第26話 血なまぐさい日々にお別れを


 荷馬の一頭には荷物を、もう一頭にはわたくしと灰黒狐を乗せて、荒野を進みます。

 駐屯地から北北東を目指せば、ふたつの都市を結ぶ街道に並行して進めますわ。

 後は北上するだけで、ベイジーシン市に戻れる算段です。


 熱狂が去った身体が、妙に寒く感じてしまいます。

 馬上で取り返した装備に着替えたのですが、マントを羽織ってもなお重い氷の塊がおなかの中にあるように、身体の内側から凍えますの。


 魔法の幻覚カクテルを痛飲したときに感じた虚脱感と無気力、全てがどうでもよくなる厭世観に似ておりますわ。


 あのときは鍵のかかった個室で扉を見ているだけで楽しかったですわ。


 ただ楽しさが終わった後の後遺症が大変で、愉快さを失った自分が無価値に思えて突然テラスから飛び降りたくなる衝動が起こりましたの。


 今のわたくしの状況はそれと似ておりますわ。

 衝動が去って、無にとらわれつつあります。


 ただ、前に乗せた灰黒狐を撫でると、重さが指先から抜けていく気がいたしました。

 無心でゴワゴワした背中と、ボリュームのある尻尾を撫でつけておりますと、気分が上向いて、わたくしを覆った透明な闇が消えてゆきました。


 それにしても、動物はたくさんいますが、人間の連れ合いがいない一人旅は久しぶりです。

 見張りも一人、夜眠るのも一人、いえ夜に寝ては危険ですので、お昼の間に馬上で仮眠を繰り返すしかありませんわ。

 頼れるかたがいらっしゃらない旅は、安全ではありません。


 変ですわ。

 一人旅に不便さを感じるなんて。

 わたくし、腑抜けてしまったのかしら?


 こんな心構えではいけません。

 精神的な弱さは敵に漬け込む隙を与えます。

 心を凍てつかせて、孤独であれば、警戒心を維持できる精神を取り戻せます。


 ……強がってそのような考えをしましたが、実のところみなさまのそばにいないのが不安でたまりません。ひどい別れかたをしたのはわたくしですのに、もう一緒にいたくなってしまっております。

 真摯に謝れば、きっと許してくださいますわ。


   ###


 一日10分程度の睡眠を、小刻みに数回繰り返しますと、それほど疲労せずに進み続けられると学習いたしました。

 ほんとうは無停止で進みたかったのですが、馬の食事や睡眠はどうしても必要です。


 そのときばかりは長時間停止しなければいけませんが、わたくしも地面にいられてほっとしております。馬上にいるとお尻が痛くなりますの。


 わたくしはたっぷり5日間の時間をかけて、凶暴の平原のそばを横切りました。

 外縁部にいるためニンゲンモドキは弱卒が時々襲ってくるだけ。下馬するまでもなく、灰黒狐を解き放つと噛み切ってくれました。


 5日目に現れたニンゲンモドキは、長い髪とマントをたなびかせ、手に短剣を持った女性のすがたで現れました。

 わたくしが待ち望んだニンゲンモドキですわ。

 

 それは遠距離から強烈な石礫の魔法を放ってきましたので、わたくしは馬を蹴って逃げました。成功ですわ! 成功ですわ!

 ダンジョンで精製されたわたくしのニンゲンモドキは、装備を調達さなっている兵隊さまたちを、愉快な状態においてくださるでしょう。


 魔物に頼るなど不本意ですが、この程度の嫌がらせならば許されるでしょう。たっぷりお楽しみくださいませ。


 それからはもう、平原を離れて街道のそばを進みました。

 行きと違って魔物を引き寄せるカエルのお肉がありませんので、ほとんど魔物の姿は見かけません。

 野盗のかたも少々いらっしゃいましたが、馬影が遠くに見える時点で魔法を撃ちますと、引き返してゆかれました。

 

 30日後……。

 街道の先にベイジーシン市を取り巻く農耕地帯が見えたとき、不覚にもほっとしてしまいました。

 安全地帯に戻ってきた感慨がありますわ。


 畑を通り、ダンジョンを横目に市の門を目指します。

 守衛さまたちは、わたくしの姿を認めても、特に反応いたしません。手配書が回っていなくてよかったですわ。


 市内に入り、いつもの宿をお借りします。

 馬が2頭増えて、料金が2倍ですわ。

 長い旅で愛着がわいておりますが、ひと段落しましたら売り払いましょう。まずはお風呂に入って旅の汚れを落としたいですが、先にギルドにゆきます。


 白亜の建物は相変わらずの賑わいで、冒険者さまたちがたむろしていらっしゃいます。中に入りますと、顔見知りの職員さまが手招きしました。


「ごきげんよう」

「よう、ひさしぶり。あんたどこに行ってたんだ? すごく心配されてたよ」

「心配……ですの?」 

「ああ、あんたが迷子になったってメルクルディに相談されたんで、捜索依頼を進めたんだ」

「まあ。戻っていらしたのね」

「事情があるって断られたけど」

「そうでしたの。実は帰り道で、パーティメンバーのかたと別行動をとりましたの。メルクルディさまたちは、どちらにいらっしゃるかご存知でして?」

「今の時間だったらダンジョンだ。そのうち戻ってくる」

「わかりました。あの……ぶしつけな質問で申し訳ございませんが、わたくしたちに賞金がかかったり、指名手配されていたりはしておりませんか?」

「はあ? そんな情報は来てない」

「安心しましたわ」

「あんたたたちの評判がよくないくらい」

「まあ、大変ですこと」

「また何かやらかしたのか?」

「いいえ。何も悪い行いはしておりません」

「そう。あんま信用できないけど……」

「残念ですわ。それでは一度、出直してまいります。夕方にまたうかがいますわ」

「それまでに帰ってきたらどうすんの? 伝言を伝える?」

「宿にいるとお伝えください」

「いいよ」

「お願いいたします」


 皆様ご無事でよかったですの。さすがは旅慣れたメルクルディさまですわ。

 わたくしよりもよほど早く戻っていらっしゃいました。取り返した武器をお見せしたら、喜んでくださるかしら?

 楽しみですわ。

 

……安心したら、身体から気力が抜けてきました。ひとまずお風呂をいただいて、少しだけ仮眠いたしましょう。


 特別に、湯屋の一室をお借りして、灰黒狐を中に連れ込みました。


「こら。逃げるんじゃありませんの。動き回ると湯船の中に沈めますわよ」

「くぁぁ……くぁぁ……」


 覇気のないお声をあげる灰黒狐を捕まえて、ごわごわした毛並みに薔薇の香りの石鹸を刷り込みます。

 白いあぶくがもこもこと盛り上がって、毛と毛のあいだを膨らませます。

 手触りはなめらかになりましたが、根本的な毛の質が太くて硬いので、心地の良い触り具合にはなりませんわ。


「あなたもライゼさまを見習いなさい。あのかたは獣人ですが、もっと洗いやすいですわ──こら。お湯を飛ばすのをおやめなさい」


 泡と水滴をまき散らしました。

 何が不満なのか低い声でうなっております。やはり動物は動物ですわね。

 訓練しないと制御が効きませんわ。


「おやめなさい。暴れるとお酒を抜きにいたしますよ」

「ヴゥゥゥ……」

「ご不満でしたら、ライゼさまのようにもっと洗いやすくおなりなさい」


 ライゼさまはごわごわしておりませんもの。

 やわらかい毛並みで、お耳はもちもちしております。出会ったときはほっそりしておりましたが、最近はお肉がついて全体的にむっちりしております。


 やはりよくお食べになって、倒れるまでお酒をお飲みになると、健康にいいのですわ。肉付きがよくなるのですから、間違いないですの。


「……」

「あら? 大人しくなりましたわね。では洗ってあげます」


 従順な動物は嫌いではありません。

 尻尾がお水を吸ってうなだれております。

 この子はある程度わたくしの言葉を理解していると存じますが、それに従順さが加われば、立派な使役獣になれますわ。


 あなたが従順であるなら、わたくしは忠誠に足る主人になります。

 それが獣と主人の関係です。

 では、泡を流して差し上げましょう。手をなめるのをおやめなさい。


 身なりを整えたあと、商人通りで馬の売却についてご相談しました。買いたたかれたきらいがありますが、もともと盗品ですので仕方ありませんわ。


 交渉を終えたころには日が傾き、再びギルドに戻りましたが、まだまだメルクルディさまたちはまだお戻りではありませんでした。

 せっかくですのでギルドで待たせていただいておりますが、太陽が傾いて、二つの月が天で輝き始めても、まだお戻りになりません。


 ダンジョンから帰っていらした冒険者さまでギルドがにぎわい始めても、取引が終わって閑散とし始めても、お姿は見えませんでした。


「あんた一旦宿に戻れば? 待ってるだけって退屈でしょ」

「お気になさらないでください。お外を眺めているだけでも、楽しいですわ」

「まぁ、いいけど」


 見かねたギルド職員さまが、わたくしを気遣ってお声をかけてくださいましたが、特に退屈しておりませんでしたので、お気持ちだけ受け取ります。

 ギルドに置かれたテーブルのひとつで、往来を眺めて待ちます。


 まばらになった冒険者さまたちが換金を終えて、ギルドから去ってゆきます。喧騒とともに熱気まで去って、妙にがらんとした受付が、もの寂しく思えます。


 魔石ランプに火がはいり、建物内を橙色に照らしました。

 冒険者さまたちは、ぽつりぽつりと戻っておいでになりますが、わたくしの仲間は戻ってきません。

 まさかダンジョンで不覚をおとりになったのでしょうか。嫌な想像をしてしまいます。


 ギルドの職員さまたちが深夜のシフトに交代なされるとき、ようやく見知った顔ぶれが、建物内に入ってきました。ピンク、緑、藍色の特徴的な髪色が、レザー装備の軽装で、背嚢を抱えてカウンターに向かわれました。


 無事でしたのね!

 うれしくなって腰を浮かしかけましたが、座りなおしました。

 いざ再会いたしますと、以前から考えていた謝罪の言葉が消えてしまいました。

 反対に、もう修復不可能なほど嫌われてしまっているのではないかと、ネガティブな思考がわたくしの口を閉ざしました。


 嬉しそうに駆け寄ってしまっては、無礼かもしれません。

 嫌なお顔をされるかもしれません。

 あくまで向こうがお気づきになるまで待って、そのときの反応を見て考えましょう。


 わたくしの座っているテーブルは、カウンターから振り返ればすぐに見えますし、お気づきにならないはずがありません。

 さあ、メルクルディさまお振り返りなさいませ。


「くぁぁ!」

「大きなお声を出さないでください」

 

 買取カウンターの奥で預かっていただいていた灰黒狐が、膝の上に飛び乗りました。何ですの? 脱走したのかしら?

 メルクルディさまが振り返りました。

 わたくしは息をのみました。

 メルクルディさまはパッとお顔を輝かせて、こちらに小走りでいらっしゃいました。


「アテンノルンさま! 心配しましたよぉ!」


 嫌われていませんでしたわ! 

 安堵の息を抑えながら、立ち上がって頭を下げます。


「お久しぶりですわ」


 落ち着いたお返事を返せましたわ! メルクルディさまはお近づきになって、わたくしの両手を握りしめます。


「無事でよかったですぅ。怪我はしなかったですかぁ? 痛いところがあるならすぐに治しますから言ってほしいですぅ! 暗黒神フィリーエリの名に懸けてアテンノルンさまを傷つけた相手を倒しますから今すぐ名前を教えてほしいですぅ!」

「け、けがをしたのですか? ボ、ボクも手伝います! アテンノルンさまのためなら、命をかけて戦います!」

「……!」

「落ち着いてくださいませ。わたくしは元気ですわ。ライゼさまも手をお離しください。指の装甲が曲がってしまいますの」

「よかったですぅ。ほんとによかったですぅ」

「あ、あの、敵にかどわかされないか、心配してました……」

「そうですぅ! ほんとにほんとに心配したんですよぉ!」


 わたくしの右手にメルクルディさま、左手をライゼさまががっしりとお掴みになり、そのうえ握力が強いので、普通に痛いですわ。

 心配してくださってうれしいですが、肉体的な痛みを伴います。

 骨がみしみしと鳴りはじめました。


「平気です、平気ですので落ち着いてくださいませ。ライゼさまもお久しぶりですわ」

「……」


 兎の獣人のライゼさまは、もっちりとした白い垂れ耳をぴくりと動かして、柔和な微笑みを浮かべられました。

 相変わらず言葉をお話になりませんが、表情だけでも伝わります。


「どうかお離しください。指が折れそうですの」

「……わかったですぅ」

「は、はい。すみません……」

「狩りの清算がお済みになりましたら、現状報告を兼ねてお食事にゆきませんか?」

「わかりましたぁ! すぐに清算してきますぅ! 買取をお願いするですぅ! 早くお願いするですぅ!」


 メルクルディさまが買取カウンターにかけてゆきますと、大きなお声でまくしたてました。

 職員さまが威圧されて焦っていらっしゃいます。

 メルクルディさまは差し迫った状態になられますと、かなり強引に事をお進めになりますわ。


 無礼な人間観察をするつもりはございませんが、あまりの勢いについ見入ってしまいました。


「おわりましたぁ。さっそく食べにいくですぅ」

「……おはやいですこと。では、良い葡萄酒をお持ちの「梨の真夏亭」でいかがでしょうか」

「良いと思いますぅ!」


 ……メルクルディさま、わたくしはどこにゆくかも分からない幼子ではないのですから、手をつなぐのをおやめください。


 それとなく離そうとしましても、しっかりと握られておりますわ。

 お食事処に入ったわたくしたちは、それなりのお値段のワインをいただきつつ、近況を話し合いました。


 やはりというか、単独行動を叱られました。パーティ解散を盾に押し切りましたもの、当然ですわ。

 わたくしは謝罪して、まずはメルクルディさまたちの道程をおたずねしました。


 メルクルディさまたちは、速度を重視して街道をお進みになり、途中で出会った隊商に相乗りして帰りついたそうです。

 途中で騎兵の捜査に会いましたが、使用人のふりをしてやりすごしたそうですの。 

 顔を汚し、ベルナールさまは女装、メルクルディさまとライゼさまは男装をなさると、どなたにも気づかれなかったのだとか。

 さすがですわ。


 感心しつつ、わたくしの顛末をお話します。

 あのときのわたくしは怒りでどうにかなっておりましたので、あまり詳細にお話したくはありませんが、灰黒狐を連れて宿営地までもどり、装備を取り返したお話をいたしますと、みなさま驚いたり呆れたりなさっておいででした。


 火を放って逃げた場面になりますと、みなさま口を開いて、呆れていらっしゃいました。 

 放火した部分も黙っておくべきでしたわ。


「すごいですけど、絶対恨まれるですぅ……」

「き、聞く限り無茶苦茶ですね……」

「わたくしも同感ですわ。ですが、この街で賞金首の情報を確かめましたが、わたくしたちの懸賞は出ておりませんでした。ご安心ください」


 みなさまご表情がすぐれませんわね。

 報復をご心配なさっているのかしら。わたくしの信頼にも関わりますので、不要な不安を消して差し上げましょう。


「こうお考えください。もし事がおおやけになりましたら、あの無法なかたがたは逆に責められますの。装備を不当に奪おうと試みて、逆襲されて何人も殺され、放火までされてしまいました。真実を覆い隠さずに述べれば、面子をつぶされます」


「面子の問題なのですぅ?」


「ええ。この事実を都合よく作り替えて、たとえば犯人を逆にして、わたくしたちが駐屯地を襲った野盗で、装備を奪って放火して逃げたとします。それでも被害を受けた事実は変わりませんし、醜聞は醜聞です。良いようにやられたお話なんて、広めたいはずがありませんもの」

「どうしてですかぁ? 復讐は大切だってアテンノルンさまが言ってたですぅ」

「ええ。ですが貴族社会は体面が大事です。それを気にせず、なりふり構わずに復讐の責務をお果たしになるかたも、居るにはいらっしゃいますが、まれですわ」


 わたくしのお屋敷を襲ったチクロさまのように、恥も外聞もなく親族に泣きついて、軍隊を組織して攻めていらっしゃるかたもいます。

 そこまでなさるのは異次元の思考過ぎて、わたくしには理解しかねますが。算術の先生がおっしゃっていた、外れ値ですわね。


「怖いですぅ……」

「あくまで特殊な例です。公的にさないますと、その理由も広まりますし、貴族階級のかたがたにとっては、失策を犯した相手を公然と嘲笑できる良い話題ですわ」

「陰湿ですぅ」

「あの……質問をしてもいいですか?」とベルナールさま。

「どうぞ」

「あ、あの、アテンノルンさまは何人も殺したって言ってましたけど、たくさん人を殺しをしたのですか?」


 ベルナールさまは心配そうな、それでいてわたくしを叱るような、非難のこもった視線をなさいました。

 萎縮したわけではありませんが、言い訳をしたくなります。


「いえ、それほどでもありません。50──いえ、おそらく5人程度ですの」

「そ、そうですか……多いですね」

「多い!? 襲われたので仕方なく、ですわ。わたくしが穏便に済ませたくとも、お相手はそうは考えてくださいませんでした」


 これは本心です。みなさまが調和して暮らす社会が、良いに決まっております。書物の中にだけある、理想郷ですわね。


「アテンノルンさま、できるだけ、穏やかに済ませてほしいです……もしかしたら、襲ってきた人たちも改心して、フィリーエリさまの信徒になるかもしれないです。そ、そうだ……こんなお話があります。ある日、救世主さまが日陰になる場所を探していたら、イチジクの木がありました。そこにはラミアが幹にとぐろを巻いていて──」


 ベルナールさまのお説教がはじまりましたわ。


 それにしても、お酒のあてにいただいているこのお肉、香辛料が効いていておいしいですわね。

 飴色の鳥の足に、賽の目上の切込みが入っていて、柔らかくて食べやすいですわ。チーズソースをたくさん付けて食べますと、さらに粗雑な満足感があります。


 庶民のお店も、馬鹿にできませんわ。このような濃厚で強烈なお味は忌避していたのですが、慣れてしまえば満足感があって素敵です。

 素材の味を別の味で覆い隠して、食感以外を改造してしまっており、食材の尊厳破壊とも呼べますが、高級でない素材をつかって、一定の満足度に押し上げているのですから、逆に技法を称賛すべきですの。


 お食事に舌鼓をうって、ベルナールさまのお説教に相槌をうっておりましたら、そのうち訓話が終わりました。

 

「──ラミアは喜びに震えて、救世主に身を捧げました。これは博愛を示すお話なのです。アテンノルンさまが、もっと人に優しくしてくれたら、もっと人望が集まって、人生を豊かにする精神がはぐくまれるのです」

「ご立派なお話です。わたくしも感銘を受けましたわ」

「あ、ありがとうございます」


 ベルナールさまはほほを赤らめて目を伏せられました。

 まったく聞いていなかったとお伝えしたら、どんなご表情をなされるのか気になりますわ。

 宗教関係者の説法は、まじめに受け取ってはならぬと家訓で申し付けられておりますゆえ、ご勘弁ください。


「貴重なお話をいただけましたし、しばらくはベルナールさまの村の復興に、注力したいと存じますが、いかがでしょうか」

「装備も戻ってきたし、いいと思いますぅ。そういえば、出発前に住民を募っていましたけど、何人くらい希望者がいるのでしょうかぁ?」

「まだ確認しておりませんが、100人程度はいらしてくださると、ありがたいですわ。明日にでもギルドで確認しにまいりましょう」

「はいですぅ。たくさん来てくれるいいですねぇ! でも少なくてもがっかりしなくていいですよぉ。私が教団にいたとき、冬の街で開拓殉教攻撃集住団ダークレコンキスタの募集を行ったときは、7人しか来てくれなかったですぅ。くいつめた人、借金から逃げる人、元犯罪者、こんなのばかりですぅ」

「家族ごと離村するかたは、あまりいらっしゃらないのですね」

「はいですぅ」

 

 地域と時勢によるのかもしれませんが、村を維持できる程度にいらしてくださると期待します。

 ギルドとは別口で、西の都市からの移住希望者も募っておりました。


 そちらの人数を確かめるために、穀物商さまのお店に向かいました。

 商人通りは相変わらず馬車の往来が多く、道路を横切るかたもたくさんおりますので、ひっきりなしに大声と馬のいななきとが聞こえます。


 大きな倉庫を備えた穀物商さまのお店に入ります。約束はしておりませんが、お会いできるでしょうか?

 受付のかたにお話をしますと、ほどなくして応接間に通されました。

  

「よう、ひさしぶりだな。待ってたぜ」

「ごきげんよう」

「首尾はどうだい? フィールドダンジョンに行ってたんだろ。いいものが拾えたか?」

「……わたくしには合わない場所でしたわ」

「そうかいそうかい。何かあったのかい?」


 市の軍隊とトラブルが起こった点は省いて、しばらく世間話をした後、商売のお話に移りました。


「あんた伝言が来てるぜ。少し前にきた報告じゃあ、移住希望者は200人を超えているって話だ」

「えっ、そんなにいらしてくださいますの?」

「まだまだ増えるって言ってたな。あんた、受け入れ人数は無制限って言ってたが、大丈夫なのか?」

「あなたさまが借金を受け付けてくださいますので、可能ですわ」

「そりゃあまぁそうだが、頼むぞ。一足先に戻ってきた見習の話じゃ、あと5、6日程度で、隊商と一緒に希望者がやってくる予定になっている。あんたが戻ってきてくれてよかったよ」

「まあ、こちらの準備も急がなくてはなりませんわね」

「独占契約の話も忘れないでくれよ」

「もちろんですわ」

「他に注文していた品だが、食糧は十分量が手に入った。播種用の種子もある。ただ、あんたの注文した高級食材はまだない」

 

 わたくしたちは注文していた播種用のいくつかの品種、それと街で需要のある商用作物、そして自給できるまでに必要な穀物について値段の相談を行いました。

 やはり出発前よりも値上がりして、2割増しになっておりました。ただでさえお金がありませんのに、借金だけが増えてゆきますわ。


 駐屯地からお譲りいただいた武器の一部を、お金に換えて当面の資金にあてる必要があるかもしれません。

 ほとんどはわたくしたちのものですが、一部は盗品ですので、官憲に通報される可能性がありますが、今更ですわ。死体から拾ったとでも言えば十分でしょう。


 お話を終えてお店を出ますと、とっぷりと闇でした。


「あ、あの、独占契約って何ですか?」

「お伝えしておりませんでしたわ。村の生産物をお金に換える場合、あの商人さまとそのお仲間さま意外、取引しないだけですわ」

「そ、そうなんですね。あいての権限が強い気がしますけど、搾取さくしゅされませんか?」

「そちらはお話し合いですり合わせをいたしましょう。どうしても折り合いがつかなければ簡単な方法がありますわ」

「ど、どんな方法ですか?」

「借金を踏み倒しますの。返さなくてお困りになるのはお相手も同じですわ」

「……」

「それに内政は領主であるベルナールさまの聖なる権限ですから、希望は出せましても、命令はできません。お互いが得になる関係に、お話し合いをいたしましょう」

「あ、あまり悪辣あくらつな方法は取りたくないです……」

「そうならないようにお話するのが、ベルナールさまの手腕ですわ。村人は全員が暗黒神殿の信者になるのですから、そのかたがたが一番幸福になる方法を、お選びになればよろしいかと存じます」

「幸福になる方法……?」

「メルクルディさま、暗黒神殿のかたたちが宗教的に幸福な状態はどのような場合ですの?」

「うーん、やっぱり祈りをささげているときがいちばん幸せだと思いますぅ」

「ボ、ボクもそう思います」

「では安心して祈れる環境をお作りください」

「ちょっと違いますぅ。祈るから安心するですぅ」


 頭に疑問符が浮かびましたがスルーします。訂正を訂正したくありません。


「そうですわね。信者さまが祈れる場を維持してくださいませ」

「わ、わかりました!」

 

 ベルナールさまは納得してくださいました。


 そして5日後……大変な事態になりました。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る