第32話 ヒナミの約束

幼い頃から病弱で、私は幼稚園にも行けずに、いつも病院で過ごしていました。


ありきたりな話ですが、両親は仕事で忙しくて、お見舞いには殆ど来ませんでした。

私はいつも病室で絵本を読んでいましたが、ある日、急に全てが嫌になって病室から抜け出してしまいました。

初めて1人で歩く院内は、とても広く、まるで大冒険だったことを今でも覚えています。


ただ、病室を抜け出したは良いものの、今度は帰る道が分からず途方に暮れていました。自分が悪いことをしている自覚があったため、大人には見つからないようにしていました。

そしてそのまま誰にも見つからずに夜を迎えてしまったのです。


流石に廊下では休むこともできず、1番最初に目に入った病室に忍び込みました。

そこで出会ったのが、彼です。

彼もまた、私と同じく病を患っており、いつも1人で病室にいました。私は、初めて彼に会ったその時に、世界に自分以外の人間がいることを認識したのです。


結局、その日は看護師さんが私をすぐに見つけたため、あまりお話はできませんでしたが、彼は穏やかで、とても優しい少年でした。

別れ際に、今度は自分が会いに行くと約束してくれました。

そして、本当に次の日、私に会いに来てくれたのです。


それからは、交互にお互いの病室を行き来して、絆を深めていきました。

別れ際には、必ず、会いに行く約束をして。


それから数年、私の病状は回復し、小学校の入学と同時に退院が決まりました。

しかし、彼はまだ退院できず、離れ離れになってしまいます。

それでも彼は、変わらずに約束してくれました。

必ず会いに行く、と。


小学校高学年になった私は、相変わらず内向的で、友達も出来ませんでしたが、不幸ではありませんでした。いつかきっと迎えにきてくれる彼を待つ時間は、至福の時間だったのです。

遂にその時がやってきました。彼が、私の学校の隣のクラスに転入してきたのです。


彼はやはり約束を守ってくれました。

それからはまた、交互に会いに行く生活が始まりました。

休み時間になるたびに交互に、学校が終わればお互いの家に。


私達の約束は永遠でした。

その絆は、中学生になっても途切れることはなく、そして私たちは高校生になりました。

別々の高校に通うことにはなりましたが、離れていても問題は何もありません。

何故なら、強固な絆で結ばれているからです。


私が会いに行く。彼が会いに来る。

このサイクルが巡る限り、私達は永遠なのです。

だから、彼が再び入院することになっても、問題はありません。

他県の大きな病院に入院することになってしまったため、流石に頻繁に会いに行くことはできませんでしたし、彼が会いに来ることもできませんでしたが、私達の絆は電子媒体に移り、続いていきました。

次の約束は、彼が私に会いにくることでした。


メールのやり取りは続いていましたが、お互いそのときを待ち望んでいました。

ですが、初めて私達の絆を阻もうとするものが現れました。

それは、死です。

彼はあと1年も生きられないと宣告を受けました。


私は悩みました。

次の約束は彼が私に会いに来ること。

今まで、約束を違えて順番が変わることは一度もありませんでした。

ですが、現実的に彼が私に会いに来るのは難しいでしょう。

考えた末、私は彼に会いに行くことにしました。


それが過ちだったということに気が付いたのは、すぐでした。

私の乗っていた飛行機が事故で墜落してしまい、私が死んでしまったのです。

やはり約束を違えたのは間違いだったのです。

私は墜ちていく飛行機の中で、己を恨みました。私が彼との絆を信じてさえいれば、このようなことにはならなかったのです。きっと、彼は元気になって私を迎えに来てくれるはずだったのです。


ですが、後悔の中で無念の死を遂げた私に、もう一度チャンスがやってきました。

死んだはずの私は、異世界に転生することができたのです。

今度こそ、約束を違えることは出来ないと思いました。

私は彼を待ち続けるのです。


しかも、奇跡は起こりました。この世界は元の世界と繋がっていたのです。

彼が来たらすぐに分かるように、ゲートが見える古城に居を構えました。


彼なら、絶対に私に会いに来ます。

次は彼が私に会いに来る番なのです。

今度は絶対に間違えたりなんかしません。


もしも彼の病気が治っていれば、私に会いに来るでしょう。

もしも彼が病に倒れても、奇跡は起こり、私のように転生して、会いに来るでしょう。


私達の絆は絶対なのです。

例え、死であろうとも、私達の約束を邪魔することは許さない。


しかして、貴方がやってきました。

姿形は違いましたが、それはお互い様です。

ひと目で貴方が彼の生まれ変わりであることが分かりました。

私と違って、生前の記憶を失っているようですが、私達の絆の前では些細なことです。

きっと思い出してくれると信じて、私は貴方と共にいるのです。


ただ、唯一、転生して考えが変わったこともありました。

それは、私の能力が、自らの願望を表していることに気が付いたときからでした。

死なない身体は、何事にも阻まれないように。

そして、引き寄せる力は、離れ離れにならないように。


交互に会いに行くのが私達の絆でしたが、そもそも、別れなければ会いに行く必要はないのです。

生前のような失敗を犯さぬよう、今度はずっと、一緒に居ようと誓いました。


だから私は貴方を逃しません。

例え記憶がないとしても、貴方は貴方なのですから。

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