第25話 平伏の黄原に立つ者

紳弥が足を噛まれたとき、咄嗟に駆け寄ろうとした。

しかし、そのタイミングで丁度落雷があったため、立ち止まって長老を掲げる。


「紳弥ァ!」


「来るなレイア!そのまま落雷を押さえて、放電が終わったらトドメをさしてくれ!」


彼は増していく光に包まれながら、そう言った。


「でも貴方がそれでは死んでしまう!」


私ですら触れればタダでは済まない放電攻撃に包まれながら、彼は笑っていた。

永遠にも思える放電が終わり、光の中から現れた獣は、羊毛が全て無くなり、もはや羊とは言えない見た目になっていた。


くっついているカエルたちはもちろん無事だが、紳弥もなんとか人の形を保っている。

それを確認するのとほぼ同時に、私は一気に羊との距離を詰める。

長老は真上に投げる。


「これで、終わり!」


獣に刺さっていた剣を目がけて、拳を突き出す。

全力で繰り出された一撃で押し出された剣は獣の首を突き抜ける。

そして今度は、突き出した拳を引き抜き、傷口に今度は両腕を突っ込み、力任せに頭と胴体を引き離した。


「最後のはおまけよ」


首を失った獣は力を失い、横倒しに倒れる。

この草原を支配していた獣の命が、今ここで潰えたのだ。


「ゲロー!」


カエルたちは死体に潰されないように慌てて獣から離れていった。


「終わったゲロね…」


いつの間にか着地して、私の隣にいた長老が感慨深そうに呟く。


「終わっていないわ。紳弥の無事を確かめてからよ」


紳弥の足には未だに獣の頭が噛みついている。

私はゆっくり獣の顎を開き、彼を自由にする。

ところどころ服が焼け焦げているが、胸が上下している。呼吸はしている。

良かった。


「まったく、無茶するんだから…」


普通の人間が喰らえば消し炭になってもおかしくない攻撃だった。

だが紳弥は、この草原の調査で幾度となく電撃を浴び、生死を彷徨ったこともあった。

そのおかげで、彼の身体は放電に耐えることができたのだと思う。

それにしても無謀だとは思うが。


「やったゲロ!我々の昨夜の努力が実を結んだゲロな!」


聞き捨てならない言葉だった。


「ちょっとそこのカエルたち。それどういうことかしら」


「ゲロッ…」


関係していそうなカエルたちが一斉に逃げ出す。

私は身体の大きなカエルの隊長の足を掴んで持ち上げた。


「昨夜の努力ってなに?草刈りのことじゃあないわよね?」


「ゲーロゲロ…」


「喋れないふりはやめなさい。白々しいわ」


少し握る力を強めると、隊長は暴れ始めた。


「紳弥氏に秘密にしろって言われたゲロ!じゃないとレイア氏が怒るゲろって…」


「もう怒ってるわ。言いなさい」


「ゲロォ…」


隊長は観念したようで、ごめんゲロと謝りながら昨夜に紳弥と行っていたことを話し始める。


「紳弥氏は始めから放電攻撃を食らう気でいたゲロ。だから、雷に打たれる訓練をしていたゲロ…。雷で瀕死になる度に我々が保護して、復活したらまた雷に打たれて…紳弥氏かっこよかったゲロ。不屈ゲロ」


「そんなことをしていたの…!」


隠れて自分を痛めつけることのどこが格好良いのよ。


「いだいいだいいだだだだ」


パッと手を離すと、解放された隊長は紳弥の上でゲロゲロ泣いていた。


「まったく…ちょっと死ににくくなったからといって無茶ばかりするようになって。異世界に来て変な自信を付けてしまったのかしら」


この過酷な世界で人間が普通に生きていくことはかなり難しい。街を見ていると感覚が麻痺しがちだが、たった1人で街の外へ出てみたりすればすぐに実感できるだろう。

だから私は、紳弥をこんな身体にした転生者を恨みながらも、感謝せずにはいられない。

紳弥がこの再生能力を有していなければ乗り越えられなかった場面が多すぎた。もしかすると、私の目を覚ますことだってできなかったかもしれない。


だから、紳弥の力になった始めの転生者に嫉妬しながらも、感謝せずにはいられない。

ーーただ、許すかどうかは別の話だ。


「ずっと見てたわよね貴方。今更何のつもり?」


私は紳弥に近づこうとするその人影に声をかける。

彼女は、全く悪びれる様子もなく、こう言った。


「彼を助けに来ました。本当は私から会いに来てはいけなかったんですけど、目も耳も見えていないようですし、許されるかなって思いまして」


「ふうん。よく分からなかったけれど、今更出てきて何ができるの?」


私はいつでも彼女を殺せるように姿勢を落とした。

しかし、彼女は私のことなど気にも留めず、まっすぐに紳弥に近寄った。


「それ以上近づくな」


「嫌ですが?」


私は彼女へ蹴りを放つ。とても彼女に反応できる速度ではなく、威力も通常の人間ならば粉々にできるものだ。

しかし、それは脅しのつもりだった。当てるつもりなどなかった。


「酷いことしますよね」


吹き飛んだ右手を見ながら、彼女は笑った。


「自分から当たりに来たくせに。自殺願望でもあるのかしら」


「いえ、ないですよ」


そう言った彼女が、吹き飛んだ右手を紳弥の上にかざす。

倒れている紳弥の顔に、夥しい量の血液が零れた。


「では、用は済みましたので、もう行きますね。今度は、彼が私に会いに来る番なので」


「自意識過剰ね。紳弥が貴方に会いに行くことなんてないわよ」


「紳弥さん、という方ならそうでしょうね」


彼女は間違いなく彼を見ながら言う。


「私、貴方を殺してしまいそうなほど嫌いなのだけれど」


話が通じない。気持ち悪い。そして何より、紳弥に粘着している。


「安心してください。私も彼に近づく貴方が嫌いですよ」


そう言って、彼女は私たちに背を向ける。ひらひらと振る右手は、何事も無かったかのように再生していた。

雷に打たれながら遠ざかっていく彼女の背中を見送る。


「感謝しているわ…。でもいつか、殺してあげる」


あれは紳弥には有害だ。

私はそう断じて、意識を紳弥に向けた。


「うぅ…」


あれだけの重傷だったというのに、うめき声を上げて、起き上がろうとしている。

私に出来ないことができる貴方が嫌い。

狭量な自分を自己嫌悪しながら、私は紳弥に駆け寄った。


§


急に身体が楽になり、起きることができるようになったので、俺は目を開ける。


「起きたゲロ!」


「はは、意識はあったんだが、入力機器と出力機器が壊れちゃって反応できなかっただけだ」


自分の服装を見てみると、ところどころ焼けてボロボロになっている。イカソードはなんとか無事だが、スライムの片手袋はもう駄目そうだ。

ポーチは…腰についていない。羊にしがみついている間に、いつの間にか落としてしまったのだろう。


服装や装備はボロボロだったが、身体はほぼ無傷に近い。

もっと苦しむと思ったが、こんなにすぐ再生するとは。何度も怪我をすることでオリジナル並の再生能力を手に入れつつあるのではないだろうか。


「違うわよ。今回は、貴方を助けてくれた通りすがりの人がいただけ。決して再生能力が強くなったなんて勘違いいないことね」


心を読まれたようにレイアに釘を刺される。


「そもそもね、そこのカエルたちに聞いたわよ。私に秘密のトレーニングはさぞ楽しかったでしょうね」


「え!?おい隊長、なんでバラしたんだ!」


「殺されそうになったゲロ。すまんゲロ」


「うぉ!」


俺はレイアに胸ぐらを捕まれる。


「勝手に無茶すると決めて、勝手に無理して。貴方を心配している私が馬鹿みたいじゃない!」


「レイア…?」


「別に前もって貴方の考えを話す時間は沢山あったじゃない!話してくれればもっと良い方法が思いついたかもしれないじゃない!この世界に来てからそういうことばっかり!」


さらに胸ぐらを締め上げられ、レイアとキス出来るほどの距離まで顔を近づけられる。


「私は、紳弥の何なの?貴方にとって、私はどういう存在なの!」


レイアの声は震えていた。

心配かけないように黙っていたつもりだったが、逆に傷つけてしまっていたようだ。


「どうして私に守らせてくれないの…」


「レイア…俺は…守られるだけの存在にはなりたくない。一緒に肩を並べて…」


「もう良いわ。ただ、こういう無茶は二度としないで。どうしても必要だと思ったときは必ず相談して」


ガン!という激しい衝撃が後頭部に響く。

彼女に地面に叩きつけられたと気がついたのは、少し経ってからだった。

レイアは俺に背を向けて腕を組んでいる。


「泣いてるゲロ?」


「黙れ!」


不用意に話しかけた長老は、レイアに蹴り飛ばされて遙か彼方へ飛んでいった。

少し自分の行動を顧みてみる。

無茶は確かにしていた。しかし、無茶できるだけの力はヒナミに貰っていた。


ただの人間が、転生者の彼女と並び立つには、多少の無茶は必要だと思う。

それが自分の身を省みないことであれば、傷付くことは吝かではない。


彼女は、俺が彼女のためならば、どこまでも努力をできることを知らない。

レイアの能力で映し出された記憶の世界では、その一端しかレイアは見なかっただろう。

俺が彼女の転生してからの5年間を知らないように、彼女も俺の5年間を知らない。


人間は、成長していく生き物だ。

彼女は、結局5年前の俺を見ているに過ぎない。

自分が強くなったから、守ってやらなければいけないと思っている。


「…幼馴染ってのは、対等なものじゃないのかよ」


俺の呟きは、誰の耳に入ることなく、雷鳴にかき消された。

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