第24話 破壊衝動を解消ですわ



「くぁぁ」

「あなたは言っても聞きませんものね。ふざけたかたがたに思い知らせて差し上げましょう」

「くぁん!」


 ああ、わたくしはいったい何をしているのでしょう。

 こんなことをしてはいけないと判っておりますのに、頭のなかの興奮した部分が、分裂した意識のように、無茶で無謀な行動をさせております。

 

 悪いと考えているわたくしも、でもやりたいから仕方がないと肯定して足を止められません。不思議ですわ! 不思議ですわ! 


 枯渇しかけていた精霊力──精霊魔法を発動する魔素が、身体のなかであふれかえっております。爆発寸前の火山のように、出口を求めて渦巻いております。

 

 いったこれは何ですの? 急に活力が湧いてくるにしましても、このように元のわたくしを超えてまで回復するのでしょうか?


 疑問は尽きませんが、疑問とは別に、駐屯地を襲撃する方法を並列思考しております。

 第一の目標は復讐ですが、みなさまの装備を取り返えせれば、それで矛を収めてもよいと存じます。

 わたくし人殺しなんて嫌ですの。皆さま仲良く暮らしていただけるほうが、よほど平和で素晴らしいですわ。

 絵空事にすぎませんが、それが一番いいですもの。

 

 内なる衝動を少しでも解消するために、走り続けました。

 エネルギーを消費しなければ、闇のなかではしたなく叫んでしまいそうでした。

 全力で走っても疲れません。

 流れてゆく景色が、自分の速さを肯定してくださるようで気分がいいです。


 お父様が語っていた武勇伝のなかで、若い時分はどんなに疲れても、1時間も休憩すれば回復していたとおっしゃっいましたが、それに近い状況です。

 ひさしぶりにお父さまのお顔を思い出しました。

 各地に愛人がいらっしゃるどうしようもないお父さまでしたが、わたくしは嫌いではありませんでしたの。


 そばにいれば姉さまたちの嫌がらせが緩和されますし、最高でも殴られるだけで済みます。命を守ってくださる防波堤として申し分ないかたです。

 最も姉さまたちをお創りになったのもお父さまで、わが家が王権から見放された原因を作ったのもお父さまでいらっしゃいますが……。


 ミンワンシン市の長大な市壁が通り過ぎ、わたくしは耕された畑のうねをまたいで、都市の西にある凶暴の平野に続く道をたどりました。


 せっかく追跡隊を出してくださるのですから、街道を南下してわたくしからご挨拶をしにまいりましょう。

 メルクルディさまたちを追撃する追加の分隊に出会えるかもしれませんわ。


 太陽が昇りかけの薄暗がりの中、街道の向こうに2つの篝火が見えました。

 兵隊さまたちが検問を張っていらっしゃいます。

 わたくしは足をゆるめて街道の真ん中を歩きました。篝火のおそばに3人ずつ、道路に4人、少々離れた平野のたき火に1人──お鍋をかき回して朝食を作っていらっしゃいます──その傍の椅子に重装備のかたが1人。合計11人の兵隊さまがいらっしゃいました。


 ちょうどよいお相手ですわ。


 わたくしを認めた兵隊さまたちが一斉に駆け出しました。

 手招きする仕草で、石礫砕ロッククラッシャーを発生させます。人数分の石礫が浮かび上がりました。今度は軽く払う仕草で、回転するいびつな円錐を撃ちだしました。


 石をハンマーで叩いたような音が響きましたの。


 石礫砕ロッククラッシャーは鎧ごと貫通して中身を引っ張り出し、赤い帯のような模様を地面に付けました。

 グロテスクな絨毯ですわ。

 そのまま歩いて進みます。


「おのれ!」


 最後まで残っていらした騎士さまが剣を引き抜き大上段で振りかぶって、突撃なさいました。

 風融帯ウインドメルティックカーテンで地面に押さえつけました。お靴が汚れてしまいましたので、そのお背中を踏みつけて汚れを落としました。


「……!」


 風の流れの中を踏み越えてゆきます。ああ、まだまだ力がたぎっております。


「あなた、お鼻が利くでしょう。わたくしの相手を探して連れてきなさい」

「くぁぁ」


 灰黒狐はきょとんとした瞳でわたくしを見上げました。しゃがんでごわごわした背中を押しますと、弾かれたように駆け出しました。

 思考が溢れます。


 先ほどのかたたちは脆かったですわ。

 指揮官さまを倒せば農民や市民から徴用された兵隊さまは烏合の衆となりますが、それをするまでもなく全員倒せてしまいました。

 いったいどんなお力がわたくしの内部に沸き上がっているのか存じませんが、わたくしには及びもつかぬ上位存在が、力をお与えくださったのでしょうか。


 いいえ、そんなものはありませんわ。存在するとしてもわたくしの傲慢な解釈を当てはめていいはずがありません。直接手を貸してくださるならわたくしはもっと幸せに暮らせたでしょうし、世の中の貧しいかたも救われているはずです。

 

 万人が救われないのでしたら、それはたいそう悲しいではありませんか。

 ただのわたくしの想像の産物、このあふれる力は白日の下に敵を晒て光の力で不正と暴力と理不尽をさらに上回る破壊と暴力で浄化して破壊して粒子のごとく分解して透明にせよと頭のなかで内圧があふれかえっております。


「はぁぁ……心が痛いですわ……」


 ドクン──ドクン──としんが高まり、ふしだらな歓びまで感じます。

 はじけ飛んだ兵隊さま、無様な死体、騎士さまを足蹴にしたうえで窒息死させた愉快さ。ああ、もっともっと、敵を倒したいですわ。



 葛藤している間に、灰黒狐が戻ってまいりました。口元に火の消えた松明を咥えております。そのうしろから、兵隊さまたちが15人ほど追いかけていらっしゃいました。


「手ごろな相手を見つけましたのね」


 足にすり寄ってきましたので撫でました。まだ距離がありますのに、お声が聞こえます。


「おい、あそこにひとりいやがるぞ」

「分隊をやったやつらだ。俺の弓でぶっ殺してやる」


 せっかくですので、よく見えるようにして差し上げましょう。


灯火グロウ

「光りだしたぞ」

「影になってくっきり見える。あいつ馬鹿かよ」


 ええ。今は愚かな行為をしたくてたまりませんの。矢が放たれましたわ。弧を描いてお空を飛んで、落ちてくる矢の形がくっきりと見えました。


「んっ……!」


 捕まえましたわ! とめられると確信がありました。そのまま地面に落とすとカラリと頼りない音が聞こえました。


「掴んだぞ!?」

「信じらんねぇ」

「止まるな! ゆかんか!」


 分隊長さまが発破をかけていらっしゃいますが、みなさま武器を構えて固まったままですの。


「ごきげんよう」

「おっ、おとなしく縛に就けっ!」

「お断りいたしますわ」

「がっ」


 困惑なされたご表情のまま、頭の半分がなくなった兵隊さまが倒れました。ほかのかたも四方から飛んでくる石礫砕ロッククラッシャーにあたり、金属音があちらこちらで響きます。

 真正面以外からも発生させられるか試しましたが、出現範囲を拡大すれば力の消費は大きいですが、問題なく発射できました。耐性を付与エンチャントしていなければ有効な攻撃ですわ。


 どこにどなたがいらっしゃるのか、どうしてか見なくても理解できます。

 足元で石礫砕ロッククラッシャーを発生させたり、背中を狙ったり、別角度からわき腹に打ち込んだり、精霊魔法の力が許す限り飛び交う石礫が兵隊さまをうがってゆきます。


 局地的な戦場跡のごとき死体と血のあふれた空間ができましたの。

 皆さま倒れ伏し、うめき声だけが聞こえます。


「……くっぐふぅぅぅ」


 まあ、まだ生きていらっしゃるかたが青い液体の入った瓶を、震える手で空けようとなさっております。これは緊急治療薬ですわ。これから必要になるかもしれませんし、お借りしましょう。


「かえ、せ……」

「かわりにこちらをどうぞ」


 石礫が頭にあたり殻の割れる音がいたしました。不思議な背徳感があります。

 人生を奪ってしまった後ろめたさと申しますか、これまでこのかたがたが生きてきた年月を無に帰す行為でしか得られない喜びを感じます。


 このように破裂して、灯火グロウで見えてはいけない内部まで照らし出されて、残酷さの中に美を感じます。


 これはわたくしが行った行為であると実感しているから感じ入るものがあるのでしょう。ほかのかたがこのような惨状を作り出したと仮定しますと、おそらくわたくしは残酷だと非難するかもしれません。

 ですがわたくしが作り出したのでしたら、死の瞬間は美しいですし、抜け殻が散らばっている寂寥感もおだやかな悲しみが漂っております。


 もっと、もっとと子供のように死を振りまきたいです。


「くぁん!」


 そうです。灰黒狐はわたくしの望み通り、再び走り出して、再び兵隊さまを釣りだしてきてくれました。

 炎の槍ファイアランスは武器ごと手を破壊して、兵隊さまを3人貫通しました。伝説の串刺し公のように、わたくしは槍を投げ、兵隊さまを地面に縫い留め、魔法抵抗も、防御スキルももたない生身の低レベルな肉体を刺殺いたしました。

 楽しいですわ! 楽しいですわ!

 

「むぶぎっ」


 地面に倒れこまれた兵隊さまは、潰れたお声を出されました。

 そのまま槍をグリグリと動かしますと、びくりと痙攣して静かになりましたの。

 みなさまお亡くなりになってしまわれました。わずかに香る焼き肉のようなにおいが、延焼する燃える樹木の香りに混ざっております。


 この死体はどなたが片づけますの? 魔物が寄ってきては大変ですから、やはり駐屯地のかたがたがおかたずけになるのが道理ですわ。

 なにをしていらっしゃるのかしら。はやくおいでなさい。


「……」


 深呼吸いたしました。浮かされたような熱が引いてゆきました。 

 わたくし、やりすぎですわ。


 心に広がった衝動を深呼吸して抑え込みました。

 普通ではありません。

 無邪気で残酷な行為に喜ぶ子供のような喜びが、広がって、広がりすぎて、逆に冷静になりましたの。


 危なかったですわ。このような衝動に身を任せては、命がいくつあっても足りません。

 哀悼の意を表しつつ、せめて死体を隠しましょう。

 足をもって下半身を引きずり、同じかたの腕を持って上半身を引きずりました。


 野火のそばに死体の小山を作ります。使えそうな装備はいただいておきましょう。とくに指揮官さまの蔦カズラの装飾が入ったプレートアーマーは、換金に使えそうです。

 大きく成長した貝と同じで、中身よりも外側に価値があります。いえ、大きすぎて運べませんわ。


 積みあがった死体の山を、土の膿ソイルパスの魔法で穴の中に落とし込み、松明用の油を注ぎ込みました。

 そのまま火を投げ入れます。

 火柱があがりました。火の粉が空に舞い散って、穴のなかで盛大に燃え広がります。

 精霊さま、つたない生贄ですがお受け取りくださいませ。


(もっとやれ! もっとやれ! まだ足りない! もっとつみあげろ!)


「熱いですわ!」


 飛び散った炎のかけらがわたくしの手の甲を焦がしました。


「うう、うぅぅぅ、んぅぅぅぅ……」


 勝手に声が漏れます。また力が湧いてきます。

 呼吸が荒くなり、指先がむずむずいたします。

 ぞわぞわと落ち着かない感覚が、心をいっぱいにします。居ても立っても居られません。

 どこかで衝動を解消しないと、破裂しそうです。この現象は何ですの?


「すぅー、はぁー、すぅー、はぁー……おちつきなさい。落ち着きなさいわたくし。形而上学的なお力を胸の中に押し込めて、い、いのりのをささげれば……」


 お胸の前で両手を組んで、平穏を祈ります。

 身体から燃え立つ衝動を内側に抑え、精神を研ぎ澄ます修行と同じ方法で、力を心の内側に閉じ込めてゆきます。


 これは生存するために、痛みを無視して身体を動かしたときに覚えた技法です。衝動をもうひとつの自我の膜で覆い隠して、冷静な自分の心だけを動かすテクニックです。


 冷静な場所にいるわたくしを作り出して、思考を妨げる肉体的な情動を封印しますの。

 熱が内側に閉じ込められました。表面だけ固まった溶岩のように、熱さを閉じ込めます。


「……フッ」


 10分の集中で、衝動の封鎖が完成しました。

 熱を意識で分解して、頭の中に作り出した小部屋に閉じ込める瞑想を繰り返しましたの。

 暴走は収まり、かろうじて制御できる熱だけが、胸のうちでくすぶっておりました。


 冷静になったわたくしは、燃えさしが飛んでつけたやけどの跡をさすります。お死にになった後のほうがダメージを与えてくるなんて、執念深さを感じて素敵ですわ。

 灰黒狐が戻ってまいりました。燃え盛る炎穴を大きく迂回して、わたくしの足元に寄ってきます。


「ごくろうさま。うまくいきましたわ」

「くぁぁ……」

「夜更かし用のお酒を少々いただきましょう」


 粗製ワインの入った酒瓶を傾けました。コルクを抜き、木のマグカップに注いで、一口いただきます。薄いですが荒っぽいアルコールの味が口に広がりました。


「くぁあ! くぁあ!」

「うるさいですわね……どうぞ」


 広めのお皿にワインを注いで差し上げますと、歓喜の声をあげて灰黒狐がのんでおります。わたくしは腰を下ろし、死体坑から立ち上る炎を眺めて、残りのお酒をいただきます。


 気分がいいときのわたくしと、冷静でいるわたくしは、はたして同じなのでしょうか。ああ、衝動にかられた自分を止められませんの。恐ろしいですわ。

 ですが精霊さまに供物をささげられましたので、よしといたしましょう。


 この場所は、ミンワンシン市と駐屯地の中間あたりの場所です。

 この場所で待ち伏せし続ければ、追跡隊を排除し続けられて、そのうえいずれ駐屯地から持ち出される武具の馬車も襲えるかもしれませんが……いえ、やはりだめですわ。


 武具を移送するときに、全てを引き払って輸送する可能性もあります。やはり今は確実にある駐屯地に襲撃をかけるべきですわ。

 わたくしの武具を盗んだ痴れ者どもに、ご挨拶に参りましょう。 




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