第27話 腕? わたくしの腕はここにありますわ
「1300人ですの!?」
「1300人ですぅ!?」
「そ、そんなに……」
「ああ、そうだ」
穀物商さまの応接室で、わたくしたちは驚きの叫びをあげました。わたくしは間違いがないように指を使って、村の規模と移住者の倍率を計算します。
村の収容人数は200人、やってくる移住者は1300人。
200が6つと半分、途中まで折り曲げられた人差し指が震えております。
「どこかの村が消滅しましたの?」
「さあなあ、事情は聞いてない。だが、人数だけは間違いないぞ」
ああ、どうしましょう。想定の6倍も多いですの。いくら村を修繕しているとはいえ、多すぎますわ! 多すぎますわ!
すでに列の先頭がベイジーシン市に到着し始めているそうです。
「とにかく見て参ります」
市壁の衛兵さまに頼み込んで、壁の上に登らせていただきました。
のろのろと進む列が、街道の向こうからやってきます。衛兵さまにはあらかじめお話が通っているそうですが、みすぼらしい外見の移住者を見て、警戒心をむき出しにしていらっしゃいます。
それにしても、若いかたが多いですわね。
荷馬車にはちいさな子供もたくさん乗っております。ジャングルクルーズでみた軍隊アリを思い出しますわ。
ここから見ると大きさも同じくらいです。
「想定よりもたくさんいらっしゃいますが……このかたがたが暗黒神殿の信徒になられるのでしたら、信仰心がたくさん集まりますわ」
あえてポジティブな見解をしてみました。メルクルディさまは力なく頷かれました。
「はいですぅ……フィリーエリさまもお喜びになりますぅ。一刻も早く礼拝堂を作らないとですぅ」
「……家ではなく、礼拝堂が最初ですの?」
「礼拝堂さえあればみんな文句を言わないですぅ」
「おっしゃると存じますが……何か理由がおありでして?」
「ふふん、見ていてくださいですぅ! フィリーエリさまの包容力には限りがないですぅ!」
いつになくメルクルディさまが自信満々ですわ。
風雨をしのげる安全な場所より、礼拝堂をさきに準備する理由があるとは存じませんでした。
何か秘密があるのでしょうか? 気になりますわ。
「どのような秘密があるのか、わたくしにだけこっそりお教えください」
「えっ、それはちょっと、困りますぅ」
「秘密はお守りします。それにはどのような神慮がありまして? 誰にもおしゃべりしませんわ」
「あうう……」
市壁のうえでメルクルディさまの腕を捕まえて、身体を密着させます。これだけ近ければお声は漏れませんわ。小声でお頼みします。
「お教えください。一生のお願いですわ」
「わかりましたぁ。フィリーエリさまに祈ると、頭が真っ白になって何も考えられなくなりますぅ。祈っているときだけ辛くて苦しい現実が忘れられますぅ。目覚めた信者は、家がないなんて小さな問題は気にしないですぅ。現実を生きるために祈りが必要なんですぅ……」
「まあ、麻薬的な効果ですわ」
「それに気づくとはさすがですぅ。やっぱりアテンノルンさまには入信してもらって、もっと鋭く指摘してもらって、私たちの間違っている部分をどんどん教えてほしいですぅ」
「わたくしでよければいつでもお話いたしますわ」
「本当ですかぁ! 今度集会でお話を聞かせてください!」
「機会がございましたらね」
「はいですぅ!」
なんだかお話に乗せられている気がしますが、今は良いとしましょう。
この移民のかたがたは、今晩は市にお泊りになって、翌日はベルナールさまの村に出発する予定です。
ほとんどのかたは市壁の外で一晩を過ごされるでしょう。
実際に生きていらっしゃる人の数を目にいたしますと、使命感が湧いてきます。
このかたがたにできるだけの平穏を与え、税をいただくのが使命ですわ。ベルナールさまに視線をやりますと、震えておいででした。
「ベルナールさま、あなたさまの領民ですわ」
「こ、こんなにたくさん……できるのでしょうか?」
「やるしかありませんわ。使命をお喜びください」
唇に薄い微笑みを浮かべます。向けられた本人さまだけに伝わる共感の笑顔です。
「ご安心ください。村人が逃げ出して、立ち行かなくなる村がありますが、これだけの人数がいらっしゃれば、当分はその心配がありませんわ」
「は、はい……」
「それに村に受け入れる準備はしておりますの」
受容人数を超えておりますが、対策なしではありません。
「そ、そうなんですか……?」
「もちろんです」
「す、すごいです……!」
ベルナールさまの尊敬の視線が気持ちいいですわ。
この認められている感覚はすばらしいですわね。わたくしが世界に存在してもいいのだと感じます。
「明日は住民さまたちを護衛しつつ、村を拝見しにまいりましょう」
「賛成ですぅ」
「は、はい」
「……」
ライゼさまが頷かれて、全会一致ですわ。実のところ、ほとぼりを冷ますためにも、避難したいと考えておりましたの。
その日の夜、わたくしが酔って寝ているときに、ドアをノックする音がいたしました。
はじめは酔ったライゼさまが正体をなくしてドアに寄りかかって、手癖で叩いているのかと考えましたが、規則的なノックはわたくしが目覚めるまで続きました。
「なんですの……」
眠い目をこすりつつ、ベッドから降ります。
寝間着姿ですので着替えをしないと人前には出られませんので、野外用のマントを羽織ってごまかしました。
「もし……もし……」
コンコン……コンコン……。
しわがれ声が扉の向こうから聞こえますわ。一体どなたかしら。頭がふらつく夜中にいらっしゃるなんて非常識ですわ。
スリッパをはいて立ち上がりましたが、あくびが止まりません。ワインの酒精がまだ残っております。
「何ですの?」
つまらない要件でしたらぶち殺──叩きますわよ。ドアを開けずに質問いたします。
「穀物商ヤンガスの使いです。移住民が問題を起こしたので、旦那さまからアテンノルンさまを呼んで来いと、仰せつかりました」
「まあ、どんな問題が起こりまして?」
「へぇ、なんでも住人の一部が窃盗をやらかして、警邏に取っ捕まりました。刃物を突き付けて強盗したんだとか」
「それで、それがわたくしと、どんな関係がありますの?」
扉の向こうでお声が言いよどみました。
「官憲が言うには、移住途中の住民が罪を犯したなら、その領主にあたるあなたがたの責任だそうで。監督不行き届きだとか、管理責任だとか言ってました。責任者のアテンノルンさまに、判断を仰ぎたいそうです」
「腕を切り落としなさいませ」
「……は? へっ?」
「ふぁ……わたくしが監督する立場なのでしたら、住人にどのような判決を下そうが自由ですわ。責任を問われるのでしたら、強盗の腕を切り落として、罪をあがなったとお伝えくださいませ」
「し、しかし……それは……いいのですかい?」
「何か問題がありまして?」
わたくしは眠いのです。お話する気力がありませんわ。
「いえ、わかりやした。確かにお伝えします」
「お願いいたしますわ」
まったく、つまらない用事で起こさないでほしいですの。
まだ頭がふらついておりますのに。
ああ、ライゼさまが丸まって眠っていらっしゃいますわね。いまから冷えたベッドを温めるのは苦痛ですし、お邪魔いたしましょう。相手は獣人ですから、不義には当たりませんわ。
薄い掛布団をめくって、子供のように手足を縮めているライゼさまの隣に潜り込みます。
掛け布団をとられてさむがっていたライゼさまは、わたくしに寄り添ってまいりました。暖かいですわ。暖かいですわ。
「ふわ……くだらない用事で、起こさないでください……」
天井に向かって宣言して、間を置かずに夢の世界を訪問しました。
翌朝、馬屋につないだ荷馬に荷物を結び付け──一度は売る予定でしたがキャンセルしました──して住民たちの車列に合流したしますと、なぜか非難がましい視線を向けられました。
白髪をしたご老人と、よく似た顔立ちをした中年のかたがふたり、わたくしたちの前に立ちました。
「あなたたちが領主さまの一行ですね」
わたくしはベルナールさまに視線をやります。
詰め寄られたおふたりがベルナールさまを見て驚かれましたが、すぐに気勢を取りもどして口を開かれました。
「ど、どうも……ベルナールです」
「ほう。どうかわしたちの話を聞いてください。昨晩の話はご存じでしょうが、軽い罪で腕を落とされたら、これからさき働けません。どうしてむごい刑罰をあたえなすったのですか?」
「う、うで? 何の話ですか?」
「昨日、街でカネを盗んだ牛飼いの話です」
「?」
「村の恥をもう一度話したくはありませんが、あなたさまは知らないようなのでお話します。──昨日、街で買い物をしていた牛飼いのヤーリーが財布を拾いました。あいつは根は善良なんですが、たっぷり入った中身を見て、つい魔が差して使っちまったのです。だれにでもある間違いです」
「そ、それで、どうして見つかってしまったのですか?」
「……酒場で大酒をのんだとき、偶然いた夜警のやつがサイフを見とがめて、つかままっちまいました。明日の朝までに弁償しなければ投獄すると言われたので、ヤーリーは仕方なく、間違った方法でカネを集めたのです」
「ど、どんな方法ですか?」
「それはもういいでしょう。ヤーリーは反省して、働いて罪を償いをすると言いましたが、領主さまの命令で腕を切り落とされて、今は治療を受けています。どうして罪を償う機会を、与えてくださらなかったのですか? ヤーリーは今、世界を呪う罪深い言葉を吐いています」
「あ、あの、ボクは何も知らないのですけど……アテンノルンさまは知っていますか?」
「さあ? 存じません。情報の行き違いがあるのではなくって?」
「たしかに領主さまの指示で、腕を切り落とされたとわしたちは聞いています」
「ボ、ボクはそんなひどい命令をしないです……」
「ではどなたが命令を出しなすったのか、納得のいく答えを聞かせてくだせえ。わしたちに移住を進めてくださった穀物商も、たしかに命令を聞いたといってなすった」
「ほ、ほんとに知らないですけど……」
数人に詰め寄られて、ベルナールさまが不安そうにわたくしを見ます。
頼られているのか、疑われているのか、判断のつかないラインですわ。
わたくしにも覚えがありませんし、どなたかと勘違いなさっているのではないでしょうか。
「改めて述べますが、覚えがありませんわ」
「知らないですぅ」
「……」
ライゼさまは首を左右に振っております、これで全員の無実が証明されましたわ。それにしても、何のためにお話をしにいらしたのかしら。お尋ねしてみましょう。
「もしベルナールさまが命令を下したと仮定いたしまして、あなたさまは何を求めておいででして?」
「──わしは村の村長でしたが、罪を犯したのなら、かわりの労働で払わせました。以前の領主さまもそういう方針でしたし、これからも慣れ親しんだやりかたが良いのです。償えない罪などありません。重い罰を与えるよりも、どうか慈悲の心で改心の機会を与えて下せえ」
「わ、わかり──」
「それは領主たるベルナールさまが、お決めになる権限ですわ!」
わたくしは慌てて声をあげました。不要な言質を取られてはたまりません。非礼ですがお許しください。
「神聖な領主の権利に干渉するなど、無礼にもほどがあります。口を慎みなさいませ!」
「あ、あの……」
「しかし、あまりにもむごい」
村長と名乗った老人は、目論見が外れたのか、一瞬残念そうなお顔をしましたが、すぐに村人を憂う表情に戻りました。
「領主さまに逆らうつもりはありませんが、どうかお聞き下せえ。それでもだめでしたら、一度だけのお許しでかまいませんので、度量の広さを見せるためにも、憐れみを与えて下せえ」
「もうお下がりなさい。非礼が過ぎますと、一族郎党、重い罰を受けますわ」
「あ、あの……」
「へえ、しかし村人のためを思うと、簡単に引き下がれない事情も、わかってくだせえ。みたところまだお若いが、どんな罰を与えてくださるんで?」
このかたベルナールさまを侮っておりますわ。
ご表情のみならず、お言葉にまで軽侮が浮かんでおります。
礼儀もわきまえられないほど、村人さまの現状を憂い、精神的に追い込まれているとも考えられませんし、単にこれからのためのけん制ですわ。
「ベルナールさまは盗賊を捕まえたとき、罪深さを知らしめるためにおんみずから、盗賊のはらわたを、生きたままえぐり出されましたわ。罪を裁く執行者が感じる心の痛みに耐えて、長く苦しい死をお与えになったのです。ベルナールさまが寛容でいらっしゃるうちに、あなたさまご自身の越権的な物言いをお改めなさい。さもなければベルナールさまが、腕では済まない罰をあなたがたにお与えになります」
「……わかりました。そこまでおっしゃるのなら、失礼します」
「ちっ」
村長さまたちは不満顔で、列に戻ってゆきました。お話し合いで解決できてよかったですわ。
「あの……どうして盗賊の話を言ったのですか? 秘密だって言ったのに……そ、それに、どうしていきなり怒鳴ったのですか?」
「あのかたがベルナールさまの権威に挑戦したからですわ。領主の権威を侮る村人は、立場をわからせて差し上げるのが一番ですの。あのまま放置しましたら、ベルナールさまに反抗する芽を育ててしまいます。ああいった手合いが慈悲の次に求めるのは減税の欲求、そして自治、最後に成り代わるための反乱ですわ」
「そ、そうなんですか……?」
「ええ。村人に甘くして、一番利益を得るのがどなたかをお考えください。つまるところ、さきほどの元村長さまは、ベルナールさまに影響力を高めたいがため、あのようなお話をされたのです。かつての村長さまはベルナールさまの立場に成り代わりたいのです。絶対に、妥協してはいけません」
「も、もし妥協したらどうなります?」
「権力闘争が起こるだけですわ。ベルナールさまのかわりに、あの村長さまが影響力を駆使して財産を集め、あるいは名代さまに騎士として列せられるかもしれません」
「そんな……どうして暮らしを始める前から、いがみ合っているんですか。み、みんなで協力すればいいじゃないですか」
「全員で利益を共有する行為と、権力闘争は別のお話ですもの」
「……」
「お気を付けくださいませ。ベルナールさまの脚を喜んで引っ張るかたも、珍しくありませんわ」
「うう……」
「そのためにベルナールさまに自衛能力があります。そしてわたくしたちも協力を惜しみません」
「は、はい……」
問題を解決するために、ご自身の暴力に気づかれる瞬間が楽しみですわ。武力があるから、ベルナールさまは領主なのですから。
「みんながフィリーエリさまを信じれば、問題がなくなりますぅ」
「そ、そうですよね! フィリーエリさまの信徒になれば、きっとうまくいきます!」
「その意気ですわ」
実際、お父様の所領にいたカルト邪教の面々は、上のものに下が絶対服従する、完ぺきな縦社会を作り上げておりました。
全員が集団生活で、子供たちは親と離され、邪教集団の子供として育てられておりました。
食事も共同、寝所も共同、職能に分かれて集団生活を送り、全員で同じ教義を信奉します。
上のものに下のものが尽くし、かわりに上が精神面と肉体面で保護を与える。宗教を根幹に置いた、理想的な封建社会とも言えます。
これで近隣の村から人間を誘拐して、いけにえにささげなければ存在を許されたでしょうに、残念ですこと。
そういえばあのカルトも暗黒神を
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