第29話 眠らないで労働なんて簡単ですわ



「無事に到着できてよかったですわ……」

「追いはぎに襲われなくてよかったですぅ」

「メルクルディさまはもう、グローニーさまのパーティにはお会いしまして?」

「はいですぅ。私たちの先頭グループが村についたとき、外で待っていましたぁ。アテンノルンさまにお話があるって、むかしの村長さんの家で待っていますぅ」

「安心いたしました」

「何を頼んだのですかぁ?」

「追々お話いたします。今日のところは皆さまお疲れでしょうし、報告はわたくしだけで平気ですわ。お休みください」

「一緒に行きますよぉ。そんなに疲れてないですぅ」


 まあ、お元気ですこと。

 わたくしもほとんど馬上にいたのですが、おしりが痛くて立っていても鈍痛を感じますのに、さすがはメルクルディさまですわ。

 こればかりは慣れませんの。


 ほかのかたもいらっしゃるご様子。

 みなさま強靭きょうじんですわ。

 連れだって元村長さまの家に入りますと、暖炉の前でグローニーさまのパーティが火に当たっておりました。


 わたくしの姿を認めると、正義感の強そうなご表情をされたグローニーさまが、わたくしを迎えて立ちあがります。


「ごきげんよう。お久しぶりですわ」

「話には聞いてたが、すごい人数を連れてきたな……」

「申し訳ございません。想定の6倍になりましたの」

「まあいい。頼まれていた仕事は終わったぞ」

「さすがですわ。街でお酒を買ってまいりましたので、後ほどお受け取りください。報告をお聞きしてもよろしくて?」


「ああ、かまわない──あんたの依頼通り、村の周囲をパトロールして、魔物やゾンビの生き残りを始末した。村の建物の確認に1日、耕作地と納屋の確認に5日、北の森の巡回はずっとやっていた」

「ご苦労さまです。それで、見つかりまして?」

「ああ。あんたが目を付けた通りだ。かなり痛んではいるが、石を敷いた古い道が森の奥に続いていた。村に戻れる範囲で調査したが、森の中を北に向かってずっと続いてる」

「やはりそうでしたのね」

「何のお話ですかぁ?」


 メルクルディさまが小鳥のように首を傾げられます。童顔だけあって幼い仕草も似合っております。


死霊術士ネクロマンサーさまは森の中から出てきたと、ライゼさまがおっしゃいました。狩人さまでもなければ森の中なんて安全に通れませんし、どこかに道があると想像しましたの」

「それでこの人たちに頼んだのですねぇ!」

「ええ」

「そうだ。初めは無いものを探すような気分だったが、ゾンビ食人鬼オーガがけもの道を守っていた。進んでみると舗装された道に出たが、あれは村でどんな扱いだったんだ?」


 グローニーさまはライゼさまを見ました。

 唯一の生き残りのライゼさまは、びくりと身体をすくめて口を開きましたが、お声は出せませんでした。

 わずかに眉をしかめたあと、ゆっくりと首を振ってわたくしの背後に回り、頭を背中に押し付けました。


「ライゼさまは喉の傷がまだ治っておりませんの。ご容赦ください」

「そうか。すまなかった」

「……ッ」


 ライゼさまは言葉を紡ぎたいのでしょうが、喉を鳴らす音だけが聞こえます。

 喉にある見えない壁が邪魔をしてお話になれません。

 わたくしはご安心できるようにお手を握って、落ち着いていただきました。かわりにお答えします。


「村人さまは日々の生活で精いっぱいでしょうし、古い道に気づいても、どこに通じているかはお知りにならなかったのではないでしょうか? 森の利用料金をお支払いしてまで、お調べになるとも考えられませんわ」

「そうか。そうだな」


 グローニーさまも寒村のご出身ですし、不自由さは体験なさっておいでです。


「引き続き、あなたさまがお調べくださっても差し支えございません。いかがでして?」

「──いや、やめておく。俺たちは明日の朝には街に出発する」

「まあ、どうしてですの?」

「俺たちはダンジョンアタックのために集まったパーティだ。割のいい仕事を回してくれて助かったが、いつまでもここにいられない」

「残念ですこと」


 あと幾日かはとどまっていただきたかったですが、グローニーさまの事情を無視できません。


「お仕事を受けていただき、ありがとう存じます」

「ああ。古い道に続く場所には目印を立てておいた」


 わたくしは頭を下げ、依頼文の載った羊皮紙に完了のサインを書きました。

 これをギルドに渡すと所定の金額がお支払いされます。依頼金が先払いでよかったですわ。

 サインが終わるとグローニーさまのお仲間が声を上げました。


「話はおわったな。はやく飲もうぜ」

「ああ、いただこう。あんたたちも飲むか?」

「いえ、まだ所用がありますので、一杯だけいただきますわ。みなさまはどうなさいますの? ここで飲んでくださっても構いませんの」

「それじゃ私も一杯だけもらうですぅ」

「……」

「あ、あの……ボクはみなさんとお話してもいいですか?」

「どうぞ」


 冒険者同士のつながりは大切ですわ。

 それに男同士でしか分かり合えないお話もあるでしょう。この場所はベルナールさまにお任せします。


 わたくしたちはそのまま家を出ましたが、途中で荷役のかたたちに呼び止められました。

 行列の進みが遅すぎて、倉庫に物資の搬入が遅れており、手伝ってほしいとおっしゃいます。馬車はレンタルですので、予定日を過ぎると超過金をとられてしまいます。


「構いませんわ」


 同意しますと羊皮紙のリストを渡されました。

 文字を読めるかたが一人しかいなかったので、それも作業を遅らせる原因でした。


「私も手伝いますぅ!」

「……」


 ライゼさまも頷かれました。 

 つくづく皆さま体力がありますわ。このまま寝てくださってもかまいませんのに。


 一番大きな倉庫に、街から運ばれてきた物資を集積します。

 荷馬車から次々に運び出される樽や袋を、リストと見比べて確認してゆきました。


 パンとビスケットの樽、種子、肥料塊、ぶどう酒、香辛料の瓶、古い塩漬け豚肉、大工道具、チーズ、小麦、弓矢、釘の袋、釣り道具、網、食器と調理器具、ロープ、袋のたば、予備のテント、斧、スコップ、つるはし──。

 箱と袋と樽に入った品物を、順番に倉庫に詰めてゆきます。


 荷馬車10台以上に品物を満載しましたが、村人さまを養うにはまだまだ量が不足しております。

 特に食糧はもういちど移送が必要です。


 もともとの予定では、最大200人を食べさせる計算をしておりましたが、現在の村民は約1300人。


 正確には1271人ですが、この人数の消費量を穀物商さまが計算しますと、1日に30kg入りの麦袋をおおよそ14袋消費するそうです。

 これを収入が得られるまで無償で養いますと、収穫期までに1680袋の小麦が必要です。

 おおきな荷馬車10台分ですわね。


 倉庫には半分もたまっておりませんので、あと2回は街に戻って、輸送してもらわなければなりません。

 馬車のレンタル代金もかかりますし、頭の痛いお話ですわ。

 

 羊皮紙を手に監督しつつ運び込みを手伝います。

 流れ作業の一端に加わって、荷馬車から積み下ろされる小麦の袋を受け取ります。

 ……武装したまま小麦の袋を担ぐのは無理がありますわ! 


 肩から地面に押さえつけられている感覚があります。

 台車があればいいのですが、あいにくここには腰と背中しかありません。


「んっ……ふぅぅ……!」

「アテンノルンさま、無理しないでくださいですぅ」

「これくらい、平気ですわ……!」

「でもふらついているですぅ。指示してくれたらいいんですよぉ」

「ご心配なく……! 急にお天気が変わって、雨でぬれて台無しになっては悲しいですもの」


 何度も往復して、重みに身体がなれますと、それほど苦痛を感じずに運べました。

 耐えられると理解できると、身体が受け入れますの。適応ですわ! 適応ですわ!

 

 むかし姉さまに刃物で刺されて採血遊びされたときも、2回目からは痛みに慣れて受け入れられました。苦痛の分量が知識として記憶されますと、それに耐えられる覚悟ができますわ。

 それはそれとして、姉様たちはいっこくもはやく、あの世にゆくべきです。

 

 搬入作業が終わり、倉庫の整理が済んだころには、ほぼ朝になっておりました。

 あくびをかみ殺して倉庫の扉を閉じるのを眺めます。

 みなさまぐったりとして、疲労で弛緩しております。わたくしもさすがに疲れてしまいました。


「ふああ、眠くなってきたですぅ」

「ごくろうさまです。ゆっくりおやすみください」

「はいぃ」

「……」


 剛健なライゼさまもお疲れになっております。

 うさ耳が限界まで垂れさがっていらっしゃるので、間違いないですわ。


「目が覚められましたら予定通り、皆さまに村をお任せいたします。わたくしは北の森の道を調べに行ってまいります」

「私も行きますよぉ」

「今は村にお力をお注ぎください。宗教に基づいた村の運営方針や、特に礼拝堂などは、メルクルディさまとベルナールさまの専門知識がなくては建立できません。ライゼさまも村の警備をお任せしておりますし、探索にゆけるのはわたくしだけですわ」

「気を付けてください。身体に何かあったら心配ですぅ。ほんとに気を付けてください」

「もちろんですわ」

「もし怪我なんてしたら……アテンノルンさまが怪我なんてしたら、そうなるまえに、私が──」


 メルクルディさまがわたくしの腕をつかまれました。

 存外力がお強く、そして目が剣呑です。

 どうなさったのかしら。


「メルクルディさま?」

「……心配し過ぎちゃったですぅ。ごめんなさい」

「よくわかりませんが、おやすみなさいませ」

「おやすみなさい」


 もしかして、わたくしを子供扱いなさったのでしょうか? 

 おもしろいかたですこと。

 

 倉庫の前に見張りのかたを立てて、わたくしは村の中心から離れました。

 もう朝ですわ。朝は働く時間です。

 このまま徹夜で探索に出かけてしまいましょう。

 

 ゆっくりと歩いて進みますと、足の裏から疲労が抜けてゆきます。

 森に向かう途中の丘で、ふと村がご無事か気になって振り返りました。

 村のあちらこちらに黄土色の天幕が張られて、寝静まった村が光に照らし出されておりました。


 平穏ですわ。


 あのテントの連なりは駐屯地を思い出させますわね。

 わたくしが放火して逃げた駐屯地は、あのあとどうなったのかしら? 

 できるだけ大規模な火災になっていればいいのですが。

 光に照らし出された山なりに連なったテントが、火災にみえて元気が出てきました。


 せっかくの平穏から失礼な想像をしたわたくしをお許しください。

 わたくしたちに冤罪をかけたかたがたも、いつか相応の報いを受けさせますわ。

 5年後でも10年後でも、確実に果たせる機会を作り出しますの。


「精霊さま、それまでどうかお見守りください」

(闇の導きに従い、土の集落を訪れよ)

(あたまのなかを光で満たしてあげる。たくさん無駄に考えるといいよ)


 また幻聴ですわ。

 それにしてもたくさんひとがいらっしゃいます。

 テントからはみ出して寝ていらっしゃるかた、家の壁に寄りかかっているかた、噴水の周りに集まってしゃがみこんでいるかた、不寝番をされているかた。

 たくさんのひとびとの息遣いを、生きている人間が発する熱量の発光を感じられました。


 生きている人々の光を感じられるなんて、存じませんでした。

 

 光が地面を走ってわたくしの足元から伝わり、その生命を伝えて確固たる存在を主張なさっておいでです。わたくしと別の考えを持った人間が、わたくしには感知できない行動原理で、それぞれの生活を送っておいでです。何をなさるかわからない他人さまが群れている光景に、無根拠な恐怖を覚えてしまいます。もちろん無軌道な群衆ではなく、生きるためにこの村にいらした根拠を存じておりますので、突然わたくしに襲い掛かってきたりはなさらないでしょう。群体ではなく、個別の人間としてのお知り合いができると、漠然とした恐怖は消え去ります。その最低限、お話が通じる度合いはわたくしたちの共通した倫理観で支えられております。この地方のかたがたも「他人の物を盗むな、他人を殺すな」といった最低限の倫理はわきまえていらっしゃいますし、時代にそぐわない古代の慣習を守っているわけでもありません。お話し合いができるのならば、親密にもなれます。ベルナールさまには、愛され、頼りにされ、軍事的には畏れられる領主になっていただきたいですわ。そうなれれば安泰です。その統制された安全の末席にわたくしを加えてくだされば、倫理的に守られた害される危険の極めて少ない隠れ家となります。今はまだ、街のスラム並みの安定度ですが、暗黒神の宗教的な道徳が生活に織り込まれますと、弱者に寄り添った宗教的な道徳が普及します。メルクルディさまもベルナールさまも育ちの良い、穏やかな人柄です。悪く言えば食い物にされそうですが、それだけではない苛烈な何かがフィリーエリ教徒にはあるのでしょう。いずれの部分も見えるかもしれませんわ。


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 あら? 考え事をしながら農道を歩いていましたら、いつの間にか道がなくなって、丘を超えて、森の外縁まで来ておりました。


 何を考えていたのかよく覚えておりませんが、妙な納得感があります。

 考えが整理できたのならよしとしましょう。


 グローニーさまがお造りになった目印は──これですわね。 

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