第30話 蜂と妖精は似ておりますわ



 ……アンデッドの首を再利用して目印を作るなんて、合理的ですがどうかしておりますわ。

 野蛮な亜人デミや未開の原住民が、縄張りを主張するときに作る警戒の旗に似ております。


 敵の生首をさらして威嚇する、まさにそのものですわ。恐ろしいですこと。 


 パトロールのおかげで安全になった獣道を進みます。

 奥に進むほど、黄土色の土道が開けております。往来はないはずですのに、踏み固められているのは不思議ですわ。

 動物か魔物が頻繁に通るのでしょうか? 


 奥へ奥へと進んでゆきますと、木漏れ日の中に古い魔よけレンガで作られた敷石が見えました。

 土をどけた跡がありますので、これがグローニーさまが発見した古い道ですわ。かなり痛んでおりますが、このままでも馬車の往来には耐えられそうです。


 さて、これをたどれば死霊術士ネクロマンサーさまの痕跡をたどれます。

 どのような恐ろしい存在が待ち受けているのか存じませんが、村の安定のためには確かめずにはいられません。

 また村が何かに襲撃を受けましたら、寝覚めが悪いですもの。


(おねえちゃん、がんばって!)


 片目の少女が脳内で応援してくださいます。

 灰黒狐を預けましたが、護衛がそばにいるならばあの子も安心して眠れますわ。


(はやくもどってきて)


 なかなかひどいですわ。

 徹夜明けはいつもこうです。

 幻聴が聞こえたり、想像力が現実感をもって押し寄せてきます。些細な問題ですので、気にせずに進みましょう。


 森の中を切り開かれた道は、ところどころに土がかぶさっており、そこを踏みますとふわふわとして頼りなくて歩きにくいですわ。

 これが下り坂でしたらまた違ったのでしょうが、平らな道に堆積した土は凹凸を生み出して邪魔ですの。


 周囲からは甲高い鳥の鳴き声や、しゃわしゃわとした虫の声がそこかしこに響いております。

 危険な魔物の声は聞こえないかと耳を澄ましましたが、不穏なお声は聞こえません。


 古い魔よけの紋様が刻まれた敷石が機能しているらしく、魔物のすがたは見かけません。


 危険度の低い巨大太尾雀ファットテイルスパローがときどき近くの地面をつついている程度です。


 この魔物、大型犬くらいの大きさがありますのに、無警戒といいますか、わたくしが近づいてもこちらを見もしませんし、敷石のあいだから生えた草をついばんで、しっぽを振っているだけです。


 街道に妙に短い草ばかりが生えている理由は、ある程度の高さになると食べられてしまうからですわ。


 それにしても、魔よけの敷石の隙間に生えた草を食べるなんて、魔物にとっては有害だと存じますが、このおおきい雀は聖なる存在なのでしょうか。謎は尽きませんわ。


 道を塞いで何匹もたむろしていたので、落ちていた木の棒で横によけますと、無抵抗に道を開けました。

 魔よけの効果がキマっておりますわ。

 泥酔したかたがこのような感じです。


 北に向かって続いていた道は、途中で西に折れました。曲がり角には休憩用らしき東屋の残骸があります。


 石造の屋根が崩れ落ちて瓦礫になり、6本の柱だけがまちまちな高さで立っております。

 せっかくですので苔むしたベンチに腰かけて、休憩いたしましょう。

 ぶよぶよとした質感の革袋を傾けます、甘口の葡萄酒が喉に流れ込んできました。疲れが溶けてゆきます。


 やはりアルコールは生きるための燃料ですわ。

 今を生きるために酒を飲め。

 これは酒乱のかたが口にしていたお言葉ですが、わたくしも同意せざるを得ません。

 気力を復活させるいいお薬です。


「ねー、何をのんでるの? わたしにもちょうだい!」

「ひっ!? 何ですの!?」

「なに!? なにかいたの!?」


 突然子供に似た幼いお声が聞こえて、不覚にも大きな声を出してしまいました。


 声の方向に振り向きますと、透明な蝶々の羽をはやした妖精が、わたくしのそばできょろきょろと周囲を見回しておりました。

 妖精も身体を縮めて、警戒しております。


「……いえ、あなたに驚いたのですわ」

「うふふ、なーんだ。ひとりで怖がってておもしろーい」

「なにもおもしろくありません」

「ふふふふ、あなたは怖がりニンゲンね」


 背中を丸めてくすくすと笑っております。

 かわいらしい外見をしておりますが、はやくも煩わしく感じてきましたの。

 勝手に髪の毛を引っ張ってきますし、邪魔な羽虫の一種と考えてもいいですわ。


「……何かご用ですの?」

「良い匂いのするそれちょうだい? 飲んでみたいの」

「妖精ごときに飲ませるお酒はありませんわ。シッ、シッ、向こうにおゆきなさい」

「けち! 飲ませてくれてもいいじゃない! ひとりじめなんてずるい!」


 わたくしの腕にしがみつくのはおやめなさい。腕を振ってもうなり声をあげるだけで離れません。全身でしがみついてきます。


「ずーるーいー! ずうぅぅぅうーーー!!!」

「お離しなさい! ああ、もう!」

 

 心のなかで小さくため息をつきます。

 あきらめました。差し上げたほうが面倒が少ないです。


「……わかりましたわ。どうぞ」

「わぁ、ありがとう!」


 葡萄酒の入った皮袋とおなじくらいの大きさですが、軽々と支え、両手とつま先を器用に使って持ち上げました。

 空中で斜めに身体を反らして飲み始めました。

 こくこくと喉を鳴らして、小さな体の中にお酒が収まってゆきます。


「ぷはっ、匂いほどおいしくないね!」

「それは残念ですこと」

「きゃっ」


 ひったくるように皮袋を回収しますと、かなり軽くなっております。

 半分以上も飲みましたわね……! かかわっていても良いことがありません。先に進みましょう。


 瓦礫の休憩所を出発しても、妖精はまとわりついてきました。周囲を飛び回って、質問攻めにしてきます。


「どこにいくの? 何かさがしてるの?」

「あなたには関係ありませんわ」

「そんなこといわずに教えてよ。そうだ! ちょうどひまだから、わたしが手伝ってあげる! うれしいでしょ!」

「いいえ」


 あなたは暇でないときがないでしょう、とはさすがに言いませんでした。

 妖精は目の前を飛び回ったり、頭の周囲を旋回したり、いよいよ目障りです。黙っていれば美しい現象ですのに、もったいないですわ。


 無視して歩いていますと、ずっと目的を訪ねてきます。

 人懐っこい犬並みですわ。わたくしは根負けいたしました。


「目の前を飛び回るのはおやめなさい。わたくしはこの道がどこに続いているのか、調べているだけですわ。あなたにお手伝いしてもらう必要はありません」

「だったら道案内してあげる! このへんには、いじわるなハチが住んでいて危ないんだよ」

「蜂? 食人雀蜂マンイーターホーネットでしたら、ダンジョンで倒した経験がありますので、ご心配なく」

「うふふ、うそばっかり! ハチはおおきいからつよいんだよ。あなたはうそつき怖がりニンゲンね」

「うそではありません」


 再びわらって周りを飛び回り、小さな手で肩をとんとんと叩いてきます。

 両手を口にもってきてくすくす笑っております。

 躾けのなっていない子供だと考えますと、冷淡に扱ってはかわいそうです。大人の心で許して差し上げましょう。


 妖精がひらひらと目の前を飛びます。

 透明な羽からキラキラとした鱗粉が舞います。この光の粉は、蛾の鱗粉と同じなのかしら? 


「つよがりニンゲンがかわいそうだから教えてあげる。ハチはあぶないけど、ハチミツはおいしいんだよ。すっごく甘くて、すっごくあたまがおかしくなるの。あなたにも見つけたらわけてあげる」

「まあ、大変ですのね」


「ドクニンジンの花のぴりぴりした味もすきだけど、やっぱり甘いほうがすき。あなたは甘いのと甘くないの、どっちがすき?」

「まあ、大変ですのね」


「いちばん甘いのは大橙鈴蘭シアンのハチミツだよ。おっきなお花に頭をいれてなめると、もう甘さでからだがしびれて、しっかりしてないと地面に落ちちゃうの。村のゾンビニンゲンみたいに」

「──村がありますの?」


 聞き流していましたら、気になる単語が耳に入りました。

 妖精はわたくしの目の前に滞空して、くちびるに手を当てて、空を見上げて考え込んでおります。


「うん。村に生えているから、ハチミツを取っていいよ」

「その村は遠くって?」

「この道をまっすぐね。でもニンゲンは飛べないから。あぶないゲキツイソウが種を飛ばしてきて、当たるとすっごく痛いの。しかもねばねばしてて、動けなくなるし、種からトゲがのびてきて痛いし、ほんとうにいや」

「危険な植物が生えていますのね」

「そう!」


 妖精はうんうんと頷きます。木漏れ日の道はまだまだ先に続いております。


「でもいいこともあったの。この森にすんでいる8足トビナナフシを怒らせて、追いかけられるふりをしてゲキツイソウの種に当てると、コナゴナになったの!」

「ええ」

「ふふふっ、しかも種につかまっちゃうから、何をしても動けないの。だからわたしはねじまげ草を首にまき付けて、引っ張ったらナナフシの首がぽーんって取れて、うふふふふおもしろいでしょ!」

「ええ」

「このまえなんて、ロック鳥のひよこを──」


 妖精の無駄話を再び聞き流して3時間もあるいたころ、空気の中に、甘い香りが混ざってきました。

 森が開け、妖精の言う村らしき廃墟が姿を現しました。


 人為的に伐採してつくられた空間に、放棄されたログハウスがいくつか見えます。屋根が落ち、扉は壊れて倒れております。

 人の気配は──感じられません。


 廃村のあちこちには、わたくしの身長よりも高い鈴蘭すずらんが生えております。 

 目に痛いショッキングピンクの色合いをした花が鈴なりに咲き、花弁の一つだけでも人間の頭ほどの大きさです。


「ほんとうに村がありましたわ」

「うん。むかしはニンゲンがいたのに、お昼にニンゲンじゃなくなっちゃった」

「どういう意味ですの?」

「それよりハチミツを飲も! 今はハチが来てないから大橙鈴蘭シアンからハチミツを飲み放題だよ!」


「お待ちなさい。蜜もいいですが、あなたのお話のほうが気になりますの。説明なさい。ニンゲンはどこにゆきまして?」

「たくさんいたんだけど、ずっとまえにいなくなっちゃった。わたしがハチミツを飲みに来たら、ゾンビニンゲンが村を歩き回っていたの」


 元居た村人が襲われて、ゾンビになったとみて間違いないですわ。やはりこの道を通って死霊術士ネクロマンサーさまがいらしたのです。 


「夜のニンゲンがいたから何をしているのか聞いたらうるさいっておこったから、わたしもおこって出ていったの」


 なるほど。ライゼさまの村を襲ったゾンビはこの村で生産されたのですわ。この広さの村でしたら50人分の素材ができますわ。


 ブブブブブ


 何か振動が聞こえます。


「あっ、ハチ。ハチがいるよ! 逃げないとさされるよ」


 妖精が髪を引っ張ります。

 黒と黄色のコントラストをした、牛ほどの大きさがある楕円形のフォルムをしたハチが、大きな羽音を立てて近寄ってきました。

 たいそうな大きさです。


 わたくしを認めましたわ。近づく速度はそれほどでもありません。腹部を向けて腕ほどもある太い針を突き出しました。

 まだ距離があるのに妙ですわ。


「にげるのーっ!」


 言われるまでもありませんわ。

 その場から飛びのきます。

 わたくしのいた場所に、透明な液体がほとばしりました。地面に飛び散ってジュウジュウと音を立てております。


 岩が赤黒く変色しております。異臭で目が痛いですわ。


炎の槍ファイアランス!」 


 ずんぐりとした身体つきですのに、動きは機敏ですわ。身体をひねって避け、毒液にぬれた針を突き出して、脚を広げます。

 わたくしに抱き着いて刺すつもりですわ。


 ハチの軌道はわたくしからそれ、あらぬ方向で地面に激突しました。

 半分になった羽音に、地面で土を跳ね飛ばす音が混ざりました。


「羽が燃えても気づきませんのね」


 歩行は得意でないのか、飛行中とは比べるべくもない鈍重さで、それでも頭をこちらに向け、細長い舌をつきだし、槍のように前後させております。

 刺されたら痛そうです。


 石礫砕ロッククラッシャーで頭を狙います。


 石と石をぶつけあったような音がして弾かれました。

 茶色い殻にひびが入って、黄色い体液が滲み出しております。

 頑丈な殻ですが壊せないほどではありませんわ。


 舌が鞭のごとく伸びてしなり、わたくしのそばの土をえぐりました。

 もう勝負はついておりますが、蜂は死ぬまで闘うつもりです。

 

 4度目の魔法で頭の殻が砕けて動かなくなりました。


「すごーい! すごいすごいすごい! ハチをたおしちゃった! それに魔法! 精霊となかよしだったのね!」

「ええ」

「そうだ! ハチをたおしたお礼をあげる! 楽しみにしててね」

「機会がございましたらね」

「すぐとってくるから! ここにいて!」


 妖精が離れてゆきました。

 命のなくなった巨体を見て、周囲の花を見回します。

 これだけの大きさを養えるのですから、この場所は豊潤な恵みがあります。襲ってこなければ生かしておいてもよかったのですが、魔物にお話は通じません。


 道中にいた雀のように、無害であれば共存できますのに残念ですわ。

 ……同じ人間でも争いが起こるのに、やはり無理かもしれません。

 

 わたくしはお酒をあおりました。

 気分がなめらかになりました。


 この場所を再整備すれば、蜜の採取場として利用できそうですの。大きな花ですし素手で採取できそうです。

 街ではかえでの木から取ったほのかな甘さの樹液でも、それなりの値段が付くのですから、こちらの鈴蘭の蜜も売れる予感がいたします。


 錬金術の材料にも使えそうですし、せっかくですので、味見をしておきましょう。

 人間の頭ほどの大きさの花弁を下からのぞきこみますと、太陽の光に透けたショッキングピンクの内側には、紫色のおしべが何本も垂れ下がっております。

 こぼれそうな花粉をまとった向こう側に、透明なゼリーに似た花蜜がっぷりと貯まっておりました。


 指を伸ばしてそっと触れてみますと、ねっとりとした蜜が指にまとわりつき、指に糸を引きました。

 香りはありません。なめてみます。


 熟しきった果実を口に含んだような、ぼってりとした甘さが広がりました。

 糖度の高いジャムのような甘さですわ。精製されたお砂糖に匹敵する甘さです。

 

「きたよー! お礼!」


 もう戻って来ましたの。あれが抱えているのは、どうみても人間の腕の骨です。

 どなたからもいできましたの。


「はい。これを使うんでしょ。あげる!」

「まず、なぜわたくしが骨を必要だと考えたのか説明なさい」

「えー? ここにいた夜のニンゲンは、ニンゲンをバラバラにして、つなぎあわせて、ニンゲンじゃなくしてたもん。ニンゲンはあんな遊びがすきなんでしょ?」

「そういうかたは稀ですわ」


 わたくしは妖精が両手で差し出した骨を受け取りました。

 肘から先が白骨化した腕は、大きさ的に大人ですわ。途中でいくつがヒビが入り、指は関節がかろうじてつながっております。


 不要な部品として捨てられたのでしょう。わたくしにも不要なので地面に置きました。


「あー! せっかくもってきたのに、ほしくないの?」

「いりません」

「いちばん大きいのに、ほしくないの?」

「いりません」


 妖精は頬を膨らましてわたくしをにらみます。

 しばらく無視すると飛んでいってしまいました。これで静かになりますわ。


 生き残りのアンデッドがいると危険ですので、家探しします。村の中には木造の建物が3つ。すべて何十人も入れる大きさです。

 屋根は落ち、床板もはがれて土が見えている部分からは、ミニサイズの鈴蘭の芽が光に向かって伸びておりました。


 まだ血の匂いが残っております。

 棚はからっぽ、木のバケツは割れ、木箱の中もがらくただらけで、住人の痕跡をさがしますが、特徴的な品物は見当たりません。

 

 散らばった骨がブーツに当たってカラリと音を立てました。

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