第28話 あのかた魔物に似ておりますわ



 1300人の村人と付随ふずいする食糧その他を積んだ馬車。

 これらの列を4人と1匹で護衛します。


 西の都市からここに来るまでに、穀物商さまが雇った護衛のかたがおりましたが、あいにくベイジーシン市で契約が切れてしまいました。

 雇い直すお金がありませんので、かわりに健康そうな村人に武器をお渡しして、簡易の兵隊に仕立て上げました。


 幸い、村までの道に盗賊のたぐいはおりませんので、食欲にとらわれた魔物だけを警戒すればいいですわ。

 ベルナールさまは先頭、メルクルディさまとライゼさまは中ほど、わたくしと灰黒狐が最後尾です。


 市門にたまった最後の馬車が出発したとき、かなりの時間が経っておりました。

 待つあいだ将来の住人のみなさまを眺めておりましたが、年齢の若いかたが多いですわ。


 最も多いのが10代前半から一桁の年齢の子供、その次は白髪の混ざったご老人。  


 労働の担い手たる働き盛りの年齢層はほとんどいらっしゃらず、ぽっかりと年代が抜けております。

 これはわたくしの想像ですが、もとの村を維持できる最低限の人数を残して、養いきれない家族を移住に差し出したのでしょう。

 口減らしですわ! 口減らしですわ!


 幼い子供たちは荷馬車に腰かけ、わたくしの姿を珍しそうに眺めております。

 もう少し成長したかたは、家財道具を入れた荷物を背負って、馬車のそばを歩いております。

 この子供たちは、いまは手に職を持っておりませんが、将来性がありますす。見捨てずにゆきたいです。


 わたくしは最後尾で馬を歩かせました。

 そばにはほとんど荷物を積んでいない荷馬車があります。脱落したかたを拾い上げる役割ですわ。


 出発してから数時間で、すでに一人の少女を拾い上げております。

 片目がぼろ布で覆われ、がりがりに痩せた10歳程度の子供です。座っているだけで衰弱しておりますの。


 仕方ありませんわ。

 水袋にポーションを混ぜて渡します。


「お飲みなさい」

「……」

「安心なさい。あなたの苦しみは暗黒神さまが救ってくださいますわ。祈るだけで幸せになりますの」

「うっ、うっ、うぅぅぅぅぅ……」


 かみ殺した鳴き声が少女から聞こえました。水袋を抱えて嗚咽を漏らし、離さなくなりました。

 うかつに話しかけたのは失敗でしたわ。


 

 とっぷりと日が暮れました。

 子供と老人が大多数の集団では、あゆみの遅さも仕方ありませんが、松明に照らし出されたうつむいて歩いてゆく集団は、どこか敗残兵を連想させます。

 途中の休憩は2回だけ。疲れもたまります。


 それでも文句を言わずに歩いていらっしゃる理由は、誰も助けてくれないと理解していらっしゃるのでしょう。

 荷馬車に拾い上げた少女から知りましたが、ベイジーシン市に来るまでの道中で、脱落した仲間が置いてゆかれるすがたを何度も見たそうです。


 今はわたくしが拾い上げておりますが、このかたたちは取り残された場合の運命を見ていらしたのですわ。

 この集団が統制されている理由は、ある程度の選別がすでに行われていたからです。


 わたくしとしては目の届く範囲でどなたも見捨てたくありません。1日の道程ですし、新しい村の一員として、暮らしていただきたいです。


 ──ぁぁぁ……


 遠くから、悲鳴に似たお声が聞こえます。

 あたりを見回しますが、どなたかが襲われている光景や、列から脱落して苦しんでいるすがたは見当たりません。

 近くにいらっしゃる村人たちもきょろきょろとあたりを見回しております。


 ──ああああぁぁぁぁぁ……


 陰鬱な雰囲気に見合った、悲しく、敗北感に打ちのめされるお声が、長く、遠く、響き続けます。


「あっ」


 荷台に乗っていた少女が空を指さしました。

 わたくしも闇夜に目を凝らします。


 曇り空の中、風に流される白く長い布のような帯が、上空を飛んでおりました。

 止まるたびにねじれてまとまり、人型に形を変えます。


 胸と頭をかきむしり、狂おしく身体をねじる半透明の人型は、膝から下が崩れてもやになっております。

 かろうじて判別できる外見は女性に見受けられますが、どうみても怪物ですわ。


 おそらくあれは亡霊ゴーストです。

 取り憑いた相手を衰弱させ、生命エネルギーを奪う危険な存在ですが、まとまった集団が発散する生命力が強すぎて、襲い掛かれずに漂っています。

 ひとの列の発散する陰鬱な雰囲気に引き寄せられたのでしょうに、残念ですこと。


 あれにとっては、ひとりの人間なら身体を温めるたき火でも、多すぎる集団になると身を焼き尽くす猛火なのです。

 哀れな声は邪魔ですが、いちいち相手をしなくて助かりますわ。


 それにしてもあの姿、どこかで見覚えがありますわ。稀に見せる挑発的に相手を侮る表情、高いお声、亜人デミの血が混ざっていそうな露出度の高い格好。この辺りで亡くなられたかたなのでしょうが、無念を残してお気の毒ですわ。


 亡霊ゴーストは、眼下の集団に近づけないとわかると、顔をゆがませ泣きじゃくっております。 

 白い半透明の身体がぶれるほどねじまがり、喉から絞りだした泣き声が響きます。 


 ──あぁぁぁぁぁぁ……あぁぁぁあぁぁ……


 赤ん坊の鳴き声に似た、庇護欲を誘うお声です。

 歩き疲れたひとたちには、さらに表情を暗くして、人生の哀しみを味わっておいでです。

 このかたたちは無条件に保護される赤ん坊と違って、村から追い出され、捨てられた存在ですものね。


 ご自身の立場を再認識させられて、歩みが遅くなり、そして疲れ切ってしまったかたから、路肩に座り戸で脱落してゆきます。

 斬首を待つ罪人のごとく、うなだれてうなじをさらしておいでです。


 害をなすなら処分するしかありません。

 わたくしは、遠く泣き声を響かせる亡霊ゴーストに向かって、精霊魔法を唱えました。

 手のひらから闇の濁流が、ずるりとまろびでて、口を開きました。


三闇首噛トリプルダークバイト


 皮膚の壊死した黒い蛇は、空中で三つにわかれ、それぞれの頭がかじりつきます。闇のなかで闇に身体を苛まれる亡霊ゴーストは、さらにもだえて高空に逃げてゆきます。


 ひぃぃぃぃぃ……とわぁぁぁぁ……。


 すがたが見えなくなるくらいの高空で霊体が散りました。

 その身体をかじっていた闇の蛇も霧散します。

 悲し気なお声が消え、路肩に座り込んでいた少年少女は、頭をあげて不思議そうにあたりを見回します。


 荷馬車の少女が、片方だけの目でわたくしを見ました。


「あれ、なに?」

「ただの敵ですわ。散ったので安心なさい。あなたたちも動けないのでしたら、荷台にお乗りなさい」

「……いいの?」

「お急ぎなさい。長くは待てません」

「うん!」


 路肩に座り込んでいた疲れ切った子供たちを、荷馬車に拾い上げて回収してゆきます。

 子供たちが背負った荷物までは載せられませんので、それもそのまま置いてゆくように命じます。


 半分のかたはあきらめ、もう半分は奮い立って、荷馬車に乗らずに背負って歩き出しました。

 ご両親からいただいた全財産を運んでいるのですもの。失いたくない気持ちもわかりますわ。


 高い丘を越えたとき、はるか遠くに村のかがり火が見えました。

 赤いかがやきは目的地の証です。まだまだ距離があるので、到着するまでに横たわっている距離を自覚させませすが、最後尾には希望の光です。

 交代で馬車のそばを歩かせ、かわりに力尽きた子供を拾います。


 わたくしも馬車を降りて、何人か馬に乗せました。

 丘陵部の向こう側、小さく見える破壊された馬屋のそばに、青い燐光をはなつ巨大トカゲの骨が夜の闇に浮かびました。


「なにあれ? こわいよ」


 枯れ木のようにやせ細った、幼い少女が荷台でおびえております。

 よくよく拝見いたしますと、お顔の半分が焼けただれており、手で覆って隠しておりました。


 略奪を受けた領地から流れてきた戦災孤児です。わたくしは気おくれしましたが、逆に気を使っては失礼にあたると考え、あいてのご様子など気にも留めていない風によそおいました。


「あれはゾンビリザードの骨ですわ。核が壊れているのでもう動きません」

「なんで光ってるの?」

「魔力がまだ残っているだけですわ。明るくていいではありませんか」

「こわいぃ、こぉわぁいぃぃ!」

「ではそのうちお片付けしましょう。ここだけのお話ですが──あれを倒したのはわたくしですの」

「ほんと?」


 やけどの子供だけでなく、片目の子供も、周囲のひとたちも目を輝かせてわたくしを見ました。御者のご老人まで、わたくしを振り返りました。

 皆疲れて汗をかいておりますが、まだ気力が残っております。


「わたくしたちは悪の死霊術士ネクロマンサーを倒しにこの村に来ましたの。ゾンビと戦っているときに、あちらに見える馬屋から突然、ゾンビリザードが駆け寄ってきましたの。大きな身体にするどい牙で、この馬をひとのみにする大きさですわ。近寄られたら、とても敵いません」

「……」


 真剣に聞いておりますわ。


「わたくしはひるむことなく立ち向かって、炎の槍ファイアランスの魔法で迎え撃ったのです。すばやいトカゲは最初の一撃をかわして、足の付け根にあたってしまいました。ご存知ですか? ゾンビは痛みを感じません。身体を貫かれて燃えあがっても、決して引き下がらずに、わたくしたちのパーティめがけて突っ込んできましたの」


「どうなったの?」


「ゾンビリザードは大きなお口をあけて、よだれを垂らしました。歯茎には指よりも太い、ナイフのような歯がずらりと並んでおります。かじられたら、ひとたまりもありません。

 わたくしたちは身構えました。ですが、そもそも近寄るといっそうあぶないのですわ。何故かと申しますと、ゾンビリザードの身体からは、黒いガスが出ており、軽く吸い込んだだけで身体がしびれますの。

 このままでは負けてしまいます。

 わたくしは呼吸を落ち着け、精霊さまに祈りを捧げ、このように炎の槍ファイアランスの魔法で狙いをさだめます。一瞬の油断も許されない集中力で、息を整え、近づかれる前に──」


 実際に燃える槍を作りだしますと、歓声があがり、期待の眼差しが向けられました。

 雰囲気が明るくなり、お話に興味が移って、わずかながら疲れを忘れております。

 いい傾向ですわ。

 これで歩みが止まらないなら、このようなお話などいくらでも披露できます。


 わたくしはお話をつづけました。


「──そして村のなかでは巨大な牛の頭のゾンビが、斧を振り回していました。家よりも大きなミノタウロスゾンビです」


 疲れ切った子供たちはお話を信じ切って、身を乗り出して聞き入っております。

 わたくしも殿しんがりの仕事に飽きていましたので、村を解放した戦いを脚色して、スプラッターな部分は省略して、かわりにライゼさまとメルクルディさまのヒロイックな活躍を追加しました。


 邪悪なゾンビの恐ろしさと、生命を冒涜する死霊術士ネクロマンサーさまの卑劣さと、善良な村人たちの無念さをお話しました。

 荷台の後ろで眠っている灰黒狐も、少しだけ活躍の度合いを増してさしあげました。


「そして、わたくしが注意をそらしたその隙に、ライゼさまのするどい一撃が、悪魔の身体を貫きました。卑怯にも村人を人質に取った死霊術士ネクロマンサーさまは、槍に身体を貫かれて、ついに崩れ落ちました。恨みの叫びをあげ、地面にばたりと倒れます。こうして村を襲った悪党はほろぼされたのですわ」

「すごーい!」

「かっこいい……」

「たいしたもんだのぅ!」


 子供に混ざって御者のかたまで、感心しておいででした。

 火傷の子供は傷口をもう隠しておらず、両手を胸の前で握りしめ、きらきらと輝く尊敬の眼で、わたくしを見上げます。いい気分ですわ! いい気分ですわ!


「すごい、すごい! ほかのぼうけんもあるの?」

「ええ。スリリングな冒険のお話でしたら、たくさんありますわ」

「うわぁ……うわああん」


 なぜでしょう。ぼろ布で片目を覆われた少女が、泣き笑いのような表情をして、うつむいてしまいました。

 潰れた目を隠して荷馬車にうずくまります。


「どうかなさいましたか?」

「うううう……わたしの村も助けてほしかった……」


 そういって、黙ってしまいました。他の子供たちも、お辛そうな表情です。


「何から助けてほしくって?」

「……お昼を手伝っていたら、おとなのひとがいっぱいきて、お父さんがころされて……お母さんは連れていかれて、バジとヤヂオはうるさいって剣で……わ、わた、わたしは屋根裏にかくれて、おうちが燃えて、あつくって、目が見えなくなって……」

「まあ、大変ですこと」

「ねえ、なんで助けてくれなかったの……? 助けてよぉ……おうちに帰りたいよぉ……」


 残った目に涙がたまって、ぽろぽろとこぼれ始めました。困りましたわ。


「ご安心なさい。村には死霊術士ネクロマンサーさまを滅ぼした、ライゼさまがいらっしゃいます。あなたたちを守ってくださいますわ。領主のベルナールさまも暗黒魔法をお使いになるお強いかたです。あなたたちは何も心配しなくていいですの」

「……」

「それにお食事も、毎日いただけますわ。あなたがたは痩せすぎですから、もう少しふくよかになれます」

「……おねえちゃんも、村をまもってくれるの?」

「いいえ。わたくしは果たすべき使命があります。それが終わりましたら、村に寄らせていただきますわ」

「……ぐすっ。うえええ」


 正直にお答えしすぎましたわ。また泣いてしまいました。

 もちろんしばらくは置いていただく予定ですが、運営には携わりませんので、居ないも同じです。


「いっしょにいてよ……ねえ、いてよ」


 片目の少女は泣きはらした赤い眼で、わたくしを見あげます。これ以上泣かれては、また魔物を呼び寄せかねませんわ。


「それではしばらく村に置いていただきましょう」

「ほんと?」

「ええ。みなさまを守って差し上げますわ」

「わぁ」

「あなたがたのように、素直に納得してくださるかたばかりなら、世界はもっと平和ですのに。南にあるミンワンシン市の兵隊さまなんて、わたくしたちをだまして武具を盗みましたわ」

「なんで、どうして?」

「それは──」


 悪魔化したミンワンシン市のネガティブキャンペーンをお話をしているうちに、時間が経ってゆきました。

 村の外縁部、崩壊した馬屋の場所まで到着いたしました。ぼんやりとひかる青い光は、旅の終わりを告げるには、いささかおもむきにかけておりましたが。


 村の広場を中心に、簡易なテントや馬車のホロがびっしりと並び、内側で、先に到着されたかたがたがうずくまっております。

 30戸の村に収容人数の6倍近い人数がおりますので、当然家屋に入り切るはずもなく、疲れたお顔のみなさまが、家の裏や路地の中にもたむろしていらっしゃいました。


「お疲れさまですぅ」

 

 メルクルディさまたちが人ごみをかき分けて、人ごみに吸収されつつある最後尾にいらっしゃいました。

 わたくしは馬から降りて、お迎えします。後ろに乗っていた灰黒狐は眠ったままでしたので、地面に落とすと空中で目を覚ましました。


「くゃん!」


 非難の目つきでわたくしを見上げておりますが、宿でもありませんのに、寝ているほうが悪いのです。まだあくびをして眠そうですわね。


「あなた、片目のあなた」

「なに?」

「しばらくこれを預かりなさい。あとで取りに行きますわ」

「えっ、これ……きつね?」

「ゾンビを倒せる程度の力はあります。危ない目にあったらあれば頼りなさい」

「うん」

「くぁぅぅぅ」

 

 眠っているだけの動物にお仕事を与えたのです。うなっていないで子供の世話でもしていなさい。

 片目の少女は狐を抱きかかえて、せなかに顔をうずめておりました。


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