第18話 実食

そして翌日、夜更かしをしつつ、なんとか朝に起きることに成功した俺はブーギーとメーシィの店の前に来ていた。

あの端末、現代のスマホにある機能はほぼ網羅していてかなり便利だ。しかも、調査団員限定の匿名掲示板なんてあったりして、かなり賑わっているらしい。今度のぞいてみようと思った。

話が逸れた。

店の前では既にレイアがおり、腕を組みながら待っていた。


「遅いわ。日の出くらいから待っていたわよ」


「いや早すぎるだろ。どんだけ楽しみにしてたんだ」


俺は苦笑しながらそう言った。

今度は待ち合わせの時間を決めようと思っていると、レイアは、


「せっかく貴方と再会したのだから、少しでも長く一緒にいたいっていうのがそんなにおかしなことかしら」


と言った。


「え、あ、えぇ?」


てっきり試食が楽しみなのかという意味で俺は言ったのだが、彼女としては違うようだった。

思わず面食らってしまい、まともな言語を話せなくなってしまう。


「ふふん。私がどれだけ貴方を大事に思っているかを実感なさい」


なぜか勝ち誇ったような彼女を伴いながら、俺は店に入った。

どちらの店からも活動しているような音が聞こえる。


「メーシィの方が先だな」


朝食を取っていなかったこともあり、俺の足は食堂の方に向いた。


「ちょっとちょっとアタシは!?」


突然ブーギーが走ってきて少し驚いた。


「え、なんで俺たちが来たって分かったんだよ」


「足音聞こえたから耳すませてたら、足音が遠ざかっていったのよ!!」


「いや怖いわ」


俺はぶーぶー言っているブーギーを引き連れながら食堂の暖簾をくぐった。


「あ、紳弥さん、レイアさん、いらっしゃいませ」


なにか厨房で作業をしていたメーシィは俺たちに気がつくと、濡れた手を拭いて、カウンターの向こうにやってきた。


「無事に素材の研究はできたか?」


2人に訊ねると、2人は頷いた。

よくよく見ると、2人とも目の下にクマができている。

もしかしたら寝ていないのかもしれない。だとしたらブーギーのテンションにも納得だ。


「まずあの草なんですけど」


「あ、それがな…」


俺は2人に昨日決まった素材の名前を伝えた。

それを聞いたメーシィは改めて話し始める。


「蓄電草なんですが、結論からいうと、食材にはあまり向きませんでした」


「そうなのか」


てっきり植物は無難に野菜的な扱いが出来ると思ったんだが。


「火が通らないんですよね。どんなに熱しても駄目で…生で食べるには堅いし…」


「どちらかというと、アタシの方向きだったわね。炉で燃やしても燃えなかったから、耐熱素材として使い道がありそうね」


「ま、雷を受け貯めるのに、簡単に燃えてたら草原が火事になるわよね」


確かにそれは納得だった。


「かなり尖った耐性を持つ独特な素材だけど、長さと強度は大したことないから、使うなら量が必要ね。1kg2万円ってところかしら」


「ふむふむ」


「逆にホウセキアナトカゲの方は武具の素材には向かないわ。宝石も、特殊な性質はなさそうだし、強度もそれほどでもない。観賞用が精々ね」


ブーギーが、自分は話し終えたと言わんばかりにメーシィの方に手を向ける。メーシィはバトンを受け取って話し始める。


「食材としては結構優秀でした。身は柔らかく、淡泊な味で癖はないです。仕込んだとおりに素直な味になるという感じでしょうか。これから料理してみたものを実際に食べて貰いますね」


「それは楽しみだ」


「入手難度も考慮して、1匹7000円くらいですかね」


草原に立ち入りさえ出来れば、このトカゲは警戒心ゼロなので、捕獲は容易い。これは結構良い値段なのではないだろうか。


「そしてハシリウニですが、割ったらぎっしりと肉が詰まっていました」


「ウニって名前は改名が必要なのではないかしら」


「ま、まあウニではないよな…」


俺たちがハシリウニの衝撃の中身についての話が落ち着くと、メーシィが続きを話す。


「運動量が多いからか、肉質としてはだいぶ硬めですね。でも身が小さいので、噛めないほどではないです。これも今から出しますね」


「アタシは見たくないわ…」


ペットとして飼っているブーギーとしては堪えるようだ。


「まあ、入手難度がかなり高いですし、1匹から取れる可食部も少ないということで、1匹5000円くらい…でどうですか…?」


「了解、ありがとな」


一通り話を聞いた俺たちは、早速料理を食べるために席についた。

あらかじめ料理は出来ていたようで、すぐに運ばれてくる。


「出来るだけ、紳弥さんたちの世界の素材で作りましたので、味の判断もしやすいと思います」


メーシィはそう言って俺たちの前に料理を置いた。

そう、あれから俺は、メーシィにどれが彼らにとっての異世界産なのかを伝えていた。

望んでいた異世界の食材が、実は普段使っているものだと知った彼はとても複雑な顔をしていた。

それはさておき、並べられた料理を見る。

1つは見た目でなんとなく分かる。小さな肉がコロっとそのまま焼かれていた。


「ハシリウニの塩焼きです。少ししか取れないので、せっかくなら素材の味をメインにということで塩のみの味付けです」


「「いただきます」」


メーシィからの説明を受けた俺とレイアは早速1つずつ食べてみる。

確かにメーシィのいうとおり硬めだが、コリコリとした食感で悪くない。

肉自体には臭みもなく、塩がうまみを引き出していた。


「砂肝みたいね、これ」


「確かに似てるかもしれないが、俺はこっちの方が好きだな。噛むと肉汁が少し出て、肉食べてるって感じがする」


「ですよね、結構美味しくできたと思います」


メーシィは俺たちの感想を聞いて嬉しそうにしていた。

俺たちの感想を聞いて、かなり興味が出てきたようなブーギーだったが、やはりなんとなく手が出しにくいみたいだった。


「次はこっちだな」


テーブルの上に乗っているもう1つの料理に目を向ける。

魚のような白身に、生野菜がのっている。その上にオレンジ色のソースがかけられているようだ。

消去法でこれはホウセキアナトカゲの肉になるはずだが、どう見てもこれは…。


「魚か?」


「いえ、肉ですけど。まあ、言いたいことは分かります」


メーシィ自身もそう思っていたのだろう。笑いながら答える。

箸を入れるとホロっと身が崩れるのも、より魚感を演出している。

まずは野菜を除けて、肉だけを食べてみる。


「うん、すごいあっさりしている。川魚みたいな感じだ」


「肉も美味しいけれど、このソースと合わさると絶品ね。こ何の果実かしら。柑橘系の酸味を感じるけども、知らない味だわ」


レイアは俺の家で様々な料理を作っていた。しかもどこぞの国の郷土料理なども作ってくれたり、かなりその幅は広く、本格的だった。だから気になるのだろう。ちなみに俺はオレンジかなとしか思わなかった。


「その実だけはこっちの世界の物です。在庫なくて、夜も遅かったので買いに行くわけにもいかなかったので…」


「かなり美味しいわ。この淡泊な肉の味にベストマッチよ!」


「あ、ありがとうございます」


メーシィからすれば、あそこまでテンションが上がったレイアを見るのは初めてだったのだろう。少し驚きながらも照れていた。


「取りやすかったし、もっと取ってくるべきだったわね」


「いやそんなに?」


俺はレイアに苦笑しながら自分の分を食べ進める。

この街は内陸部にあり、まだ海や川までの道は未踏区域となっている。

魚を食べることが出来る機会は、この街にやってくる現地人の商人に頼るしかない。

もしかしたら魚の代替品として日本人に好まれるかもしれない。


「そう考えると、確かに捕まえる価値はありそうだなあ」


雷が必要な生態でもなさそうだし、もしかしたら畜産もできるのか?

なんてことを考えながら、俺たちはメーシィの料理を美味しく完食していた。


「「ごちそうさまでした」」


「好評だったようで、何よりです。これならお店でも出せそうですね」


「ばっちりだな」


安心したようなメーシィに俺は太鼓判を押した。


「あ、食べ終わった?」


いつの間にか姿を消していたブーギーが店の暖簾をくぐってやってくる。


「ああ。美味しかったよ」


「それはよかった。じゃあこれ、代金ね」


ブーギーが袋を手渡してくる。

結構重たく、相当な量が入っているように思えた。

ざっと見ただけで、金色の硬貨が20枚は入っている。

銅貨が100円、銀貨が1000円、金貨が10000円だったはずだ。


「多くないか?」


「いえ?正当じゃないかしら。色々値段は言ったけど、それは市場でやりとりするとしたらの値段よ。未開の地で命がけの採取を頼むなら、なんならもっと払っても良いくらい」


「うーんでもなあ。今回はそんなに危険でもなかったし…」


「いや危険よ。人間じゃなくても安易に立ち入ることができる場所ではないもの」


「おいレイア」


折角否定しているのに、同行していたレイアにそう言われてしまっては断りにくくなってしまう。


「あんなに痛い目見て、やっと身体を適応させて調査したんだもの。彼女の言うとおり正当な評価だと思うわ。受け取りなさいな」


「でもなあ…知り合いから金を貰うのもなんか気が引けて…」


「何を訳わかんないこと言ってんのよ。紳弥だってウチで装備を買ったりご飯食べるときはお金払うでしょ、それと一緒よ」


まあ確かにそう言われてしまえばそんな気がする。


「それに、こんなに払うのは初めて行った土地のときだけよ。次回以降にあの草原の素材を持ち込んだときは、言ったとおりの値段で買い取るから!」


「そっか…。んじゃあ、ありがたくいただくよ」


俺は手に持っていた袋を調査団で貰ってきたポーチにしまい込んだ。


「よしよし。これからもアタシらのためにフィールドワーク頑張ってね」


「おう、やる気出てきた!」


拳を握る俺を、レイアは冷めた目で見ていた。


「現金な男よねホント」


ちなみに俺はまず、この金を使ってレイアに借りていた槍代を返した。

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