第24話 真の恋人
オレは放課後、先生から頼まれて書類を資料室に戻す作業をしていた。
妹に連絡すると多少遅れても構わないということで、折角与えられた時間を有効に使うべきだと思い、安請け合いながらいきなり頼まれた仕事を引き受けることになった。
「量多いな……」
書類はかなり多く、一人で持つのはギリギリであり、猫の手も借りたいくらいだった。だが、一人で引き受けてしまった以上つまらないプライドが先行し、是が非でもオレだけで遂行しようと溜め込んだ熱意が爆発する。
「あの、大丈夫ですか?」
(凄く重そう……心配だな)
資料室まであと半分の距離といった辺りで、知らない少女に声を掛けられる。
黒髪に黒色の瞳、見るからに控えめな性格をした、ちょっと暗めな少女は周りをヤンデレに囲まれたオレには新鮮に見える。
頭上に浮かぶ好感度は45で標準的、心の声もヤンデレたちと異なり、狂気に満ち溢れているわけではなく、至って普通である。
「えっと、君は?」
「私は2年の潮見純子といいます。あの、よろしければお手伝いしましょうか?」
彼女はオレから書類を半分くらい受け取り、代わりに持っている。そして、空いた手でオレの手を握り、そのまま資料室に引っ張っていこうとする。
「あ、ありがとう」
オレは手伝ってくれる彼女に素直に感謝の言葉を述べ、手を引っ張られていく。
彼女と話をしながら歩いていると、いつの間にか目的地の資料室に到着していた。
彼女は鍵を取り出し、ドアを開けると持っていた書類と共に室内へ入っていく。
こんなにスムーズに書類を持って行けたのは、確実に潮見さんのおかげだ。彼女がいなかったら、オレは今も書類運びに苦戦を強いられていたはずだ。
「どういたしまして!」
ああ、ヤンデレばかり見ていた瞳が浄化される。美咲はまだ理性的だけど、他三人がやば過ぎて二日にしてオレの人生はもう何巡もしたように感じられる。
鈴音は妄想癖が強く、もうオレを夫認定しているし、オレとの子を妊娠したと戯言を心の中で呟いている。妹は着々とオレを監禁する計画を進めている。のあさんなんて何をしでかすか分からない有様だ。
こんなヤバい連中が身近にいたら、胃に穴が空きそうだ。現に今も彼女たちのことを考えたら胃がキリキリと痛む。
「胃薬買いに行こっ」
潮見さんはそんなオレの前に現れた正真正銘の天使だった。のあさんみたいに裏の顔は悪魔でしたとか、みたいな期待の裏切り方も無く、オレは心の底から安堵に包まれていた。
「胃薬って、何かストレスでもあるんですか?」
「いや、ちょっと胃が痛くなっただけだよ。薬を買って飲めば治るさ」
潮見さんにはヤンデレのことはとてもじゃないが話せない。ヤンデレたちは女子に対してやたらと敵意を向け、好きあらば排除しようとする。
オレたちとは関係が無い彼女をヤンデレにまつわるトラブルに巻き込むなんてとてもできることではなく、適当に誤魔化すことにした。
「それなら、私が心配することではないのかもしれませんね。では、私は帰りますね」
彼女はペコリとオレに頭を下げると、鞄を手に玄関に向かっていった。
書類の件は彼女のおかげでどうにか上手く終わったが、問題は盗聴器からの盗聴である。さっきまでのやり取りは言うまでもなく杏里に盗み聞きされていたと見て良いだろう。
どう弁解しても妹は突っかかってくるだろうと思いながらも、覚悟を決めるしかない現状には自分の無力を痛感する他にすることは無かった。
「兄貴、さっき廊下で女子と一緒にいたのを見たんだけど、彼女って知り合い? 教えて欲しいな」
(お兄様に這い寄る女がまだ増えるのですか。ああ、穢らわしい穢らわしい!)
案の定、彼女は盗聴で得た情報を元にオレに聞き込みをしてくる。テニス部の活動で外に出っ放しの彼女がいつ学校内に入って来れるのかと正論を言っても、ツンツン(に扮したヤンデレ)妹には力技で捩じ伏せられ、無理矢理吐かされるのは決まり切った流れである。
「別に誰だっていいじゃないか。お前には関係ないだろ?」
「……ふーん、そういう態度取るんだ。じゃああたし手作りの夜のデザート抜くから」
(お兄様、心苦しいですが杏里はお兄様のために敵を排除しなくてはならないのです。あ、もちろん話さなくてもデザートはあげるつもりですよ)
「……書類運びを手伝ってくれた人だ」
やっぱり嘘で引っ張るのは無理だな。脅し自体は嘘だから問題無いけど、これをした後はしつこく聞いてくるので逃げ切るのは難しい。
根拠として、彼女はオレが座る隣のポジションをすでにキープしており、質問攻めにする気満々であった?
「あたしはなんでもお見通しなんだから嘘で逃げようったって無駄だよ」
(GPSがある限り、あたしはお兄様がどこにいようと貴方のスケジュールを把握することが可能なのです)
休憩中の妹はベンチを狭い狭いと言いながら合法性を取り繕い、オレにくっついてくる。相変わらずツンツン妹を演じながら自分の欲望に忠実に動いており、ヤンデレ特有の狂気的な行動は静かに実行されている。
「兄貴、水筒貸して。あたし忘れちゃったのよ」
「それ飲みかけ……」
「ふん」
(お兄様の飲みかけゲットです!)
オレが注意する前に妹はオレから水筒を奪い、ゆっくりと味わうような仕草でオレが口を付けたお茶を飲んでいく。
「ご馳走さま!」
(間接キスいただきました!!)
彼女は満足そうに笑顔を浮かべているが、正直気持ち悪い。
この変態妹は間接キスという行為自体に興奮を覚えるらしく、オレの水筒や弁当箱などを盗んではニヤついている。
ネットだとこういうことをする妹をキモウトと揶揄することがあるけど、実際オレもコソコソと変態行為をする彼女をそう形容したくなる。
オレを女性、彼女を痴漢に手を染めるような変態親父と置き換えれば、彼女の可愛い容姿なんて一撃で吹き飛ぶくらいの気持ち悪さを得られる。
「兄貴、何その顔! 気分悪いのはあんたみたいなダメダメ兄貴を持ったこっちなんだから!」
(憂うお兄様……ああ、心配です。帰ったらデレ部分を出してお兄様を慰めて差し上げないと)
「お前が変なことするからだろ」
「はあ? 別に兄妹で水筒飲み合っただけじゃん。これを間接キスだと思ってるなら自意識過剰も甚だしいよ」
(間接キスをしてしまいました。ふふ、もうこれって真の恋人と言っても良いのでは?)
「家族でも飲み合うのはおかしいというか……」
「……そういうこと考える時点で、兄貴は度し難い変態だよ」
(恥ずかしがっているお兄様も素敵です)
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