第23話 わたくしは強盗ではありません
夜通し歩き続けて真夜中のころ、ミンワンシン市の近くまでたどり着きました。
まだ門が開く時間ではありませんが、すでに連絡を受けたのか兵隊さまたちが行き来しております。
わたくしたちは市壁を迂回して北の街道に出ました。
このまま都市を迂回して街道を北上し、ベイジーシン市に向かう予定です。
お水や食料が不足しておりますが、皆様と相談した結果、道中に点在する村々から分けていただく算段になりました。
さっそく市から1kmほど離れた場所にある一軒家におじゃましました。10人は住めそうなレンガ造りの2階建て住居ですわ。
(ほんとうにやるのですぅ?)
(ええ、ただお借りするだけですわ。情勢が解決しましたら、あらためてお礼をしにまいりましょう)
(あ、あの、これ強盗じゃないですか?)
(ベルナールさま。敵から奪う行為は強盗と呼びません。攻撃ですわ)
(でも、あの、かわいそうです……)
(まあ、面白い発想ですこと。ベルナールさまは領主なのですから、本来ならば敵の住人は皆殺しにして、家は焼き払います。それに比べてわたくしたちの行いは慈悲にあふれておりますの)
(で、でも、農民さんたちは、か、関係ないと思います……)
(このかたたちは、わたくしたちの装備を奪った軍を支える、いわば敵の財産です。攻撃は許されますわ)
(……)
(しゃべりすぎですよぉ。どっちにしても借りないと長旅には耐えられません。それにベルナール、目的を達成する前に挫折するなんて、フィリーエリさまは絶対にお許しにならりません。よーく覚えておけですぅ)
(わ、わ、わかりました……)
ベルナールさまとライゼさまは正面玄関から、わたくしとメルクルディさまともう1匹は裏口に回りました。
表から扉をノックする音が聞こえてまいります。しばらくすると内部で動く気配がして、足音がひとつ遠ざかってゆきました。玄関からお声が聞こえてきます。
「誰だ!」
「た、旅のものです。こんな時間にすみません。ど、どうか明るくなるまで置いてもらえませんか?」
「帰れ!」
「お、おねがいします」
「うちにそんな余裕はない! 帰れ! 帰れ!」
足音がこちらに戻ってきて角を曲がり、家の中は静まりました。
ベルナールさまが再びノックする音が聞こえます。ベルナールさまには拒絶されても絶対に諦めずに、お願いし続けるようお頼みしております。
ノックの音が響き続け、苛立った足音が玄関に向かってゆきました。
「帰れと言っているだろうが!」
「あの、一晩だけお願いします。な、何でもします」
「ぶん殴られてえんだな! やってやらぁ!」
扉の閂を外す音と、重そうな扉の開閉音が聞こえます。第一関門は突破ですわ。
「なんだぁ? 女とガキか。うちは乞食を家に入れねえんだ。失せやがれ」
「そ、そこをなんとか……」
「うるせえんだよ──がっ」
重いものが床に倒れる音がしました。ただならぬ音に住人が起き始めたのか、騒音が増えてゆきます。
「うるさいねぇ、夜中に何をやってんだい」
「おい、灯りをもってこい。どうもへんだぞ」
「あんたなにやってんだ! 殺したのか!?」
「ひ、一晩泊めてもらえませんか?」
「何言ってんだい。あんた、兵隊さんを呼んでおくれ!」
ドタドタと足音が近づいてきました。裏口の向こう側に人がいらして、ドアを開こうとしております。ガタリと閂が外れ、明るい廊下が見え、チュニックを着た背の低い男のかたと目が合いました。
「だっ、どっ」
「
意味のある言葉をおっしゃるまえに、呆然の魔法に捕らわれ、お静かになりました。
手を引っ張って、裏口の外に立たせておきます。
手に持っていたランプはお借りしました。
中に入ると、薄暗い廊下が続いております。よその人の家のにおいがしますわ。
1階では使用人を含めて6人の人間を無力化いたしました。2階の寝室には、子供たちが部屋のすみに固まり、おびえた目でわたくしを見つめておりました。
「みなさま1階に集まっております。おとなしくおいでなさい」
「ねえちゃんだれ?」
「こわいよう」
「さ、お父さまやお母さまがお呼びです。お急ぎにならないと、二度と会えないかもしれませんわ」
「うん」
一番幼い子が手を出しましたので、つかんで歩き出します。やわらかくて暖かい手ですわ。おねむでさらに体温があがっております。
1階では食堂の一角にこの家のかたが全員集められておりました。皆さま座り込んで、わたくしをおびえた目で見ております。子供たちはご両親のそばに走って、抱き着きました。
「2階は子供だけでしたの」
「他の部屋を見たけど人はいなかったですぅ」
「他に何か変わった出来事はありまして?」
「と、とくにありません……」
「たのむ殺さないでくれぇ」
一番のご老人が大粒の汗を浮かべて、消え入りそうなお声でそうおっしゃいました。そのお気持ちわかりますわ。
わたくしも他人のご気分次第で命を失うかもしれない状況は、何度か経験がありますが、喉が焼け付くような焦燥感にかられましたもの。大いに同情させていただきます。それはそれとして、旅の必需品をお借りしなくてはいけません。
「わたくしたちは強盗ではありません。ただ、ものをお借りしたいだけですの。品物をいただければ、きちんとお礼もいたします。ご理解いただけまして?」
「……ここには何もねえ」
「申し訳ございませんが、質問にだけお答えください。今夜は少々気がたっておりますので、言を左右なさると、会話よりも手早い方法を選ばざるを得ませんわ」
「……」
わたくしたちが人質を監視している間に、旅慣れたメルクルディさまが質問をして、必需品を家の中からお探しになりました。雨避けのマント、替えの靴、火種、乾燥したお肉、水袋といった品物を集められました。
「お酒はありまして? 疲れをいやすにはお酒が一番だと存じます」
「あったですぅ。これだけあればベイジーシン市までたどり着けると思いますぅ」
「……」
住人さまがわたくしたちにおびえつつ、理不尽に収奪される怒りを視線の奥に潜ませておりますわ。子供たちはもっとはっきりと、敵意を向けております。
わたくしは短剣を引き抜きました。
「それでは品物のお礼をしなくてはなりませんわ」
「──殺さないでくれよぉ!」
「お願いよぉああぁ神さま」
乱暴するつもりはありませんのに、もしかして、非道な行いを期待していらっしゃるのでしょうか。
そんな邪推をしてしまいましたが、お財布を取り出します。革ひもを斬って、中身の貨幣を広げました。
「相場が分かりかねますが、こちらをお受け取りください。品物のお礼ですわ」
お年寄りの手に、兵隊さまたちからいただいた金貨を乗せます。たくさん怖がらせてしまいましたので、お気持ちを静めるためにも、お金のほとんどをお渡ししました。
「こ、こりゃあ……」
お年寄りは目を白黒さなってます。金貨の小山を両手で受けて、呆然の魔法がかかっていらっしゃらないのに、呆けた表情をしていらっしゃいました。
「それではごきげんよう。魔法は半日で解けますわ」
「通報しないでくださいねぇ」
「ご、ご迷惑をおかけしました……」
そろって玄関から外に出ました。
「平和的に終わってよかったですわ」
「こ、こわかったです……」
「おかね、全部あげちゃいましたぁ?」
「ええ。口止め料になればと考えましたの。それよりも今は休まずに離れなければなりません」
「街道をゆくのは危険ですけど、離れすぎるのも危険ですぅ」
「魔物と戦うか追跡隊と戦うか、ですわね」
どちらもご勘弁願いたいですわ。あら? ライゼさまが袖を引っ張られております。そちらをみますと、何かをおっしゃいかけて唇をちいさく動かしていらっしゃいます。どうなさったのかしら?
「何か妙案がありますの?」
「……かる」
「?」
首をかしげて先を促します。ゆっくりしている場合ではありませんが、急かすとせっかく紡がれた言葉が失われてしまいます。ライゼさまはご自分のお耳を指さされました
「わ、かる……おと……」
わかる? この場合のわかるは「理解」ではなく「聞こえる」でしょう。では何が聞こえるか? それは敵の立てる音ですわ。
「わたくしたち以外のどなたかが、近づいてきたらおわかりになるのでして?」
「……」
ライゼさまはわずかに微笑みを浮かべて、静かに頷きました。さすがは兎の獣人ですわね。素晴らしいお耳ですの。
「かなり遠くの音でも聞こえますの?」
「……」
「それでしたら街道をゆきましょう。追手がいらしたら街道を外れて隠れましょう。それでも見つかってしまうのでしたら、少なくとも先手は取れますわ」
「はいですぅ」
「は、はい……」
「……くぁ」
朝になりかけの薄暗い街道は、昆虫の声や、得体のしれない鳥の羽ばたき音、吠え越え、魔物の足音など、お昼とあまり変わらないくらいにぎやかです。わたくしは眠気でぐったりとした灰黒狐を抱えました。
民家で少し立ち止まったおかげで体力が戻りました。
ベルナールさまは少々お辛そうですが、他のおふたりは昼間と何らお変わりない足取りで、石畳のうえを歩いております。
これからさき、何日も歩き続けて、無事に都市まで戻れるのでしょうか?
戻ったとしても、間違った情報が先に届いて、犯罪者扱いされるかもしれません。
裁判を受けられるのでしたら、無実が証明できる可能性が高いですわ。
世の中には相手が嘘をついているか判別できる魔法なんてありますもの。そのうえで司法機関がわたくしたちを無罪とするメリットがあれば、ですが……。
すでに何人も殺してしまっておりますし、裁判の結果によって領主間の紛争が起こりかねないと判断されましたら、単なる事実が正義として扱われるとは考えられません。
その場合、わたくしは切り捨てられる存在です。また邪魔者扱いですわ! また邪魔者扱いですわ!
ああ、こちらに来ても、逃げてばかりですわね。たくさん仲間ができてうれしいですが、その数倍の勢いで敵が増えている気がいたします。
わたくしはただ当たり前に力をつけて、あたりまえに復讐をして貴族の義務を果たしたいだけですのに。
足音が響いております。ただ歩いているだけですと、内省的になってしまいますわ。
考えすぎるとよくない方向に思考が進んでしまいます。
なぜ生きているのか、何のために生きているのか、生きる意味はあるのかといった無意味で臆病な考えをしてしまいます。
うう、お酒が飲みたいですわ。無力さを忘れたいです。お腹が熱くなるような強いお酒でのどを潤して、この怯懦な考えを、打ち消してしまいたいです。
精霊さま……無意味な思考に捕らわれたわたくしをお導きください。
(闇に
(戦ってぜーんぶ倒せ! 光の加護は無敵だ! 敵を攻めるいっぱいの力を与えてやる!)
また幻聴ですわ。安全な場所に逃げ込みたい心と、いまこそ攻め入る機会だと挑戦する心がせめぎ合っております。
攻める? 思いつきもしなかった考えですの。
たしかに探索に出ている今なら、駐屯地の人数は減っている道理です。今から引き返して、奪われた装備を取り戻したい欲望がわいてきました。
失敗しても、死ぬだけですわ。まあ、だめですわ。わたくし以外の命が失われるのは問題ですわ。一人でしなければいけません。
まあ、何でしょうか? 頭の中に暖かい波のような感覚があります。全身がぽかぽかと暖かくなり、闇のなかで指先までくっきりと輪郭が見えます。
地面についた足が、重く偉大な生き物の背中に乗っているような、巨大なものの一部になったような安定感があります。
土の下に埋もれた巨木の根とつながった感覚です。偉大な力が流れ込んで、わたくしの身体が爆発しそうな圧力でいっぱいになりました。
(行け行け行け行け行け!)
ひどい幻聴ですわ。
居ても立っても居られない気分です。破壊衝動が無限に湧いてきます。
「……」
あら? ライゼさまが隣にいらして、心配そうにマントをつかんでおります。わたくしは深呼吸しました。いまだに鼓動は高鳴り続けております。
「ハァ……ハァ……どうなさいました? まさか、追手ですの?」
こくりと頷いて、まだ闇だけが見える背後の街道を指さします。
「大人数でして?」
ライゼさまは首をかしげて、悲しげに眉をひそめられました。そこまでは正確に判別できないのでしょう。
ああ、身体が戦いを求めておりますが、今は我慢の時です。わたくしの身勝手に、仲間を巻き込めません。
「それでは街道をはずれて、あちらの森まで移動しましょう。戦うにしても、先に見つかっては不利ですもの」
「良いと思いますぅ。相手が騎馬なら森の中まで追いかけてこないですぅ」
街道の東に見える森までは、1キロもありませんでした。外周部にたどり着いたときには、街道を連なる灯りの列と、石を踏む蹄鉄の音が聞こえました。わたくしたちはしゃがんで地形と同化します。
通り過ぎる騎兵の数は20騎を超えていらっしゃいます。あれと戦わなくてよかったですわ。
わたくしはマントの前をあけました。ごわごわした毛並みが太ももにあたって痛いですわ。
装備を奪われた際、チュニックだけは残していただけて良かったですが、丈が短くこうもお肌が露出していては、こすれてしまいます。
「森に沿って北に進みますぅ?」
「追手のお姿が消えるまでは、森のなかで交代で仮眠をお取りください。私はその間に引き返して、駐屯地を襲ってまいります」
「ええっ、も、もどるのですかぁ!? 命知らずにもほどがありますぅ!?」
「追跡隊を出していらっしゃるので、手薄だと存じます。騒ぎを起こせばメルクルディさまたちが逃げられる確率も上がりますわ」
「そんなの絶対に認められないですぅ! 行くなら私もついてゆきますぅ!」
「あ、あの、もし手薄じゃなかったら、死んじゃいます……」
「……やめて」
三者三葉のご表情で、わたくしを見られております。制止と困惑成分が多いですわね。
力が渦巻いて我慢できません。今すぐ走り出したいですわ。
「わたくしの心の声が、敵を倒せと言っております。もし失敗いたしましても、混乱が起これば、みなさまは逃げやすくなりますわ。どうかお認めください」
「やめてくださいですぅ!」
「そ、そうです……無茶苦茶です」
ライゼさままで首を横に振っていらっしゃいますわ。頭の動きにあわせて垂れ耳が動いております。その毛並みの動きまでくっきりと見えました。
「パーティーのリーダーはわたくしですわ。そのわたくしの命令を聞けないのでしたら、ここで解散ですわね」
「アテンノルンさま」
「どうかお聞き分けください。わたくしが破裂する前に、どうかお認めください」
「……わかりましたぁ」
「戦果をご期待くださいませ!」
強引に押し切りました。
走り出しますと、力を発散する爽快感さえ感じます。
後ろは振り返りませんでしたが、灰黒狐が追いかけてくる音だけが聞こえました。この子はいつまでもついてきますわ。
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