一 処刑

 二〇三二年、十一月十八日、金曜、午後一時。

「起きろ!」

 頬を叩かれて某組織の阿久津裕は目を覚した。腕と足が動かない。見ると腕も足も結束バンドでジュラルミンのパイプ椅子に固定されている。阿久津の横に黒覆面の黒い服装の男が立っている。

「何だ!これは何だ!?ここはどこだ?」

「騒ぐな・・・」

 覆面の男の声は音声変換された機械的な声だ。パイプ椅子の阿久津は周囲を見わたした。フロアの先の遙か下に一階らしきフロアが見えた。阿久津がパイプ椅子に座っているのは高い二階らしい。


 覆面の男がパイプ椅子の阿久津の耳もとで囁いた。

「お前、女がいないんだろう?」

「いる!女はいる!いい女だ!」

 パイプ椅子の阿久津は恐怖で怯えながら答えた。

「嘘を言うな。女がいれば痴漢はしない」

 覆面の男は阿久津の耳元でそう囁いた。

「痴漢はしてない!嘘じゃない!」

 パイプ椅子の阿久津の声が震えている。覆面の男が阿久津の股間を示した。

「その股間に染みを付けた事があるだろう?調べればわかる。

 犯行の画像もある。見ろ」

 覆面の男はフロアのバッグからタブレットを取りだして、男が電車内で若い女の背後から痴漢をする動画を見せた。痴漢をしているのはパイプ椅子の阿久津だ。


「ズボンに付けたのは牛乳だ」

 阿久津は慌てた。この動画の次の場面で何が起るかわかっている。

「そう慌てるな。先がある・・・。

 ほれ、ズボンの股間が染みになった。

 牛乳はズボンの中からは出ない!それともお前の股間に牛の乳があるんか?」

「・・・」

 阿久津は沈黙した。パイプ椅子に腰と手足を結束バンドで拘束されている。身動きできない。


 覆面の男はタブレットをバッグに入れて防毒マスクを取り出した。

「弁解の余地はないな」

「何するんだ!やめろ!やめ・・・」

 覆面の男が防毒マスクを阿久津の顔に被せた。十秒ほどでパイプ椅子の阿久津の動きが鈍った。

「麻酔薬を仕込んでおいた。この方が気分がいいだろう」


 しばらくすると阿久津の身体から感覚が無くなった。覆面の男は阿久津から防毒マスクを外してバッグに入れ、パイプ椅子の傍にある小型高周波電流発生機を黒のゴム手袋の手で撫でた。阿久津はその装置の用途を知らないが拷問に使うと感じている。

「嘘を言う舌はいらない・・・」


「ウッッッッ・・・」

 阿久津が、やめてくれ!と言っているが麻酔が効いて言葉にならない。

 覆面の男は床のバッグからプライヤを取った。パイプ椅子の阿久津の口をこじ開けて、プライヤーで舌を引き出して高周波電流の電極で舌を挟み、電流を流した。

「ウオッッッッ・・・」

 阿久津が呻いた。舌が焼き切れた。舌の血管は焼かれて出血しない。阿久津が呻き声を上げて身体を動かそうとするが、麻酔が効いて動けない。


 覆面の男か阿久津の鼻を見た。

「女の匂いを嗅ぐ、これもいらない・・・」

 阿久津の鼻が電極で挟まれた。電流が流れて鼻が焼き切られた。

「ウオッッッッ・・・」

「お前が女から何か聞く機会はもう無い。これもいらない・・・」

 こんどは両耳が焼き切られた。

「ウオッッッッ・・・」

「女の尻と胸を触ったこの手はお仕置きだな・・・」

 阿久津の腕は、パイプ椅子の肘掛けに結束バンドで拘束されている。麻酔が効いて動かない。覆面の男はバッグからハンマーを取り出して、阿久津の右手を叩き潰した。

「ウオッッッッ・・・」

「左手だ・・・」

 男は阿久津の左手を叩き潰した。

「ウオッッッッ・・・」


「これで女に触れない・・・。

 一番は、これだ。これがなければ痴漢をしなくなる・・・」

 黒覆面の男はハンマーをバッグに戻して裁ちバサミを取り出した。男のズボンを切り裂いてバッグに戻し、絞首刑のロープのような仕掛けを施したピアノ線を取り出して睾丸と陰茎の根元を括った。

「ウウウッッッッッ・・・」

 阿久津が、やめろ!と言っているが声にならない。


 黒覆面の男がゴム被覆したピアノ線の末端を鉄骨に括りつけて、阿久津をパイプ椅子ごと引きずった。ここは倒産した町工場だ。天井まで吹き抜けで、吹き抜けの周囲に、一般家庭の三階の高さの二階があり、阿久津はここにいる。


「さあ、今日までいっしょだった玉と竿とお別れだ」

 覆面の男は焼き千切った舌と鼻と耳を阿久津の太股に載せて、パイプ椅子ごと二階から阿久津を蹴落とした。


「ウオッッッッ・・・」

 阿久津はパイプ椅子に座ったまま落下した。コンクリートのフロアに落下する三メートルほどの高さで、阿久津の股間に括られたピアノ線が伸びきった。

「ギャッッッッ・・・」

一瞬、阿久津の落下が止まったように見えて、阿久津は悲鳴を上げてコンクリートの床に落下した。阿久津の股間から血が飛び散り、床から三メートルの高さに、ピアノ線に括られた睾丸と陰茎がぶら下がっている。


 二階にいる覆面の男はピアノ線を揺すって、千切れた阿久津の部分を一階フロアに落した。鉄骨の支柱に固定してあるゴム被覆されたピアノ線の末端を解いて巻き取り、ポリ袋に入れた。小型高周波電流発生機とピアノ線の入ったポリ袋をバッグに入れて背負い、階段を下りて一階のコンクリートのフロアに立った。


 千切れた陰茎と睾丸、鼻と舌と耳が、潰れたパイプ椅子の傍に落ちている。

 覆面の男はパイプ椅子の男の頸動脈に手を触れた。鼓動はするが弱い。千切れた鼻の前に手を翳した。かすかに呼吸している。

 覆面の男は背負っているバッグを床に置いた。食塩水入りのペットボトルを取り出してパイプ椅子の阿久津の出血が止まらぬよう、千切れた股間に食塩水をかけた。


 パイプ椅子の阿久津はまだ麻酔が効いている。

 覆面の男は、阿久津の腕と脚と腰をパイプ椅子に括りつけている結束バンドを切り取ってバッグに詰め、周囲を確認した。足跡も遺留物も、何も残っていなかった。

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