第三章――子供たち⑧――

「ロッタも、おじいちゃまがすきだよ。おかおこわいけど、だっこしてくれる」


 二桁にもなっていないロッタが、幼いゆえの素直さを発揮した。

 こちらを見あげるロッタにフェンリルは、そういえば自分が老人と出会ったのも、ちょうどこのくらいだったかと思い出す。


「じいさんが戻ってきた時にはまた、増えてるかもな」


 何が、とは誰も口にしなかった。


「そうなったらぼくら、ちょっとした一族だね」


 ルクーの一言に、ヘルガが乗った。


「一族なら名前をつけないと。色は当然青でしょう、じいさまもフェンリルも青髪だしね。鳥は?わたしははやぶさがいい」

「ぼくは梟かなぁ」

「ロッタはね、ロッタはマガモ!おいしくてきれい!」


 フェンリルは小さく笑った。


「マガモじゃすぐに食われちまう。家族を守って戦えるような、強い鳥でないと」

「えぇー。じゃあどんなとりさんならいいの?」

「自分で狩りをするような……鷹とか」

「鷹もいいね、青鷹あおたかの一族。いかにもじいさまの身内だ」


 にこやかに手を打ったヘルガだったが、少々ばつが悪そうにつけ加えた。


「でも、きっと、じいさまは集落暮らしなんてしたがらないよね」

「ヘルガは集落で暮らしたいのか?」


 何気なく問いかけたつもりだったのだが、ヘルガは驚いたような顔になった。

 わずかに目を見開き、それから、手元の洗濯物をぱんっと小気味いい音をたてて伸ばした。


「そりゃあ、まあね。流れ者自体は珍しくないけど、地の民アマリ相手に盗賊なんて、いつまで続けられるだろうって。……正直、不安だよ」

「そうか?――そりゃあ、そうか」


 彼女がボズゥと共に仲間入りして四、五年はたっただろうか。トルヴァは、もう少し長かったはず。結構一緒にいたのだなとも、まだそんなものだったかとも思った。

 しかしこうして仲間の心の内を知るのは、初めてな気がした。

 フェンリルは老人の放任主義に嫌気がさすことはあれど、暮らしに不満があるわけではなかったし、なんとなく、皆もそうだと信じこんでいた。

 だけどヘルガが抱く不安は、彼女だけのものとは限らないのかもしれない。


「この際だから言うけど、わたしは、このまま人数が増えていくんなら一族として名乗りをあげて、集落を作るのはありだと思う。じいさまはなんて言ったってもう、としだし、フェンリルは成人してる。若いけど大人はいるんだ。わたしだって、じきに――」


 一呼吸おいて、ヘルガは続けた。


「フェンリルはどう思う?」

「おれ?」

「フェンリルは、わたしたちで一族になるなんていや?どこかに留まって暮らすのは、いや?」


 ヘルガのきつい目もとが、普段の彼女とは異なったひたむきさを宿しており、フェンリルは何やら居心地が悪くなった。

 フェンリルとて、一度も考えたことが無いと言えば嘘になる。

 思わないではなかった。ここではないどこかで、老人が拾ってきた子供たちが集まり、一族となって集落を作る。

 それはなんら不思議ではない。むしろ、彼らが行き着く結果としては自然なことだろう。


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