第19話 拷問ではなく訓練ですわ

  

 ミンワンシン市に到着する道中、魔物の襲撃を4回、野盗による襲撃を1回受けました。

平均して2日1回です。

5日目は一番ひどくて、午前に1回、午後に1回襲われました。


丁度縄張りをまたいで移動したのかもしれませんが、こんなにも襲われるのかと驚きましたわ。

幸い犠牲は出ませんでしたが、戦闘が初体験のベルナールさまは戸惑っておいででした。気おくれなさって攻撃タイミングが遅れていらっしゃいますし、攻撃も相手を気遣って致命傷を避けております。

 

 そのお気持ちわかりますわ。

 命を奪う行為は恐ろしいですもの。わたくしは解決策を存じておりましたので、初めて襲われた日の夜にベルナールさまと相談いたしました。


「失礼ですがベルナールさまは敵を傷つける行為を恐れておいでですわ」

「あ、あの……役立たずでごめんなさい……相手の痛みを想像したら、してはいけないって思っちゃって……あの、傷つけるくらいなら、自分が傷つけられたほうがいいって、考えてしまいました……」


「ベルナールさまはお優しいかたですわ。たいそう素敵なお人柄だと存じます」

「アテンノルンさま……!」

「でも、ベルナールさまが傷つかれては本末転倒ですわ。なれないうちはどなたでもそうなりますから、お気になさる必要はございません。僭越せんえつながら、わたくしが解決方法をお教えいたします」

「か、解決できるのですか?」

「ええ、簡単ですわ。さ、こちらに」


 わたくしはベルナールさまを伴って、野盗の生き残りが捕まっている馬車に向かいました。

 積み上げられた荷物のあいだに、3人の野盗さまが手足を縛られて押し込められております。


「どなたかお一人だけ、ベルナールさまが気に入ったお相手を、お選びください」

「な、なにをするのですか?」

「訓練に付き合っていただくだけです」

「で、でも……勝手に逃がしたら怒られませんか?」

「わたくしたちが捕まえた獲物ですから、どのような扱いをしても自由ですわ」


 ベルナールさまが指さした野盗をおひとり、馬車から引きずり出しました。重いですわ! 重いですわ! 

 そのまま隊商から離れた位置まで引きずって、地面に転がします。


 ベルナールさまがお選びになったのは、いかにも屈強そうな野盗でした。

 頬に傷があり、筋肉が盛り上がった野性味あふれる若い男のかたです。口枷を外しますと、そのかたはわたくしをキッとにらみました。


「てめえ、ただじゃ済まさねえぞ!」

「さあ、ベルナールさま。こちらのかたをわからせて差し上げて」

「わっ、わからせ……!?」

「そうです。さ、この短剣をお持ちになって、どちらでもお好きな場所にお刺しください」

「短剣、えっ……刺す……のですか?」


 ベルナールさまが不安そうにわたくしを見あげます。

 短剣を握った手を、所在なさげに動かし、わたくしと刃を交互に眺めておいでです。


「一度経験いたしますと、次からは躊躇しなくなりますわ。これは新兵訓練で実証されたやりかたですの」

「で、で、でも……ボクは……でっ、できません……」

「てめえら何を……ふざけんじゃねえ!」


 やはり初めては戸惑われますわね。

 ベルナールさまが震えていらっしゃいます。

 他人を気遣える優しさをお持ちのかたほど、その逆の行為には忌避を覚えますわ。


「ご安心ください。わたくしがお手伝いさせていただきます」

「で、でも殺すのは……で、で、できません……」

「それでは殺人はなしにいたしましょう。傷つけるだけで大丈夫ですわ。やりかたさえ覚えていただけましたら、ベルナールさまの精神的な壁が取り除かれますの。傷口はベルナールさまが癒して差し上げてください」

「そ、それなら……」


 それでもベルナールさまは躊躇なさっておいでです。わたくしはそっと指を重ねて、短剣をご一緒に握りました。柔らかいお指の感触です。


「アテンノルンさま……」

「さあ、最初は太ももを刺してみましょう」

「やめろ! 何考えてやがんだ! 離せ! やめろ!」


 イモムシのように地面で蠢く野盗のかたは、水揚げされたお魚のように暴れられました。


「うるさいですわね……土の手ソイルハンド

「うがああ!」


 地面からもりあがった黄土色の腕が、盗賊さまの四肢を捕まえました。お声はともかく、動きは大人しくなられましたので、ベルナールさまとご一緒にそばにかがみこみました。


「さあ、どうぞ」

「は、はい……」


 ごくりと喉を鳴らす音が聞こえました。

 短剣を持った震える手が、むき出しの太ももの皮膚をわずかにへこませております。


「やめっ……がああ!」


 やや強引に力を込めて短剣を動かし、刃を太ももに突き刺しました。

 ブツリと皮膚が破れ、にゅぶにゅぶと肉のあいだに刃が潜り込む感触が、ベルナールさまの指越しに伝わってまいりました。


 獣肉をさばく感触と変わりません。ただ、相手が人間で、感情が言葉でダイレクトに流れ込んできます。


「いてえ! いてええよ!」

「あ……わ……」


 ベルナールさまが指をお放しになろうとなさいましたので、そっと上から妨害します。さらに刃をこじって抜こうと力をお入れになりましたので、逆に深く刺さるように動かしてさしあげました。  赤い血が傷口からあふれて、皮膚に沿って垂れてゆきます。


「てんめえ……」

「ひぃ……」


 恨みのこもった視線が恐ろしいですわ。そのような目をなさるのでしたら、あなたが襲った被害者のかたにも、慈悲をかけてさしあげればよかったですの。


「ベルナールさま、これが敵ですわ。ベルナールさまを憎んで、殺したいとお考えになっている敵ですわ。まずはゆっくりと深呼吸をなさってください」

「すぅー……はあぁぁ……」

「この盗賊の視線には、殺意が乗っております。あいてを気遣う心などは皆無ですわ。ベルナールさまが相手にしている敵は、押しなべてこのようなやからです。ご同情なさっても相手には伝わりませんし、つけこまれるだけですの。こう短剣をひねりますと、ほら……」

「がああ! 殺してやる! 殺してやる!」


 野盗のかたの、怒りで真っ赤になった顔色と、憎悪で充血した視線が、わたくしを、そしてベルナールさまを射抜きます。

 痛みは怒りです。今、決して分かり合えない敵が発生しつつあると、ベルナールさまは生で体験していらっしゃいます。


 お気の毒ですが、面白いですわ。

 取り返しのつかない経験を教えて差し上げる喜びがあります。


「ベルナールさま、恐ろしいですの?」

「こ、こ、こわいです……き、きもちわるいです。ううっ……」

「あと少しだけの辛抱ですわ。これが終わりましたら、このかたを癒して差し上げましょう」

「は、はい……」

「ですがもっと体験が必要ですから、一旦引き抜いていただいて……つぎはここです」

「げっ」


 わたくしが主導して短剣を導き、おなかの真ん中を刺しました。

 太ももよりもあっさりと突き刺さった短剣は、はりつめた皮膚の内側にあるゆるゆるとした膜を破り、ぶよぶよとした内臓に達して、複雑な手ごたえを感じます。


「えげえ」

「あ……あわあ……」

 

 致命傷を与えてしまったベルナールさまのご表情はいかがでしょう。わたくし必死に真剣な表情を保ちながらうかがいます。


 まつげが涙で濡れていらっしゃいました。

 血の気の引いたお顔には、嫌悪と困惑とわずかな高揚感がブレンドされた絶妙な拒否感が浮かんでおいででした。


 わたくしと目が合いますと、すがるように目をぱちぱちとさせて、いいわけなさるようにわずかに首をお振りになりました。

 わたくしがゆっくりと頷きますと、ベルナールさまも頷かれて、探検を持つ手に力がこもります。

 ああ、素晴らしいですわ。

 

 切れ目の入った皮膚からはとめどなく赤い血があふれてきます。この液体の鮮やかさが、命をつかさどる肉体にあふれる色です。亡くなったかたの血は乾燥して黒くなってしまいますので、生きているうちだけ見れる色ですわ。


「やめろ……やめてくれ」

「ベルナールさま。よくご覧ください。敵意の次は懇願です。生命の危機を感じなさいますと、反抗心が消えて、あきらめや許しを求めるご表情が浮かびますの」

「わ……わ……わああ……」

「ですが騙されてはいけません。このかたはじっと復讐を狙っておいでです。この痛みを作り出したわたくしやベルナールさまに、怒りと憎しみをぶつけて血肉の袋に変えたいと考えておいでですの」

「そ、そんな……もう分かり合えないなんて……」

「ご安心ください。盗賊さまはたくさんいらっしゃいますわ」

「は、はい……」

「この……イカれ野郎ども……」


 うるさいですわね……。

 短剣をねじ回します、野盗のかたは血を吐いてせき込み、おしゃべりできなくなりました。げえげえと大量の息と血を吐き出すだけになりました。


「こんな……そんな……ボク、こんな……」

「おぞましい感触ですが、敵はこのような行為を躊躇なさらずに行いますの。ベルナールさまのお身体を傷なく保たれるためにも、敵を傷つけるお覚悟をお知りくださいませ」

「てき……敵……敵は敵だから傷つけても……いい。いいのですか?」


「もちろんですわ。この恐ろしい体験を乗り越えてこそ、ベルナールさまは一人前の冒険者に、ひいては村をお守りになる騎士になりますの。わたくしのためにも、どうかもう一突き、お願いいたします」

「……はい!」


 ベルナールさまの手に力がこもりました。刃が骨と肉を柔らかなスポンジケーキのように切断して、胸の奥まで入り込みました。


「ごぼぉ」


 野盗のかたは大きくのけぞって血を吐きました。そのまま動かなくなってしまわれました。

 絶命なさっては回復魔法で修復できませんわ。

 傷口が深すぎましたの。

 

 しばらくすると身体に残った最後の痙攣が始まってしまいましたの。

 仕方ありません。手を重ねたまま、ねっとりと汚れた短剣を引き抜きました。


「あ、あ、あの……う、ううう、もしかして、し、死……? 死んでいませんか?」

「ええ。命をお奪いになった感想はありまして?」

「ち、違うんです! ボ、ボクそんなつもりじゃ……!」

「このご経験を、ご記憶ください。ベルナールさまのかてになりますわ」

「ボクは……これは……」


 目尻から、涙がぽろぽろこぼれておいでです。

 お可哀想ですが、これで一人前ですわ。

 わたくしは死体に防アンデッド処置をほどこしますと、テントに戻りました。途中、不寝番のかたに野盗のひとりが亡くなったとお伝えしました。


 ロープをほどいてお逃げになったので追いかけて捕まえましたが、そのさいに受けた傷がもとで亡くなられた、と。


 不寝番のかたはにやにやとお笑いになって、楽しめたかい? とお声をかけられました。見透かされておりますわ。


「それではおやすみなさいませ」

「お、おやすみなさい……」


 ふらつくベルナールさまを見送って、テントに戻ります。

 今夜の経験を反芻はんすうしていただければ、きっと心構えが完成いたします。

 ああ、懐かしい感覚ですわ。


 わたくしがお父様に連れられて参加した邪教徒狩りを思い出しますの。

 あのときは新兵のかたの度胸付けに、捕虜を殺させておりました。


 幼いわたくしは殺人の迫力と、行為のおぞましさに目をそらしましたが、姉さまのひとりに顎をつかまれ、最後まで見届けさせられましたの。

 

 殺人を経験した新兵のかたは、そのあとの戦闘で躊躇なさらなくなりました。人間的、そして精神的にも成長を遂げられましたの。


 眠っているメルクルディさまのお隣に腰を下ろして、マントを毛布代わりにして目を閉じます。

 わたくしは黙っておりましたが、最後の瞬間、ベルナールさまはご自分で短剣を動かしておいででした。胸の方向に、埋もれた刃をお動かしなさったのは、間違いなくベルナールさまです。


「うふふ、ふふふふ」

「んぅ……アテンノルンさまぁ……?」

「何でもありませんわ。おやすみください」


 お身体を包んだマントを軽くなでますと、メルクルディさまは薄く微笑んでお眠りになりました。

 わたくしは、しばらく笑いの衝動をこらえました。


 野盗を勝手に始末したとお伝えしたとき、メルクルディさまはどんなご表情をなさるでしょうか? 幻滅なさるかそれとも見下されるか。

 

 わたくし嫌われたくありませんのに、嫌われるような行為をさらけ出したい願望が沸き上がってきました。

 これはおそらく高ぶった感情を鎮めるための破滅願望ですわ。メルクルディさまの幻滅した視線を想像して、興奮を静めているのです。


 次の日からベルナールさまは戦闘に気後れなさらず、勇猛に戦われました。

 たったおひとりの経験で、ここまでお替わりになるなんて、実地訓練の効果は絶大ですわ。

 それでもむやみに傷つけずに、命を大切にするお姿は、とても尊さを覚えました。


   ###


 8日目の夜、わたくしたちが頻繁に襲われる理由が判明いたしました。

 平原の地面から突然持ち上がった長大な百足コロッサルセンチピードが、一台の馬車を横倒しにしました。


 大きな樽が馬車から転がり落ちて、蜜に漬かった巨大ガエルの脚が地面にまき散らされました。

 熟成しきった果実のような甘い香りが周囲に漂います。馬車の主は悲鳴を上げ、なんとかしてくれと叫びました。


 長大な百足コロッサルセンチピードは刃を身体に受けているにもかかわらず、琥珀色にとろけた両生類肉に殻をふるわせて殺到しました。


 虫に感情があるとは存じませんでしたが、ムカデが身体をしゃらしゃらと揺らしながら、頭をもちあげ脚を咥え、嬉しそうに肉を飲み込む姿は、確かに歓喜の情動の存在を感じさせましたの。

 

 その直後、頭の赤い殻は、ライゼさまの槍に下から突き刺されて、砕かれてしまいましたが。

 

 このカエルの脚が、度重なる魔物の襲撃を呼び寄せていた正体でした。なんでも魔物をおびき寄せる狩りの罠に使うのだとか。ベイジーシン市にある抉顔窟の迷宮にいる爆弾蛙ボマーフロッグが素材だそうです。


 南のミンワンシン市では需要が急増しているため、何も告げずに荷物に入れたと商人さまはおっしゃいました。護衛の追加料金を惜しまれましたわね。


 商人のかたは台無しになった商品を嘆き、護衛を果たせていないとわたくしたちをなじりました。そもそもわたくしたちはただの客で、護衛ではないと説明いたしますと、一転して頭を下げて謝っておいででした。


 商人さまは怒涛の勢いでつるし上げられ、気落ちなさっておいででしたので、かわりにムカデの死体を差し上げたところ、ひきつった笑いを浮かべておいででした。野生のムカデはダンジョンと違い、血抜きや解体が手間ですものね。


 糾弾を受けて放心状態になられた商人さまを、ベルナールさまが手を取って励まし、宗教に勧誘なさっておいででした。

 たくましいですわ。

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