第7話 亜人の庶民に絡まれましたわ!


 受付嬢さまはわたくしが就ける各職業の特徴や、使える技術、成長の仕方などを簡単に説明してくださいました。

 最初に適性のある職業につき、戦いで経験を積むとスキルを覚えられます。それだけでなく肉体的な成長も職に合わせて行われるのだとか。


 例えば狂戦士バーサーカーでしたら筋力や体力がつきやすくなります。魔術師なら魔力が伸び、僧侶ならば信仰心が伸びます。


 信仰心が数値化されているなんて初めて知りましたの。

 お父様が殲滅せんめつしたカルト邪教集団のかたは、数値にするとどのくらいなのかしら。信仰に命まで捧げたのですからきっと高い数値ですわ。


 考えがそれましたわ。覚えるスキルも職業の特徴があります。剣気を乗せて斬りつけたり、痛みを無視する痛覚半減でしたり、魔物を従わせて使役するスキルもあるそうです。


「もし途中で別の職に変わりましたら、覚えたスキルはどうなりますの?」

「使えないね」

「そうですの。魔法使いのまま僧侶の魔法も使えたら便利だと考えましたの」

「それは両方とも覚えている職に就くしかないよ。それだったら転職したときに、今まで覚えた魔法を覚え直さなくてもいいよ」

「なるほど。ところでここに書かれているレベルとは何でしょうか?」


 メンバーズカードの職業欄の隣に、謎の項目があります。

 ダンジョンに挑む冒険者さまの演劇を見たとき、たしか階層をそう呼んでおりました。そのお話をいたしますと、受付嬢さまは首を横に振られました。


「これは今のあんたの実力を、数値で表してんの。魔道具で強さを数値化して計れるんだ」

「信ぴょう性はありまして?」

「さあ? それよりさっさと決めてよ。長い説明は堂々とサボれるからいいんだけど、昼飯前には戻ってきた冒険者で混むから、さぼってばかりもいられないんだ」


 一度持ち帰って熟慮したいですが、そういう雰囲気でもありません。チクロさまをわからせるためには、専門的な戦闘技術を身に着ける必要がありますわ。

 わたくしひとりで戦うのですから、隠密行動や暗器のスキルが役に立ちます。


 武でなりあがった相手ですから、正面から戦いを挑むのではなく、無防備な瞬間を狙って暗殺するのが現実的ですわ。


「わたくし暗殺者にいたします」

「ぶっそうなの選ぶな。よし、それで登録する。──あぁ? 転職マークが出た。どうなってんだよ」

「どうかなさいまして?」

「あんたはもう登録されてるって出たんだ。なんか別の職についてたの?」

「いいえ、覚えがありません」

「ちょっとまってて……よし、このクリスタルの上に手を置いて」


 受付嬢さまが別の魔道具を取り出しました。

 白く濁った丸いクリスタルの表面に、泣き叫ぶ赤子の表情がびっしりと彫られております。幾十個もの頭部を抑えて固めたようなおぞましさがありますわ。


「う……」


 躊躇しましたが勇気を出して手をおきます。クリスタルの表面はなめらかで、凹凸は生暖かったです。


「もう離していいよ」


 すぐに手を引っ込めます。

 不浄なものに触れてしまった感触がありますわ。もうすこしまともなデザインにはできなかったのかしら。


「まずは今の職をカードに表示させるよ。ほら」


『 名前:アテンノルン・メリテビエ・セスオレギーゼ

  称号:光と闇の寵愛を受けしもの

  職業;精霊使いエレメンタラー レベル33

  所属:なし

  賞罰:なし                    』


 まあ、わたくしが精霊使いエレメンタラーだとは知りませんでしたの。それに称号なんてありましたの。数値化した強さはそれなりに上がっているようですが、就職した記憶はありませんわ。そもそも定職についた経験がありませんが、いったいどうしてでしょうか。


「カードには表示されないけど、肉体の数値も見れるよ。ほら」


 不気味な魔道具から光が投射されて、中空に文字を浮かび上がらせました。


 HP:118

 MP:260

STR: 32

DEX: 30

VIT: 29

AGI: 25

INT: 51

MND: 40

CHR: 38

LUC:###



「何ですの、この数字は」

「あんたの今の力を分析して、数値に表したものあって」

「表示がおかしくなっておりますが、あの、本当に信ぴょう性はありますの?」

「さあ? 知らないし、ほんとのところなんてわかんない。それで、暗殺者に転職するの?」


 迷いますわ。1から始めるよりは、それなりのレベルにある精霊使いエレメンタラーでいたほうが、いい気がします


「このままにいたします。せっかく数値も上がっているのですし、いちから暗殺者になるよりも今すぐお金を稼げますわ」

「そっか。暗殺者のスキルはいいの?」

「遠い将来よりも明日の日銭ですわ。お金が貯まってから転職いたします」

「わかった。メンバーズカードには買取カウンターのお金もはいっているからね。残高はあんたにしか見えない処理がされているから、ここのくろいギザギザを指で触れたら、いくらあるかわかるよ」

「そういえばおいくらになったのでしょうか」

「自分で見なさいよ」

「いろいろありがとう存じます。助かりましたわ」

「いいよ。初心者講習があるから10日以内にギルドに顔を出して。規範とかシステムとか説明があるからね。これからがんばって」

「はい」


 初心者講座の内容はダンジョンの雑談で聞いてしまいましたので、強制的に参加させられるまではスルーいたしましょう。

 メンバーズカードをなぞりますと、金貨30枚がカードに振り込まれておりました。

 現金を持ち歩かなくて良いのは便利ですわ。

 いままでお仕事で感謝された経験がありませんので、妙にうれしくなりました。


 そういえば狐を預かってくださったかたがたに、何かお礼も考えなければなりません。予想以上に時間を使ってしまいましたし、お食事に誘えば喜んでいただけるかしら?


 考え事をしながら足早に出口に向かっておりますと、わたくしの前、露出度の高い服装をした女性が立ちはだかりました。


 面識のないかたです。腰に両手を当て、険しい目つきでわたくしをにらんでおります。

 見たところわたくしと同じくらいの年齢ですが、メイクが濃いです。失礼だとは存じますが、魔物図鑑で見たレッサーサキュバスに背恰好が似ておりますわ。

 そのかたはずいとお顔を近づけて、不審者を見る目つきでにらみつけてきました。

 

「おまえ、ヴィッラッゾさまの知り合いか?」

「ヴィッラ……? どなたですの?」


 思わず聞き返してしまいました。記憶にないお名前ですわ。


「とぼけんな! 入り口で話してたの見たぞ!」


 剣呑な雰囲気です。

 悠長な会話を楽しんでいる場合ではなさそうですわ。


「まずはお名前を名乗るのが礼儀だと存じます。わたくしはアテンノルン・メリテビエ・セスオレギーゼと申します。あなたさまのお名前を、お尋ねしてもよろしいでしょうか?」

「名前なんてどうでもいいし。おまえとヴィッラッゾさまの関係を聞いてんだ」

「あの、どのかたが、ヴィッラッゾさまで、いらっしゃるのでして?」


 特別に区切り区切りでゆっくりとしゃべりました。

 ゆっくりと話せば誤解が防げますし、伝わりやすくなります。


「あー! もっとはっきりしゃべれよ! イラつく! ヴィッラッゾさまはギルドの入り口でおまえと話してた、すっごくかっこいい魔法使いだよ!」

「ああ、わかりましたの。灰黒狐を預かってくださったパーティのかたですわ」

「そういってんだろ! ちっ、くそっ、何その喋り方。気に入らない。あたしを馬鹿にしてんだろ」


 ええ!? いきなり何ですの。

 わたくしとこのかたは初対面ですし、因縁を付けられる記憶もございません。

 背恰好を拝見しますに、おそらく盗賊のかたですわ。

 傷跡の入った胸当てやブーツ、手足の肌にも傷が治った跡がたくさんついております。

 

 ここから推測しますと、きっとアドバイスにきた先輩冒険者さまですわ!


「ご忠告、感謝いたしますわ。それでは急いでおりますので、失礼いたします」

「ざけんな! お貴族様のまねごとなんてしやがって! お高く留まって何様のつもりだ! ちょ、止まれ! 無視すんな!」


 あら? まだお話がおありでしたのでしょうか。

 妙に怒っていらっしゃいます。何か不快に思われる動作をしてしまったのかしら? 

 庶民のかたの怒るポイントは、よくわかりませんわ。


「答えろ! 無視すんな!」

「身の上話はご容赦くださいませ。ただ、まねごとではありませんわ」

「……なによ、わけわかんない! あたしを馬鹿にして……出てけ! 今すぐ出てけ! ここはあんたみたいなバカが来る場所じゃない! そうだ……あたしに痛い目にあわされたいの?」

「え、あの……どういう意味ですの?」


 な、なんですの? 何をおっしゃっているのかわかりません。わたくしは今から外に出るのですし、このかたのご要望通りになるのですが。

 まごまごしていたら胸を突き飛ばされました。痛いですわ。痛いですわ。


「きゃっ」

「さっさと消えろ!」

「……ごめんあそばせ」


 関わっては損をするだけです。無視して扉に向かいましょう。

 あの、どうしてわたくしの動きに合わせて、あなたも移動しますの? 

 横によけても、一緒にスライドして通り道をお塞ぎになります。


 ああ、思い出しました。いじわるな姉さまがわたくしをなぶるとき、同じような動きをなさっておいででした。わたくしの足元に炎の矢の魔法を撃ちこみながら。

 思い出したら気分が悪くなってきましたわ。


「あの、通ってもよろしくて?」

「ダメ」

「わたくしに出ていけとおっしゃったではありませんか」

「通さない。あたしの股の下をくぐるなら、通してあげる」


 クスクスと笑いながら赤毛のかたは嬉しそうになさっております。また胸を突かれました。


「はいつくばって進みなよ。ほら、早く!」


 にやにや笑いに腹が立ってきました。

 このような手合いは論理的な会話ができません。そういう場合は叱るに限りますわ。

 そう、税金をごまかそうとした農民を叱ったときのように。

 

「おどきなさいませ!」

「なっ……!」

「あなたさまの勝手な言い草を、わたくしが聞く必要なんて、ひとっかけらも存在いたしませんわ!」


 そのまま眼前まで詰め寄ります。ぎょっとした顔の瞳をじっと睨みます。


「わたくしの言葉がご理解できないのでしたら、あなたさまのご両親に、もう一度教えていただきなさいませ!」

「なにっ!?」

「どこの悪党のご息女か存じませんが、言葉くらいは教えてくださいますわ!」

「おまえ──ッ」


 赤毛のかたのお顔が、髪の毛と同じくらい真っ赤になりました。

 フルフルと震えております。

 わたくしがされたように軽く肩を押しますと、ふらりとよろめいておどきなりました。


 そのかわり剣の柄に手をかけられました。刃傷沙汰ですわ! 刃傷沙汰ですわ!

 わたくしは危機を感じましたので、受付嬢さまのいるカウンターに、赤毛のかたに視線をとめたまま、あとずさって移動します。


「あの、助けてほしいですの。わたくしあのかたのお考えが、いまいち理解できませんの」

「知らないよ。自分で何とかしな」

「そうおっしゃらずに、助けてくださいませ」

「あのねぇ。てめーに降りかかる火の粉を払えないようなやつは、こっから先、やっていけないよ」

「それはそうですが、往来で刃物を振り回しても法に触れませんの?」

「決闘の合意があるなら、何も言われないよ。なあアテンノルン。あたしもうすぐお昼だから、後ろのあいつをなんとかしてから話しかけて?」

「あのかたは言葉が通じません」

「いや、おまえ、めちゃくちゃ怒らせたじゃん。侮辱なんてするからだよ」


 そう仰られても、ただ言葉で挑発してくるだけのかたを、言葉でいなす以外の解決法を思いつきませんの。

 ここはやはり、受付嬢さまから、言っていただくのが穏便な解決方法ではないでしょうか。


「どうにかしてくださいませ」

「知らないってば。あんたならの実力だったら、普通に対処できる相手だよ」

「まあ、冷たいですの。人間相手に暴力なんて振るえません」

「魔物の一種類に考えたら? 相手が強盗だったら、あんたも容赦なく殺すだろ。とにかくギルドは関知しない」

「仕方ありませんわね」

「こらぁ! いい加減にしろ! 無視するな!」


 痛い! 痛いですわ! 肩を切られましたの! 

 赤毛の冒険者さまが険しいお顔でわたくしを睨んでおります。ギラギラした目つきは、いかにもお話が通じない相手です。敵意があふれております。

 魔法のアヘン窟でお金がなくて門前払いを受けたかたが、このような目をなさっておいででした。


「おやめくださいませ。傷つけあっても、何もいい事がありませんわ」

「うるさいうるさい! よく聞け! あたしがギルドをもりたててんだ。あんたがいると、あたしらの仕事がやりにくくなるんだ。冒険者にいなくなられるとギルドは困るんだ! だからここで殺してやる!」

 

 絶句ですの。

 姉さまも怖かったですが、このおかたもお話が通じなくて恐ろしいですわ。

 わたくし、このかたのお言葉が少しも理解できません。まともに生活していれば、言葉くらいは──はっ、わたくし理解しましたわ!


「あの、ぶしつけですが、もしかしてあなたさまには、亜人の血が混ざっていいらっしゃいまして?」

「あぁ!? どういう意味だこら!」


 攻撃を避けながら言葉を紡ぎます。

 あきらめずにお話すればきっとわかってくださいますわ!


「落ち着いてお聞きください。きっとあなたさまはたくさん努力をなされたのでしょうが、こういう場合は暴力ではなく──言葉でコミュニケーションをとりますの。あなたさまの血が汚れていても、ここまでがんばってお話ができるようになったのですから、もっと世界に慣れていけます。穢れたご両親の血に、捕らわれる必要はありませんわ!」

「……」


 どうなさったのかしら。目が座って一言もお話にならなくなりました。

 赤毛のかたは無言で剣を振り回しております。

 わたくしの一挙手一投足に注目し、的確に手首や首筋を狙ってきます。


 ただ、赤い洞窟にいた麻催眼草アイウィードの鞭ほど素早くありませんし、おひとりなので四方八方から打撃を浴びせられる事態に比べたら安全ですわ。


 わたくしにはこのかたの葛藤かっとうが判ります。

 亜人の血が沸き立って、戦いたくないのに戦っていらっしゃるのです。

 ここはしばらく避けに徹して様子を見ましょう。そのうち血のにごりが落ち着きますわ。


「まーたエルの新人潰しかよ。今回は気合がはいってんな」

「あいつは自分よりも美人なやつがゆるせねーんだ。気にかけている男を取られると思ってな。こええ、こええ」

「でも金髪も負けてねえぞ。刃を全部かわしてやがる」


 あら、テーブルでお酒を飲んでいる男のかたが、このかたのお名前を教えてくださいましたわ。


「エルさま、がんばってくださいませ! 汚れた血の呪縛に負けないで!」

「がァッ! ぶっ殺やる!!」


 エルさまの動きが荒れてきましたわ。

 大ぶりで振り回し、壁やテーブルにあたっております。

 このまま避け続けていては、ほかの冒険者のかたに迷惑がかかるかもしれません。ここはいったん外に出て広い場所に移動しましょう。


 周囲のかたはもっとやれとはやし立てております。

 わたくしたちの移動にギャラリーのかたもついてきます。民度が低すぎますわ。

 ここは闘技場コロセウムではありません。


「さあ、エルさまこちらに。ここではギルドにご迷惑をかけますし、お外で話をいたしましょう。ああっ、お話をお聞きください。──もしかしてですが、出るのが恐ろしいのでしたら無理にとは言いません。お先に失礼いたしますわ!」


 足早に出てゆきましたが、やはり追いかけていらっしゃいました。

 恐ろしいですわ。恐ろしさで喉が乾ききっております。

 エルさまは血が汚れていても冒険者の先輩ですもの。きっと生死の狭間を何度も乗り越えた猛者で、わたくしが知らない攻撃を繰り出すに決まっております。


 ギルドの外では、くだんの3人組のかたがまだ談笑なさっておいででした。

 灰黒狐は仰向けにお腹を見せて、僧侶のかたに撫でられております。

 あの魔法使いのかたがヴィッラッゾさまですわ。助力をお頼みいたしましょう。


「あの……! 少々トラブルに巻き込まれてしまいましたの! ヴィッラッゾさまのお知り合いのかたが、わたくしに嫌がらせをしてきて大変ですの!」

「──なんだと」

「あちらのエルさまですわ」

「おまえ、やっぱりか! 知り合いじゃないって言ったのに!」


 追いかけてきたエルさまが、剣をわたくしに向けて、ですがそのまま身動き一つせず止まりました。ヴィッラッゾさまが冷徹な眼差して、わたくしとエルさまをジロリとねめつけます。


「──女。俺は貴様など知らん。俺の名前を勝手に使うな」

「ヴィッラッゾさま!? でも、その女は嘘つきで……あたしを侮辱して……そうだ! この女は相応しくない! 妙なしゃべり方をして、冒険者ギルドにふさわしくない!」 

「──フン」

「こんなやつがいると、あたしたちだけじゃなく、ヴィッラッゾさまの信用も低くなります! だからあたしがみんなを代表して追い出します!」


 赤毛のかたは言葉の途中で表情が困惑から、強気に変化し、そしていまでは、勝ち誇った笑みを浮かべておいでです。わたくしからすれば無茶な理由ですが、このかたのなかでは正統性があるのかもしれませんわ。


「ヴィッラッゾさま。いえみなさまに、ひとつ質問をしてもよろしくて?」

「──なんだ」

「聞く必要なんてない! こんなやつ、あたしがぶっ殺して──」

「口をはさむな」

「……っ」


 凍り付くような殺気が、ヴィッラッゾさまから発せられました。いえ、実際に冷気が漂ってますわ。氷の魔術師ですの。石畳が凍り付いて霜を張り、灰黒狐が驚いて走り回っております。


「女、質問を言え」

「はい、では──あなたさまの名前をエルさまが勝手にお使いになって、わたくしが冒険者にふさわしいか否かを、お決めになる権利がありますの?」

「──ない」

「そんな、あたしはみんなのために──」

「ありがとう存じます。ではわたくしは堂々とギルドの一員になりますわ」


 くだらない話をするな──そんな目つきでヴィッラッゾさまはわたくしをねめつけ、興味が失せたとばかりに視線を外しました。かわりに僧侶のかたがわたくしを見ました。


「信仰に従え。内なる神はお前を導く。信仰に従って殺すのだ」

 

 ずいぶんと物騒な信条をおっしゃいます。


「すきにやりゃァいいんだよ。ええ?」


 スキンヘッドの戦士さまは笑顔でそうおっしゃられました。こちらのかたは分かりやすくて助かります。


 そうです。わたくしは自由なのです。好きにさせていただきましょう。


 そう認めたとき、頭の中に精霊魔法の術式が浮かんできました。

 世界に満ちた偉大なお力との接点が、毎日お祈りをかかさす捧げた力を引き出す方法が、今、ここで、理解できました。


「──風融帯ウインドメルティックカーテン


 自然と術式が紡がれました。

 透明な緑色をした風の精霊さまが、エルさまに背中から抱き着き、しなだれかかります。

 ヒトガタをした緑色の暴風が、帯となってまとわりついて、呼吸器をそっと塞ぎました。


「かっ──」


 口をぱくぱくと開けて何か叫んでいらっしゃいますが、声は声になりません。

 剣を支えに起き上がろうとなさいますが、頭が地面に押さえつけられてゆきます。

 涙がにじんで、よだれと鼻水もこぼしていらっしゃいます。

 目が赤く充血して、いよいよわたくしを見ておりません。必死に空気を吸い込もうをしていらっしゃいます。


「──ッッッ」


 何度も呑み込む仕草で喉が動いておりますが、空気と呼べるものはおくちの中に存在していないでしょう。

 

 たいそう残酷な光景ですが、わたくしは当たり前の光景に見えました。

 コボルドを刺したときに見た、生命が消えてゆく視線を思い出しました。

 このかたが地上からいなくなる真実だけが、無機質に横たわって現実になろうとしております。


「……ッ! …………!」

「もういいだろ! やめろよ!」


 ギャラリーの中からお若い見た目の冒険者さまがこちらに走り寄っていらっしゃいました。

 手には斧を持っておいでです。明らかにわたくしを一撃しようと振りかぶっておりますわ。

 

 わたくしは風の精霊さまの集中力を切り、その場から距離を取りました。 

 あまり高価とはいえない武装をつけたかたが何人も進み出ていらっしゃいました。

 エルさまはそのうちのおひとかたに助け起こされております。

 おそらく仲間のかたですわ。

 エルさまがピンチになってギャラリーをおやめになったのです。


「かひゅー、かひゅー……」

「大丈夫か! チクショウ! 何てことしやがる!」

「なんてやつだ。登録したばかりでもめ事をおこしやがった! こいつ冒険者の先輩をばかにしてるぞ!」

「こほっ、けほっ、あいつをころして……ころしてよ……」

「ああ、任せとけ。仇はうってやるからな!」


 強盗に説教を受けている気分ですわ。

 頭から尻尾までエルさまが悪いと存じますが……。

 肩を支えらえれて、エルさまは通りの向こうに消えてゆきました。わたくしは軽く頭を下げましたが、そんな場合ではありません。


「俺たちの仲間にけがをさせやがった。てめえどう落とし前をつけんだよ」

「あのかたが先に絡んでいらっしゃいましたの」

「うるせえ! どう落とし前を付けるかって聞いてんだ!」


 はぁ……もううんざりですわ。どうしてみなさま仲よくできませんの? 

 その労力をもっと建設的にお使いください。わたくしはもう自分で対処する気がなくなりました。こういうときはどなたかにお頼みしましょう。カルト信徒の処刑を担当したときのように。


「もし、ヴィッラッゾさま。金貨100枚でそちらのかたがたを、痛い目にあわせていただけませんか?」

「──何だと」

「てめえきたねえぞ!」


 何か仰っていますが聞こえません。無視ですわ。


「ひとりにつき金貨100枚お支払いいたします。当分足腰が経たない程度に、痛めつけてくださいませ」

「──おもしろい」

「ありがてえ。俺もやっていいだろォ?」


 スキンヘッドの戦士さまが喜色をうかべてわたくしを見ます。このかたはわかりやすくて好感が持てますわ。


「もちろんです。僧侶さまもわたくしの依頼をお聞きくださいませ」

「おまえの信仰だな」

「ええ」


 なんのことやらわかりかねますが、頷いておきました。


「よぅし! ヴィッラッゾ! バトリア! お貴族様の依頼だ! カネを稼ぐぞ!」

「──やってやる」

「おお、信仰の響きが聞こえる」


 僧侶のかたも加勢してくださいました。壁に立てかけていた赤黒い戦槌を手に持つお姿は、狂信者的な威迫を感じます。


「お、おい。あんたらは関係ないだろ?」


 エルさまのお仲間さまは困惑しております。人数的にはエルさまのお仲間は5人で上回っておりますが、まとった雰囲気も装備もこちらがわが優位です。


「ではお任せいたします。お支払いは後程ギルドにお預けしておきますわ」

「任せとけよォ!」


 スキンヘッドのかたが躍りかかって、すぐに闘いが始まりました。殴られた若い冒険者のかたがギャラリーの人壁まで吹き飛んでおります。さあわたくしは、この場から立ち去りましょう。

 足元にやってきた灰黒狐を伴って、足早に人垣を抜けます。


 メンバーズカードに登録するだけでこの騒ぎです。やはり庶民のかたはスリリングな日常を送っていらっしゃいますの。わたくしも見習ってスリリングなダンジョンに籠りましょう。


 なにせお支払いする金貨が足りないのですから。

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