第25話 ストーカー

「はいはい。分かったからさっさと部活に戻れ」

「言われなくても行きますー」


 彼女はラケットを手に立ち上がると、そのままテニスコートに向かって歩いて行った。


「はあ……胃が痛い」


 表向きツンツンしているが、それを隠れ蓑にヤンデレ特有の変態行為をコソコソとしまくるから質が悪い。

 普通にしてくれている分には良いのだが、妹はオレに何かしらの危害を加えようとするときに限って、普段隠している変態部分を露骨に見せてくる。

 それが余計に恐怖心を煽り立て、いつ何をされるのか分からない状況では心臓がバクバクしてしまう。

 妹が側からいなくなることで、ようやく一息つける。

 オレは教室に戻り、荷物をまとめて帰る準備をした。


「今日は一人だな」


 今までは心が読めなかった頃のむすっとした妹に辟易しながら帰っていたから、一人で帰るのは久しぶりであり、少し寂しさを感じた。

 学校を出て、いつも通り帰宅路につく。

 しかし、今日は何故か後ろから足音が聞こえてきた。


「ストーカーか?」


 心当たりが腐る程あるオレは名探偵が迷宮入りになりかけた事件を解決する時のように、疑惑をすぐに確信へ変え、ストーカーらしい者がいるであろう場所へわざわざ足を運ぶ。


「おっと、奇遇だな」

(尾行がバレた? いや、この私がボロを出すとは考えられないな。もしかしたら、私と彼は赤い糸で繋がっているかもしれない)


 隠れていたのは風紀委員長の美山鈴音であった。彼女はとにかく妄想が激しく、オレが側にいるだけであることないこと色々な事を想像できる。


「どうしてオレの後を付けて来たんですか? 風紀委員の仕事ってわけではなさそうですが」

「偶然だ偶然……さっきも言っていただろうが」

(これがデート……彼との初めてのデートになるのか! ああ、幸せすぎてどうにかなりそうだ)


 彼女は頬を赤らめながら、オレの手を握ってきた。突然のことであり、オレは慌てていた。


「ちょっ!?」

(しまった、つい握ってしまった! どうしよう、夫に嫌われていないだろうか)

「ん、なんだ? 私の手を握ることがそんなに嫌なのか?」

「いや、いきなりだったので驚いただけで……その」

(やはり、結婚したばかりで恥ずかしがっているのか?)


 彼女はオレの手を握りながら、真剣な表情で見つめてきている。鈴音はすでにオレと婚約していると妄想を拡げており、心の中ではオレのことを夫と呼んでいる。


「すまんすまん、気がはやってしまったな」


 彼女は掴んだ手を離すと、オレの意思を考えずに手を繋いだことについて謝ってきた。


「こちらこそ、手を繋いだくらいで騒いでしまってすいません」


 その後は彼女と別れ、家路に着こうと思っていたが、オレとしてはとっくに別れたはずの鈴音はいつまでもオレの後を追ってくる。


「あの……」

「気にするな。今日は用事があって君と同じ方向に向かう予定があるのだ」

(妻として、夫が浮気しないように監視するのは当然のこと)

「そうですか」


 結局、彼女がオレから離れてくれることはなかったので、オレは諦めて彼女と一緒に下校することにした。


「それにしても、君は意外と積極的なんだな。様々な女子と仲良くしている」

(この学校には見た目が美しい女子が何人もいるからな。だが、惑わされてはならんぞ。私以外の女はみんなクズだ)

「みんな優しいんですよ」


 優しいには優しいけど、優しいのベクトルが一般的な人間のそれとはかなり異なり、歪んだ好きの感情を湧き立たせている。

 ちなみにこの鈴音ものあさんや杏里とどうるいであるが、彼女はやはり自分のことをまともだと思い込んでいた。

 オレは彼女をのあさん級のやばい人だと思い、暴走するラインが判明するまでは警戒を緩めないつもりである。

 電車に乗り、家の近くまで来ても彼女がオレから距離を取る素振りは見せなかった。


「本当に奇遇だな。ここまで道が一緒だとは思わなかったぞ」


 彼女の緑がかったボブカットが、彼女が歩く度に重力に逆らい、ふわりと浮く。

 腕には風紀委員の腕章が嵌められており、見た目からして真面目な性格である。


「本当に、奇遇ですね」


 だらしないオレとは真逆のそんな性格というのもあり、オレは鈴音のことがなかなかに苦手である。これまで校門を通る度に注意され、よく制服を直されていた。しかも彼女に注意されるのを恐れ、かなり整えた状態でも難癖をつけてくる始末であった。

 彼女の思考が見えた今、やたらとそうした行動をしてきた意図も分かるというもの。


(風紀委員長の立場とは便利なものだな。合法的に指示を出し、英二の方から来させることができるのだから。それに、私の指示に従わない生徒はいないからな。これも日頃の行いが良いおかげだな)


 心の声が聞こえてくるのは相変わらずであり、公然と自身の職権濫用を自慢する鈴音にオレはため息をつくことしかできなかった。


「どうかしたか?」

(はぁ……可愛い。やっぱり、私は英二のことが好きなんだな。この気持ちが抑えられなくなる前に早く一緒にすみたいな。でも、まだ高校生だし、焦りすぎはよくないか)

「何でもありませんよ」

「そうか、ならいいのだが」

「そろそろ家に着きますね。ではまた明日」

「ああ、気を付けて帰るんだぞ」

「はい、ありがとうございます」

(もうこんな時間か……もう少し彼と話をしていたいのだが、仕方がないな。あまり彼と一緒にいると私の思惑が露見する可能性が高まる。私としてはできる限りリスクを避け、彼と結ばれるべきだ)

「じゃあな」

(さようなら、私の愛しい人)

「……」

(今日は楽しかったな。彼の方も私といて少しは楽しんでくれただろうか? もしそうだとしたら嬉しいな)


 鈴音はどこかへ向けて歩き出すと、そのまま暗闇に姿を消していった。

 その後ろ姿にはかなりの自信を宿しており、堂々と歩いていくその姿からは風紀委員長としての威厳すら感じられた。変態なのに、そういうところはカッコよかったりする。


「あの人は相変わらず変態性の化身だったな」


 多分用事なんてものも無く、こっちに気付かれた際の言い分もオレにくっつくための理由付けであろう。

 彼女はいなくなったはずだが、どことなく視線を感じる。視線の正体は分かり切っている。さっきあれだけいたんだ。間違える方が不思議だろう。

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