第24話 平伏の黄原の決戦
俺たちは集落の側の草原で待っていた。
ここは、カエルたちの主食の実が成っていた辺りだ。
今は木は生えておらず、本来であれば草が茂っているはずの場所だ。
「なるほど、昨日ずっとやっていたのはコレね」
レイアは辺りを感心したように見渡した。
そう、本来生えているはずの蓄電草が、目に見えるくらいの範囲には生えていない。
俺とカエルたちで頑張って引き抜いたのだ。
「これで少しは草を食べるのを妨害できるだろ」
「でも、どうやって獣を呼び出すのかしら」
「え?レイアに寄ってくるんだろ?」
カエル隊長にはそのように聞いていたんだが。
「どうかしら、たまたまという可能性もあるわよ」
レイアはそう言うが、どうも心配はいらないようだった。
遠くから大きなシルエットが雷を受けながら近づいてくるのが見える。
「好かれてるじゃん」
「…嬉しいわ」
よほど投げ飛ばしたレイアに恨みを持っているのだろう。なぜか集落には襲ってこなかったが、彼女が集落の外に出ればこのとおりだった。
「ただ、これ以上寄ってこないわね」
羊は、蓄電草が生えているギリギリのラインで止まってこちらを睨んでいる。罠を警戒しているのか、やはり草が無い状態では戦えないのか。いずれにせよ、このままでは戦いは始まらない。
「まあ、それならそれで好都合だ。行けるか、カエルくんたち」
「ゲコココ!」
俺の声に応えるように、カエルたちは隊長と長老を残して、30mほど先にいる羊に飛びかかった。
もちろんその身体は電気を通さない油まみれで、さらに飛びついたカエルは羊に油を吐きかける。
「ベェェェェエエエ!!」
突然襲われた羊はカエルたちを振り払おうと必死に跳んだり跳ねたりするが、カエルたちの粘着力も大した物だ。
やがてしびれをきらした羊は、放電しながらこちらへツッコんできた。
「ま、所詮は獣よ。怒りで我を忘れる」
俺が得意げに言い、レイアは感心したように長老を持ち上げた。
「ま、すごいのは紳弥じゃなくてカエルだけれどね」
余計な一言を言って、レイアは羊のもとへ駆けていった。
お互いをバッチリ視認できる距離になった羊とレイアは睨み合う。
今までこの草原では並び立つ者はなく、傍若無人に振る舞ってきたであろう獣。初めて驚異になりうる存在を認め、是が非でも排除しなければ気が済まなくなっている。
「さあ、一緒に遊びましょうか」
レイアの持つ長老に雷が落ちるのを見た羊は、すぐにこちらの狙いに気づいた。雷が落ちるタイミングで、なんとその巨体をもってして、大ジャンプを決める。流石のレイア+長老の身長でもこれには及ばない。
しかし。
「それは一回見たわ」
レイアもほぼ同時に飛び、雷は無事に長老に落ちた。
「ベエエエ!!」
だいぶ苛立ったように頭突きをレイアに繰り出す羊だったが、その程度の攻撃はレイアには通用しない。
両手で長老を持ち上げたまま、彼女は片足で突進を受け止めた。
「ふん、弱」
言葉が通じる訳ではないだろう。しかし羊は怒りのボルテージを最高まで引き上げ、怒りを発散するように身体が発光を始める。
「レイア!」
「分かっているわ」
レイアは数歩下がり、放電の直撃を逃れた。
タイミング良く落ちてきた雷は、羊の上に長老を投げることで羊への落雷を防ぐ。
「1回目。あと3回くらいかしら」
落ちてきた長老をキャッチしながら羊の萎み具合を見た。
直径2mほどあったであろう真ん丸シルエットは、50cmほど萎んでいるように見えた。
俺たちの狙いに気がついたのか、獣は再度の放電を控え、レイアを睨んでいた。カエルたちは放電を物ともせず、相変わらず張り付いている。
「よし、俺も行くか」
俺はイカソードを鞘から抜きながら、羊に近づいていった。
やはり刃物に対する警戒度は高いらしい。
俺の接近に気づいた羊は、身体をこちらへ向ける。
「さて、この刃渡りなら今のお前でも貫けそうだな」
言葉は通じないだろうが、俺は挑発しながら距離を詰めた。
念のため、左手にはスライムの手袋を着けて、防御力の上昇を図っている。
カエルの油により、俺も雷を受けることができるようになったため、今回レイアは俺の補助に回る必要は無い。
もしも俺に気を取られて、生身の部分をさらすことがあれば、容赦なく拳を叩き込んで貰うように打ち合わせしている。
「行くぞ!」
わざと大きな声を上げながら、剣を突き出して、羊の顔面を狙う。
羊は、身体を捻って、羊毛部分で受け止めようとする。
切っ先が羊毛の先に埋まったあたりで、獣のからだが白く発光する。
「紳弥!」
俺はすぐに剣を引けるように浅く踏み込んでいたため、放電攻撃の発生前に攻撃範囲から逃れることに成功した。
「結構減ったな。あと1回くらいか」
見れば、羊毛の厚さは30cmほどになっている。ここまで羊毛が薄くなったところを見たのは初めてだが、ここまでくればただのデカい羊のように見える。
もしかしたら、羊本人もここまで電気を消費したのは初めてだったのかもしれない。
丁度俺と向かい合う位置で見える羊の瞳にはさっきまで感じていた闘志や怒りではなく、明らかに怯えや不安のような色が浮いていた。
俺だけが見ていたため、咄嗟に反応できたのかもしれない。
「ッ!レイア!俺を羊の上に投げてくれ!」
「分かったわ!」
何も言わずに反応してくれた幼馴染は、長老を手放して、俺の踏み台となる。
俺がレイアの腕に跳ね上げられ、羊の頭上に迫ったとき、羊は突如反転して走り出した。
すんでのところで羊にしがみつくことができた俺は、羊の背中によじ登った。
レイアもすぐに長老を掴んで羊と併走し、雷が羊に落ちないようにしてくれる。
俺はレイアの邪魔にならないように姿勢を低くして、羊の角を掴んでしがみついていた。
「あっつ…い!!」
羊の角はまるで熱せられた鉄のように熱く、手を離してしまいそうになる。
しかし手袋をしている左手で剣を持った状態でしがみついたため、今更入れ替えることはできない。
自分の手のひらが焼ける臭いを嗅ぎながら、必至に食らいつく。
羊は全力で走り、ついに草が生えているところまで飛び出した。
なりふり構わず、どうしても蓄電草を食べて電気を蓄えたいらしい。
折角ここまで消耗させたのだ。
「喰わせてたまるかぁ!」
草を食べようと頭を下げる羊の角を思い切り持ち上げ、喰わせないようにする。
とはいえ、あちらの方が力は強いため、徐々に羊の頭が下がっていく。
「くそ、これならどうだ!」
俺はイカソードの柄を自分の腰で押し込み、羊の目をめがけて墨を噴射する。それは見事に命中し、視界が塞がれた羊が俺を振り落とそうと暴れ回った。
「ゲコッ」
「助かる!」
未だに羊に張り付いていたカエルたちは、俺が振り落とされないように、鐙のように足場になってくれている。
油でぬるぬるしているが、カエルたちのおかげでなんとか振り落とされずに済んだ俺は、今度は羊の首元めがけて剣を突き刺す。
「ベエエエエエ!!」
姿勢が悪く、体重がかけられなかったため深手を負わせることはできなかったが、初めてこの獣に傷を負わせることができた。
「やったゲロォ!」
「その調子ゲロ!」
喜ぶカエルを尻目に、併走するレイアは叫ぶ。
「早く降りなさい!今放電されたら!」
レイアの声は聞こえていたが、俺は聞こえないふりをして、そのまま剣を押し込んでいく。
「ベエ…!」
羊は、剣を振り払うように首を回しながら身体を半回転させる。飛びながら横回転するような形だ。
「やべっ」
なんとか剣を離すことはなかったが、羊の上に乗っていた身体の部分は油で滑り、遠心力で羊の真正面に来てしまった。
俺は剣につかまってぶら下がっており、羊の顔が俺の腹に当たる。
「ベエ!」
邪魔する者がいなくなった羊は、口を開いて蓄電草を食べようとする。
しかし、それは俺が許さない!
「おらぁ!」
開いた口に足を突っ込み、口を閉じないようにする。
…羊が笑った気がした。
俺の足をしっかりと噛んで、離さないようにした羊の身体が鈍く発光し始める。
「紳弥ァ!」
「来るなレイア!そのまま落雷を押さえて、放電が終わったらトドメをさしてくれ!」
「でも貴方がそ」
レイアが何か言っていたが、ついに羊の羊毛に溜め込まれた電気が一気に放出される。
草原中が一瞬昼間になったかのような目映い光が放たれ、至近距離で逃げることを許されなかった俺は一瞬で光に包まれた。
身体全体を高電圧が駆け巡り、血管を沸騰させる。
まるで身体が内側から爆発するような激しい痛みに晒され、生きながらに身体が死んでいく感覚を味わった。
だが、生きている!
眼球が破裂したのか、脳がイカレたのかは分からないが、恐らく放電が終わっているのに、何も見えないし、何も感じない。声も出せないし、何も聞こえない。
だが、きっと勝ったはずだ。
俺の信じる幼馴染ならばやってくれると信じている。
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