二 現場検証

 二〇三二年、十一月二十一日、日曜、午前十時。

 江東区の廃工場から、潰れたパイプ椅子に座ったままの男の変死体が見つかった。発見者は廃工場から離れた住宅地に住んでいる小学生だ。晩秋なので死体は腐乱していない。夏なら蠅が飛び交っているだろう。


 現場で検視作業が進んだ。

「死因は、陰茎と睾丸は引き千切られたための失血死です。切られたんじゃないですね。何かで引き千切ったようです。凶器は不明です・・・」

 検視官がパイプ椅子の傍にある陰茎と睾丸を示した。

「血液の凝固状態から判断して、死亡推定時刻は四日前の十一月十七日木曜午後二時頃ですね」

「骨折や打撲は死因ではないのか?」

「骨折や打撲ではありません。失血死です。

 舌も鼻も耳も焼き切られて両手を潰され、椅子に座ったまま二階から落下した。

 そして腰と背骨を骨折したが、陰茎と睾丸は引き千切られて出血したままになった。

 そういう事です・・・」

 検視官は、警視庁城東警察署の係長の大嶋茂樹警部にそう告げた。

 この廃工場はプラント設備を組み立てて機能を確認した工場だ。二階は一般家庭の三階に相当する。


 鑑識官が現場の二階を示した。

「二階も階段も調べましたが、足跡も指紋も、パイプ椅子を引きずった跡も、何も残っていません。パイプ椅子の指紋は被害者の物だけです」

「二階から落された痕跡は無いのか?」と大嶋警部

「ありません・・・」

 加害者は、重傷を負わせた被害者をここに連れてきて、ここで局部を引き千切ったのか・・・。


「パイプ椅子に身体と手足を固定していたのは結束バンドでしょう。

 手はこの椅子の肘掛けに乗せたまま潰された・・・」

 鑑識官は男が座っている変形したパイプ椅子を示した。

「顔の部分を焼き切った凶器、手を潰した凶器、陰茎と睾丸を引き千切った凶器、全て不明です。

 ここからは推測です。

 顔の部分を焼き切ったの高周波切断機でしょう。あとでここの電力使用量を確認しますが、おそらく電力は使われていないでしょう。

 パイプ椅子の変形から判断して、手を潰したのは大きめのハンマーでしょう。

 何を使って局部を引き千切ったか、わかりません・・・。

 今のところ、遺留品は見つかってません・・・」

 鑑識官は被害者の腕と脚と腰を示してそう報告し、遺留品の捜査に戻った。


「被害者の所持品はありません。犯罪者名簿に被害者の名はありません。

 身元は不明です・・・」

 男の指紋を照合している菊川聡刑事が大嶋警部にそう報告した。

「この工場に出入りしていた人間がいなかったか、周囲の聞き込みをしろっ。

 男の身元も調べてくれ。これじゃ、顔写真も作れんな・・・。

 あえて身元がわからないように、鼻を切断したのかも知れん・・・」

 大嶋警部は菊川刑事にそう言った。

「了解しました」

 殺傷に使った凶器は不明。犯人の足跡も遺留品も無し。おそらく聞き込みで何もでないだろう・・・。プロの犯行か?それとも捜査に詳しい者の犯行か?

 大嶋警部が感じたとおり、その後の聞き込みで犯人に関することは何も浮んでこなかった。

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