃった。ねえねえ、静かなのが好きなの?」

「うるさいですぅ」

「きゃあー、こわーい」


 手で払われた妖精は、大げさに吹き飛んで、わたくしのそばを歩いている灰黒狐の背中にぽすりと着地しました。


「くぁ」


 灰黒狐は小さく鳴いて、背中に乗せたまま歩き続けております。


 メルクルディさまは特定の質問にだけは、むっつりと黙ってお答えくださりません。

 出発してから半日のあいだに、機を見ては何度もお尋ねしているのですが、あからさまに口をつぐまれ、お話が途切れてしまいます。


 普段はお見せにならない拒否的なしぐさに、心が痛みます。半面、その冷たさが楽しく感じてしまい、質問をやめられませんでした。


 こういう場合は、善悪の倫理観が乏しく、享楽的な妖精とお話して、遠まわしに責める策が良いと存じます。

 わたくしはメルクルディさまが拒否したい話題を、わざと妖精と仲良くおしゃべりをしました。


「ヤーリーさまは元にお戻りになるのかしら。気になりますわ」

「もどれないんじゃないー? だって全部かわってたもん。すっごく夜の人ねあれは!」

「身体の作りまで変わってしまっているなら、心も変化するのかしら。あのヤーリーさまが。ふふふふ」

「おもしろいの? じゃあわたしもおもしろい! あはははは」

「まあ、追従笑いをされるなんて、偉くなったみたいですわ」

「えらさがあるの? あなたが笑っているから、わたしも笑っただけよ! あははは。ふたりで笑うと楽しいね!」

「ヤーリーさまも乾いた笑いを浮かべていいらっしゃいましたわ。メルクルディさまはヤーリーさまの心の変化を、どう思われまして?」

「……知らないですぅ」

「さようでございますか。それにしても、不思議な刑ですこと」


 昨日拝見した処刑は、それはもう奇妙でした。

 公開処刑は娯楽の要素も含んでおりますので、興業に近い側面もあります。

 規模にもよりますが、刑場は見物人さまでにぎわい、軽食やアルコールを出す露店が出たり、軽業師が芸を披露しておひねりをもらったりします。


 お祭りの一種と考えても良いでしょう。

 

 ですがヤーリーさまの処刑は、まるで民衆の英雄だった政治犯が裁かれるときのように、重苦しい雰囲気のなかで進みました。

 誰一人笑っておりません。ときどき静かな波のような小声の話声が聞こえるだけです。


 押し黙った村人さまたちが、ぼんやりとした視線で、噴水のそばに作られた刑台を見つめていましたの。

 あとから気づいたのですが、村人さまたちは処刑台を眺めているのではなく、刑台の左右に建てられ双月の紋章を見つめておいででいた。


 わたくしは広場を見渡せる民家の2階から見物しておりました。

 ゆらゆらと動く人のさざ波が、刑の執行を待っておりました。


 鐘が打ち鳴らされました。

 水晶のように透き通った音が、掲げられた祭具から発せられます。


 人垣がわれて、縄目を受けたヤーリーさまが連行されてきました。

 先頭をゆくのはベルナールさま。一度も拝見した記憶のない、黒い革でできたマントを羽織っていらっしゃいます。


 罪人が引き出されても、村人さまはヤジを飛ばしません。

 どこか昆虫的な動きでこうべを動かすだけです。

 このような処刑を見た経験はありません。

 普通は喝采をあげて、楽しむものです。


 お父様に教えていただいたのですが、元来、大衆とは誘導された感情に従います。

 特に悪と認定された人間には無慈悲な力をぶつけます。


 罪人とは社会を脅かす敵、道徳から外れた悪魔、諸悪の根源、悪徳が人間の姿を借りて歩いている存在──このような敵となった犯罪者は蔑むべき存在であり、暴力を振るっても良心が痛まない相手なのです。


 ですので刑場にいらっしゃる民衆は、犯罪者を罵倒したり、石をぶつけたり、その家族をリンチしたりなさいます。


 事前に誘導されているとはいえ、恐るべき単純な意識をお持ちですが、わたくしはその熱狂が好ましく、無知な暴力が処刑前の犯罪者を半死半生の目に合わせるなど、心がうきうきと踊りました。野蛮ですわ! 野蛮ですわ!

 

 しかし今回の場合は、まるで宗教施設で行われるような、厳粛な祭典に参加している雰囲気でした。


 ベルナールさまが言葉に詰まりながら啓蒙演説さなっているあいだも、続いてヤーリーさまの暗殺未遂の内容を語っているあいだも、罪の重さは極刑により挑むと宣告なさっているあいだも、しんと静まり返ってしわぶきひとつ聞こえないのです。


 劇場に詰まった無反応な観客の前で、演出だけが続いてゆくようです。


 このなぎの感情のなかで、それでもわたくしは斬首や絞首が行われると、信じておりました。

 沈黙のなかでの処刑も、それはそれで味があろうと考えていたのです。無言劇は機微が一番見れますもの。


 メルクルディさまが登場しました。こちらも黒い衣装に身を彩られて、銀色の大きな杯を両手で抱えて、中にはかがやく液体が満たされております。


 ベルナールさまの背後で控えていたライゼさまが動きだしました。


 後ろ手に縛られたヤーリーさまの頭をつかんで上を向かせ、手でほほを押さえて、口をお開きになります。

 無理やり飲ませる体勢にわたくしは察しました。たくさんの液体を流し込んで、地上で水死させるおつもりですわ。地味な珍しいやりかたです。


 メルクルディさまは七色にかがやく液体を、ゆっくりと喉に流し込んでゆきました。それも途中で何度も止め、むせたり溺れたりしないように、気を付けていらっしゃいます。


 溺死ではないのでしょうか?

 ですが溶けた金属を流し込んでいるわけでもありません。


 むしろヤーリーさまを気遣っております。

 どういうおつもりなのでしょう。

 首をかしげてしまいました。

 つまるところ、何が目的でこのような行為をなさっているのか理由がわかりません。


 あるいはこれ自体が別の儀式で、刑罰そのものは始まっていないのかしら? 未知の宗教の刑罰は見ごたえがありますわ。


 全ての液体が喉の奥に消えたあとも、しばらく沈黙が続きました。

 刑台のうえにひとり残されたヤーリーさまは、うつ向いておられましたが、やがて叫び声をあげ、もだえ始めました。


 獣のうなり声を申しましょうか、追いつめられた動物が生命をかけて叫ぶような断末魔に近い絶叫でした。

 その低く重いお声が、徐々に変化してゆきました。はじめは喉が傷ついたのかと考えましたが、間違いでしたの。


 低いお声が──高く澄んだ、よく通るお声に変化してゆくのです。


 ヤーリーさまお身体が、クマのように腫れあがった腕が細くなり、毛深い肉体が小さくなり、体積自体が不規則に伸縮します。

 ひとりだった肉体が、よじれて、ぶれて、両方の性をもった男と女のお顔がふたつにわかれました。


「があああ! あああああ!」


 途中からは、ふたり分のお声が混ざっておりました。

 スライムが分裂するように、横方向に伸びたヤーリーさまの肉塊が、ふたつの山なりの塊となり、中央あたりでへこみが出来、たわんで、膜となってちぎれました。


「……」


 増えましたの。おふたりになりましたの。

 声が出ませんでした。

 よく似た兄妹のように、男と女のヤーリーさまが並んでいらっしゃいました。


 女性の身体は、ボリュームが3割ほど減って小さくなり、替わりに髪が伸びて腰まで達しております。

 お顔の輪郭は丸みを帯び、まつげは長く、唇はふっくらとして、身体のラインも完全に女性です。


 ただ、右腕だけは、切り落とされたままで、肘から先がありませんでしたが……。


「わおぉーお!」


 子供の多い観衆が、感嘆のお声をあげていらっしゃいます。

 わたくしも驚きで身体の動きが止まってしまいました。

 これから何が起こるのでしょうか。

 目が離せませんわ。


 ベルナールさまは女体のヤーリーさまのあごを持ち上げ、何かつぶやいておられます。

 奇妙にねじ曲がった短剣を抜かれました。ヤーリーさまを立ちあがらせ、胸の皮膚を軽く裂いて、血を浮かせました。

 それをすくって、お化粧を始められました。


「まあ……!」


 おへその近く、下腹部のあたりにベルナールさまが白鳥の翼に似た紋章を描いております。精巧な入れ墨のように、大きく広げた2枚の翼が開きました。


「供物の準備は果たされた! 偉大なる神にささげる血盟の信徒よ! 犠台の前に参れ!」


 ベルナールさまの澄んだお声がよく響きますわ。


 群衆の中から、年配のおとこのかたが3人現れましたが、わたくしは目をそらしました。このかたたち全裸ですわ!


 処刑台の正面にならんで座り、両手を掲げて何かをたたえておいでです。

 その立ちふるまいを見て、嫌な予感がしましたの。

 まさか、この衆人環視のなかで?

 ほんとうになさるおつもりですの?

 目をそらしたいのに、見てしまいます。


 刑台から女版のヤーリーさまが突き落とされました。

 裸の村人さまが受け止め、群がります。

 群衆の輪が縮まり、歓声が聞こえます。


 いまだ台の上にいる男のヤーリーさまは、ぐったりと倒れて動きません。こちらは村人さまが両脇を抱えて、どこかに連れてゆかれました。

 さきほどまで静かだった村人さまたちが、笑いにさざめいております。

 上ずった、あさましい笑いです。

 性的ななぶりものに対する、下世話なお声です。


「うっ……うぶっ……」


 嘔吐間がこみ上げました。

 性行為を見せものにするなんて。


 忘れたい思い出がフラッシュバックしました。

 今でもくっきりと覚えております。

 わたくしがたくさん触手の生えた種袋シードバッグイソギンチャクと戦わされたときの、姉さまたちの薄情なほほえみ。

 わたくしが危機に陥れば陥るほど、揶揄と侮蔑を投げつけ──あの声、笑い声、指をさす仕草……。

 わたくしは立っていられなくなりました。


 処刑の娯楽を楽しみに参りましたのに、恐怖すら感じる祭典を見せつけられて、わたくしは無力な子供のように壁にそってしゃがみこみました。


 狂乱した大衆と、搾取の秘め事を見せられるなんて、ひどいですわ。


 高揚感も悲壮感もなく、命が失われる瞬間さえ見れず、戦禍にさらされた村で起こる人間性の略取を見せつけられました。

 仰天しすぎて見ていられません。わたくしの常識と違いすぎますわ。


 わたくしは頭を抱えてうずくまり、それでも村人さまの歓声が、恐怖を呼び出しますので、村の外に逃げ出しました。

 夜になってからこっそりと村に戻りました。

 

 突然いなくなったため、メルクルディさまに再びご心配をおかけしましたが、わたくしが逃げ出した理由についてご想像の外でした。

 むしろあの程度の出来事など、すこし変化のある日常程度に捉えておいで、お話にも上りません。


 そして今、メルクルディさまに仔細を尋ねて、すこしだけ意趣返しをしております。

 憎いのではありません。ただ困らせてさしあげたかっただけです。


「ヤーリーさまはどのような状態になれば、贖罪を済ませたといえるのでしょうか? それにあのお薬。性別が変わるだけではなく、分裂するなんて……そのようなお薬が存在するなんて存じ上げませんでした。珍しい品物ですの?」

「……だから見ないでほしいって言いましたぁ」

「申し訳ありません。それでヤーリーさまはどうなりまして?」

「……」

「その、まだ生きていらっしゃいますの? 村人さまたちから、たいそうひどい目にあっておいででしたが、生存が許されるのでしょうか。わたくし、用事がありまして、最後まで拝見できませんでしたの」

「聞いてもダメね! だんまりニンゲンだから、しゃべれないんだよ! ねっ」


 妖精がメルクルディさまの眼前を、2、3回往復しました。メルクルディさまの片方のほっぺたが、わずかに膨らみました。危険な兆候ですわ!


「こら。口を慎みなさい。レッテルを張ってはいけませんわ」

「なんでー? 何がいけないの?」

「失礼だからです」

「えーわかんない。だんまりニンゲンだから死液吸貝アンダードレインのなかまでしょ!」

 

 やりすぎな言葉はおやめなさい。

 メルクルディさまは力がお強いので、あなたの身体など、たやすく地面のシミに変えられます。

 もちろんメルクルディさまがそのような無法を働くとは考えられませんが、半日以上もちくちくと言葉で刺激しているので、万が一がありますわ。


「メルクルディさまはわたくしの大切な仲間ですの。軽んじてはいけません」

「アテンノルンさま……」

「わかった! ねえねえ、わたしもたいせつな仲間に入れて。いいでしょ? あなたはおいしいから、ずっとそばにいたいの」

「酷い選考基準ですわ」

「だってうっとりするもん。そのくらいおいしいの!」

「わたくしは食糧ではありませんが……大人しくしているなら、連れて行ってもいいですわ」

「するする! するから! わーい、仲間になっちゃった!」


 わたくしの同意なしで勝手にパーティに入りました。

 のんびりした頭の妖精ですし、気に留めなくても良いでしょう。


「アテンノルンさま……いいのですかぁ?」

「ええ、そのうち飽きますわ」

「そんなことないもん! うれしい!」


 キラキラした粒子をまとって、妖精が飛び回ります。うれしさが限界を超えた犬の動きに似ておりますわね。

 妖精はわたくしの肩に止まり、頬ずりしてきました。シルクのようなすべすべした肌触りです。

 サイズが小さい種族ですので、髪も手も頬も衣服も小さくてくすぐったいですわ。


「……」

「ぐるぅぅぅぅぅ……!」

「何かありまして?」


 灰黒狐は足元で低くうなり、メルクルディさまは手袋を握りしめて、逼迫した音をたてておいでです。

 妖精の声がよほど煩わしく感じられたのでしょう。

 子供が騒いでいる賑やかさに似ておりますもの、お気持ちはわかりますわ。


「あなた、もう少々静かになさい。わたくしのパーティは静寂を尊ばれますの」

「わかった! だまってる!」

「聞き分けが良いではありませんか。普段からもそのような心がけで動けば、みなさまに好かれる妖精になれますわ」

「んーん、いいの! あなただけに好きでいてもらえればいいもん!」

「意外と欲がありませんの」

「えへへー」


 ギュチ……! ギュイチチチ!

 はるるるる……!


 おひとりと一匹が、まだうるさがっておりますわね。

 高いお声が耳障りなのでしょう。

 隣を歩いていたらしたメルクルディさまが距離を詰められました。

 真横に並ばれます。


「はー私も秘密を、少しだけ話してもいいかなって思ってきましたぁ」

「まあ、お心変わりなされたのですね。わたくしも気になっておりましたので、ぜひお教えいただけるとうれしく存じます」

「はー。でもアテンノルンさまが喜ぶかわからないですぅ。はー、言えてもひとつだけですぅ」


 村を出発してから、ずっとお口を閉ざされておりましたメルクルディさまに、どのような変化があられたのが存じませんが、嬉しいですわ。

 ひとつだけなら、慎重に選ばなければいけません。


「あれはどういう刑罰ですの?」

「うぅ……いきなり核心を突いてくるですぅ……ぜったい、他の人には言っちゃだめですよぉ?」


「もちろんですわ」

「だったら教えますぅ……あれは犯罪者に薬を与えて、罪のない子供を作らせる代わりに、死刑を免れる制度ですぅ」

「では子供がお生まれになりましたら、ヤーリーさまは無罪になりまして?」

「違いますぅ。あくまで処刑を先延ばしにするだけですからぁ、そのあとで死刑になりますぅ」


「それは……結局死を避けられませんし、孤児を作るだけに思えますが……」

「子供は教団が育てるですぅ。不自由はさせないですぅ」

「ただ延命するだけで、結局は罰から逃れられませんのね」

「そうですぅ。意外かもしれないですけど、死刑になる人の半分くらいは、この制度を利用しますぅ。たとえ屈辱を受けても、少しでも長いあいだ、生きていたいと望む人が多いのですぅ」

「そうですのね……」


 このあたりは文化と倫理の違いでしょう。

 潔く死に望む態度が、美徳や名誉とされる文化もあれば、どのような汚辱にまみれようとも、生存期間をのばして放免の機会を待つ文化もあります。

 それは罪人がお育ちになった社会や、周囲の環境が培ってきた影響もあるはずですの。


 わたくしこの地域の習俗には詳しくありませんが、もう一人の自分を作り出して、かわりに刑を受けていただく刑罰になど、賛同する下地があるとは思えません。

 ヤーリーさまは無抵抗でしたし、想像以上に恐ろしい宗教なのかもしれませんわ。


 わたくしとしましては、堂々と刑に臨まれ、一言も発さずに死を受け止められるかたが素敵だと存じます。

 それは為政者側に都合の良い罪人だからですわ。

 領主が作った法律に従って、粛々と罪を受け入れる罪人なんて、他のかたの見せしめにする存在にしても、最高の見本ですもの。


 文化で定義された男らしさ、女らしさ、とも呼べるでしょう。

 伝統とも言えましょうが、たかが昔に生きていただけの先人たちの形態など、黙殺すべき存在だとしか考えられませんが、領主の都合の良い状態にある文化ならば、大歓迎ですわ。


 犯罪者のかたが定められた男らしさ、女らしさに従って、裁判を粛々と受け入れてくださるのならば、歓迎すべきです。

 フィリーエリ教徒たちの処刑は嫌悪感のみがありましたが、罪人の生存期間を伸ばす裁量には賛成です。


 わたくしの理念的にも賛成です。

 生きている限り、自由になる機会が訪れるかもしれません。生存を諦めるのは、歳をとってからでも遅くありませんわ。


「んー、わたしにはわかんなーい」


 妖精がぴったりとほほに密着して、ふわふわとした全身を擦り付けてきます。くすぐったくて話しにくいですわ。

 お隣にいらっしゃるメルクルディさまは、ピンク色の髪を何度も揺らして、こちらを見ていらっしゃいます。


 ふふふ、わかりましたわ。目障りな妖精をわたくしが受けいれているのが、気に入らないのですわ。

 メルクルディさまは子供に不寛容なのかもしれません。

 今ならもうひとつくらい、質問にお答えくださるかもしれません。


「ヤーリーさまはお薬でふたりに分けられましたが、異なった性別に生まれ変わられた別人には、罪がないのではありませんか?」


 精神的ではなく、物理的に別の自分が増えたのですから、もうひとりの自分は罪と無関係な存在ではないかと存じます。

 メルクルディさまはまじめなお顔でわたくしを見返しました。生真面目なお顔です。


「新しい肉体に入っているのは、同じ魂の裏表ですぅ。罪はそのまま引き継いていますぅ」

「記憶がありますの?」

「あるかないかなんて関係ないですぅ。親の罪に子供が無関係ならわかりますけどぉ、これは可能性がつくった本人そのものですぅ。本人が償わないと誰にもできないですぅ」

「男のヤーリーさまはどうなりますの?」

「出産が終わった次の日に、ふたりとも処刑されますぅ」

「また、その、あのようなふし……なふるまいをされて、再び延命はできまして?」

「基本は1回だけですぅ。よっぽどの事情があれば、闇の救世主さま、第一使途さまが製造を続けさせますぅ」

「製造って……尊厳が破壊されそうですわ」

「厳しくないと意味がないですぅ」

「よくわかりました。質問にお答えくださりありがとう存じます」


「誰にも話しちゃだめですよぉ? とくにベルナールにはだめですぅ。ベルナールの親族は本部神殿の断罪聖官吏ですから、怒られるだけじゃすまないですぅ」

「あのかたそうでしたの。胸に刻んでおきますわ」

「おまえも話してはダメですぅ」

「しらなーい。それより魔力がほしいの。ねぇねぇ、いいでしょ」

「おまえ調子に乗りすぎですぅ」

「まあまあ、よいではありませんか。妖精に怒っても無駄ですわ」


 わたくしは手甲を外そうとしましたが、片手に荷物をもって歩きながらではうまくゆきません。

 妖精ごときのために立ち止まるのは嫌ですし、手間がかかりますわ。


「ゆびじゃなくてもいいの」

「……!?」


 下唇に、小指の先で触れられたような、小さな感覚がありました。

 妖精がわたくしの唇に両手をついて、おそらくキスをしております。感覚が鋭敏になり、暖かい何かが向こう側に流れてゆくのがわかります。


「ぷは、おいしい!」

「……仕方のない妖精ですわ。……メルクルディさま? メルクルディさま?」

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