第30話 優しい先輩

「それで不貞腐れながら私のところへ来たと」


壁に板を打ち付けながら、レイアは俺に呆れたように言った。

あれから俺は、なんとなく誰かと話したい気分になって、レイアの家まで来ていた。

改築作業が終わるまで顔を出すなと言われていたため、少し嫌味を言われた。


「不貞腐れてはないけどさぁ。必要なことなのも分かるしさぁ」


「男がグチグチ言っても可愛くないわよ」


「冷たい…」


なんとなく、レイアの家の中を見渡す。

天井の穴は全て塞がっており、壁の穴もだいぶ少なくなっている。

白く塗装もされており、家としての機能が取り戻されつつある。


「あまりジロジロ見ないで」


「おう…」


釘を刺されてしまった。

別に優しく慰めてもらいに来たわけではないが、いささか不満なリアクションだった。


「レイアって、最初期の頃からこの街にいるんだろ?昔からあったのか?」


「そうね、昔はもっと人も物資が足りてなかったから、ほぼ毎日ゲートが開いていたわよ」


「毎日!」


「あぁ、でもこちらからは人を出してなかったわよ。だから、物資と人を送るためにって感じかしら」


それなら人は死なない。


「でもたまに、あちらから連絡用の人間が降ろされてきて、物資の要望なんかを書いたものを持たせて元の世界に送り返したりはしてたわね」


「まぁ、なんの連絡もないと機関の方でもどんなサポートをすれば良いのか…というかそもそも調査団が無事かどうかも分からないからな」


このように当時の話を聞いていると、なおさら仕方ないように思える。ある意味人材の有効活用と言えるのだろうか…。


「というか、貴方も機関に殺されたようなものよ」


「え?俺?」


思いもよらない言葉をかけられて、思わず裏返った声で返事をしてしまった。レイアはジト目でこちらを向く。


「だって、急に拉致されて、穴に落とされたのでしょう?穴に落ちれば元の世界には二度と帰って来られないのだから、死んだも同然じゃない」


「あー、まぁ確かにそうかもな…」


俺としては望んでこの世界にやってきたが、そうでなければ突然元の世界に帰れない未開の地に送られることになる。それは確かに殺人となんら変わりのないものかもしれない。


「つまり、元々ロクでもない組織なのよ。そこが今更何をしようが、私は特に何も思わないわ」


「うむむ…」


「だから調査団なんかに入るのはやめなさいって言ったのよ」


「でも調査団の人たちは良い人ばかりだから…」


そう、自分で言って気が付く。

確かに非道な面もあるかもしれないが、間違いなく良い人たちなのだ。

俺を助けてくれたのは調査団だし、この街だって、他の種族にとっても大いに役立っている。

思い返してみれば、調査団に関する不満など何もない。

そう思い至ってみれば、不思議と先程まで抱いていたモヤモヤとした気持ちが晴れていくような気がした。


「よし、なんとなく納得した。ありがとな」


「別に私は何もしてないけども」


そう言って彼女は、再び鎚を持ってトンテンカンと作業を始めた。

彼女は先程、もう元の世界には戻れないとは言ったが、俺はそうは思っていない。

例えば、天使なんかは空間の裂け目からやってくる。もしも天使の骸具が作れたりすれば、もしかしたら異世界に行けたりするのではないだろうか。

礼亜の父親との約束もある。

あくまで俺の目的は元の世界にレイアと帰ることだ。

だから、目的を同じくする調査団に所属している。

そこだけブレなければ、問題はない。


「よし、んじゃまた来るよ」


俺は立ち上がって出口に向かう。


「もう来ないで。途中経過はあんまり見せたくないから」


彼女は、シッシと俺を追い払うようなジェスチャーをしながら見送ってくれた。

結局、草原での話はせず、いつもどおりに解散してしまう。


「はぁ…」


お腹が減った。昼飯でも食べに行くか。

俺はメーシィの店へ足を向ける。

しばらく歩いたところで、もと来た方角から激しい爆音のようなものが聞こえた。


「…まだしばらく家に招かれることはなさそうだな」


俺はそう呟いて、職人区へ向かった。


§


ブーギーに軽く挨拶をしてから、メーシィの店の暖簾をくぐる。

昼時ということもあって、かなり混み合っているようだった。異種族だけでなく、人間もちらほらといるのが見える。

それに、昼時だけのバイトだろうか。有翼人種のウェイトレスが忙しそうに店内を飛び回っていた。


「あ、すみません」


あまりに混み合っているため、入り口に立っていた俺は、会計を済ませて店外に出ようとした小柄な女性とぶつかってしまう。


「あ…」


「あ、紳弥さん、いらっしゃい!」


そんな人混みの中でも、俺を見つけたメーシィは汗を流しながら笑顔を向けてくれた。

俺は邪魔しないように、笑みを返しつつ、無言で手を上げて空いている席に座った。


メニューを見てみると、正式にハシリウニとホウセキアナトカゲの料理が加わっている。これらもカエルたちとの交流により、平伏の黄原から素材が届くようになったおかげだ。

そうなると、俺らが平伏の黄原の素材を持ち込んでも、もう大した収入にならないところだけは残念だ。

せっかくなので、俺はホウセキアナトカゲのソテーを注文することにした。

しばらく待っていると、従業員ではなく、わざわざメーシィが料理を運んでくる。


「お構いできなくてすみません。これ、サービスです」


そんなことを言いながら、注文していないサラダをテーブルの上に置いてくれた。


「なんか悪いな」


「いえいえ、お世話になってますから」


そう言って彼は再び慌ただしく厨房に戻っていった。

少し待っていると、早速料理が出てくる。

前に食べたときとは少し具材などが変わっている。前回と違って異世界産の素材も使っているからだろう。


「いただきます」


それでも口に運ぶと、相変わらず魚のような肉質で懐かしい味がする。あんこうみたいな感じで、煮付けにしてもいいのかもしれないとも思う。

食事を楽しんでいると、目の前に見知らぬ男が座る。人間だ。


「あ、相席ですか?」


混んできたため、相席になったのかと思ったが、辺りを見てみると空席も見つかる。


「いや、見たことがある顔がいたから、話をしてみたくてな」


目の前の男はそう言った。

繰り返すが、俺には覚えのない人間だ。

その怪訝さが顔に出ていたのだろう。男はすぐに自己紹介をしてくれた。


「俺は調査団の相良だ。よろしく」


「調査団の上島です。よろしくです」


調査団の先輩だったか。

であれは、色々なところで顔を覚えられる機会はある。


「お前さ、今日、ゲートのとこで部隊長に取り押さえられてただろ」


「え、あぁ…あはは…」


しかし見られていたのは今日のことだったらしい。

笑いながら相良と名乗った男はそう言った。


「結構目立ってたぜぇ、あの温厚な部隊長を怒らせるなんて!ってなぁ」


「いやいや!別に怒らせてたわけではないですよ!」


「そうなのか?それならどうしたんだ?」


うーん、ぶっちゃけ自分の中ではもう完結した話ではあるんだよなぁ。

改めて話すのもなんとも…。

俺が悩んでいると、男が声を潜めて囁く。


「…俺も確かに、どうかと思うぜ。毎回物資の運搬のためだけに人が死ぬなんて馬鹿げてるよな」


「まぁ、そうですね」


そこについては同意だ。

納得はしたものの、良い行いだとは思っていない。

しかし意外だった。調査団員は皆、許容しているものだと思っていたが、不満を持っていた人間もいたのか。


「そもそも機関のやり口が気に入らねえよな。勝手に調査団とか言って異世界に送り込んでよ、調査団に入らなければ施設は使わせません、とか。異世界で人間1人で生きていけるハズがねぇ」


「まぁ、それに関してはそういう面もありますよね」


やはり一般的な感性としては、機関には不満を持つらしい。拉致して、未開の地へ。字面だけ見ても最悪だ。


「結構、仕方ないから調査団に所属してる人っているんですかね?」


少し気になったので訊ねてみる。

俺も最初は、どちらかというと積極的な加入ではなかったので、気になった。


「結構どころじゃねえ、殆どがそうだよ。もちろん俺だってそうだ…。俺たち人間がこの厳しい世界で生きていくには組織に所属するしかねぇ。つまり、この調査団だ」


「そうですか…」


「もちろん、最初はそうでも、所属しているうちに慣れてくる。仲間とワイワイするのは楽しいし、なんだかんだで冒険も楽しい。悪くねえんじゃねえかってな」


「それはわかります、俺もそうでした」


結局は加入したときの気持ちなんて、今が良ければどうでもいいと思う…のは流石に極端だろうか。


「でもな、今でもやっぱり恨んでるやつもいるんだよ。そういうやつらは調査団を抜けて、そういうやつらだけの組織を作ってるらしいぜ…」


相良は、わざとらしく震えて見せる。


「俺たち調査団への…いや、元の世界にいる機関への復讐を狙っているらしい」


「まぁ、気持ちは分かりますけどね」


つまりは俺の逆だ。

俺は大切な人が異世界に行ったから迎えに来た。でももし、大切な人が元の世界にいるのに自分だけ異世界に来てしまったら?

もちろんどんな手段を使っても元の世界に帰ろうとするだろう。

そして、自分をそんな目に遭わせた機関に復讐したいって気持ちもよく分かる。


「ところで、なんでこんな話をわざわざしてくれるんですか?俺、そんなやばそうに見えました?」


俺がその復讐組織に入ろうとしてるようにでも見えたんだろうか。


「いやいや!なに、誰もが通る道だからよ。そういう気持ちを持つのは皆だし、それでも今は楽しくやってるんだぜ〜ってことを伝えたくてな」


相良はニコニコと否定する。

でもまぁ、実際確かに気が楽にはなった。

やはり仲間がいるっていうだけで心強い。


「ありがとうございました。だいぶ安心できましたよ!」


俺は素直に感謝をする。


「可愛い後輩ちゃんのためだからな」


気の良い兄貴分という感じだろうか。

最初は怪しく思えたが、話してみるといい人だった。


「んじゃ、俺はもう食い終わってるからよ。そろそろ行くぜ」


ひらひらと手を振りながら相良は席を立つ。

なんというか、本当に相談に乗ってくれただけで去っていった。


「うーん、やっぱりレイアには悪いけど、調査団に入ってよかったかも」


俺はしみじみとつぶやきながら、少し冷めてしまったソテーを食べ続けるのだった。

そして5分ほどで食べ終え、会計に向かう。


「お会計お願いしまーす!」


会計前に誰もいないので、呼ぶ。

するとまた忙しそうにメーシィがやってきた。


「そんなわざわざ俺なんかの対応しなくてもいいのに」


「いえいえ、ボクがやりたくてやってるだけですから。それに、そろそろ落ち着いてくる時間帯です」


「あ、そうなのか」


確かに満席に近かった来店時に比べると、席は空いてきている。


「にしても、失礼だが、こんなに繁盛しているとは思わなかった。人間も沢山いるし」


ブーギーの店が閑古鳥なせいでこちらもあまりお客が入っている印象がなかった。来る時間帯も毎度変な時間だったし。


「僕の見た目は姉と違ってマイルドですからね。人間さんから変な目で見られることが少ないんです。それに、どうも調査団の中でこの店が美味しいみたいな口コミが広がったみたいで、最近は特に多いです人間さん」


ふと、朝方に見たスレッドを思い出す。なんだか食べログみたいなスレッドがあったが、もしかしてそこに載ったのかもしれない。

あとは、職人区にあるのも目を引いて、立地的に味方しているかもな。


「そんな人気店の新規メニュー開拓に携われるなんて、光栄だな」


「あはは、あんまりボクのお店ばかりを褒めると、姉さんに嫉妬されちゃうので、ほどほどに」


カァン!!と丁度鍛冶屋の方から大きな音が聞こえて、俺たちは顔を見合わせた。


「じゃ、じゃあ俺は行くよ。また来る、ごちそうさま」


「はい、待ってますね」


メーシィに見送られながら、俺は店を後にした。

鍛冶屋の方は、なんとなく怖かったので、見ないで帰った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る