第25話 穢れた駐屯地を炎で清めますの
朝の冷え込みでマントの内側まで冷気が流れ込んでまいりました。ただわたくしの燃え盛る血潮は熱を発して少しも寒く感じません。
いえ、本当は景気づけにお酒の瓶を一息に飲んだからですわ。
駐屯地の北東にある入り口が遠くに見えます。
木でできた門は開いたままで、槍を持った兵隊さまが2人、警備についております。
出入りする人影は見えません。
お昼まえにわたくしたちが訪れたときと比べて往来は少なく、探索に出払っている数を考慮いたしますと、多くて200人程度の兵隊さまが残っていらっしゃると存じます。
陣地の周りを巡回しているパトロールのお姿は見当たりませんわ。木の柵を乗り越えれば、簡単に忍び込めそうです。
「静かにしていなさい」
「……くぁ」
こげ茶色の木柵がいびつに連なっている南側に回り込みます。
この場所はとくに設営がおざなりで、ふつうならば柵の先端は削られ尖らせておくべきですが、へし折れて穴になっている部分や、平らな断面のままの部分が多く、これで侵入を防げるのか疑問な状態ですわ。
縦に並べられた木の壁はわたくしの身長よりも頭一つ分だけ高いです。簡単ですわ。
ジャンプして手をかけ、そのまま身体を持ち上げて、中を覗きます。
向こう側に人はいらっしゃいません。布で作られた黄土色のテントがずらりと並んでおります。
「んっ!? もう、背中を踏み台にしてはいけませんわ」
背中を蹴られた衝撃を感じたと思ったときには、灰黒狐が中に飛び込んでおりました。向こう側の地面から、自慢げにわたくしを見つめております。
偵察していただけで、乗り越えるのに苦戦していたわけではありません。
後に続いて乗り越えます。
異臭のするテントの群れは、静まり返っております。留守かしら?
手近なテントの中をそっと覗いてみますと、悪臭を放つ藁が敷いているだけで、中は無人。いくつか見て回りましたが、どれも空です。
捜索に兵力を出している証です。好都合ですわ。
一応は安全かと存じますが足音を殺して進みます。
宿営地の南側を占めるテント群では、どなたにも出会いませんでした。細い道を通って、宿営地を南北に両断する広い通路にでました。
わたくしたちが不当に断罪された
その手前の木造バラックには警備の兵隊さまがおひとり。
明りがともされた内部では人の動く影が見えます。わたくしたちが装備を没収されたのはバラックのなかですから、ここに押し込めば装備を取り返せる算段です。
中で働いていらっしゃるかたは、おそらく非武装でしょうし、見張りのかたを倒して、一気に中に入りましょう。
もし武装した兵隊さまがいらした場合は「宝石をもって竜の巣を尋ねる騒ぎ」になりますわね。やってみましょう。
「ごきげんよう」
「……!」
手に持った槍が地面で音を立てましたが、どなたも出てきません。
夜通しの作業が集中力を減らしていると見えますわ。
バラックの中に入りますと、平服のかたがたが装備の箱詰め作業をなさっておいでです。剣、槍、棍棒、盾、兜──種類ごとに分別されて、木の箱に詰められております。
入り口の近くで作業をなさっていた兵隊さまが、うろんな目つきでわたくしを見ました。しかし、無言で作業に戻ります。判断力が落ちておいでですわ。
テーブルで書類仕事をなさっている兵隊さまが、わたくしを見て、目を見開きました。
このかたは、わたくしの装備をはぎ取るとき、にやにやと眺めていらしたこの場所の責任者さまです。
「敵が侵入して──」
「ダメですわ」
引き続き、風の精霊さまのお力で押さえつけます。テーブルにあった羊皮紙が、風にまかれて舞い上がりました。
「うわあ!」
作業していたかたがたが、箱を取り落として奥にある裏口に殺到しました。どなたも抵抗の意思をみせないところを愚考しますに、このかたがたは輜重です。
バラックの中は、あっという間にふたりきり。風の圧力に押さえつけられた責任者さまは、充血した目でわたくしを見ております。
「……! ……ッ……ぇ……!」
何か仰っておりますが、ひとことも聞こえません。首をお振りになって、涙を流しておいでですが、反省しているなら声に出して謝罪をするはずです。
それをなさらないのですから、まったく誠意の感じられない、その場しのぎのポーズですわ! 酷いかたですの!
「……」
地面を唾液で湿らせて、そのまま白目をむいて、びくり、びくりと痙攣なさいました。最後まで謝罪は聞けませんでしたわ。
ああ、ベルナールさまがいらしたら、踏み込んだ戦闘研修ができましたのに、残念ですこと。
「敵が襲ってきた!」
「こっちだ!」
建物の外からお声が聞こえます。
ゆっくりと装備を探したいですが、逃げ出された兵隊さまが援軍をお呼びになりました。まだまだ障害だらけですわ。
『わたくしはここですわ! かかっておいでなさいませ! 卑怯なふるまいをなさいますと、馬を焼き払いますわよ!』
わたくしの声は離れた場所で再生されました。馬のいななきが混ざります。
『臆病者の集まりは、まともに戦いもお出来になりませんか!』
馬屋の少し手前でもう一度。自尊心の高い騎士さまだけに通じる挑発ですわ。
「おのれ卑怯者が! 探し出して殺せ! 逃がすな!」
バラックの前をいくつもの足音が通り過ぎてゆきます。かなり暖まっておりますわね。
せっかくですので、様子を拝見したしますと、想像よりもはるかに少人数の兵隊さまが、中央の道をはしってゆかれました。全部で40人ほどですわ。
探索に兵力を費やしているとみて間違いありません。
ああ、無防備なお背中ですわね。わたくしはまだバラックに居りますのに。今攻撃したら驚かれるでしょう。──うぅ、衝動が、抑えられませんの。
「
先頭をゆく騎士さまの眼前に、空から降った光の塊が、虹色の爆発となって煌めきました。
「なにい! 俺の目が!」
騎士さまは武器を構えたまま立ち止まりました。さすがに戦慣れしていらっしゃいますわね。
不用意に動かれません。
ですがこちらはいかがでしょう。お隣にいる兵隊さまの近くで、
「がら空きですわよ!」
「ぬう!」
わたくしが脚を踏み出す音まで、
「あげえっ」
そばにいらした兵隊さまのおひとりが、胸を斬られて倒れます。兵隊さまたちがぞっと距離を取られました。同士討ちですわ! 同士討ちですわ!
「見たか我が一太刀!」
「今のは味方です!」
快哉と叫ばれた騎士さまのお声に、兵隊さまが焦って叫びます。遠巻きにした兵隊さまたちへ、騎士さまの怒号が飛びました。
「邪魔しおって! 敵はどこだ! 答えんか!」
「あなたさまのうしろですわ!」
「ええい!」
「ゆごええ」
「味方です! 味方です! 敵は見当たりません! 声だけ聞こえます!」
「だったらさっさと探せ! 急げ! 急がんか!」
兵隊さまもお気の毒ですわね。方向を示唆してさしあげましょう。
『くっ、それ以上近づかれますと、お馬さんを焼き殺しますわよ。近寄らないでくださいませ!』
「馬屋だ! 慎重に囲め! ぜったいに逃がさぬからな……!」
わたくしは吹き出しそうになりましたので、精霊力を切りました。
これでしばらくお時間が稼げるでしょう。今のうちに家探しをして、わたくしたちの装備を取り返しましょう。
粗雑に置かれたドロップ品や、梱包された木箱は無視します。奥まった位置にある武器棚、鎧かけを調べます。わざわざ飾ってあるのですから、高級な武具ですわ。
はたして、すぐに武器は見つかりました。わたくしの短剣、メルクルディさまの聖別されたメイス、ライゼさまの槍、そのほか平原で拾った
かわりに見つけた黒塗りの鞘が美しい小剣を接収いたしましょう。
ベルナールさまからお借りした鞄の中に、めぼしい装備を仕舞ってゆきます。さらに特に価値のあるドロップ品のピックや斧が丁寧に架けられておりましたので、そちらも回収。次に防具に移りました。
途中、
鎧立てにあった立体裁断の革鎧を身につけます。特別製のマント、金属ブーツも見つかりました。見慣れた装備を触れますと、安心感が増しますわ。みなさまの装備や目についた兜や武器を入れてゆきますと、ベルナールさまの鞄が満杯になり、お借りしたリュックもいっぱいです。
うぐぐぐ、さすがに重いですわ。ですが持って帰りませんと、これからの行動に支障がでます。そうですわ。地面で転がって遊んでいる灰黒狐にも背負わせましょう。
「あなた、こちらにおいでなさい」
「きゅ?」
「動いてはいけませんよ。この帯をお腹に回して……」
「くぁぁぁ……」
「あら? 重すぎましたの? 仕方ありませんわね。半分に減らしてさしあげます」
体重よりも重い荷物を背負わせるのは無理がありましたわ。
武器の束を半分に分けて縛りなおし、背負わせました。今度はうずくまらずに動いております。これでわたくしも荷物をもっと持てますわ。
めぼしい品物は回収いたしました。残念ですがソウルクリスタルはあきらめましょう。この場ですぐに見つからないものを、探せるほどお時間がありません。
事務官のかたを調べましたがお持ちになっておりませんでしたし、きっと別の場所に保管しております。
では最後に、お世話になったお礼を残しておきましょう。
木箱の周りに燃えやすい材料を集めると、魔法で火種を起こます。
十分な高さに炎が燃え立ちますと、兜を目深にかぶって入り口から出ました。周囲に兵隊さまのすがたはございません。警備の不足を感じますわ。
この手薄さです。せっかくですので、荷馬をお借りしましょう。
馬屋にはおびき寄せた兵隊さまがうろついておりますので、引きはがす方法が必要ですが……もっと盛大に火事になれば混乱いたしますわ。
指揮所のある大伽藍に放火しましょう! 大混乱間違いなしです。
「おまえ、とまれ!」
「お断りいたします」
大伽藍の入り口を警備している兵隊さまに、炎の槍を投げつけて、さらに倒れたお身体に、
大伽藍の天幕に近づけて、人間たいまつにいたしますと、ほどなくして燃え移りました。
橙色の炎が、蛇のように天幕をなめてゆきます。
バラックからも白煙が立ち上っております。相乗効果で混乱も2倍ですわ。
わたくしはいかにも任務を受けた騎士のごとく、リュックとカバンを担いで、東側にある馬屋に向かいました。
兵隊さまが何人も小屋を囲んでおります。
お気の毒ですが、口封じをしなくてはなりません。
「おげっ」
「あはが」
つぎつぎと
「何なのだ貴様は。何の恨みがあってこんなことをする!」
お顔が真っ青になられた騎士さまが、汗を流しながらわたくしから後ずさりなさいます。
「盗賊を討伐しただけですわ」
魔法の直撃した騎士さまはありえないというご表情を残して倒れました。
足の太い荷馬に鞍を乗せ、お背中に荷物を積みます。あとは脱出するだけですが、ただ逃げるだけでは芸がありませんわね。
消火活動を妨害いたしましょうか。
それとも馬に火をつけて、走り回らせましょうか。
まだ無鉄砲な力の残滓がわたくしのなかに残っておりますわ。衝動を抑えて、出発しましょう。
火事にかかりきりの宿営地を背中に、わたくしは灰黒狐を膝にのせて、2頭の馬で脱出いたしました。
門の近くにいた警備の兵隊さまは、お気の毒ですが始末いたしました。
装備もある程度は取り返せましたし、放火もできました。意趣返には十分でしょう。
あとは生きて戻るだけですわ。
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