第36話 幼馴染とは
完全に異形となったヒナミは、触手の一本で俺を捕まえ、触腕をレイアに振り下ろした。
「っく!」
なんとか押しつぶされずに済んだレイアだったが、ヒナミの攻撃は、あの膂力をもってしてギリギリ耐えることができる重さの攻撃だと言うことになる。
「あは、弱い、弱いです、弱いですよ!そんな力で幼馴染を守るなんてよく言えたものです」
繰り返しレイアに触腕が振るわれ、彼女は頭上で腕を重ねてなんとか耐えている。
「ほら、見てくださいよ。貴方が拒絶した彼が、大変なことになりますよ」
突如俺を触手で持ち上げたヒナミは、触腕の先の嘴で、俺の右手を食い千切った。
「ァァァァアアアア!!!」
「紳弥!!」
「これでもまだ守るとか言えるんですか?見てくださいよ。彼は1人でもやっていけます」
食い千切った腕を今度は断面にグリグリと押し付けられる。
それだけで俺の腕はくっついてしまった。
「守ってあげるなんて、大きなお世話なんですよ、貴方こそ何様ですか!?」
触腕に耐えるレイアの足元を触手が掬い、体勢を崩したレイアに横振りの触腕が振るわれた。
「ぐッ…」
なんとかガードはしたものの、吹き飛ばされた身体は樹木を何本もなぎ倒す。
「お話は終わっていませんよ、ほら!」
ぐったりとしていたレイアが、ヒナミの引力に引き寄せられ、今度は受け身を取ることもできずに地面に叩きつけられた。
「か…はッ…!」
「レイア!!ヒナミやめてくれ!どうしてこんなことをするんだ!」
「この女が死ねば、貴方は私だけを見るでしょう?」
ニッタリと笑ったヒナミの顔には狂気が浮かんでいた。
この今日一日で、ヒナミとは和解できたつもりでいたが、それは大きな間違いだった。コイツはやっぱり狂っている!
「待ってくれ、これ以上はやめてくれ!」
「それを私に頼むということは、まだこの女を見ている証拠ですよね」
再び触腕が振り下ろされる。
レイアは最早、うめき声すら上げない。
「今、トドメを刺しますからね」
「やめろって言ってるんだ!!」
俺は縛られながらもなんとか少しずつ手を伸ばしていたヤギガスパークの角に、ついに手が届く。
そして充電されている分の電気を全て放出して、全力の放電攻撃を放った。
「あら…」
見ていたとおり、ヒナミの身体はそこまで頑強なわけではない。
俺を掴んでいた触手は、高電圧に焼かれて、ボロボロになり、その隙に抜け出すことに成功した。
「それで、貴方に何ができるんですか?ただの人間の貴方に」
俺を見下ろすヒナミを睨みながら、俺は剣を抜いた。
その様子を見て、嘲笑ったヒナミだったが、その剣先が俺自身の首に向いたことで、少し険しい顔に変わった。
「なんのつもりですか」
「お前がこれ以上レイアを傷つけるなら、俺はここで死ぬ」
今の俺でも、頭を落とせば流石に死ぬはずだ。
「じゃあ、お願い権使います。死ぬことなんかやめてください」
「誰かを殺すようなお願いは聞けないと言ったはずだ。俺がそのお願いを聞けば、レイアは殺されるだろ」
「その女のためにどうしてそこまでするんですか?」
「俺は彼女が居ないと生きられない」
「うーん、困りましたね…」
笑いながら、彼女は触腕をレイアから離していく。
地面にうつ伏せで倒れるレイアが見えた。
少しの間沈黙が流れる。
折れたのはヒナミだった。
「はぁ、ご自分の価値を良くお分かりになってますね」
ため息を吐いたヒナミは、変身を解除した。
「ですが、分かっていてくださいね。これがそこの女の限界です。真の姿にもなれず、戦闘向きではない私にも歯が立たない。貴方を守ることなどできはしない」
服を来たまま変身したため、再び全裸になった彼女と正面から向き合う。
「良いんだ、守ってくれなくても。そもそも守ってもらう前提なのがおかしいんだよ」
俺はヒナミから目をそらして、倒れ伏すレイアの元へ駆け寄った。
「幼馴染ってのは対等なんだ。今はレイアの方が強いから、守ってもらうことが多いけど、それに甘えてはいけないし、助けてもらった分は俺がどこかで力になれればいいなと思ってる」
「し…ん……や……」
レイアが俺に手をのばす。
しっかりとその手を握りながら、俺はヒナミを見つめた。
ヒナミは、俺たちを見て表情を歪める。それは嫌悪か、嫉妬か。
「ただ、それは俺とヒナミにも言えることだ」
「え?」
「ヒナミに助けてもらわなかったら、俺は変な仮面に操られて調査団に戻ることはなかっただろうし、なんなら胃袋から脱出することはできなかった。そのあとに獣に食い殺されていたかもしれない」
ヒナミは驚いた顔でこちらを見ている。
実際、さっきまでは普通に2人でもそこそこうまくやれていたのではないだろうか。
結局彼女の勘違いではあるものの、俺に良くしてくれることは事実で、その証拠に自分を人質にしたところ、素直に刃を納めてくれた。
「だから、ありがとう。俺はお前の幼馴染ではないし、ずっと一緒にいることはできないけど、今度、俺から会いに行くよ」
きっと、地雷さえ踏まなければ良好な関係を築くことができるはずだ。きっと。多分。
ヒナミは、感動しているのだろうか、両手を口元に当てながら震えている。
少しだけそうしたあと、彼女は俺に近づく。正直逃げそうになるが、なんとか耐える。
「落として上げるなんて、詐欺師みたいですね」
「そんなつもりはなかったけど…」
「約束、守ってくださいね。待ってますから」
「おう、待っていてくれ。どこにいるかだけ教えてくれれば、会いに行く」
「分かりました。今度お手紙を出します。それと、これを」
ヒナミが何かを握って俺に差し出す。
恐る恐る受け取ると、それは3cmくらいの黒い触手だった。
「な、なんだこれ?」
「私の一部です。死にそうになったら食べてください。指とかよりは食べやすいですよね?」
ま、まぁ、これならギリギリ食べられるように見えなくもない。コーラ味のグミとか、イカスミパスタとか、言い張ることはできる気がする。
「そこの女は当てになりませんし、約束を破るわけにもいかないですから」
つまり、俺が会いに来るまではヒナミから接触してくるつもりはないということだ。まぁ、恐らく俺があまりにも待たせたら、なんらかの恐ろしいアクションは起こしてくる気がするが。
レイアを一瞥して、ヒナミは俺から離れていく。
「急ぎすぎると逆効果だと分かっただけで、今回は良しとするつもりでしたが、貴方の方から約束を守ってくれるなんて、まさしく棚から牡丹餅です」
クルクルと浮かれたようにその場で回る彼女。相変わらず全裸なので、なんとなくピントを合わせないようにして見る。
「そういう意味では、そこの女にも感謝しないとですかね」
「……」
レイアはまだ、ダメージが大きく話すことはできないが、地面に横たわりながらヒナミを睨んでいる。
ヒナミも、先程俺に向けていた視線よりも厳しい視線をレイアに向けていた。
あまりにも険悪すぎる。お互いの立場を考えれば当たり前のことだが。
「では、今度は街でお会いしましょう。楽しみに待っていますからね」
そう言って彼女は、俺たちが進んでいた方向とは逆の方向に進んでいった。
「おい!どこへ行くんだ!」
そっちはヒナミが言った街の方向とは逆方向なはず。
「あぁ、ごめんなさい、少しでも一緒にいたくて、嘘を吐いていました。ホントの街の方角はこっちですからね」
クスクスと笑いながらヒナミは茂みの向こうへ消えていった。
「騙された!!」
となると、俺たちが最初にいた森は街のすぐ東側の森で、今俺達がいるのは未踏区域の遺跡がある方面にある平原ということになる。
俺は、レイアを背負う。
端末も失くしてしまった以上、ハルキに助けを求めることはできない。
辺り一帯の獣はヒナミが倒してくれたはずなので、今のうちに街へ向かうこととする。
「キィキィ」
「あ、お前、逃げてなかったのか」
気がつくと、ハウストマックが隣にいた。
随分人懐っこいようだ。そういうふうに育てられたのかな。
それはさておき、そういうことなら、役に立ってもらおう。
俺は背負っていたレイアを地面に下ろそうとする。
「い…や……」
すると、少しだけ俺に掴まるレイアの力が強まった気がした。
「揺れると傷に良くないだろ」
俺はそう言うが、彼女は俺に弱々しい力でしがみついたままだった。
「分かったよ」
改めて彼女を背負い直し、俺は街へと歩き出した。
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