第54話 リコナの決意
その後、アリアベルは順を追ってリコナにこれまでの事を打ち明けた。計略にかけられ、共に処刑となったその後の、リコナが知り得なかった話の部分……。エルヴィンが魔力を搾り取られるだけの生きる屍にされた事。復讐の為に魔人と融合し王国を滅亡させた事……。
アリアベルは終始言葉で事実を伝えた。精霊や神獣たちのように感覚共有の記憶映像を用いなかったのは、その内容があまりにもショッキングで、とてもじゃないがあんな姿にされたエルヴィンを見せられない、リコナには耐えられないと思ったからだ。だが、それでもリコナは話の途中で二度ほど意識を失い倒れてしまった。言葉のみで伝えてもこうなのだから記憶映像なんて見せていたらどうなっていた事かと想像するだけでアリアベルはゾッとした。
「……うっ、……うっ、……そんなっ、エルヴィンっ……! どうしてこんなっ……こんな事って……!」
リコナの悲痛な声が耳に刺さる。アリアベルとしてはこうなる事が分かっていたから事実は告げずにいたかった。もうリコナが悲しむ姿を見たくない、泣かせたくない、だからこそ自分たちだけでどうにか出来るならと、そう思っていたのだが……。結局はこんな風に悲しませる事となってしまい、アリアベルは胸が詰まる思いがする。
「……すみません。辛い思いを、させてしまって……」
「ちがっ……アリアベルちゃんが、悪いんじゃ……! ……ただ、エルヴィンがっ……エルヴィンがあまりにも不憫でっ……」
「……本当は、私の力だけでどうにかしたかったんです。こんな風に傷を抉る事なく、全てを解決したかったのですが……、私だけでは難しくて……」
「――! そうだわ! アリアベルちゃん、さっき私に力を貸して欲しいって……! あれはどういう事なの!? 救うって、エルヴィンを!? そんな事が可能なの!?」
食い入るようにリコナはアリアベルを見つめてくる。壮絶な話に胸を痛め相当なショックを受けつつも、その眼差しに絶望はなく、希望にすがる必死な思いが見て取れる。……ところが、
「救えます。リコナさんの魔力があれば」
アリアベルが言った瞬間、リコナの瞳にスッと影が差し込んだ。外れた目線。急に脱力したその姿は弱々しい。
「……そんな……」
「あの魔人と切り離して、その後、元のエルヴィンさんの体に戻す為には膨大な魔力が必要となります。しかも、エルヴィンさんと相性の良い魔力じゃないとダメなんです」
「…………」
「膨大な魔力だけならゴーレムがいたので何とかなったのですが……、問題は、あれが私の神聖力を変換しての魔力だったので、とにかく相性が悪かったんです。すぐに拒絶されてしまいました」
「…………」
「その点、リコナさんであれば相性としてはバッチリかと。幼い頃、リコナさんが怪我をしたエルヴィンさんに回復魔法をかけたと前に聞いていましたし、エルヴィンさんもリコナさんに回復魔法をかけた事がある……。お互いが相手の魔力を覚えているので体に馴染みやすいでしょうし、何より気心の知れた者どうしなら尚更……」
ここでアリアベルは口を止めた。さっきからリコナが俯いたままで何も言葉を発しない。どうしたのかとアリアベルが「リコナさん?」と声をかけると、リコナは更に俯き縮こまりながら震える声でこう答えた。
「……無理だわ。私にエルヴィンは救えない……」
「……え?」
「言っていなかったかもしれないけど、私、体内魔力消失症なの。ごく僅かしか体に魔力を保有出来ない……」
「あ、はい。それは前に聞きましたけど……」
「ごめんなさいっ! 私は何も出来ない役立たずだわっ! エルヴィンをっ……エルヴィンを助けてあげられないっ……!」
「リコナさん、落ち着いて下さい。確かにそうでしたけど、今はもう治っているじゃないですか」
「………………え?」
「不安に思うのも分かります。確かに魔人は闇の魔術を使いますし、見た目も怖いですし、手強い相手に思うかもしれません。でも――」
「――ちょ、ちょっと待って……! アリアベルちゃん今っ……! 私っ、……えっ!?」
「……え? はい? ……え!?」
何だか噛み合っていない様な二人は互いに顔を見合わせる。そこへ、どうやら様子を見に来たらしい、風の上位精霊ジンが話に割り込んだ。
「やあリコナ。気付いてなかったかもしれないけど、実はね、君の病気はとっくに治っているんだよ。君を救出した、その時にね」
「……! まさか! だって、これは治らない病気でっ……」
「君、誰を前に言ってるの? アリアベルに治せない病気なんてあるはずないじゃないか」
「……え!? あっ、……で、でも……」
目をウロウロさせた後、リコナは不安気に自分の両手に視線を落とした。それを見たアリアベルが「ああそういう事ね」と気が付いてすぐに自身とジンに術を施す。使ったのは神聖遮断。するとすぐにリコナの顔つきが変わってくる……。
「……う、そ……これ、魔力だわ! 私に魔力が……魔力がこんなに溢れているわ!」
常時だだ漏れ状態だった神聖力を遮断した事でリコナはようやく自分の中の魔力の存在に気が付いた。久しく感じる事のなかった感覚。血液と共に体中に魔力が巡っているのがよく分かる。
「常に誰かがリコナさんの側にいたから、それで気が付かなかったという事かしら?」
「刷り込みもあったと思うよ? 自分はもう治らないって強い刷り込みがさ」
「……そうなのね」
「でも、やっぱり一番は僕たちがいろいろ凌駕してるからね。こんなのが周りにゴロゴロいたら気付けないのも当然さ」
「まあ、ジンったら、なんだか偉そうなのね」
そんな会話をしていると、リコナがまた大粒の涙を流し始める。さっきまでの影を落とした姿ではなく、再び希望が灯った瞳でアリアベルに問いかけた。
「……アリアベルちゃん、私……出来る? これで、エルヴィンを救う事が……出来るの……?」
「……必ず、助け出しましょう。ただ、私も頑張りますが、リコナさんにも相当頑張ってもらわなければならなくて……」
「もちろんよ! エルヴィンの為ならどんな事でもやってみせるわ! 私っ、頑張るから!」
大きく響いたリコナの声。その泣き顔には揺るぎない決意と力強さが滲んでいた。
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