第31話 少々毒でもお酒なら安全ですわ


 上半分がなくなったドアをつま先で動かしますと、こちらは蝶番が外れて内側に倒れました。

 中にはかまどやたきぎがあります。台所ですわ。

 食べ物は見当たりません。


 奥の扉を開きますと、白骨化した動物が大量にフックでつられておりました。

 硬い筋と骨だけが残っております。床に落ちている頭蓋骨から判断しますに、これらは鹿です。

 腐乱している最中に訪れなくてよかったですわ。


 三棟ある建物の家、一棟は寝所、もう一棟は食堂と台所、そして倉庫。

 となれば最後の一棟は想像がつきます。


 布で呼吸器を覆って入りますと、特に強い血の匂いと腐敗臭が立ち込めておりました。

 やはりゾンビを組み立てるアトリエです。この建物で村人を解体して、思い通りのゾンビを作り上げたのです。


「まったく、ほどほどにしていただきたいですわ」


 このような場所を拝見するのは、村に続いて2回目です。

 洞窟の避難所を含めれば3回ですわ。

 腐敗と死体にご縁のある人生なんて嫌ですの。


 すでに見慣れた感のある骨の山と、衣服の束と、飛び散って固まった血の塊のなかに、きらりと輝く金属を見つけました。

 べりべりと音を立てて血濡れの床からはがしてみますと、楕円の首飾りトルクでした。

 

 これはどこかで見た記憶がありますわ。

 ヤギの瞳を並べたような模様が特徴的で、一度見れば忘れられないはずですが、どこだったかしら……。

 鈴蘭がとくに密集している村の奥側に、井戸がありました。


 汚れを落としてもっと見てみましょう。 

 井戸のふたを外して、念のため灯火グロウで内部を照らしました。

 ゆったりとした黒い水面が見えるだけで、魔物が潜んではおりませんでした。水をくみ上げ、こびりついた血を拭います。鈍い黄金の輝きが戻ってきました。


「まあ……蛮族ですわ」


 ようやく思い出しました。

 これは蛮族の指導者が身に着ける首飾りトルクですわ。

 冒険者ギルドに張ってあった賞金首のなかに、これを身に着けていたかたが5人ほどいらっしゃいました。

 

 どれも蛮族の指導者や英雄で、生死を問わずに倒した証拠を持って帰れば、お金がいただけます。

 残念ですが首飾りトルクだけでは確実に死んでいると言えません。死体が白骨化していなければ首が探せたかもしれませんのに。


 それよりもこの小さな廃村が、蛮族の村だった事実が問題です。

 ここは前線基地だったのでしょうか?

 磨き終わった首飾りトルクを太陽にかざしますと、ギラギラと輝きを放ちます。これを服の上に付けていれば、たいそう目立ちますわ。


「わーまぶしい。ねっ、ねっ、つけてみてもいい?」

「……あなたまだ居ましたの。あなたには大きすぎますわ」

「いいの! かして!」


 妖精に首飾りトルクを手渡しますが、あらゆる点で不釣り合いです。

 これは柔軟性のほとんどない輪ですので、両手で持ち上げるくらいしかできません。

 妖精は身体をくぐらせたり、振り回したりしておりますが、装飾品としての用途はは果たせておりません。


「これ知ってる。見たことあるもん」

「まあ、どんなかたがつけていらっしゃったのです?」

「教えてあげる!」


 妖精は首飾りトルクをわたくしの腕に戻すと、どこかに飛んで行きました。すぐにしゃれこうべをひとつ、抱えて戻ってきました。

 少し離れた位置に置いて、わたくしから首飾りトルクを取ります。


「こう使うの。えい!」


 妖精は身体を使って輪をまわし、放り投げました。

 虚空の視線を訴えかける頭蓋骨の周りを、すっぽりと囲みました。

 妖精は胸を張ります。


「どう? すごいでしょ」

「輪投げではありません。人骨で遊ぶのはおやめなさい」

「えーじゃあ何なの? 夜のニンゲンは足を束ねてお肉をまぜてたよ」


 おぞましいレードルのお話なんて聞きたくありませんでしたわ。

 そうですわ。わたくし、鑑定のスクロールを持っていました。

 あまりに使いませんので存在を失念しておりました。鞄の中から手のひらサイズにつづられた本を取り出します。


「鑑定しますからとってきなさい」

「うん」


 一枚むしって、詠唱してから念じます。

 ほどけた麻のようにスクロールが分解して、青いモザイクとなって中空に消えました。かわりに情報が流れ込んできます。


『並眼威のトルク:マク氏族の族長に代々伝わる黄金の首飾り。氏族を見守り、敵を見張り、不正や不義を見逃さない族長の権威と叡智をあらわす多眼の装飾がなされている。身に着けると筋力が増強され、周囲の注目を集める付与がなされている』


「まあ、これは族長の身に着けるアクセサリですわ」

「へーそうなんだ。それからそれから?」

「着けると力が強くなりますわ。注目を集める効果もあります。ご立派な品物でしたのね」

「もっとおもしろい効果はないの?」

「おもしろさを求める品物ではありませんわ」

「ふーん」


 がっかりした妖精が首飾りトルクを渡してきました。

 族長の証もこの妖精にとっては輪投げ程度の価値ですの。たしかに権威などは無関係な相手から見れば、その程度ですわ。


 このような大切な品物が放置されているあたり、蛮族は全員亡くなられたと考えてよいでしょう。


「他に生き残っているひとは見まして?」

「んーん。あなたがひさしぶりにみた怖がりニンゲンだもん。ニンゲンが見たいの?」

「え、ええ」

「あっちにずーっと飛んでくと、朝になって夜になって、ニンゲンがたくさんいるところにつくよ!」


 ちいさな指先の向こうには、森の切れ目につづいている街道が見えました。

 わたくしがやってきた入り口と反対側です。

 まだ先がありますの。


 この先は確か──確認するため地図を広げました。

 現在位置はベルナールさまの村から北に進んだ森の中。そこから西に指でなぞりますと、地図上には弓を構えた蛮族の絵が描かれております。


「あなたもしかして、蛮族の本拠地に行きましたの?」

「なにそれ? とにかく森のなかにニンゲンがたくさんいたよ」

「数がわかりまして?」

「えーっと……」


 妖精は指をおりまげて、十を数えたところでグーになった手を見回しました。


「10」

「もっといるでしょう。まあいいですわ」


 妖精のお話を信じるのでしたら、この道は蛮族の都市に通じております。

 治安上の懸念を覚える情報ですが、なぜ蛮族たちは、この道を使って攻め上って来なかったのでしょうか。

 大きな馬車が通るには狭いですが、利用不能ではありません。


 もしかすると、この道は知られていないのでは……。

 となればこの道を使って攻め上れば、ふいを撃てるかもしれません。

 西の都市を攻撃してる蛮族の脅威を静められれば、この国の国王陛下に認められ、さらに領地を下賜される可能性もあります。

 

 そうなればベルナールさまの領地は拡大しますし、さらなる移民が──


「ふふっ」

「どうしたの?」

「くだらない想像をした自分を笑っただけですわ。なぜこのわたくしが些末な領土争いごときに加担して、あまつさえ他国の貴人から認められようとなどと──夢想にもほどがあります」

「なんなの?」

「なんでもありません」


 わたくしは皮袋を傾けて、中の液体を喉に流し込みます。粗製葡萄酒の粗削りな甘さが喉を滑ってゆきました。


「また飲んでる。わたしにもちょうだい」

「美味しくないと言っていたではありませんか」

「あのときはそう思ったの。いいでしょ」


 両手を広げる妖精が革袋にしがみつきました。

 

「あなた直飲みではなく葉っぱの器とか、うらがえしたキノコとか、もう少し妖精らしい器はありませんの?」

「なにそれ。ない」


 妖精はそういって、両手で革袋を持ち上げて、全身を傾けて飲み始めます。

 華奢な身体のどこにそんな力があるのかと眺めておりますが、特徴は見つけられませんでした。


「やっぱりあんまりおいしくない」

「飲み切った後に言わないでください。ああ、もう、空になってしまいましたわ」


 感情を高めるために、もう少しいただきたい気分ですのに。

 このような時は酒ドロップの出番ですわ。白くくすんだ氷に似た四角い塊を取り出して、砕いて皮袋に入れます。

 井戸水を中にいれ、何度か振って待ちますと、お味はともかく、とにかくアルコールの入ったお酒の完成です。


「うぅ……ひどいお味です」


 粉っぽいうえに申し訳程度の薬草フレーバーがいっそう苦さを際立たせます。涙が出るほど、わたくしには合いません。

 まさに緊急の補給用ですわ。


「かなしいの? よしよし」

「触れるのはおやめなさい」


 小さな手で頬に触れてくる妖精を除けます。

 このお酒、味さえ何とかなればいいのですが……。


 そうですわ。

 たくさん生えている鈴蘭の蜜を混ぜましょう。甘すぎる蜜もお酒で薄めればおいしくいただける可能性がありますわ。

 食事用のスプーンで蜜をすくいあげ、皮袋に落とし込みます。多少、花粉が混ざりましたが、平気でしょう。


 ごくり


 甘くて飲みやすいですわ! 

 苦みが消えてされて、かわりに飲み口の甘さに変化しております。

 これならば酒ドロップを溶かしたお酒も、おいしくいただけますわ。


 あら?

 心臓がドクドクと脈打っています。いえ、脈打ちすぎですわ。

 魔物に追われた全力疾走で、5分以上過ぎた時の動悸ですわ。


「ぐっ……うぅぅ……うっ……かはっ」


 激しすぎます。

 痛みに似たぞくぞくするむず痒さが胸から背中にかけてはしります。

 目の前に短剣を突き付けられたような恐怖もあります。

 恐怖と苦痛の中間くらいの感覚です。


「ねえ、だいじょうぶ? 顔がまっさおだよ。ハチミツは食べてもいいけど、粉はあたまがおかしくなるからダメなの」

「先に教えなさい! ぐ、うぐぅぅぅぅ……はぁ、はぁ……いただいたのは少量ですし、問題ありませんわ。動悸が激しくなるだけですわ」

「そうなの? 平気なの? すごーい! ニンゲンじゃないみたい!」


 妖精が感心して飛び回っております。

 おそらく多量に摂取すれば、心臓が破裂する類の毒でしょう。ですがお酒で浄化されているので安全ですわ。

 マンドラゴラの花畑は命を奪うが一株だけなら薬になるとも言われておりますし、これだけ薬効があるのですから、街にいる錬金術師のかたに、この花粉を売りましょう。

 そうですわ。これも鑑定すればいいのです。また失念しておりました。


大橙鈴蘭シアンの花粉:直径5ミリ程度の花粉。有毒で体内に取り込まれると胸にかゆみを覚える。少量ならば動悸が高まり心臓が膨らむ。高濃度ならば心臓を破裂させる。魔法処理すると強心剤になる』


 ……胸の不思議な感覚を楽しんでいる場合ではありませんでした。

 危うくこの村にある骨の一部になるところでした。


 ここは調査が終わるまで村人たちを近づけてはいけない場所です。早急に立ち入りを制限いたしましょう。

 ただ、もう少しとどまって調査したくもあります。

 ひとりではこういう時に手間がかかりますわ。


 わたくしは妖精に目をやりました。 


「あなた、伝言を頼めるかしら?」

「うん、いいよ」

「では少しお待ちなさい」


 わたくしは羊皮紙に全滅した蛮族の村と、鈴蘭について記しました。森の街道には近寄らない旨も記します。


「これを持ってあの道をまっすぐ進みなさい。そのうち森が切れて、平野の向こうに人間の村が見えます。そこにいるどなたにでも構いませんから、ベルナールさまへの手紙と伝えれば、受け取ってくださいますわ」

「お礼は何がもらえるの?」

「戻ってきたときにわたくしが差し上げます」

「うん。行ってくるね」


 妖精が羊皮紙の巻物を両手で抱えて飛んでゆきました。

 あの妖精が使命を果たす確率は5割程度でしょうが、戻ってきたらお酒かお薬でも差し上げましょう。


 森にいる妖精は得てして享楽的ですから、酩酊したり怪我を治したりできればきっと喜びますわ。


 さて、わたくしはもう少し鈴蘭を調べましょう。

 2枚の大きな葉っぱをむしって鑑定します。猛毒の花粉を作るくらいですから、他の部位にも毒が含まれている可能性があります。

 スクロールを唱えて、情報を確かめます。


大橙鈴蘭シアンの葉:なめらかな手触りの楕円形の葉。窒息成分が含まれ、体内に取り込まれると肺腑が腐り息切れする』


 腐るなんて穏やかではありませんこと。花粉と毒の種類が違いますのね。

 さすがにこちらは自分で試さないでおきましょう。不可逆な傷を負う可能性があります。

 メルクルディさまがいらっしゃるならこの場で試せますが、残念ですわ。

 

 そう考えますと、治療者や解毒のポーションが存在しない状況で、これらの毒を濃縮して浴びせかけると、お相手は高確率で死に至ります。

 これだけお花が大量にあるのですから、暗殺用途だけでなく、広範囲に攻撃する兵器として活用できないでしょうか。 

 

 上手に散布できれば、大勢の人数を倒せますわ。

 

 そう考えますと、この場所を再整備して施設として復活させなければなりません。

 錬金術を学ばれたかたを雇わねばなりませんし、村から人をお借りして弟子にしていただく必要もあります。

 農作業に耐えられないかたの一部をまわしていただきましょう。

 

 ログハウスの修理にさまざまな道具の購入──何にしてもお金が必要ですわ。

 今の村は収入を作り出す段階まで行っておりませんから、わたくしがお金を稼ぐ必要があります。現状、最も効率が良いのはダンジョンにこもってドロップ品を集めて換金です。

 結局、腰と背中で稼ぐしかありませんわ。


 そうですわ、村の権利書を譲っていただいたときにお世話になった使者のかたに、鈴蘭の花粉をまぶしたお礼のお手紙をお送りしましょう。


 きっと喜んでくださいますわ。

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