第6話 ギルドで! 無職を! 脱出ですわ!

 宿で一泊したわたくしは、冒険者ギルドにやってきました。

 白い石材で作られた横に広い建物です。宿で教えていただいた、鍵を咥えたカラスのギルド看板がなければ、避暑地の立派な別荘と呼んでも差し支えない建築です。

 かなりお金がかかっておりますわ。


 入り口の周辺には武具を着込んだ集団がたむろしております。念のためここがギルドかお聞してみましょう。間違った場所に入ってしまったら、命にかかわりますわ。

 扉のそばにいる熟練者の雰囲気がある3人組にお尋ねします。リーダーらしきスキンヘッドの戦士さまにお声をかけました。


「恐れ入りますが、こちらは冒険者ギルドでして?」

「そうだぜ。依頼にきたのか? ずいぶん汚れたお貴族様だなァ」

「事情がありますの。こちらには動物を連れて入っても平気でして?」

「許しがねえと駄目だな」

「そうですの……」

「フン……召喚獣やテイムした魔物、魔導生物や使い魔は連れて入れん。よく覚えておけ」

「はい」

「トラブルの元になるからなァ」


 冷たい雰囲気をまとった魔法使いのかたがお話に加わってくださり、さらに詳しルールを教えてくださいました。

 生き物は宿に置いてくるのが礼儀だとか。存じませんでしたの。わたくしは足元の灰黒狐を見ました。


「あなた一人で宿に戻れるかしら?」

「くぁーん……」


 仕方ありません、一度出直しましょう。そう考えて踵を返したとき、3人組の僧侶のかたが口を開きました。


「俺が見ててやる。ゆくがいい」

「まあ! ご親切にありがとう存じます」

「なんだァ動物愛護に目覚めたのかよ? いつもは殺してばっかりじゃねえか」


 僧侶のかたは精悍せいかんなお顔つきですが、むっつりとして他人を寄せ付けない雰囲気をまとっておいでです。ですが内面はお優しいかたでしたの。しゃがんで灰黒狐をなでております。


「それではお言葉に甘えさせていただきます。あなた、おとなしく待っていなさい」

「くあ」

「狐なんて毛皮にするだけだと思ってたけどよォ」

「この畜生に親切にせよと我が神がささやかれたのだ」

「くだらん──ただの無知な獣だ」

「神にみそめられし獣だ。肉を食らうがいい」

「くぁぁ」

「嫌がってるじゃねえか。おまえよォ心臓の干物なんて持ち歩くなって言ってるだろ」


 3人のかたから気になるお話が聞こえますが、頭をふって忘れます。

 ギルド内は中は広々としておりました。

 フローリングの床にいくつも受付カウンターが並び、冒険者のかたが何人もうろつかれております。さっそく情報をいただきにまいりましょう。空いたカウンターに行きます。

 

「いらっしゃい。何の用?」

「情報を教えていただきたく存じます。高価な財宝が眠っている場所や、人間を超える力を授けてくれる方法をお教えくださいませ」

「あんたねえ……それを聞いてどうしようっての」


 険しい目つきをなさった受付嬢さまの瞳がわたくしを見ました。

 ショートカットの白い髪で、ピアスをお耳にたくさんつけて、身体にフィットしたノースリーブの武闘着に似た服を着ていらっしゃいます。

 きっと冒険者から転職なさったかたですわ。

 

「計画を立てますの」

「なんの?」

「もちろん、目標を達成するための計画ですの。そのためにはたくさんのお金が必要ですわ」

「よくわからないけどさ、あんたが冒険者になってふさわしいランクになれば、見合った情報を手に入れられるよ」


「そうおっしゃらずにお教えください」

「料金を払ってくれるならかまわないけどさ。あんた世間知らずっぽいからこっそり教えてやるけどね、たとえば地底火山に行く方法なら金貨2万枚かかるよ」

「まあ! 思ったよりもお高いですわ」


「そりゃそうだろ。例えばさ、地底火山でとれる魔金鉱は高等魔術に必要な媒体だから高値が付くし、そこに住んでる火竜ファイアドレイクを倒せれば、肉も鱗も高く売れる。うちらが売る情報にはね、珍しい魔物の住処とか、危険地帯とか、いっぱい情報がつまっているんだ。だからさ、ふさわしくないやつが情報を買っても無意味なんだよ。カネがかかる理由がわかった?」


「ええ。わたくしが買っても取り返せませんわ」

「そ。実力がある冒険者はカネを稼げるの。そのくらいはあんたにもわかるでしょ」

「なるほど、参考になりますの」

「ほんとにわかってんのかよ。だからあんたも誰かを雇う側に回るか、はじめからこつこつがんばりな。急ぎすぎて死んだらさ、目的ってやつも達成できないよ」


 このかたのお言葉も一理あります。ハスキーボイスも相まって面倒見の良い、頼れる雰囲気ですわ。わたくしは急ぎ過ぎていたのでしょうか?


「間違った方法では、目標から遠ざかるとおっしゃりたいのですね」

「わかってるじゃん」


 受付嬢さまはこわばった表情から一転、屈託のない笑顔を浮かべられました。裏表のないご表情が素敵ですの。


「わかりましたわ。まずは冒険者ギルドに登録しますの」

「そっか。じゃ、登録書類を持ってくるからちょっと待って」


 今は我慢の時ですわ。焦燥感しょうそうかんを封じ込めて、いつか来る日を心待ちにいたしましょう。


「それじゃここに名前を書いて、ここは出身地……きれいな字してんね。ここは犯罪歴の有無、ごまかすとバレたときに罪が重くなるよ。最後に得意な技術を書いて終わり」

「技術とはどのような内容をかけばいいのでしょうか?」

「弓の扱いが得意なら弓術、地図を作るのが得意なら地図作成、簡単でしょ?」

「何もない場合はどうしまして?」

「体力があるって書きなよ。あんたは読み書きができるからそれを書けば?」


 いまいち戦闘的なアピールにならない気がいたします。

 そうですわ! 短剣とクロスボウで魔物を倒しましたし、それを書いておきましょう。

 短剣と機械弓の扱いが得意、と。

 受付嬢さまが怪訝けげんな目で書類を眺めておいでです。


「何か不審な点がありまして?」

「短剣ってあんた、武器なんて使えるの?」

「ええ。こう見えても、ダンジョンで魔物を倒した経験がありますわ」

「へぇー、見かけによらないね。どこのダンジョンで倒したの?」

「この街のおそばにあるダンジョンですわ。らせんに続いた通路でコボルドや大蝙蝠ジャイアントバットを倒しましたの」

「抉顔窟の迷宮にコボルドはいないよ。嘘をついたってわかるんだから、正直に書きな」

「本当ですわ。ドロップ品も持っております」


 わたくしは鞄を開いて、証拠の品を見せようとしましたが、そういえばコボルドの牙は一番下でしたわね。机の上に怪植物の赤い花びらを並べます。


「これは……どうやって手に入れたの?」


 受付嬢さまが目つきを鋭くして、テーブルの上にひろげた花びらを見つめております。


「どうって、倒したからですわ」

「冗談はやめなって。これは麻催眼草アイウィードのドロップ品で、あんたみたいな初心者が倒せるような魔物じゃない」

「ですから──」


「知らないだろうけど、あの魔物と目を合わせたら睡眠状態になるんだ。触手には麻痺毒もあるから、対策なしに挑んだら熟練でも危ない相手なの。初心者のあんたじゃ手も足も出ない。わかった?」

「そう仰られても、わたくし嘘を言ってはおりません。赤い洞窟のなかでその麻催眼草アイウィードがたくさん生えている場所を通りかかりました。大きな目に短剣を刺すと簡単に倒せましたわ」


「……赤灼岩の通路は場数を踏んだ冒険者が行く場所だって。あんたなんて入ったら即死だよ」

「恐ろしいですこと。……わたくし考えたのですが、特別に弱った魔物が残っていたのではありませんの? 棍棒を持った亜人も、ふわふわした赤い霧も、突き刺しただけで苦労せずに倒せましたもの」

上級小鬼ホブゴブリンの爪に赤窒霧レッドミストの結晶……」


 受付嬢さまは机の上にならべたドロップ品を眺めて、押し黙っておいでです。

 何かよくないふるまいをしてしまったでしょうか。お気に触ったのなら謝らなくてはいけません。


「申し訳ございません。初心者のわたくしが簡単に倒せる相手ではありませんが、不思議ですわ」

「……まあいいか」


 受付嬢さまは納得できないお気持ちを、無理やり押さえつけたような表情をなさっておりました。せっかく笑顔がおかわいらしいかたですのに、もったいないですわ。


「登録はこれで終わりですの?」

「いや、そのまえに麻催眼草アイウィードの花びらを売ってくれない? 資材の連中が欲しがってんだ」

「かまいません。全てお売りいたしますわ」

「いいの?」

「ええ、わたくしには使い道がありませんし、お金に変えていただいたほうが融通がききます。必要でしたらまた倒せばいいだけですわ」


 受付嬢さまがわたくしをじっと見ました。よく見つめてくるかたですわ。


「……あんたはどうみても初心者だけど、あたしの眼力が鈍ったのかな。中級者くらいの実力はありそうだ」

「おほめにあずかり光栄ですわ」

「しばらくまってて。すぐに資材を呼んでくるから。メンバーズカードの発行もあるし、そのあとで適性検査もあるから帰んないでね」

「承りましたわ」


 受付嬢さまはカウンターの奥に消えてゆきました。わたくしは手持ち無沙汰になりましたが、ほどなくしてカウンターのむこうから笑顔を浮かべた、壮年のおじさまがわたくしを呼びました。


「あんたが麻催眼草アイウィードの花びらを売ってくれるんだってな。買取カウンターにきて見せてくれ」

「構いませんがこの場所で待っていろと仰せつかりました」

「カードの発行だろ。なぁに、しばらく時間がかかるから、その間にやっちまえばいいさ。ちょっときてくれよ」


 時間がかかるのでしたら、ドロップ品を渡すくらい構わないでしょう。


「わかりましたわ」

「ありがてえ! こっちだ」


 促されるまま、扉を隔てた建物の奥まった場所に行きました。大きな台座のある倉庫と言った印象です。大きな入り口が近くにあって、大きな魔物が搬入できる構造になっております。一部が凹型のカウンターになっております。


「よし、品物を見せてくれ」

「こちらですわ」


 鞄の上にたくさん入っていた花びらを取り出します。新品の本の香りに似た、何とも言えない芳香が漂いました。


「おおっ、15、いや20はある……あんた、ずいぶん倒したんだなぁ」

「大きな空洞にひしめいていましたの」

「よく生き残れたもんだ。どこかのお嬢さまだと勘違いしてたが、大した腕をもってるな」

「偶然、弱い群れに当たっただけですわ」

「ははは、謙遜するなって。ほんとは熟練冒険者者なんだろ?」

「違いますわ。ついでですが、こちらの品物も買い取ってくださいませ」


 詳しく説明を求められそうでしたので、話を強引に終わらせました。赤窒霧レッドミストの結晶と、上級小鬼ホブゴブリンの爪、通路で手に入れたコボルドの牙やコウモリの翼膜を取り出します。


赤窒霧レッドミストかよ。めんどうな敵ばっかり倒しているんだな」

「偶然ですわ」

「そうかい。なああんた名前を教えてもらってもいいかい?」

「ええ。アテンノルン・メリテビエ・セスオレギーゼと申します」

「お貴族さまみてぇな名前だな。アテンノルンな、しっかり覚えておくぜ。麻催眼草アイウィードを狩るやつなんてほとんどいねぇからな」


「どうしてですの?」

「実入りが少ないのに危険な魔物は戦いたくねえ相手だ。好んで狩る熟練者はいねえ」

「そうでしたの」

「優秀な僧侶がいれば問題はねえが、麻痺の触手と睡眠魔眼だ。レジスト装備があっても絶対じゃねえし、嫌がられる魔物だぜ」


 熟練者になるとわずかな隙もお許しにならないのですわね。おそらく不確定な要素を減らし、できるだけ生存率を高めるのためでしょう。わたくしも右足がしびれたとき、躓いて地面から突き出た岩に衝突しそうになりましたし、そういった事態を減らしてこそ、長生きできるのですわね。勉強になりますわ。


「それじゃ調べていくらか計算するから、しばらく待っててくれ」

「はい」

「買取金額に異存がなけりゃ、あんたのカードに入金しておくからよ」

「入金……ですの?」 

「メンバーズカードはカネを入れたり出したりできるんだぜ」

「たいそうな魔法ですこと」

「ここ最近広まったんだ。どういう原理かわからねえが便利だぜ。カネを持ち歩かなくていいから買い物が楽だ」


 しばらく待っておりますと、別の買取担当の職員さまから相場のお話をしてくださいました。


 すべて売りますと概算で金貨20枚になるそうです。弱った魔物を狩っただけですが、庶民のかたのお給料一ヶ月分は稼げましたわ。

 もっと強くなればもっとお金になる敵を倒せます。目標がひとつできましたわ。


 わたくしは金額を了承して、後ほど入金してくださるようお頼みしました。

 元居た受付に戻りますと、メンバーズカードをトレイに乗せた受付嬢さまがちょうど戻ってくるところでした。 


「ドロップ品を売ってくれて助かったよ。ちょうど在庫切れだったんだ」


 受付嬢さまが屈託のない笑顔を浮かべます。ご本人は気づいていらっしゃらないかもしれませんが、白い歯を見せてほほえむすがたは、子供のような純粋ささえ感じられます。

 普段は鋭い目つきをしていらっしゃるだけに、ギャップがありますの。


 きっとこのかたに密かな思いを寄せる殿方が、たくさんいらっしゃいますわ。『あいつの魅力に気づいているのなんて俺ぐらいだ』などとお考えになって。


「これがメンバーズカード。職業欄は空白になってるけど、適性検査の後にあんたがなれる職業を書くからね。それじゃこっちにきて」


 建物の裏手は広場になっておりました。人を模した木人や筋肉を鍛えるための訓練器具があちこちにあります。

 男の冒険者のかたが腕立て伏せや懸垂をなさっておいでですが、わたくしを見て口笛を吹くかたや、あからさまな視線を向けるかた、にやにやと薄笑いを浮かべているかたが散見されます。


「ここでどなたかと戦って、適性を判断しますの?」

「詳しいね。昔はそうだったけど、今は魔道具ですぐにわかるんだ。すごいだろ?」

「すごいですわ」


 わたくしのいた場所ではそのような品物は見ませんでしたが、そもそもギルドと関わっていませんでしたので、ただ知らないだけかもしれません。便利な道具があるものですわ。

 広場を横切って別棟に入りました。ここも白亜に塗られた建物です。受付嬢さまが鍵のかかった扉を開かれ、なかには魔道具の浮かんだ祭壇がありました。


 中空にカイトシールドに似た形をした宝石が浮かんでおります。

 宝石だと存じますが、ほのかに青く輝いて、自力で宙に浮かんでいる存在は存じ上げません。

 宝石の手前には横に広い杯の置かれた台座があります。


「この水鏡に手を入れると、あんたが今の時点でなれる職業が表示されるから、そのなかからひとつ選んでね」

「こちらはどういう原理で動いておりますの?」

「わかんない。ここ数年から急に広まりだしたしたんだ。誰が作ったのかもわからないし、仕組みもわからない。えらいさんが持ってきてさ、便利だから使ってるんだ」

「まあ……」

「そう警戒しなくていいよ。どこのギルドに行っても置いてる道具だし、きっとギルドにいる高位魔導士が作ったんだよ」

「わかりましたわ」


 考えても仕方ありませんわ。

 わたくしは何に適性があるのでしょうか。すべてに適性なしなどと出ましたら、普通に落ち込んでしまいますけど、とにかくやってみましょう。


 魔法陣の操作パネルに似た輝きを放つ、薄く水の張られた杯に、そっと手を入れます。麻痺の触手に似た微弱なしびれを感じました。目の前の宝石が回転を始めました。

 杯の左右に置かれた石板に、青い文字が浮かび上がりました。

 古代魔法語ですわ。


 『戦士』『魔法使い』『僧侶』『盗賊』『弓術士』『僧侶』『聖騎士』『狂戦士』『魔物使い』『召喚士』『魔法戦士』『格闘士』『暗黒騎士』『暗殺者』『海賊』『人形使い』『巫術士』『侍』『賢者』……。

 

 マットな黒い石板の端から端まで、大量の職業名が羅列されました。


「たくさんありますの」

「……こんなのは初めて見た。多すぎ」

「普通はどのくらいなのでして?」

「4つ程度だよ。戦士か魔法使い、僧侶、盗賊あたりをよく見る。こんなには並ばないよ」

「あの、この結果はわたくしとあなたさまの、二人だけの秘密にしてくださいませ」

「なんで? あたしだったらみんなに自慢するよ」

「目立ちたくありません。どうかお願いいたしますわ」


 両手を捕まえて、まっすぐ瞳を見つめます。まっとうなギルドの職員さまでしたら、きっと登録メンバーの秘密は守ってくださるでしょう。

 そのうえわたくし個人とお約束を交わして、念には念を入れさせていただきます。


「わたくしにも事情があるのです。どうか、どうか……!」


 職員さまを壁まで追いつめて必死にお願いいたしす。

 あまり上品ではないお頼みかたですが、時には感情に訴える必死さも必要ですわ。


「わかった、わかったから手を離して。誰にも言わないよ」


 受付嬢さまは苦笑して頷いてくださいました。やはり真摯にお願いすると、聞いてくださいますの。


「それで、どれにするんだ?」

「各職業の説明をお願いいたしますの」

「……長くなるから、カウンターに戻ってから説明する。ほんとに全部聞くの?」


 わたくしは深く頷きました。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る