第13話 動きそうな運命の扉

「やっぱり、先輩たちさりげないですね。僕への情報の出し方が」

 突然、鴇田が半笑いで舟橋に声をかけた。

「えっ何の話だよ」一旦部屋を出た舟橋が戻って来た。

「僕への情報の出し方ですよ、だって市川さんとも息ばっちりじゃないですか、わかってますよ。先輩が雑談してるのを、たまたま僕が聞いたという『てい』を取るって事ですね。了解ですよ」

 なんの話? 晶子には鴇田の意図が理解できない。

「先輩これ本当は、『毒殺という線でいきます!』ってことですよね」ニンマリする鴇田。

「違う違う、そんなこと言ってないし、それに被害者が毒殺って証拠は全く何も出なかったんだろ」舟橋は面倒臭そうに返した。

「舟橋先輩、忘れてはいませんよね」

 今度は鴇田も怯まない、何か自信ありげだ。

「毒殺の証拠を調べる方法はまだあるんですよ。僕さっき言いましたよね」

「お前、さっき何言ってたっけ」舟橋はノーアイデア。

「だって遺体は、まだ安置室にあるんですよ。もう忘れたんですか?」

「それは、忘れてない」

「だから、何の毒かは、遺体を解剖して検査すれば一目瞭然じゃないですか!」

 鴇田は名案思いついた少年のようなかわいい顔をしていた。

「うーん、まぁそうだな。それで、どうする気だ」困ったような顔で舟橋は聞いた。

「……えーと、だから毒殺ですって言えば、遺体を解剖調査してもらえるじゃないですか」

 無邪気に鴇田はだいたい同じことを繰り返した。

「おい、そんなこと誰にお願いするつもりだよ。何の証拠もなく毒殺だって言って、署長が解剖の許可出すわけないだろ。自己保身しか考えてない刑事課の連中だって動かない」

「あっ」と、本当に間抜けな顔になった鴇田。

「署長は無理だわ。終わった、これ完全詰んだわ……」

 イケメンは途端に投げやりで雑なヤンキー口調になった。

「だろ」

 ため息をして舟橋は部屋のドアを開けた、鴇田もそれに続いた。

「ちょっと、鴇田さん詰むのはまだ早いんじゃないですか」

 部屋に残った晶子が二人に声をかけた。

「鴇田さんの名誉を挽回して、刑事異動の夢を実現するには、他殺を立証して捜査再開しないといけない。他殺を立証するには毒を特定しないといけない。毒を特定するには容疑者を見つけないといけないわけですよね」

 晶子の噛んで含める説明を聞いても、鴇田は元気のない表情。

「そうなんです。でも無理でしょう、だからもう詰んだんです」

「こういう場合、千葉伝説の刑事舟橋さんならどうしますか」

「普通は毒の入手ルートからの捜査だろなぁ。毒が分からないで、どうやって毒を盛った犯人にたどり着くつもりだ」

 君津署の鑑識が発見してないものをどうすれば発見できるのか、舟橋にも見当がつかない。

「ですよね。あーっダメか」

 鴇田はまた投げやりな顔になった。残念なイケメンだ。大人なんだから情緒をもう少しコントロールできないものか。

「遅延毒の可能性を遡って、被害者が亡くなるまでに会った人、その行動ルートを追うんです」晶子は考えていた提案を伝えた。

「その手がありますね」鴇田の表情が明るくなった。

「いや、被害者は仙台から出張で来てるんだよな。その交友関係とか調べようと思ったら宮城県警の協力が必要になる。広域捜査協力を警察庁経由でしないといけない。君津署署長の許可もらうより一万倍難しいこというなよ」舟橋は面倒くさそうに言った。

「あぁ、それはそうですよね。一万倍は無理だな」

 一度、へこみ癖のついた鴇田は、また簡単にあきらめた。

「いちいち反応するなよ」

「舟橋さんそんな大変なことじゃないですよ。被害者は少なくとも亡くなる数時間前までは、普通に仕事してラーメン食べていたわけですよね。殺傷力の強い毒がそんな長い間も体の中に異変なく留まっていられるわけがありません。いくら難消化性のカプセルでも、人間が食べた物や飲み込んだものが排せつされるまでだいたい一日です。さらに一番強い酸の胃に留まる時間はだいたい二、三時間です」

「ということは?」

「被害者が君津に来てからの行動を追えば十分です。毒殺だとすれば、その過程で犯人と接触しているはずです」

「やったぁ」大喜びする鴇田。

「やったぁ、じゃないよ。会ってた人見つけても、証拠が無くっちゃ容疑の掛けようがない。あなた毒入れましたか? って聞くのか」また珍しく真っ当な事を舟橋は言った。

「毒の入手ルートは限られます。遅効性毒の場合、自然にあるものではテングタケ、トリカブト、後はお馴染みふぐ毒などがあります。もっと他の毒の可能性もあるかもしれないですが、千葉に来てから被害者の立ち寄り先で、これらの毒と関連のありそうな職業や場所、もしくは訪問先で、被害者が何かを食べていないかなどを調べれば、被害者の死因が絞れるように思います」

 晶子が一気に話すと二人の警察官は感心した。

「お前良く知ってるな、そんな知識どこで」

「小学校の図書室です。家の中にある身近な毒という本で知りました」

「小学生の頃から、変な本読んでるなぁ」

「すごい、市川さん素敵です!」鴇田の目はまた輝きを取り戻した。

 素敵って言ったよね。

 たとえセンスのないゆるゆるスエットを着ていても、晶子には目の前の長身のイケメンはヒョンビンがほほ笑んでいるようにしか見えなくなってきた。最初に似てると思った岡田健二とヒョンビンの顔は違うけど、晶子は気が動転している。オーラが神様美男子系で一緒だから、この際、細かい整合性は関係ない。

 普段は用心深いはずの晶子も、『この出会い、やり方次第では動く可能性のある、大きな運命の扉なのかも』と一パーセントくらい思い始めていた。

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