第55話 再び

   ◻︎◻︎


 ポータルを開け、再びその地を踏みしめる。東部の隣、ここは乾いた大地の殺風景な男爵領……。

 あの日ここを離れてからもう二日が経過していた。気持ちを新たに、アリアベルとライはまたここに立っている。すぐにシルフも合流し、そこへ今日はもう一人、魔術師っぽい服に身を包んだリコナもメンバーに加わっていた。

 アリアベルの後ろに立つリコナの表情はとても硬い。緊張感たっぷりに辺りを警戒しながら見回している。そこに数日前までの気の弱そうな感じはなく、強さが窺えるようになったのはやはり魔力のせいだろう。病気の完治を知ったと同時にリコナは自信を取り戻した。そしてあの日、エルヴィンの為ならどんな事でもやると言ったリコナは言葉通り、ジンやライの要求にも見事応えてみせたのだ。


「おいリコナよ、分かっているな? もし魔人に怯んだり気を失ったりなどしおったら、我は承知せんからな!」

「……は、はい! もちろんです、ライさん!」


 ライの言葉にリコナは頷く。実はジンやライが出したリコナへの要求とは、魔人を前に決して怯まない事と、そして気絶しない事だった。それらを克服する為にリコナは修行もさせられたのだ。以前アリアベルが作った第二の未空間、あの真っ白なだけの空間で、リコナは事前の特別訓練を受けていた。その訓練内容だが、まずは子供の時以来で忘れていたであろう魔力の扱いに慣れる事から始まり、自分の身を守る為の最低限の防御魔法を扱えるようにと、昔の記憶や感覚を思い起こしながら魔術の再トレーニングをしたのだった。


「もう、ライったら、どうしてそんなにスパルタなのかしら」

「我は何事もスムーズに進めたいのだ! いちいち気絶などされては面倒だろう!」

「それにしたって……」


 ライはリコナの弱い精神面を心配していた。もし重要な場面で気絶される事があっては敵わないと。そうなれば自ずとアリアベルに負担がかかる事になり、ライはそれを危惧していたのだ。だからこそ修行部屋では自ら指導を買って出た。リコナには最初こそキツくて何度か倒れてしまったが……。


「アリアベルちゃん大丈夫! あの特訓のおかげで私、すごく耐性がついたんだから! 魔人を見ても倒れたりしないわ!」


 それだけは自信を持って言える事だった。何故ならライが行った訓練というのが、あの魔人よりももっと恐ろしい見た目の化け物を何体もリコナと対峙させるものだったからだ。ライは考えつく限りのおぞましさ、グロテスクさを追求した化け物を具現化しては対峙させ、それに慣れさせる事で、もはや魔人のビジュアルなど普通だと思える様にしたのだった。


「それとだ、何度も言うが、エルヴィンの奴は今、姿形はないからな! おそらくは指先ほどの肉片だ! 見てもショックを受けるなよ!」

「……は、はい……」


 そう返事はするものの、さすがにこれはリコナには堪えるようだった。エルヴィンが只の肉片になど、初めて聞かされた時はもちろん倒れてしまったし、何度言い聞かされても辛くて顔を歪めてしまう。だが、これもライがあえてした事だ。魔人と分離した際には必ずやそれを目にしてしまう事から、ショックを和らげる為にライは言い聞かせていたのだった。


 果てしなく広がる荒野の空は分厚い雲に覆われていた。陰る大地は不穏さを底から湧き上がらせ、湿り気を帯びた空気が重く感じられる。アリアベルはすでに気配を感知していた。間違いなくこの男爵領のどこかに潜んでいる魔人は、きっと影にその身を隠してさえいれば自分は安全だと思っているだろうが、そんな事は関係ない。それぞれが立ち位置を確認した所でアリアベルは早速捕獲に取りかかった。


「……さあ、魔人さん、出ていらっしゃい……」


 まずは気を高め、アリアベルは事前に張り巡らせていた結界内に探索包囲網を広げてゆく。アリアベルの視覚では光る網のように見えるそれは瞬く間にこの男爵領に行き渡る。前に全世界に向けてかけた時よりもそれは容易くものの数秒で完了した。しかも既に魔人の体は調べ尽くしてあるので、いくら身を隠していたとしてもこちら側から自由に引っ張り出す事が出来るのだ。

 はっきり伝わるエネルギーの流れ……。その存在を確認した所でアリアベルはおもむろに宙を掴んで引っ張った。すると大気が動いた感覚と共にカタカタと地面が振動して遠くから何か黒いものが迫ってくる……。やって来たのは影だった。地面を滑るように移動してきたそれは何度も地表で歪に形を変えている。そこに潜っているであろう魔人は激しく抵抗しているのだろうが、それは無駄な足掻きである。アリアベルが再び引っ張るような仕草をすると影がなくなりヌルリと魔人が這い出てきた。魔人はすぐに身構えると歯をギリギリと食い締める。


「……くッ……」


 まさか引っ張り出されるとは思わなかったのだろう、魔人はかなり動揺している。そんな魔人を前にアリアベルは一瞬チラリとリコナを見るが特に怯えている様子はなく、神妙な顔つきになっている。おそらく魔人の中のエルヴィンを意識しての事だろう、複雑な思いを汲みながらアリアベルは再び魔人に目を向けた。


「またお会いしましたわね、魔人さん」


 アリアベルがそう言うと魔人はカッと両目を見開いた。それは少しでも意識を失ってしまえばまた先日のように灰茶色の世界に連れて行かれる、そう思ったからであり、目には気迫がこもっている。更にはやられる前にやってやるとその後はすぐに攻撃を仕掛けてきた。


「――死ねェェッ……!」


 闇の魔術である砲弾がこちらに打ち込まれる……。

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いにしえの大聖女は自由気ままに世界を救う 雅楽夢 @bee3gamu8

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