第33話 脱出

ヒナミの話を聞いて、彼女がなぜ俺に執着するのかが分かった。

どんなに否定しても分かってくれないはずだ。

彼女は俺を、その幼馴染の生まれ変わりだと信じている。

なぜ俺が?というところは分からなかったが、動機は理解できた。


正直、俺はヒナミのことが他人事には思えなかった。

大切な人に会いたい気持ちはよく分かる。

俺はこちらの世界に来る手段があったから良かったが、彼女はその逆で、待ち人は元の世界にいる。

最愛の人と、もう二度と会えない苦しみはよく知っている。

俺は無気力になったが、彼女は狂ってしまったんだろう。


「会いに行くの、我慢していたんですよ。でもちゃんと、今日会いに来てくれたから…またこうして会うことができました…♡」


「え?」


「約束、覚えてるんだなって、やっぱり彼なんだなって」


目にハートマークを浮かべたような蕩けた表情で迫られ、俺はどんどん後ずさりをしながら、記憶を遡る。


先程聞いた話からすると、約束というのは交互に会いに行くことだ。

彼女の言い分からすると、まず俺がこの世界に来て、ヒナミに会いに来たことになる。そのあとは、逃げた俺を彼女が追って来て…。


もしかして、この1週間ちょっとの間、ヒナミが俺と接触せずに遠くから監視してただけだったのは、次は俺が彼女に会いに行く番だったからなのか?

この約束に異常な執着を見せる彼女だ。あり得ない話ではない。

となると、彼女が再び俺に会いに来るからには、俺は彼女に会いに行っていないとおかしいことになる。

だが、そんな記憶は全くない。だが、ここで正直に聞くのもヤバい気がする。


「あんなところで何してたんだ?」


結果、日和って適当にカマをかけることにした。


「貴方が食べていた料理を私も食べてみたくて…」


「あっ…!」


今日メーシィの食堂でぶつかった小柄な女性を思い出す。

もしかして、アレがヒナミだったのではないか!?

たまたま俺を尾行していないタイミングで、本当に偶然出会ってしまうのは流石に恐ろしすぎる。ヒナミじゃなくても運命めいたもの感じてしまう。


「というか、腹減ったな…」


メーシィの店のことを思い出したからだろうか。なんだか急激に空腹を感じ始めた。

ハルキの端末によると、とっくに夜は明けている。普段ならば朝ごはんを食べている時間というわけだ。


「え、これ俺ら、もしかしてずっとここにいれておかれるのか?」


「嬉しいですね」


「いや、死んでしまう!」


水も食料も何もない。こんな状況では、1週間ほど放置されただけで死ぬ。


「私を食べればいいじゃないですか」


ヒナミが自分の指を折ろうとする。


「待て待て待て、それは本当に本当の最後の手段だ」


既に一度食べている以上、あまり強く否定はできなかったが、生で人肉を食べるのは流石に問題があるし、抵抗もある。

とはいえ、このまま脱出の手段が見つからなければ、そうなってもおかしくない。

なんとか脱出の方法を考えなくては。


「何か案はないか!?」


「ないですねぇ」


今回のパートナーはやる気なし。

自分で考えるしかない。


ハウストマックの胃袋…俺が持っているものは、口の部分は小さいが、口より大きなものでも近づければ入る。

逆に、取り出せるということは、出口に近づくことができれば、チュルンと脱出できるような気がする。


そうなると、やはり怪しいのはあの仮面の男が逃げたステージの裏だ。

俺はもう一度念入りに壁を調べる。

だが、ただの壁だ。


「袋なのに出口がないなんてことあるのか…!?」


試しに、ポーチに入っていた自分のハウストマックの胃袋の蓋を開けてを逆さにしてみる。すると、中から物が出てきた。


「だよな、普通はこうなる」


「もう諦めましょうよぉ」


「待ってろって!」


何か、何かないか…?


「簡単なことですけどねぇ…」


ヒナミが小さく呟いたのを、俺は聞き逃さなかった。


「分かるのか!?」


彼女の肩を掴んで問いかけると、彼女は、しまったと言わんばかりに顔をしかめた。


「なぁ、頼むよ。外に出ることができたら、1つだけ言うことを聞くから。もちろん、無理なものは断るが」


「え、なんでもですか?」


「無理なものは断る。ずっと一緒にいろとか、誰かを殺せとかはナシだ」


「えー」


口を尖らせて不満そうにした彼女だったが、少し固まったあと思案顔になる。

何かをブツブツと言っているようだが、聞き取ることはできなそうだ。

こう、待っている時間が長いと、今更ながら自分が早まった条件を出してしまったのではと不安になってくる。どんな要求をされるのか。

でも、このままここにいては何も出来ないし、そのうち死んでしまう。

それならば、この女子校生に賭けてみるしかない。

にしても、長い。


「決まったか!?」


「はい。実はすぐに。貴方の悩んでいる顔を見て楽しんでました」


このガキ…いや、心のなかでも暴言を吐くのはよろしくない。

ここは素直に、協力してくれることに感謝することにしよう。


「さて、じゃあ出ましょうか」


彼女は立ち上がり、学生服のスカートの埃を払う。

そして、ゆっくりと俺の隣に並び、壁に手を当てた。


「さっきも言いましたけど、簡単な話です。中身がでないように、袋の入り口が閉まっているだけです。貴方もさっき、自分の胃袋に蓋してましたよね」


「あ…」


だから出口が見えないということなのか。


「覚えているかは分かりませんけど、このハウストマックはまだ生きています。だから、中から刺激すれば、オエッと口を開けてくれるはずです」


「なるほど!じゃあコイツで…」


俺はヤギガスパークの角を取り出す。幸い、電気は満タンに近いので、かなりの威力の放電を放つことができるはずだ。

しかし、ヒナミは、ヤギガスパークの角を持っている手に自分の手を重ね、下ろさせた。


「せっかくなので、私がやります。ここで恩を売っていたほうが、今の貴方は言うことを聞いてくれそうなので」


そんな事言われたらますます自分でやりたくなったが、どうせ言うことを聞く約束をしたのだから、今更恩の大小などない。


「分かった、任せる」


俺はそう言って、ヒナミから少し距離を取った。

頷く彼女は、満面の笑みでこちらを見ながら、壁に手を当てている。

一体何をするつもりなのかと、見ていた次の瞬間。

ヒナミが手を当てている壁が一気に変形した。

結構な硬さがあった壁だが、まるでゴムのように彼女の手のひらに吸い寄せられている。

シワ1つなかった壁が、ぐしゃぐしゃと形を変え、壁の端の方なんかは引きちぎれそうなほど引っ張られていた。


「おぉ!」


もし自分の体内があのように強烈に引っ張られたら、俺は吐く自信がある。

期待しながら見ていると、待ちわびていた瞬間が訪れた。


「!!!!!!」


地鳴りのような、叫び声のようなものが聞こえたと思えば、それに合わせるように壁に大きな穴が開いた。

もしかして、今の音はハウストマックが苦しんであげた悲鳴だろうか。少しかわいそうだが、許してほしい。


「よし、出るぞヒナミ!」


「はぁい」


出口が閉じてしまう前に、俺は急いでヒナミと胃袋を脱出したのだった。

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