第23話 羊との決戦前夜
レイアが街に向かってしばらく経つ。
カエルの家でしばらく休んでいると、だいぶ動けるようになってきた。
「そうだ、俺たちは人間って言うんだが、そちらはなんて言う種族なんだ?」
「アフラ族だよお」
「カエル要素が一切ない…固有名詞は翻訳されないんだな…」
「カエルってなあに?」
「カエルっていうのは俺たちの世界に住んでいる生き物で、こんな見た目でな」
数時間もこの長老らしきカエルと一緒にいたため、話す内容も雑談が殆どとなってきていた。
ある程度雑談のネタも尽きたころ、ゲコゲコと集落が騒がしくなっていた。
「おお、彼女が帰って来たんだねえ」
「おお!良かった!」
「待って待って、君そのまま外に出たら死んじゃう」
何も考えずに建物から出ようとした俺に、慌てて油を吐きかけてくれた長老に感謝しつつ、外に出る。
すると、沢山のカエルを担いだレイアが少し息を切らしながら立っていた。
「おかえり!」
「戻ったわよ」
彼女はカエルを下ろしながら、そう言った。
「おお、なんと、助けてくれたのかあ!」
長老は嬉しそうにしている。
事情を聞いてみると、レイアが街に行くことをサポートするためにあの羊と戦ったカエル軍団がいたらしい。
彼らに後を託して、街に向かったレイアが、この集落に戻る途中で倒れているのを見つけたので全員担いできたとのこと。
「それにしても、あの獣と戦っても、死人、死蛙?が出なかったのは奇跡だな」
ぐったりとしていカエルたちは皆目立った外傷はなく、また火傷なども負っていなかった。さすがこの草原に適応した数少ない生物の一つだ。
「ぐったりとしているのは空腹のためだそうよ。話は後にした方が良さそうね」
レイアは長老の家に入っていく。
後ろにはゾロゾロとカエルたちが続いた。その中には獣と戦ったカエルたちもいる。
遅れて俺も家に入ると、そこには大量のオリーブの実が広げられていた。
皆待ちきれないようにその場で跳ねている。
「ゲロォ!」
最後に家に入ってきた長老が歓喜の声らしき鳴き声を上げた。
「これ全部もらっていいんだねえ!?」
「どうぞ」
興奮気味に叫ぶ長老に、彼女がそう言った瞬間、一斉にカエルたちがオリーブの実に群がり、食事を始めた。
一部のカエルは、口いっぱいに頬張った実を嚥下しないように気をつけながらヨタヨタと自分の家に運んでいく。家族へ分けているのだろうか。
「それにしても、この様子を見ると、本当に限界が近かったんだな」
俺とレイアは邪魔にならないように壁際でその様子を眺めながら話していた。
「そうね。彼らではあの羊には負けないけども勝てないし、生活の特性上、燃費は悪い生き物でしょうし」
「まあ、食べたそばから吐き出していくわけだからな」
家の維持のために油を家に吐きかけ、外に出るためには自分に油を吐きかける必要がある。燃費はこのうえなく悪いだろう。
「そういえば、カエルたちがあの羊と戦ったときって、どんな感じだったんだ?」
俺はずっと気になっていたことを訊ねる。
いくら電気に強いからといって、あの巨体と戦って無傷で済むには理由があると思った。
「そうね、群がって上に張り付いていたわ。放電も効かないようだったし、そのまま力尽きるまでずっと上に乗ってたのではないかしら」
「そのときの羊の様子は?」
「かなり嫌がっていたわね。放電をしても離れないし、むしろ電気を使った分自分の羊毛は萎んでいく一方」
見てのとおりあの羊は電気をエネルギーとしているのは間違いないようだ。
しかし、それならばカエルたちが完全に電気を断ってしまえば、あの羊はいずれ倒れるような気もする。
「それでも負けたのはカエルたちなんだよな…」
まあ、今回は単純にエネルギー不足だったのかもしれないが、今までも煮え湯を飲まされてきているからこその今の状況だろう。
「お腹いっぱいゲロ!満足した!」
気がつくと、長老が膨らんだお腹をさすりながら、ハキハキした声でこちらにやってきた。
さっきまでの間延びした話し方は空腹ゆえだったらしい。
見れば、他のカエルたちも満足したようで、一部のカエルたちが残ったオリーブを貯蔵しようと運んでいるところだった。
「いや、ホントに助かったゲロ、ありがとう!」
カエルは嬉しそうに席に戻り、俺たちに感謝を述べる。
俺としては命を救われているうえに、食料を調達してきたのはレイアなので、何も言う権利がない。
しかしレイアはなんてことも無いように、
「良かったわ」
とだけ返した。相変わらずクールだ。
「さて、交換条件は2つだったわよね」
レイアの言うとおり、今は条件のうちの1つ目、食料の調達について満たしただけに過ぎない。もう一つの条件である獣の排除は未だ達成されていない。
「食料だけでも助かったし、無理しなくても良いよ」
長老はそう言ってくれるが、ウチのエースがやられっぱなしで終わるはずがない。さらに言うと、あの羊は俺たちにとっても脅威なのだ。あれがいる限り平伏の黄原の調査は進まないし、折角仲良くなったカエルたちとも交流を深めることができない。
「少し、戦ってきたカエルたちと話をさせてくれ。作戦を考えたい」
「それなら隊長に話しを効聞くと良いよ」
「ああ、いたわね喋れるカエル」
丁度、先程のカエル軍の中に喋れるカエルもいるらしい。
俺はそのカエルの家の場所を聞いて、話を聞きにいくことにした。
端末の時計を見る。
今は丁度朝といった感じだ。
「よし、1日時間をくれ。明日、討伐に出かける」
「紳弥は休んでいなさい。私が倒すわ」
レイアはやはり俺が心配なようだ。現に1度死にかけたし、戦いに関して言えば役に立つことはあまりないようにも思える。だが、あの獣は今の弱体化したレイア一人では少々厳しい相手だと思う。本人は絶対に認めないだろうが。
「いや、俺も行くよ。大丈夫、信じてくれ」
「危なかったらすぐに逃がすからね」
「それで構わないよ。それと、カエルの皆にも協力をお願いすることになるかもしれない」
今回の戦いにあたっては、カエルの油は非常に役に立つ。作戦に組み込むことができれば、かなり有利に戦うことができるだろう。
「もちろんいいゲロ」
長老からの承諾も得られたことだし、これであとは作戦を考えるだけだ。
今のところ、あの羊について、弱点は分かりつつある。あとはそれをどう実行するかだが、そこはこれから隊長カエルと話あって決めることにしよう。
「じゃあ、ちょっと行ってくる。レイアは休んでてくれ」
レイアはそれこそ丸一日休みなしで行動していたことになる。作戦には欠かせない存在となるので、ゆっくりと身体を休めて万全のコンディションで当日を迎えて欲しい。
「分かったわ」
俺の意図が伝わったようで、彼女は特に反論なく部屋の隅に座り込んだ。
俺はそれを確認して、隊長の家へ向かった。
§
ついに草原の獣との対決の日がやってきた。
昨日、カエル隊長から話を色々と聞き、作戦を立てたあとは、カエルたちに手伝って貰いながら最後の準備を行った。そのせいでやや寝不足だが、動くことに問題はない。
「人には休めと言ったくせに、随分とやつれているじゃない」
早速目ざとく、その様子に気づいたレイアにツッコまれるが、適当に笑ってごまかした。
「うお!」
するとレイアから急に殴りかかられたので、ギリギリのところで回避に成功した。
「動けるみたいね。なら戦闘に参加することは認めるわ。適当にあしらおうとしたことは許さないけれど」
「ははは」
俺は笑ってごまかした。
「それで、作戦は決まったのかしら。ほぼ丸一日カエルの隊長さんといたみたいだけれど」
「ばっちりゲロ!」
「我々の準備は万端ゲロ」
レイアの声に元気良く反応するカエル隊長と長老。
実はカエルたちとは事前に打ち合わせ済みで、作戦の内容も話している。
「なんで私だけ除け者にされているのかしら?紳弥にとって私はカエル以下だとでも?」
彼女はグッスリと寝ていたため、起こすのも忍びなく、後で伝えようと考えていた。そしたら俺も限界で、彼女が起きる前に寝てしまっていた。悲しいすれ違いだったのだ。
「作戦を説明しよう!」
しかしレイアはかなり怒っているようだったので、俺は早速説明を始めることにする。
「まず、あの獣の強みは圧倒的な耐電能力と蓄電能力、そして蓄電状態の膨張した羊毛による物理防御力にある。恐らくあの放電攻撃は油を塗ったところで俺やレイアには耐えられないほどの威力だと思う」
「ゲロ」
「そう、唯一耐えられるのは、カエルくんたちだ」
レイアは黙って腕を組んでいる。異論は無いみたいだ。
「ただ、見た目から分かる明確な弱点もある。それは、放電攻撃を行うたびに電力と防御力が落ちていくことだ」
「そうね、放電するたびにモコモコが萎んでいったわね。ただ、雷を受けると回復してしまうように見えたけれど」
「ああ、レイアの言うとおりだが、それだけじゃないんだ。カエル隊長たちの話によると…え?喋りたい?どうぞ」
「我々はレイア氏が街へ向かった後もしばらく奴の背中に乗っていたゲロ。その間、落雷は全部我々に当たっていたゲロ、でもアイツは放電攻撃をしたり、モコモコがモコモコしてたゲロ」
説明を終えた隊長は、満足げに宙返りして、一歩下がる。
「まあ、というわけで、落雷以外にも電気の供給手段がないと説明が付かない状況になっている」
「ふぅん…カエルが防ぎきれてなかっただけではないのかしら。紳弥だって避雷針の側にいるだけで感電していたじゃない」
「我々が力及ばなかったと言いたいゲロか!?」
「まあそういう面もあるかもしれない」
「ゲコォ…」
「でも、それだけじゃないと思う」
「ゲロ!」
感情豊かなカエルだな。
「それで、アイツの行動を思い返してみると、疑わしい行動があることに気がついたんだ」
分かるか?という意味でレイアに向けた手は、はたき落とされた。
「勿体ぶらないで教えなさい」
「草を食べることだよ…。帯電している草を食べることで電気を供給していたんじゃないかなって…」
「なるほど、それならカエルたちが上に乗っていても関係無いわね」
それくらいしか疑わしい行動は見つからなかった。だが、恐らくはこれが正解だろうと思っている。
「それで、作戦はこうしようと思う」
俺が話した作戦はこうだ。
まず、羊に落雷が落ちないように、レイアが雷を受け続ける。
そして、カエルたちには、わずかな電気も羊に当たらないように、羊に油をかけて貰う。
その状態でなんとか限界まで羊を放電させ、羊毛による防御がなくなったところでレイアがトドメを刺す。
俺はレイアがトドメを指すまでなんとかアイツに草を喰わせないようにする役割と、放電を誘発する役割だ。
「何か質問や意見はあるか?」
説明し終えた俺が、皆に問うと、レイアがすぐに手を挙げた。
「はいどうぞ、レイアくん」
「あの羊、2~3mくらいの高さで、私より高いけれど、どうやって雷を私が受ければ良いかしら」
「そりゃ避雷針で…あ」
そういえば避雷針は1回目の戦闘のときに溶けてなくなったんだった!!
「まさか避雷針がなくなったことを忘れていたわけではないわよね?」
レイアの鋭い指摘に俺は冷や汗を流す。
なんか長い棒とかこの集落にないかなあ…。
「あ!その役目は長老に担って貰おう。長老をレイアが持ち上げるんだ」
長老の身長は2mを超えているし、雷に当たってもダメージはない。
「今、あ!って言ったわね。まあいいわ、それなら問題なさそうね」
「ゲロリ」
無茶ぶりされた長老だったが、応えてくれるようだった。丸一日の雑談で俺たちの絆は固く結ばれている。
「それともう一つ。貴方が放電を誘発するっていうのはどうするつもり?こっちはちゃんと考えているのよね?」
先程の長老持ち上げ作戦が思いつきであったことがバレている。
しかし、これについてはきちんと考えていた。
「奴は打撃に関しては羊毛で受けようとするが、レイアの避雷針や俺の剣には放電で対応しようとした。つまり、刺突や斬撃に関しては放電で対応しようとするところがある。だから、俺が剣で囮になる」
「危険じゃないかしら。放電を喰らえば、いくら貴方でも消し炭よ」
「そこは対策がある。信じてくれ」
「そう、分かったわ」
レイアは頷いて、今まで挙げていた手を下ろした。
「さて、他になにかあるか?」
辺りを見渡す。カエルたちは皆一様に覚悟を決めたような顔をしている気がする。
現に、隊長は、やるゲロやるゲロと連呼している。
レイアも、早速長老を持ち上げてジャンプしている。
俺も、放電対策は昨夜のうちに済ませている。
「よし皆、勝つぞ!」
号令に呼応するように、集落に多くのカエルの声が響き渡った。
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