三 現行犯逮捕

 十一月二十四日、水曜、午後六時。

 夕刻のラッシュ時、四谷警察署生活安全課の係長三島幸子警部と安藤由香刑事が東京メトロ丸の内線各停荻窪行の電車内で男の痴漢現場をスマホで録画し、男を痴漢の現行犯で逮捕した。

 かねてより痴漢被害が多発していたため、鉄道警察隊の要請で、二人が痴漢の捜査に当って車両に乗り、監視していた矢先の痴漢常習犯逮捕だ。


 三島は男を知っていた。警視庁の警視、茂木進監察官だ。

「お前!捕まえてみれば、監察官の茂木進とは呆れたもんだ!」

 周囲の乗客は男の逮捕現場と、男が四谷三丁目駅で下車されて連行される動画をネットに投稿した。

 三島と安藤刑事は茂木進を、四谷三丁目駅から四谷三丁目交番に連行した。

「四谷署へ連絡してパトカーを出動させろ!公然わいせつの現行犯だ!常習犯だ!」

「了解しました!」

 ただちに交番の巡査は四谷警察署に連絡してパトカーの出動を要請した。


 公用車で通勤していればいいものを、スケベ心を出して電車で痴漢行為に及んだ茂木の裏の顔が明るみに出た。これで保釈されても、茂木の人生は終りだ・・。

 三島はそう思った。



 二日後。十一月二十六日、金曜、午前九時。

 三島は警視庁本部の生活安全部定期会合に出席した。


 会合後。三島は生活安全部の霧島修課長(警視)に呼ばれて課長室に入った。

 霧島課長が課長室の机から立ちあがって三島に激しい口調で言う。

「君!大変な事をしてくれたね!」

「手柄を立てた事ですか?痴漢の現行犯を捕まえただけです!」

 三島は霧島課長の言葉を軽く受け流した。

 霧島課長は三島を睨みつけた。

「そう言う事じゃない!君が逮捕したのは警視だぞ!監察官だ!」

「監察官だから痴漢をしてもいいと言うんですか?

 見逃せと言うんですか!課長!

 課長のライバルが消えて、何よりでしょう?」

 私は犯罪者を逮捕しただけだ。警視だろうと監察官だろうと関係ない・・・。

 三島はそう思った。


「監察官の変質行為は、我々も調査していた!」

 霧島課長が話の矛先を変えた。三島は霧島課長が何を話そうとしているかわかっている。

「言い逃れですか?仲間の犯罪に目を瞑れと言うんですか?

 たいした警察ですね!」

「なんだと!君が逮捕したのは監察官だ!警視だぞ!」

 霧島課長が顔を真っ赤にして両手で机を叩き、三島を睨んで威圧した。

 いよいよ職権乱用だ。パワハラ発揮だ・・・。

 三島はそう思って霧島課長を見て言う。

「茂木進は犯罪者ですよ!」


 霧島課長の顔色が急に元に戻った。にやけた顔になっている。

「証拠はあるのかね?」

 物証なんかあるはずが無い、と思っている。

「あらゆるSNSが、痴漢現場の映像を流してますよ。茂木進の顔入りで!」

 霧島課長の顔がいっきに真っ赤になった。机をバンバン叩いている。

「なんだと。なんて事をしてくれたんだ!

 我々に盾突くと、どうなるか、わかってるのか!?」

 いよいよ始ったぞ。これからだ。三島は冷静にそう思って言う。

「さあ、知りませんね!」


「監察官の不祥事には目を潰れ!君の将来のためだ!」

 霧島課長は人事権を翳して脅した。恫喝だ!ついに本性を現した!

「犯罪を黙認しろと言うんですか?」

「わかってるじゃないか!」

「黙認はしません!絶対に!」

「わかった。君はクビだ!いいか!命令違反だ!クビだ!」

 霧島課長は机を叩いて喚いている。

 三島は呆れて溜息をついた。


 その時、課長室のドアが開いた。

「そこまでだ!」

 吾妻直輔参事官(警視正)が警護の警官たちと共に現れた。

「課長!警視同士で罪の言い逃れか?

 三島!霧島を逮捕しろ!

 職権乱用!職務法違反!恫喝!これまでの痴漢行為に対する犯人隠避、指定暴力団からの収賄容疑だ!」

「霧島修!逮捕する!ここでの会話は全て警視庁内に放送して記録してある!」

 三島は霧島課長に手錠をかけた。

「・・・」

 霧島は何も言えず、怒りからブルブル震えている。


「三島君の提案でね。君の話は全て警視庁内に筒抜けだよ。

 日頃から、身内が犯した犯罪の隠蔽が続いてね。

 君は茂木を調べてたなんてごまかしたが、私は、君と茂木を徹底して調べたんだ。

 まあ、茂木が捕まって、君の犯罪も明るみに出たってもんさ。

 組対の監視対象から買春してた事もわかってる。連れてゆけ!」

「歩け!」

 霧島が二人の警官に連れてゆかれた。


 霧島が部屋から出てゆくと、吾妻参事官が三島に告げた。

「三島君。本庁に来る気はないかね?」

「ありません。ああいう輩を相手にしたくありません」

 そう言って三島は課長室を出た。

 三島が出てゆくと吾妻参事官は思った。本庁には三島のような警察官が必要だ。人事はいったい何をしてる?貴重な人材を埋もれたままにするのか・・・。


 警察幹部の不祥事は後を絶たない。小さな事は全て警察上層部の権力の下に握り潰される。警察組織の下部にいる者たちは上司の犯した罪を被るか、上司の罪に目をつぶらされる。対外的には、収賄によって大麻売買を黙認したり、証拠捏造による犯人のでっち上げなど、数えたら切りがない。

 警察内部では、警官が犯した犯罪情報が上層部の圧力で握り潰されて外部に漏れないため、隠れた警察官の犯罪は、万引きから殺人まで数えたら切りがない。

 こうした権力を笠に着て法を犯す者に、法は必要ない・・・。自分たちで勝手に裁いたのだから、他人から裁かれるのを覚悟しているはずだ・・・・。

 三島はそのように思いながら警視庁を出た。

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