第20話 税率がおかしいですわ
緑の大地にしがみつくような黄土色の分厚い城壁が、都市を囲んでおります。
監視塔には兵が配置されて、街道を見張っております。
ミンワンシン市門をくぐったときも、妙に殺気立った守衛さまの視線を感じましたの。まるで開戦前の宿営地にいるような雰囲気ですわ。
わたくしたちは宿を取りますと、時間も時間でしたので、翌日まで休憩しました。
ひさしぶりにお風呂に入り、ベッドで寝ますと疲れが取れますわ。
翌朝には体力が全快しておりましたので、装備を探しに凶暴の平原へ向かいます。
道中、妙に軍属のかたや、荷役、苦力とすれ違いましたが、半面、冒険者とみられるお姿のかたはほとんど見かけませんでした。
「不人気なダンジョンですの?」
「そうでもないと思いますけど、不思議ですぅ」
わたくしたちは4人と1匹で連れだって向かいましたが、途中、木作で囲まれた駐屯地を発見いたしました。天幕がいくつも立ち並び、荷馬車が行き来しております。
「おーい、こっちだ」
兵隊さまが手を振ってわたくしたちを呼びます。無視しては差し障りがありそうですので、駐屯地らしき場所に入りました。
入り口近くの天幕に案内されます。なかでは長テーブルがいくつもあり、書類仕事をなさっている書記官らしきかたが何人もおりました。
土と草とインクのにおいが立ち込めております。
「あそこだ」
「はい」
わけもわからず、案内されるがままに、テーブルの一つにわたくしたちは並びました。書記官さまのおひとりが、面倒そうに顔をあげ、わたくしたちをねめつけます。
「凶暴の平原は現在ミンワンシン市名代のラー閣下の管理下に置かれている。滞在期間に応じてカネを支払え。それと戦利品の半分は納めてもらう。わかったな」
滞在費用を支払って、戦利品の半分を召し上げられるそうです。お言葉は理解できますが、理由は理解できませんわね。
「理由をお聞きしてもよろしくて?」
「ああ? ……チアン伯は装備調達を早急の目標に掲げられた。命令を受けたラー閣下が名代として軍を動員し、この場所で収集に当たられておる。本来ならば冒険者の如きは立ち入り禁止だが、慈悲深きラー閣下はカネを払えばこの場所を使ってもよいと慈悲深き判断を下されたのだ」
もう少々わかりやすいお言葉で説明いただきたいですが、装備を調達するために、ここに軍を置いて狩りをしており、冒険者は邪魔だが、協力するなら許してやる、とおっしゃっています。
「それはありがたいお話ですこと」
「ひとりにつき1日金貨5枚だ。狩りに行くならさっさと払え」
安くはないお値段ですわね。支払う前にもうひとつ質問があります。
「戦利品がひとつだけだった場合はどうなりますの?」
「端数は切り上げで税として支払ってもらう。戦利品がひとつだけならそれを、3つならば2つが税となる」
「なかなか法外ですわ。お渡しする武具はわたくしたちが選べますわよね?」
「ひとつはこちらが最優先で選ぶ、あとは貴様らが選ぶがよい」
「なかなか法外ですわね」
「文句の多いやつだな。それから、5日以上の滞在はやめろ。おまえらはレベル30もなさそうだが、平原が覚えると困るからな」
「覚える、ですの?」
「だから最長で5日だ。わかったな」
「覚えるとどうなりますの? ちなみにわたくしたちはレベル30を越えておりますわ」
正確には、わたくしとメルクルディさまが、ですが。
「なんだと。そうは見えないが……だったら、なおさら期日厳守だ。あまりつよい敵が出られると困るからな。さっさとカネを払うか、ここから出ていけ」
わたくしは全員の分をお払いします。動物は料金に含まれませんでしたわ。結局質問には答えていただけませんでした。
「平原が覚えるとはどういった意味ですの?」
「たぶんですけどぉ、ニンゲンモドキが戦っている相手をコピーするのだと思いますぅ」
「まあ! それでしたら5日以上戦いますと、わたくしやメルクルディさまのコピーが拝見できますのね」
「はいですぅ」
「興味深いお話ですが、恐ろしくもありますわね。自分が増えるってどんな感覚なのかしら」
「見ればわかりますけど、人間じゃないですぅ。ただ襲い掛かってくるだけですぅ」
「思考まではコピーできませんのね」
宿営地を抜けて凶暴の平原に入ります。くすんだ緑色の大地は、木が10本程度集まった小さな森がところどころにあり、高い草が風に揺れております。
待ち伏せする場所がたくさんある印象を受けますわ。
「ここで迷ったら帰れなくなるですぅ。なのでこれを使いますぅ」
メルクルディさまは手のひらサイズの透明な球体を取り出しました。中には太陽の光を抽象化したような、針のたくさん生えたオブジェが浮かんでおりました。
「魔法の道標ですぅ。指定した位置を赤い針がさしてくれますぅ。こうやって座標針を埋めて……完成ですぅ。これで迷っても、道標がこの場所を示してくれますぅ」
「便利ですこと」
「でもばらばらにはぐれたら探せないですから、気を付けてください」
「わかりましたわ」
「き、気を付けます」
「……」
「くぁん」
宿営地の周囲には、兵隊さまたちの姿をお見掛けします。3列に並んだ20人ほどの集団が、凶暴の平原の奥に向けて行進してゆきます。半分は戦闘員、もう半分はロバを連れた荷物持ちですわね。
わたくしたちは集団と別方向に進みました。
地面は柔らかく、草を踏みつける感覚に足を取られます。生き物の皮膚の上を歩いているようですわ。
ほどなくして、低木の陰から、小集団があらわれました。
茶色いぼろ布をまとい、槍を持った8人ほどの人間が、ぱらぱらとわたくしたちに向かってきます。
お肌が灰色で軽装備です。
反乱を起こした農民に似ておりますわ。勢いに任せて愚直に突撃してくるお姿もそっくりです。
「あれがニンゲンモドキですの。確かに姿形は似ております」
「た、倒します!」
ベルナールさまは意気込んでいらっしゃいますわ。敵に向けて走り出しました。
ライゼさまも続きます。灰黒狐も黒い塊になって突進しました。
「急ぎ過ぎですぅ!」
メルクルディさまも棘付きのフレイルを振り上げて戦線に加わりました。みなさま血の気が多いですわ。わたくしも後に続きたいですが、今は援護に回りましょう。
「
相手の視界を虹色の光でぼやけさせる精霊魔法を、ニンゲンモドキに使いました。灰色すぎて目鼻や口は分かりませんが、感覚器が人間と同じならば有効でしょう。
魔物が困惑して、槍の穂先が定まらなくなりました。
もともと垂直方向に避ければ当たりませんが、視野を妨害されたニンゲンモドキは突撃速度もゆっくりになりました。
側面にまわりこんだベルナールさまが首を斬り落としました。散発的に向かってきますので、槍衾を構築される危険もなく、順番に倒されてゆきました。
最後の一匹は足元に噛みつかれた狐に動きを止められ、ライゼさまが胸板を突き刺して空に持ち上げると、絶命いたしました。
ニンゲンモドキの死体は、地下のダンジョンと同じように、溶けて地面に吸い込まれてゆきます。通常ならばここでその種族特有のドロップ品が残るのですが、ニンゲンモドキは代わりに持っていた装備を置いてゆきます。
「槍──ですわね」
穂先の錆びた木の槍が2本、枯れ枝のように転がっておりました。そばにはぼろ布のチュニックも1着あります。
「こんなにドロップするなんて珍しいですぅ」
「ですが、持って帰るには、あまりにも貧弱ですわね」
「置いていくのですか?」とベルナールさま。
「ええ。もっと良いものが拾えるまで、荷物を増やさないでおきましょう」
「はい。あの……」
「どうなさいました」
「槍を一本、拾ってもいいでしょうか。あの、その、投槍用につかってみたいです」
「ではどうぞ」
広い平原を歩きます。地平線の向こうには、青い空と太陽とふたつの月しか見えません。
襲ってくるニンゲンモドキは軽装で、直線的に突くか振り下ろすかだけのつたない技術の相手ばかりです。
強さ劣るライゼさまとベルナールさまにお任せして、わたくしとメルクルディさまはサポートに回りました。
囲まれそうになったら魔法で間引き、あるいは足止めして、致命的な怪我を避けます。
1時間も狩りますと、5,6人の集団ならば、おふたりで危なげなく倒せる動きになりました。やはり命がけの戦いで得られる経験は大きいですわね。
入り口から離れるにつれて、ニンゲンモドキの装備が重装化してゆきました。
布のチュニックと粗製武器だったのが、皮革製品で全身が覆われ、武器もまともな金属で鍛えられた剣や槍斧に変わります。
動きも単純ではなくなり、肉体の動きだけでは楽に倒せなくなりました。
ライゼさまは炎をまとった槍で相手を攻撃しております。戦士系のスキルでしょうか。穂先にまとわりついた炎で、拳ひとつ分程度の射程が伸びております。
槍そのものの切れ味が炎に宿り、刺された相手に延焼します。
ニンゲンモドキはいびつな感覚器をお持ちなのか、衣服が燃え始めても消そうとさえいたしません。
そのまま皮革に燃え広がり、致命的な火災になると、人間松明になったまま倒れます。
余興としてはリアリティがあって愉快ですが、お声も出さず、もがき苦しむでもなく、燃えさしの木が崩れ落ちるように、倒れて、燃えて、溶けて消えます。
演劇を楽しむ視点で見ますと、かなり落第点ですわね。
ただ現実があるだけで、そのままの素材をお出しされて鑑賞しているだけです。
もう少し無言劇の大げさな動きがあれば、さらに楽しめるでしょうに、残念ですわ。
ああ、戦闘が退屈すぎて、無関係な事ばかり考えてしまいます。ですが、精いっぱいお戦いになっている仲間のためにも、せめて周囲の警戒くらいは滞りなく行わなければいけません。
そういえば、軍のかたがたが近くにいらっしゃいますわね。300メートルほど離れた茂みで、ニンゲンモドキの集団を槍で囲んで刺殺しております。
きっと武器の消耗速度よりも、ドロップする速度がはやいのでしょう。軽装備のお相手でしたら、刃こぼれなども少ないでしょうし、わずかながら経験も積めますし、収支を考えると良いのでしょうね。
あら? 先頭の終わった兵隊さまたちが、わたくしたちに気が付きました。遠くてよく見えませんが、わたくしたちを指さして、お話をなさっておいでです。
せっかくですので、聞いてみましょう。
双方向ですのでこちらの音も聞こえてしまいますが、静かにして入れば盗聴可能です。
魔法を使い、風の精霊さまのお力を貸していただきます。離れた場所にいらっしゃる、兵隊さまたちの会話が聞こえて参りました。
「たいちょう! あっちに女が見えまーす。たぶんいい女です。なんとかお近づきになれないですか?」
「任務中だぞ。早く次を探せ」
「今倒したばっかりじゃないですか。朝から戦いっぱなしですし、動物にも水をやらなきゃいけません。少し休憩しましょうよ ぶっ続けだと無理が出ますよ。なあ、おまえもそう思うだろ」
「そうだ!」
「休ませてください」
「動けねえ」
「足がいてえよ」
「……くそっ、しょうがないな。しばらく休憩だ」
「やった! さっすがたいちょう! さっそく休憩してきまーす!」
「俺も行く」
「俺も」
「おまえらは来るんじゃねーよ! その顔じゃ絶対警戒されるだろ」
「うるせえ。お前だけ良い思いをさせるかよ」
「そうだそうだ。仲間の仁義を裏切るなよ」
「仁義ってなんだよ。そんなのあるの? まあいいか、行くぞ」
「おう!」
兵隊さまたちが歩き出したので、わたくしは魔法を切りました。
会話通り、わたくしたちに興味を持った兵隊さまたちがいらっしゃるお姿が見えます。
関わるメリットがあまり感じられませんが、こちらの戦闘もまだ終わっておりません。
2対3でライゼさまとベルナールさまが灰色の人影と切り結んでおりますし、メルクルディさまはそれをじっと凝視して、手助けが必要な場面をお待になっていらっしゃいます。
であるならば、戦闘を手早く終わらせて、この場から移動すべきですわ。
「メルクルディさま、兵隊さまがこちらに近づいてきます。無用なトラブルは避けたいので、手早く倒して移動いたしましょう」
「はいですぅ」
「あなたも加勢しなさい」
「くあぁ……」
「2匹を隔離します。メルクルディさまは残った1匹を」
わたくしのそばでいかにも主人を守る獣といったポーズで顎をそらしていた灰黒狐が、不満げなお声で鳴きます。さっさとお行きなさい。
わたくしも敵を片付けるために精霊魔法を唱えます。
「ライゼさま、ベルナールさま。お離れください!
ライゼさまに槍でけん制されていたニンゲンモドキの足元が、下がりました。一匹の足の裏を起点に2メートル周囲の地面が陥没し、高さ6メートルの穴ができました。
1秒ごとに1センチ高さが戻りますが、これで2匹はしばらく隔離されて戦闘に参加できません。
残った1匹に、3人と1匹の攻撃が集中し、お腹を刺され、腕を落とされ、脚を噛みつかれ、とどめに振るわれたメイスの一撃が、ニンゲンモドキの首を千切りました。
頭部がくるくると回転して宙を舞い100メートルは離れた場所に落ちました。
「ほら、ほら、
穴の下で壁を登ろうとしているニンゲンモドキに向かって、石の塊を撃ちこみます。昇るために上を向いたお顔に命中し、オープンフェイスの無防備な顔面に命中しました。
ただでさえ灰色で表情の読めないお顔が、砕けた石が混ざり合って、顔面を破壊されたストーンゴーレムのようになっておりますわ。
ニンゲンモドキたちは穴の底で倒れて溶けました。あとには黒色をした革のロングブーツが一揃いドロップします。
今までにない色合いで、何らかの魔法効果が期待できそうですが、すぐ近くにまで兵隊さまが来ております。
見逃して離れるのが惜しく感じてしまいました。
「いかないのですぅ?」
「うう、良さげなブーツが出ましたの」
「かっこいい色ですね」
「──ああ、もう間に合いませんわ。ベルナールさま、あちらをどうぞ。わたくしは来客のお相手をいたしますわ」
「えっ、あっ、はい!」
防具は初めに拾い上げたかたの体形に合いますので、ベルナールさまにお拾いいただくのが最適でしょう。ああ、兵隊さまがいらっしゃいました。どなたもわたくしと同じくらいの年齢ですわ。
「こんちはー、調子がよさそうじゃん」
「ごきげんよう」
頭を下げると兵隊さまは困惑したご表情をなされましたが、わたくしを見ますと、にんまりとお笑いになりました。
嫌な予感がいたします。
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