第38話 相良大輔
「おかえり〜!無事で何よりだよ!あ、君もなんか大変そうだね?」
なんとか本部に辿り着いた俺を迎えたのは、そんな気の抜けた木の声だった。
「樋口くん、紳弥くん見つかったよ。もう通常に戻って大丈夫。…え?あぁ、多めに狩ったエアサーベルテイルは、市場には流さなくていいかな。全部ウチで使おう」
「あ?樋口さん?」
「君は気にしなくてよし!いやー、良かった良かった」
「何かしてくれてたのか、ありがとう」
どうやらハルキも俺のために手を回してくれていたらしい。聞いても答えてくれなそうなので、お礼だけ言うことにする。
「ちなみに、どうして戮腕くんが死にかけているんだい?」
ハルキは俺に背負われたままのレイアを見る。
いつもなら何か言い返すレイアたが、さすがに今はそんな元気もないようだ。
「転生者とやりあったんだ。あの、調査団の病院でレイアを休ませることはできるか?」
「うん、良いだろう。あ、そこの君、彼女を病院まで運んでいってくれ。多少雑に扱ったって死にはしないから」
声をかけられた女性団員は、席を立ち、少しすると2人で担架のようなものを持ってきた。
「あ、どうも…」
俺は差し出された担架にレイアを乗せた。
レイアは離れたくないように俺に手をのばすが、俺はその手を握って、ゆっくりとレイアの身体の上に戻した。
「仲直りは出来たようだね」
運ばれていくレイアを見ながらハルキから問われる。
「あぁいや、別に喧嘩してたわけでもなかったんだが…まぁ、お互いの気持ちを話すことはできたかな」
「そうかい、それは良かった。たった2人で未踏区域を踏破した君たちは調査団の希望の星だ。これからも仲良くしてくれ」
なるほど、組織的にも俺たちの関係は気になるというわけだ。確かに俺がいなければレイアは絶対に調査団のために働いたりするわけがない。
「そういうハルキは、どうしてレイアに突っかかるんだ?毎回ちょっと毒吐いてるよな?」
戦力になるというのであれば、嘘でも仲良くしておいた方がいいのではと思う。だが、実際のハルキは結構進んでレイアを挑発している。草原での一幕を思い出すに、2人の関係が良好だとは思えない。
「んー、別に僕自身はそこまで嫌っているわけではないんだけど、どうもレイアくんが僕のことを嫌いみたいでね。ついついコミュニケーションがてら、ちょっかいをかけてしまうんだ」
「小学生の男子かよ…」
「あはは!そのとおりだね!」
ユサユサと身体を揺らしながら笑うハルキ。
彼はこう言うが、なんというか、ハルキ側もレイアに対してフラットではない感情を抱いているように感じる。だが、訊いても無駄そうなので、今度レイアに訊いてみようと思った。
「それで、今回の件の報告なんだが、調査団に反感を持つ組織が、調査団を拉致していた。そいつらは、夜の寮に侵入し、この獣を使って遠くまで運んでいたみたいだ」
きちんとここまでついてきたハウストマックは、自分のことを話されているのが分かるようで、嬉しそうに口を開けていた。
「へえ、生きているハウストマックとは珍しいね。それで、君以外に拉致された人間はいなかったか?斎藤という団員と、佐原という団員が昨夜から行方不明なんだ」
ハルキが2名の団員の名前を挙げる。心当たりがあるとすれば、軽そうな男と眼鏡をかけた男だろう。
「恐らくその2人なら、変な骸具で操られて、敵対組織に連れて行かれてしまった。俺はギリギリのところで知り合いの転生者に助けられたが…」
「そうかい。実はね、こういう行方不明者は度々出ていてね。それが全て敵のせいだとは言わないけど、そのうちの多数が誘拐かもしれないな」
「このハウストマックがいなくなったことで、少しは減るといいんだが…」
「キィキィ」
誘拐の手段、キーアイテムであるハウストマックがいなくなれば、少しは勢いが落ちると信じたい。
「他には何か情報は得られたかい?」
ハルキの問いに、俺は少し考え込む。拉致されて、脱出したあとの方が印象が強かったため、最早胃袋の中でのことがうろ覚えだ。
「あ、そうだ。調査団にスパイがいるって言っていた。あとは、拉致の対象は、調査団に反感を持つ人間だとも。恐らくそのスパイが寮への侵入の手引や、拉致対象の決定をしていると思う」
「なるほど、手当り次第の誘拐が行われないのは、元々調査団に不満がある人間を選別しているからか。君、攫われる前に誰かに話しかけられたりしなかったかい?」
攫われる前…。
朝にゲート前の広場に行って、レイアの家に行って、メーシィの店で昼ご飯食べて…。
「あっ!調査団の先輩に話しかけられた!」
思い出したぞ。昼ご飯を食べている途中に、目の前に座ってきた先輩に話しかけられたんだ。
「しかも、話の内容は機関への不満についてだった!」
「その団員が怪しい。名前はなんと言ったか覚えてるかい?」
「…名前」
なんだったか、いい先輩だなと思ったのは覚えている。顔も確かに覚えているんだが、さっきも言ったとおり今日の記憶が強すぎて思い出せない…。
俺は必死に思い出そうと、何かヒントになるようなものがないか本部の中を見渡す。
すると、数人の男たちが駆け足で本部に入ってくるのが見えた。
「この人だッ!!」
「えっ!?」
俺に急に指を差された男は驚いて飛び上がった。
本部で普段デスクワークをしている団員たちが出口を塞ぐ。これで逃げられない。
「ハルキ、コイツだ、そうだ相良とか言っていた!」
俺は剣を抜いて、いつでも飛びかかれるようにしていたが、ハルキは全く動かない。
「ハルキ?」
「ふふふ…あ、いや…いいよ…その団員は無実だから」
笑うハルキと、まるで無実を示すかのように両手を上げていた相良を見比べて、俺は戸惑いながらもひとまず剣を納めた。
「ひでーなぁ。親身に相談に乗ってくれた先輩に剣を向けるのかよ今の後輩は…」
ギザギザとした歯が覗く口を、これみよがしに尖らせながら男は…いや、相良先輩はそう言った。
「まぁ、彼にも悪気はなかったんだ、というより、君が話しかけたタイミングか悪すぎたんだね」
「タイミングっていうと…あぁ、コイツも今回の被害者の1人でしたね」
「そういうことだね。どうだろうか、役職も含めてもう一度自己紹介してみては」
「そうっすねぇ。私は!対復讐者担当の相良大輔であります!期待の新人さん、よろしくおねがいします!なんてどう?」
相良先輩は改めて俺に向き直り、敬礼しながらハキハキと名乗ったあとに、ニヤリと笑った。
彼の自己紹介を補足するようにハルキがさらに説明してくれる。
「彼には、君を今回拉致した組織、復讐者への諜報や対策をやってもらっている。あとは、復讐者に人員を引き抜かれないように、この世界に来たばかりの団員へのケアなどもしてもらっている。かなり手広く働いてもらっているよ」
「あっ、じゃあ、俺に話しかけたのは、調査団に反感を持つ人間を探すためではなく、むしろそういう人をケアするために?」
「そーだぜー、ガラにもなく、優しい先輩をやらせてもらってるんだ」
確かに、髪はツンツン、目つきは悪く、歯はギザギザ。喋り方も悪党の三下のようだ。自分で言うだけあって、的を得ていた。
「これはすみませんでした…」
俺は素直に謝る。
すると彼は、笑っているハルキをジト目で見た。
「全然許すがよ、司令は知ってたんじゃないですか?俺、期待の新人に声かけたって報告しましたよねェ…」
「いやいや、もしかしたら君以外にも怪しい人間が話しかけて来ていたのかと思ってね。これはすまない」
頭を下げることの出来ない身体の彼は、恐らく謝罪の意味を込めて、枝を下げた。
「ということで、彼は無実だ。敵は、別のところで君のことを知ったに違いない」
そうなると、やっぱり普通にゲート前での騒ぎを見られていたっていうことになりそうだな。
「それで、遅れてすみませんが、今はどんな話なんで?」
口ぶりからすると、元々同席するはずだったようだった相良先輩が状況を確認する。確かに対策部門の人間ということであれば、この場にいる必要がある。
設定を求められたハルキは、俺の報告をかいつまんで説明する。
「えーとね、行方不明者3人のうち、彼以外の2人は不思議な骸具によって操られて、拉致されたと。あとは調査団内にスパイがいることと、拉致対象者は機関や調査団に反感を持つ者だということだね」
「なるほど。参考になりやす」
彼は頷いて、ハルキの横に控えた。
更に隣にも複数人並ぶが、全員復讐者対策部門の人間なのだろうか。
俺が考えていると、ハルキが手を叩く。
「さて、君も今日は疲れただろう。話はここまでにするから、休むといい。そのハウストマックだけ、調べさせてくれ。何か胃の中に残っているかもしれない」
「あ、その中に復讐者の構成員と思わしき人間を拘束しているんだ。ソイツらの調査も一緒に頼む」
ギリギリで縛った4人のことを思い出す。
危うく忘れるところだった。
「へぇ、お手柄じゃねえか」
「うむ、そうだね。そちらも調べておこう」
俺は、一礼をして、本部を去ろうとする。
「キィキィ」
「あー…」
すると、俺を引き止めるかのように、ハウストマックが鳴いた。恐らく誰にでもすぐ懐くのだろうが、なんとなく愛着が湧いている。
「ハルキ、できればそのハウストマック、殺さないでくれ」
「んー?まぁ、いいよ。生きてるハウストマックは貴重だからね」
俺はその言葉を確認して、改めて本部を後にした。
この後は、そうだな、レイアの状態を見に行くとしよう。
端末で病院の位置を確認しようとして…端末を失くしたことに気が付いた。
「探しものはこれだな?」
目の前に端末が差し出される。
「え、あれ?樋口さん!」
「よっ。拾ってきたぜ」
「ありがとうございます!」
俺は端末を受け取る。
サーベルエアテイルのせいで傷ついてはいるが、機能に問題はなさそうだ。
「じゃ、俺は用があるんで行くわ」
そのまま樋口さんは本部ではないどこかへ歩いて行く。
「てか、平原から拾ってきたんだよな?早くね?」
平原からここまではかなり距離がある。
それに、俺の目の前でハルキは平原にいると思わしき樋口さんと通話していたはずだ。
「なんか足が早くなる骸具でも持ってんのかな…」
俺は首を傾げつつ、病院へ向かうのだった。
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