第21話 みぐるみを剥がされましたの


「こんなかわいい子は初めて見たかもしんねえ。もしかして女神? 地上に女神が降臨したの?」

「さあ、わたくしにはわかりかねますわ。何のご用ですの?」

「ですのって……貴族みたいな喋りかたするじゃん。ちょっとうちらの部隊に遊びに来てよ? みんないいやつらばかりだから、あなたみたいな美人に来てくれたらやる気が上がるんで、ハイ決まり!」


「機会がございましたら、うかがわせていただきますわ」


「あーそうだよな。やっぱ初対面だから、お願いするのは失礼だよな」

「わたくしたちにも急ぐ事情がありますの。申し訳ございません」

「そういわずに少しだけ、少しだけでいいから! お願いします! なんでもいうこと聞きますから! なんでも命令していいすから! 仲間のために顔を見せてください!」


 かなり食い下がってくるかたですわね……。

 しかもこのなりふり構わない姿勢、もしこのかたが地位や権力を持っていらしたら、断れるかたは少ないでしょうね。

 ただの一兵卒でよかったですわ。


「わたくしにはわかりかねます」

「じゃあ5分だけ。いや、時間はいいから、うちのロバを1匹使ってよ。夜中には返してくれればいいから、返すときに挨拶してもう一回だけ会ってよ」

「ろ、ろば?」

「かわいいやつなんだ。荷物を運ぶときロバの背中に乗せたら、たくさん運べて疲れないし、あなたたちもかわいいし、かわいい上に強い冒険者だから、絶対必要になるよ」

「そうですの?」

「あの、アテンノルンさま? 動物なんていなくても私のカバンに──」

「あー! 休憩が終わりそうなので、いますぐ持ってこさせるから! おいおまえ、ちょっとロバを一頭持ってこい。全速力でだぞ」


「勝手に決めていいのかぁ? たいちょうになんか言われねえか?」

「知らねえ。てかつよい冒険者と知り合いになったほうがあとあと喜ばれるだろ。それによ、このひとたちはドロップ運もよさそうし、協力しとけばたいちょーに良い印象になるって」

「なんで隊長がよく思うんだ?」


「ばっかおまえ装備たくさん手に入ったら伯爵さまが喜ぶだろうが。それに協力した俺たちの評判も上がるだろ」

「そうか、すぐ呼んでくる」

「よし! もう少し待っててよ。あいつノロマだけど、ここぞという場面では頼りになりからまかせてよ。ところで名前を教はなんていうの?」

「……アテンノルンですわ」

「いい名前だねー。響きもいい。おれはランク。よろしく」


 そのあともランクと名乗った兵卒のかたは延々と話し続けておりましたが、失礼ですが苦手ですの。

 確かに整ったお顔をされております。

 そのうえ押しがつよくて、自信にあふれた雰囲気は、好まれるかたが多いかもしれません。


 ですがわたくしにはそういった態度はゴ──気立てに難のある姉さまを思い出しますので、不快感が増しますわ。


 わたくしが断ろうとしましても、お話を畳みかけられますので、お断りできません。

 その間にも兵隊さまのご同僚がロバを引いて連れてきてしまいました。


「それじゃ、こいつを置いていくから、たくさん使ってやって。命令すれば動くよう躾けてあるから。じゃ、またあとでー」


 ロバを一頭置いていかれました。大人しそうな馬に似た四足獣がわたくしたちのパーティのそばで、首をかがめて草を食んでおります。


「押し切られてしまいましたわ……」

「強引な人ですぅ。アテンノルンさま、あんなひとに引っかかったらだめですよぉ。もっと注意して発言してほしいですぅ」

「わ、わたくしが悪いですの?」

「あの、アテンノルンさまは悪くないです! その……きっと優しい人たちが、ボクたちを見かねて手伝ってくれたんだと思います」

「はー? 憶測で話をしないでほしいですぅ! 私のアテンノルンさまに何かあったとき、おまえ責任とれますぅ?」

「ご、ごめんなさい……でも、善意を信じないで、相手を傷つけるのもよくないと、お、思います……」

「これだから世間知らずは困りますぅ。善意だけでひとが動くなら、貧しい人はこの世に存在しないですぅ」

「あの……うう、ごめんなさい……」

「まあまあ。落ち着いてくださいませ。動物を置いていくわけにもまいりませんし、せっかくですので活用いたしましょう。ブーツの性能はいかがでしたか?」

「か、鑑定の結果は、黒豹の毛皮を使った防刃ブーツでした。付与は土属性の抵抗が少しだけありました」

「装備するほどではありませんわね。ですが素材がよさそうですし、持って帰りましょう」

「はい」


 さっそく、ロバの背中にかかった雑のうに収納しました。


 それからわたくしたちは奥へ奥へと進みました。

 お昼過ぎには倒せる限界の強さの敵が出始め、無傷で戦いを終えられなくなりました。

 ニンゲンモドキは金属鎧を付けた重装備になり、持っている武器も何らかの付与がついておりました。

 

 一度などはベルナールさまの手首が半分切り落とされ、あわてて治療したものです。ですが敵を倒したときに得られる装備はよく、ほどよく命のかかった経験は心技体を成長させます。


 ベルナールさまやライゼさまはお強くなりました。身体能力もそうですが、ドロップ品の高級装備を身に着けて、おふたりの戦闘力は目に見えて変わりました。


 攻撃成功時に敵の体力を吸収する剣バスタードソード、水属性のダメージを軽減するアクアマリンの指輪、敏捷性と冷気の態勢を得る銀のチェーン、衝撃を軽減する赤色鉄鋼でつくられたフルヘルム、貫通性能を持った白銀のウォーピック……売ればひと財産ですが、モドキたちがどなたをコピーした品物を落としているのか気になりますわ。


 日が落ちる前にわたくしたちは荷物が持ちきれなくなりましたので、帰途につきました。

 皮革製品が多かったベルナールさまは全身が金属で覆われ、ライゼさまは希少な動物の皮で作られた装備で包まれております。


 あいにく、わたくしに合う武具は落ちませんでしたが、メルクルディさまは戦槌を1本手に入れられました。

 破砕属性の宿った戦槌で、まれに局地地震を起こすのだとか。

 迷惑極まりない武器ですが、貧相な家を破壊する用途にはいいのかもしれませんわ。地上げ用武器ですわね。


 ロバの背中には束ねられた剣や斧、槍が積まれております。メルクルディさまとベルナールさまの拡張された鞄もいっぱい。わたくしですら装備の詰まった雑のうを背負っております。何も持っていないのは灰黒狐くらいでしょう。


「しばらくは村の装備を、買わなくてもいいですわ」


 肩にかかる圧力に耐えながら、お話をします。


「そうですねぇ。税金で取られる分を差し引いても、一世代は持つと思いますぅ」


 メルクルディさまは息を切らしておりません。平常そのものです。さすがメルクルディさまです。鍛えかたが違いますわ。


「こんなに、たおせて、ふぅ……ふぅ……よ、よかった、です」


 ベルナールさまはわたくしと同じレベルで疲弊していらっしゃいます。仲間ができたようでうれしいですわ。


「……」


 ライゼさまは無言で歩いておりますし、疲れているかそうでないのか、ご表情では読み取れません。

 やはり共感できるお相手がいらっしゃるって素晴らしいですわ。ベルナールさまのお隣に並びます。


「やはり日々の修練が、体力を向上させると存じます。ベルナールさまもすぐにお慣れになりますわ」


 ベルナールさまは相変わらず素直にわたくしの言葉を受け取ってくださいます。

 真剣に頷いてくださいますし、崇拝のような念も感じます。


 いい気分ですわ。

 自尊心と自己肯定感が満たされます。

 どなたにも必要とされず、命を懸けて邪険に扱われ、ただ生きるために生きていて、お酒に慰みを見出していたわたくしが、世界にいてもいいのだと教えてくださいます。


「……」


 あら? ライゼさまがわたくしのそでを無言で捕まえました。

 どうなさったのかしら? 普段の殺伐とした沈黙が、一層深まっていらっしゃいます。

 

 いえ、曇っているだけではなく、この泣き出しそうなご表情は、限界の疲労になった証ですわ。

 ライゼさまは休憩を求めていらっしゃるのです。

 お言葉を失っていらっしゃいますので、仕方ありませんわね。


「すこし休憩いたしましょう」

「それがいいですぅ! 私も丁度、休みたいと思ってましたぁ。さすがはアテンノルンさまですぅ」


 メルクルディさまが休憩を申し出るなんて珍しいですわね。きっと、他のパーティメンバーに気を使っておっしゃっているのでしょう。さすがは熟練冒険者ですわ。

 

 わたくしたちは日没のしばらくあとに、宿営地に戻りました。ほかの場所から出てもいいのですが、ロバを返却しなければいけませんし、税金も払わなくてはいけません。役人というものは税金をごまかすと地の果てまで追ってきますの。


 かがり火に照らされた駐屯地では、兵隊さまたちが木の柵の外に整列なさっておりました。

 筋肉質な馬に乗った騎士様も巡回しております。


 夜警かしら? 


 そう考えて入り口に近づきますと、兵隊たちの列が動いてわたくしたちを包み込みました。槍衾に囲まれて、わたくしたちは動けなくなりました。


「……どういう趣向ですの?」

「盗人めが! 貴様らが隊からロバを1頭盗んだ申し立てをされておる! のこのこ戻ってくるなど、バレないとでも思っていたのか!」

「まあ、誤解ですの! お借りしただけですわ」

「申し開きは中でしろ!」


 そうしてわたくしたちは、武装解除されて、大きな天幕に連行されましたの。


 ランプが灯され、動物の皮でできた敷物が引かれた天幕のなかでは、おひげを生やした初老の男性がわたくしたちを待っておりました。

 近くには、ロバを押し付けた兵卒のランクさまもいらっしゃいます。

 おひげのかたはわたくしたちを見ると、露骨にため息をつきました。仕事を増やしやがって──そうおっしゃいたいのが見てとれますわ。


「発言してもよろしくて?」 

「罪を認めるならば話しても構わん」


 わたくしは黙りました。


「ランクの申し立てでは、部隊が戦闘中に忍び寄られ、1頭盗まれたと言っておる、間違いないな?」

「このかたに、無理やり押し付けられたのですわ」

 

 わたくしは兵卒さまに顔をむけます。整った顔つきの兵卒さまは、大きな声を張り上げました。


「おまえ嘘つくなよ! 俺はおまえらが盗んでいく姿を、ちゃんと見てんだぞ。現にお前らが盗んだロバをもってたじゃねーか。言い逃れすんな!」

「わたくしが嘘をついているかどうか、魔法的な鑑定にかけていただいて構いませんわ。それならば真偽がはっきりいたします」


 兵卒のかたが目を泳がせて黙ります。まさかその程度の反論も予想していなかったのでして?


「そんな時間はない。自力救済の法律にのっとって、ここでわしが判決を下す」

「まあ。それはあまりに横暴ですの」

「黙れ! 貴様が話してよいのは、罪を認めたときだけだ。軍に対する窃盗は本来は死刑だ。だがわが軍がこの場所を使っているため、冒険者たちが困窮している事実を考慮し、装備の没収を償いとする。異存はないな」

「……」


 わたくし、久しぶりに怒りがわいてきましたの。税金で中抜きするだけでなく、無実の罪を着せて装備を没収するなんて、道徳的に許される行為ではありませんわ。

 

 ……それがお望みでしたら、泥沼にして差し上げますの。


「おまちください。わたくしたちは冒険者ではありません。チアン伯ウージーさまの名代リアンさまより知行をいただく、騎士ベルナールの配下ですわ」

「なんだと? どんな言い訳をするかと思えば──」

「嘘ではありません。ベルナールさま、村の権利書をお出しください」

「は、はい……」


 おひげのかたはわたくしたちを見下しておりましたが、羊皮紙を取り出し始めますと、一抹の不安が表情によぎりました。

 ベルナールさまは紐をほどき、ひろげて見せます。


「ボ、ボクの名前と、伯爵さまと名代さまの魔法印が入ってます。に、にせものじゃないです……」

「なんと……!」

「主人に成り代わってわたくしが申し上げますが、冒険者と名乗っていたのは、あなたさまからの無用なお気遣いを避けるためです。ですが罪を着せられ、名代リアンさま、ひいては伯ウージーさまのお名前を穢すとなればお話は別です。明確な権利としての真偽判定を行っていただきたく主張させていただきますの。さ、ベルナールさま。不正に対する抗議をしてくださいませ」


「あ、あの……本当にボクたちは動物を押し付けられたんです。か、神様に誓って、盗んだりしてません……」

「ぬう……しかし、この兵卒が嘘をついているとも思えん。この場での裁量権はわしにある。よって没収。異議申し立ては己が所領に戻ってから、あらためて伝えてくるがよい」

「そんな!」


 そのあとはなにを言っても取り合っていただけませんでした。

 天幕から出されたわたくしたちは、最初に訪れた受付に連れていかれました。

 動物に積んでいたドロップ品は全て没収され、それ以外にも武装解除された武具が、元々わたくしたちの装備ですのに、没収されてしまいました。


「装備を没収って、全部ですの!? この凶暴の平野で得た品物だけでなくて、全部ですの!?」

「あたりまえだろう。そういう判決だ」

「あんまりですわ。横暴にもほどがあるでしょう!」

「従わないんだな。衛兵!」

「そうは申しておりません。ただ抗議をお伝えしたかっただけですわ」

「鞄はかえしてほしいですぅ……」

「……暗黒教の付与品か。うん? 何か奥に入っているな──ほう、ソウルクリスタルじゃないか」

「なんだって! おお!」


 事務官さまと衛兵さまたちが目を見張りました。鞄から取り上げられました、ぼんやりと青く光る手のひらサイズの宝石にむらがります。


「……」


 事務官さまは引き込まれるような青色を見つめております。

 ミンワンシン市までの道中で拾った洞窟水乾蟲Dウォーターパイソンのソウルクリスタルのなかでは、細長い群青のヘの姿が、躍動感のある攻撃ポーズで収められております。


 事務官さまが何をお考えになっているのかわかります。

 あの目つき、あさましい欲望に捕らわれたギラギラとした目つき。

 職業倫理などかけらも存在しない人間未満の道徳をお持ちになったかたですもの。

 きっとそうします。


「……」


 無言で懐にしまわれました。接収の言い訳すらしないとは、驚きましたの。


「ソウルクリスタルは装備ではありませんわ。お返しください」

「うるさい! おまえたちが暴れたと言って、この場で殺してもいいんだぞ!」

「まあ。そんな権限をお持ちとは存じませんでしたの。お許しください」


 兵隊さまたちが距離を詰めてきます。

 これ以上のおしゃべりは仲間に迷惑が掛かってしまいますわね。

 黙っておりますとメルクルディさまとベルナールさまの鞄はお返しくださりました。


 結局残ったのは普段着と鞄、カード、そして薄着のわが身だけですわ。

 わたくしたちはかがり火で照らされた駐屯地を、焼け出された避難民のような姿で出ました。


 屈辱の怒りが指先まで満たされております。いつか絶対に復讐しなければなりません。

 解決すべき眼前の問題を回避できれば、ですが……。

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