第27話 骸具発注

結論から言うと、彼女は既にいなかった。


「え?レイアさん?胃袋置いてすぐに帰ったわよ」


「うん、知ってた。そういう奴だアイツは」


俺の幼馴染は、知り合いの知り合いと仲良くするような社交的な人間ではなかった。それに加えて、俺と揉めた後は徹底的に俺を避けるような人間だった。


「ご、ごめんね?引き留めとけば良かった?」


あまりに俺ががっくりとしていたためか、ブーギーは慌てたように声をかけてくれた。


「良いんだ、気にしないでくれ…。単にちょっと気まずいだけだから…」


「ふーん。ケンカ?」


「ケンカではない、と思うんだけどなあ…。意見の相違というか、認識の違いというか…」


「よくわかんないけど、悪いのは紳弥じゃない?」


「よくわかんないなら誰が悪いかも分かんねえだろ!」


俺がツッコむと、彼女は笑いながら奥に引っ込んでいった。

きっとメーシィなら俺に優しくしてくれるはずだ。あとで腹ごしらえがてら癒やされ似行くことにしよう。


「でね、アンタが持ってきた獣、すごいわよ。角がすごいの!」


羊の頭部を持って戻ってきた彼女はだいぶはしゃいでいた。

しかし俺は少し違和感を覚える。


「角?羊毛ではなく?」


あの獣の恐ろしかったところは、放電攻撃と蓄電し骸具た羊毛による防御力だったはずだ。


「羊毛?そんなの生えてなくない?」


彼女はキョトンとしながら言うので、俺は生前の獣の様子を語った。

すると彼女は、さらに目を輝かせて、裏に戻り、羊の胴体の一部分を持ってきた。

それにしても、こうして羊の胴体を見てみると、確かに羊の要素は皆無だ。あんなにモコモコしていた羊毛が一切無く、むしろツルンとしている。


「電気、流してみるわよ!」


どうやって、と訊ねる前に彼女は厚手の手袋を着けて、角を強く握る。

すると、見覚えのある放電のミニチュア版が起こった。

電気が流れた胴体からは一瞬で見慣れた羊毛が現れ、そして放電が終わるとすぐに萎んでしまった。


「すごいすごい、ホントだ!」


「いや待てよ、どうやって電気を流したんだ?」


完全な死体が生前の能力を使えるわけがない。


「アタシが骸具を作るときに使っている技術よ。話を聞いて、素材があれば、だいたい再現できるわ」


何気なく言う彼女だが、恐ろしいことを言っている。

その能力のおかげで弱い獣でも骸具が作れるのだろう。

というか、それは技術なのだろうか。実は魔法だったりしないか?


「でね、話を戻すんだけど、この角、電気を溜めたり放出したりすることができる器官のようなの」


「角が?てっきり俺は羊毛に電気を溜めているんだと思っていたな」


「今のを見てて分かんないかな。その羊毛っていうのは皮膚に電気が流れたときに発生するものであって、電気が無くなってしまえば元の状態に戻るのよ」


「じゃあ、生前ずっと膨らんでいたのは?」


「ずっと角から電気が流れていたんでしょ」


確かに、角を触ったときに高温で火傷した、てっきり放電の余熱かと思っていたが、実は角が発熱していたというわけか。


「危ない危ない、皮は適当に食材として弟にやるところだったわ。こんなすごいものあげらんないわよ」


この場にメーシィがいないことを良いことに横暴なことを言っている。姉という生き物は恐ろしい。


「よし、これなら面白いものが作れそう。一応訊くけど、どんな風に書こうしてほしいとかってある?」


「うーん…」


少し悩んだ。

しかし、今の俺には攻撃力も防御力も足りていない。素材の力が最大限発揮できるようにしてもらえれば良いと思った。


「任せるよ。期待してる」


「おっけー任せて。それで、この獣の素材料だけど、100万円でも足りないわよね。ちょっと、支払い待ってくれる?」


「いや待ってくれ!流石にこれは金もらえないって!」


申し訳なさそうに言うブーギーだが、申し訳ないのはこっちだ。


「骸具にしてもらえるだけで十分だよ!」


「でも、全部の素材を使うわけじゃないから。皮の部分だって、だいぶアタシの手元に残るし、肉なんて全部メーシィに行くのよ?」


「技術料とか加工料だと思ってくれれば良いから!」


「そう?そうかな…」


「うん、そうだよ」


うーん、うーんと悩んでいるような彼女だったが、ふと閃いたように手を打った。


「分かった、剣と手袋、無料で修理する!それ、すごいボロボロじゃん」


腰に下げたイカソードを指差されて思い出す。

イカソードは確かになんとか無事だったが、スライムの片手袋は放電を受けた時に完全に焼失してしまったのだった。


「あの、非常に助かる申し出なんだが、剣だけで頼みます…。それで、本当に申し訳ないのですが、手袋の方は粉々になってしまって…ごめん」


「ああ、良いのよ。もともと打撃にしか強くないものだったし、少し高額な消耗品みたいなものだから」


彼女はイカソードを受け取りながら、軽く笑う。


「それに、沢山買い換えてくれた方が商売的には儲かるからね」


そのためにも、使用者が死なないように、またお店に来てもらえるような装備を作るのがアタシたちの仕事~などと歌いながら彼女は剣を持って店の奥に消えていった。


本当に気にしていないらしい。

まあでも、彼女がいうことは正しい。


「装備の損傷を恐れて、死んでいては意味ないか」


俺は呟きながらブーギーを待つことにした。



彼女が出てきたのはそれから2時間後だった。


「ごめん、待ってると思わなかった!!」


「おう…」


イカソードの修理の工程が一段落したため、休憩しようと出てきたところで俺がまだいたので、大層驚いたらしい。驚く彼女に俺も驚いた。


「まだまだかかるから、今日は帰ってて。ホントごめ~ん!」


両手を合わせて拝むように謝罪している。


「大丈夫だってば」


まあ、そこまで怒っているわけではないが、夜もだいぶ遅くなってきた。

少し、レイアと話ができればと思っていたが…。


「ま、今日はやめておくか」


「え?なに?」


「ああいや、なんでもない。んじゃ、俺は帰るよ」


「はーい、ごめんねー。明日の夕方くらいには全部引き渡せると思うから」


早いな。もっとかかるものだと思っていた。

考えながら、俺は店を後にする。

かなり外は暗い。だが道はほのかに明るかった。

職人区の、様々な工房から漏れる明かりが、道路を照らしている。


「今日は、色々なことがあったな」


獣を倒して、レイアとぶつかって、カエルを本部に案内して、骸具に関する話をブーギーとした。

明日は、カエルの集落にハルキの枝を設置しにいかなければならない。武器ができるのが夕方だから、午前中のうちに済ませてしまおう。

今日を振り返り、明日の計画を立てる。


「明日も忙しいな、レイアの家に行けるかどうか…」


とはいうものの、結局はビビっているだけだ。

レイアと揉めたことなど殆ど無く、話をするのが恐ろしい。

とはいえ、ずっとこのままという訳にもいかないだろう。


「樋口さんあたりに相談してみるか…」


俺は独りごちながら俺は調査団の寮へ向かった。

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