第3章 もうひとりの幼馴染

第29話 元の世界からの訪問者

平伏の黄原の調査を終えて、1週間ほどが経過していた。

いやまぁ、厳密には細部までのマッピングは終わっていないのだが、それらは全て草原のカエルたちがやってくれるらしい。油が安定供給されるようになった今、活動限界もなく、恐れるものはなにもないとのこと。俺たちを大いに苦しめた大きな獣、ヤギガスパーク(俺命名)が他に生息していたとしても、負けないらしい。それは流石に盛りすぎだろ。


俺たちに関しては、ハルキからしばしの休暇を許されたため、各々ゆっくりしていた。

レイアは、せっせと家を建て直しているらしい。かなりボロボロだったし、家具などもほぼない。

俺に関しては、剣の素振りなどのトレーニングをこなしつつ、調査団の掲示板を眺めたりしながら過ごしていた。


ちなみに、結局レイアと話はできていない。顔を合わせる機会は何度もあったが、時間が経っているのと、表面上は彼女が普通にしているので話を切り出すのが非常に厳しかった。という言い訳だ。


結局今日も、ダラダラと掲示板を眺めている。

調査団の掲示板では、沢山のスレッドが立ち、匿名ではあるものの、悪口や荒らしなどは少なく、元の世界の匿名掲示板とは少し違う雰囲気だった。まぁ、書き込んだ人が誰かはハルキに全てバレるんだろうし、滅多なことは書けないのは分かる。

特に目を引くスレッドがいくつかあった。


『調査団前線組の調査進捗 34スレ目』

『うまい異世界料理屋はここに決まり 8スレ目』

『【質問】ぶっちゃけ皆さ、どんな武器使ってる?』

『【朗報】待ちかねた現代物資配給日』


結構皆エンジョイしているな…。

俺はまず、前線組の調査進捗について覗いてみる。


「東側の森を抜けた平原まで調査が完了しているんだな」


東側の森というと、おそらくヒナミの古城があった森だろう。そこと、その次のエリアまで踏破しているらしい。

過去ログを漁ってみると、平原には虎のような獣が多く、重傷者なんかを出しながらの過酷な環境だったらしい。

今は平原の先に新しく見つかった遺跡の話をしているようだ。


『森を抜けた平原の先には遺跡があったとさ』

『なんと、遺跡とな』

『遺跡といえばトレジャー』

『どんな遺跡なんですか?』

『草が纏わりついた風化したアラビアンな宮殿的な感じ』

『魔法の絨毯くる?』

『ランプの魔人くる?』

『そんな骸具あったら一攫千金だな』

『獣はどんなのがいる?』

『まだ中の調査はしてないンゴ。内部調査は明日からンゴ』

『ンゴォ…あんまり危なくないといいンゴぉ…』

『さてはお前線組だな』

『明後日で街勤務に戻れるから、明日だけ頑張る』

『これが最期の書き込みとなったのだった…』

『やめい』


新たな地域への期待と、不安が茶化されつつも語られていた。


「ふむふむ、平原の向こうには遺跡が見つかり、明日から内部調査…なるほどな」


遺跡調査に対する期待や、不安などのついてのレスをさらっと見てから、俺は次のスレッドを開く。

料理屋と武器は…とりあえず後でいいや。


「現代物資配給日ってなんだ?」


見慣れない単語に釣られ、一番最近に立てられたそのスレッドを覗いてみることにする。


『現代物資配給日キターーー!』

『いつ?』

『今日だってよ』

『前回からだいぶ間が開いてたから忘れてた』

『地球は今、何色なんじゃろな…』

『昔と変わらず青だと思いますよ』

『まだ調査団派遣から5年しか経ってないでしょw』

『ジャンピオンの最新号楽しみ』

『内容忘れちまったよ…本屋行くか…』

『漫画かなり高いやん。買えんわあんなの』

『そんな君にオススメな仕事があってな、前線組って言うんじゃが』

『あ、いいっすよ(快諾)』

『あ、いいっすよ(否定)』


などと雑談が続き、結局現代物資配給日が何か分からない。

書き込んでみるか。


「現代物資配給日ってなんですか?…と」


書き込むと、早速反応がある。というか反応が早すぎる。皆ちゃんと仕事してるんだろうか。


『新人くんキターー!』

『あれ、レクリエーションでやらなかったっけ?』

『俺は寝てたから知らない』

『俺は居眠りしてた』

『結局誰も答えない件』


レクリエーション…寮のことを聞いたときに、そんなものがあるようなことをハルキが言っていた。今度受けさせてもらったほうがいいかもしれない。

それはさておき、掲示板では俺が燃料となってしまったのか、雑談がヒートアップしてしまい、相変わらず現代配給日が何か分からない。


「はぁ…」


俺はため息を吐きながら、端末のディスプレイを消した。

その現代物資配給日というのが今日なのであれば、本部に行けば何か分かるだろう。

クラスに馴染めなくて、職員室に入り浸る生徒みたいで嫌だが、本部に行ってみることにする。

友達作るか…。

そんな悲しいことを考えながら。


§


本部へ向かう途中で、なにやら人通りが多いことに気がついた。

調査団には、生産職や研究員なども多く存在する。

彼ら非戦闘員は、直接調査に赴くことはないが、調査団の活動を影からサポートしている。


例えば、ハルキのいる部屋で事務仕事をしている団員も、非戦闘員だ。

そんな普段、自分の持ち場から離れないような団員たちを多く見かける。しかも、皆同じ方角に向かっている。


「もしかして、現代物資配給ってやつか?」


俺も人の流れに逆らわず、ついていってみることにした。

大通りにはいつにもまして人が多く、人間だけでなく、異種族も普段より見かける。

中には、台車などを押している団員なども見かけ、街全体が浮足立っているような感じだ。

いや、浮足立っているのは俺か?


お祭りのような雰囲気で、わくわくしながら俺は進む。

そうしてたどり着いたのは、異世界と俺達の世界を繋ぐゲートが開く広場だった。


「まぁ、なんとなく察しはついてたけども」


現代物資配給日ということで、名前からして元の世界からの物資が届く日だろう。

広場に集う人たちは、空を見上げて、穴が開くことを今か今かと待ちわびている。


どうやらタイミングが良かったらしい。

俺が広場に着いて、数分経過したとき、皆が待ちわびたそのときがやってきた。

ガバっと空に大穴が開き、最初に1つの白い箱がゆっくりと降りてくる。

そして、その箱からはワイヤーが伸びていて、すごい量のコンテナを引き連れて来ていた。


本来であれば俺もあのようにしてここに着地するはずだったのだろう。それがなぜあんなことに…。

異世界に来て、一番最初の出来事を思い出して身震いをする。

しかし、実は今になって考えてみると、実はそこまでヒナミのことを恨んでいるわけではない。色々と酷い目にあったが、彼女からもらった再生力はかなり役立っている。それこそ、この能力がなければレイアを助けることはできなかっただろうし、平伏の黄原を調査することもできなかっただろう。


今も彼女は俺の近くにいるのだろうか。

でも、もし次に彼女に会ったときには、もう少しだけ話をしてみようと思った。


さて、せっかく目の前に、たまにしか見れない光景が広がっているのに考え事をして終わらさてしまうのも勿体ない。俺は意識を再び外に向けた。

見れば、だいぶ荷物が広げられている。

最初に降りてきた箱はそのままに、降りてきたコンテナを次々に切り離して各関係部所に運搬しているようだった。

中には家畜が入っているコンテナなどもあり、本当に色んな物資が届いていることが分かる。


「お?紳弥じゃねえか。なんだ、休んでるんじゃなかったのか?」


人混みの中から、そんな声がして、見たことのあるムキムキが姿を表す。


「樋口さん。この間ぶりです」


「おぅ、あのときはどうもな。また行こうぜ」


実は彼とは、この休み期間の間に一緒に街で食事や買物をしたことがあった。部隊長なのに、俺なんかに気を遣ってもらって申し訳ないと思いつつも、嬉しさを感じていた。


「なにしてたんだ?」


樋口さんが俺に訊ねる。


「あぁ、ちょっと珍しくて。これが現代物資配給日ですか」


「そうだな。ここで運ばれた物資の一部が夕方に調査員に配給される。お前だって、カップ麺とか恋しいだろ」


「まぁ、そうかもしれません」


俺は笑いながらそう答えた。

それにしても活気があるというか、すごく急いで作業しているように見える。

今は白い箱から繋がれたコンテナは全て切り離され、今度はこちらからの書類などを白い箱に繋いでいた。


「勢いすごいですね」


「時間との戦いだからなぁ」


「時間との?」


樋口さんの視線の先には開いたままのゲートがある。

よく目を凝らすと、白い箱から穴に向かってもワイヤーが伸びていた。


「ゲートが開いていられる時間はほんの数秒だが、あんなふうに紐で繋いでおくことで、まだゲートをくぐっている途中だって穴を騙すことができるんだ。ただし、それもあまりもたないから、俺たちは急いでいる」


「へぇ…あの白い箱は回収しないんですか?」


「あの白い箱はあのまま引き上げられて、元の世界に帰るぜ。だから急いでこちらの世界の報告書とかを結びつけてるんだな」


「そっか、それで時間との戦いですか」


俺は関心しながらその光景を眺めていた。

すると、その白い箱からなにか音がしていることに気がつく。

周りがあまりにも賑やかだったため聞こえていなかったが、一度気がついてしまうと、さらに聞こえるもので、ドンドンという何かを叩くような音と、くぐもった声のような音が聞こえてくる。


「樋口さん、あの白い箱には何が入っているんですか?誰も開けないですよね」


俺が訊ねると、樋口さんは一気に固い表情になった。

なにか聞いてはいけないことだったのだろうか。少し気不味くなってきたが、樋口さんの深いため息で張り詰めた空気が緩んだ。


「あんま言いたかねえんだが、隠しておくと余計にやましく感じるからな。教えておくことにする」


彼は頭をボリボリと掻きながら、困ったようにそう言った。


「ゲートは司令曰く、情報量の大きな魂しか通さない。だから無機物はもちろん、動物なんかでも穴は開かない」


そういえば、初期のころ、それこそまだニュースで穴の実験結果を報道していたころに聞いたことがある。

動物を下ろしてみてもワイヤーの続く限り穴に沈んでいったと。そして、人間の場合は、一定の高さでワイヤーが止まったと。

え、待てよ。つまり、あの白い箱の中に入っているのは…!?


「人げッぶ」


「声がデケーよ」


俺は樋口さんに口を塞がれて、何も話せなくなる。


「一応、あんまり大っぴらには言わねえんだ。多分調査団の奴らは皆なんとなく察してると思うけどな」


しかも確か、引き上げられた人間は死ぬはずだ。あの箱の中の人間は、こちらの世界とあちらの世界の連絡のために命を失うことになる。


「納得いかなそうな顔してるな。一応、あの箱の中に入れられているのは死刑囚だって聞いてる。だからって許されるわけでもねぇだろうがな」


こういう行いのおかげで俺たちは異世界でも生きていくことができている面は確かにある。例えば、街の西側で育てられている野菜などの種も元の世界から送られてきたものだろうし、それがなければ草原のカエルと友好関係を築くことはできなかっただろう。


カエルに関わらず、元の世界の物を使って、この異世界産の者と貿易をしている以上、安定供給ができなくなってしまえば、現地人からは目を向けられなくなってしまう。

あくまでこの街が発展しているのは、ゲートが開くからであって、人間が住んでいるからではない。


「納得したか?手、離すから騒ぐなよ」


俺が落ち着いたのを見計らって、樋口さんは俺の口を塞いでいた手を離した。


「ま、悪いことじゃねえよ。こういう行いも、それを悪く思うのも」


「…はい」


「じゃあ、俺は各物資の確認とかがあるから、もう行くな。夕方には物資の配給があるから、寮の談話室に来るんだぞ」


そう言って人混みの中に再び消えていく樋口さんに、俺は何も言えなかった。

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