第37話 和解

森は比較的安全だが、平原は危険だ。早めに抜けてしまいたい。

もし今、エアサーベルテイルと遭遇したら、俺も危険だが、レイアがもっと危ない。

怪我の具合は素人目ではどれくらいか分からないが、自力で歩けず、まともに喋れないとなると、かなりの重症だと思われる。

回復魔法などがあれば良いのだが、そこまでファンタジーな世界ではない。


「あ、そうだ」


ここまで来て、ピンとくる。

回復魔法はないが、先ほどもらった触手を早速使ってしまえばよいのではないか。

対応は早いほうが良い。俺はレイアを地面に下ろし、ヒナミの触手を取り出す。


「ほら、レイア、食べてみてくれ」


口元まで持っていくが、彼女は口を開かない。


「口が開けられないのか?」


下顎を軽く引っ張ってみたが、全く動かなかった。


「もしかして、食べたくない?」


俺が訊ねると、わずかに頷いた気がする。

ヒナミが嫌いだから食べないのか、それとも人間しか食べられなかったりするのか?


「口移しする?」


レイアは黙っていたが、顔はどんどん赤くなっていった。


「冗談だよ」


俺は再びレイアを背負う。


「ただ、ホントに死にそうだったら無理やり食べさせるからな」


拒絶反応があろうと、どうせ死んでしまうなら試してみたほうがいいに決まっている。

そうならないことを祈るばかりだが。


しばらく歩いて、森が見えて来た頃、ついに獣と遭遇してしまった。

森から出てくる動物を狩るために待ち伏せていたのか、森の方を向いていた1匹のエアサーベルテイルがこちらに気づいた。

平原の端にいたため、先程ヒナミに全滅させられた群れには加わっていなかったのだろう。少し周りを見渡しても、他に仲間の姿は見つからない。


「やるしかない」


俺はレイアを少しでも見えにくい茂みに寝かせる。


「待っててくれ、ちょっと良いところ見せるから」


笑いながら言って、剣を抜いた。

前の世界の常識で言えば、剣のみで虎と戦うなんて自殺行為だろう。

まして、相手は異世界の虎で、尻尾からカマイタチを飛ばしてくる。

そんな相手に、剣1本で勝てるのか。


いや、勝つ。

ここで、レイアに俺がこの5年間で、そして異世界に来て、成長したところを見せるんだ。

地面に伏せていたエアサーベルテイルは、俺の接近に伴って、いつでも俺に飛びかかることができるように構えている。


「来い!」


大きな声で威嚇すると、獣はこちらに尾を向けた。

距離が縮まるまでは遠距離攻撃で攻めてくるようだ。まるで獣とは思えない堅実な戦い方だ。


ただし、予備動作はある。

尻尾が上に上がれば縦に、横に行けば横にカマイタチが飛んでくる。

まずは狙いを定めさせないようにジグザグに走って接近することにしよう。


俺の狙いに気づいた獣は、ある程度の見切りを付けて横向きに尾を振るう。

横方向に動けば、縦のカマイタチは当てにくい。横に撃ってくるだろうと予測していた俺は、見えない空気の刃を地面に伏せて避け、次が放たれる前に一気に接近した。

だが、近づいたからといって有利になるわけでもない。

危険を感じれば距離を取られるし、油断すれば牙や爪が襲いかかる。


相手の隙をついて、一撃を入れることが重要だ。

一番リーチの長い攻撃である突きで胴体を狙う。

スルリと猫のような動きで避けられ、反撃の爪が返ってくる。


「っぶね!」


正直、ここで傷を負いながら相打ち気味に攻撃をすれば、簡単に勝てる。

本来の人間であれば怪我は避けなければならないが、今の俺にそれは適応されない。

だが、この戦いはただの戦いではなく、レイアに俺の成長を見せるための戦いだ。ここでヒナミの力を頼っては、それこそ意味がない。


お互いが見つめ合う時間が続く。

時間が味方するのは相手の方だ。

俺は早くレイアを街まで連れていきたいし、時間をかければ奴の仲間がやってくるかもしれない。

だから、俺から攻める。

今度は一撃ではなく、手数を増やす。

攻撃が続く限り、反撃はない。

俺の剣を振るうたびに、エアサーベルテイルは軽やかに飛び、距離を取る。距離を取られるたびに、急いで追いかけ、また剣を振る。

全く当たる気配はないが、これでいい。


俺はもう一度剣を振るう。

その攻撃をまた、後ろに飛んで避けたエアサーベルテイルは、ついに森まで後退することになった。


「今だ!」


俺は木々に邪魔されないように、突きを放つ。

獣は、また飛んで避けようとしたが、後ろと左右が木々に阻まれて避ける場所がない。

これこそが俺の狙いだった。


ジャストヒットはしなかったが、切っ先は確かに敵に届き、足を傷つけることに成功した。

機動力を奪ってさえしまえばこちらのものだ。

あまり森に深入りしないようにしながら、徐々に深く傷つけていく。

そして、最後にエアサーベルテイルがよろけたのを確認した俺は、一気に踏み込み、喉を突き抜いた。

エアサーベルテイルは、最後に小さく呻き、二度と立つことはなかった。


「よし!快勝!」


俺は汗だくになった額を拭いながら、エアサーベルテイルを頭から胃袋に詰め、急いでレイアのもとに戻った。


「あれ!?いない!」


確かにこの茂みに寝かせていたはずなのに!

ハウストマックしかいない。

辺りを慌てて見渡していると、笑い声が聞こえた。


「せっかく格好良かったのに…一気に台無しね…」


レイアは、俺がエアサーベルテイルを倒したあたりの森からゆっくりと木々にもたれ掛かりながら歩いてきた。


「良いところ見せるっていいながら…徐々に森に近づいていくのだもの…動かなければ見えなかったわ」


「もう、動いて大丈夫なのか?」


「ええ…大丈夫…。あんな軽い攻撃じゃ、私を殺すことはできないわ…」


先程から、息も絶え絶えという感じなのだが、相変わらず強がりだ。それとも、ヒナミに負けたというのが気に食わないのか。

平原にまで戻ってきたレイアは、掴まるものがなくなり、また体勢を崩した。


「危ない!」


咄嗟に駆け寄り、なんとか地面に転ぶ前に支えることができた。


「まだ歩くのは早いって。また背負うから」


「…そうね、助けてもらおうかしら」


素直に甘えてきたレイアを俺はもう一度背負って森の方へ歩き出す。

徐々に木々が濃くなっていき、完全に平原地帯から抜けていく。

そんな中で、耳元からか細い声が聞こえる。


「ねぇ紳弥…」


「どした?」


「私…弱いわね…」


「そんなことないよ、レイアは最強さ」


「慰めはいらないわ…あんなキチガイ女程度にこのありさまよ…」


「………」


俺は、無言で歩く。


「紳弥…覚えてる…?」


「なにを?」


「木に登ろうとして…途中で力尽きて…貴方洗濯物みたいになったまま動けなくなって泣いていたわね…」


「は!?なんで今小学校の頃の話をするんだよ!しかもよりによってそんなエピソードを!」


確か、近くにいた知らないオバサンが、礼亜と一緒に助けてくれたはずだ。


「あとは…野外学習の登山の途中で…疲れたからと言って勝手に下山しようとして…遭難しかけたのよね…」


「それは中2だ」


中学生にもなって、ガチ泣きする羽目になるとは思わなかった。その泣き声を聞きつけた先生と礼亜が、助けにきてくれた。


「あとは…可愛い私と…幼馴染だからって調子に乗るなって同級生に絡まれて…パス回しされるみたいに押されて吹き飛んでたわ…」


「あれは、敢えて抵抗しないことでダメージを減らす技だったんだ」


その可愛い幼馴染が、同級生たちをボコボコにして助けてくれた。高校の成績が良かった礼亜は、ひとしきり仕返しして満足したあと、先生に泣きついたフリをして、俺をいじめた同級生達は、1人残らず職員室送りとなった。


「そんな紳弥が…こんな世界に来てしまったのよ…?」


「……」


「私が…私が守るしかないじゃない……!」


肩の辺りが湿っていく。

俺は前を向いたまま、ただ街を目指し続けた。


「貴方には…私しかいなかったのだから…私が…守らないと…」

 

「…そっか」


レイアはそんなことを考えていたのか。

だからこの世界に来てから俺を助けてくれた、ハルキやブーギー、そしてヒナミなんかに厳しく当たっていたのかもしれない。


「この5年間、お前に逢うためだけに俺も頑張ってきたんだ」


「…うん」


「これからは、レイアに守られるだけじゃなくて、俺もレイアを助けていきたいと思ってる」


「ええ…」


「だから、少しは俺に任せてくれ」


「…そうね」


それきり、レイアが口を開くことはなかった。

だが、きっと分かってくれたんだと思う。

俺もレイアがどう思ってくれていたかを知ることが出来た。

俺は、自分が思っていたよりもレイアに大事にされていたようだった。


「幸せものだな俺は」


相変わらず返事はなかったが、耳元で鼻を啜る音が聞こえた。

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